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30:ジャン

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フェリはジャン将軍と風の宗主国に寄る度に2人きりで会って話をしていた。ロヴィーノがフェリが来る度にジャン将軍を休みにするので、毎回人気のないフェリお気に入りの場所に飛んで、そこでゆったり会話を楽しんでいる。別れ際には必ずフェリはジャン将軍にキスをしている。未だに唇ではなく、頬っぺたとかだが。今のところ嫌がられてはいないっぽい。
クラウディオにこの事を報告すると、ちょっと複雑そうだが、それでも喜んでくれた。クラウディオに喜ばれると、フェリとしてもなんだか複雑である。クラウディオに会うときはクラウディオの事だけ考えていたい。フェリはサンガレアに行く度に、クラウディオを積極的にベッドに押し倒して、クラウディオとのセックスを楽しんだ。






ーーーーーー
ジャンは竜舎の中でモルガの腹に寄りかかって、酒瓶に直接口をつけてチビチビ酒を飲んでいた。季節は冬の始まりである。風の宗主国の冬は長い。国中にたくさんの雪が降る。まだ今日は雪が降っていないが、それでも冷たい空気に包まれている。ジャンは薄目の毛布をきっちり身体に巻きつけて、温かいモルガにすり寄った。モルガが首を曲げて、正面から吹いてくる冷たい風を防いでくれる。ジャンは手を伸ばして、優しいモルガの頬を撫でた。モルガが目を細めて、クルクルと小さく可愛らしく鳴く。


「モルガ。また今日もフェリ様に会えたよ」


なんだかここ数年フェリ様と会って話す機会が格段に増えている気がする。初めは城で少し立ち話をする程度だったが、今は休みの日にモルガと共に飛んでいると、どこからともなくフェリ様が現れて、一緒に少し飛んで、人気のない場所で2人きりでゆっくり話をするようになった。何故フェリ様がジャンと話をしてくれるのか分からない。それでもジャンはフェリ様に会えて、その上話までできることが嬉しくて堪らなかった。
ジャンは幼い頃は狩人になりたかった。でも、ある晩天使もとい風の神子様に会って、考えが変わった。風の神子様に会いたい。その為に空を飛べる飛竜乗りを目指すことにした。父に頼み込んで、飛竜と指導してくれる飛竜乗りを用意してもらった。自分の飛竜となるモルガと初めて会ったときはジャンは震える程感動した。こんなに美しく可愛らしい生き物がいたのかと。ジャンはすぐに飛竜に夢中になった。ジャンの出自上、飛竜乗りギルドに所属して自由に飛び回ることは難しかった。仕方なく、ジャンは国軍の飛竜部隊に入隊した。ジャンは飛竜部隊でめきめきと頭角を現していった。ジャンとしては、ただ飛竜に乗ることが好きで、ついでに弓矢を操ることが好きだっただけだ。ただ好きなことをしつつ、任務に真面目に取り組んでいたら気づいたら飛竜部隊の隊長を任されていた。隊長になって面倒くさい書類仕事も増えたが、変わらずモルガと飛び回れたから不満はなかった。

隊長になって暫くすると、竜舎にある日、大きな鷲に乗って、小さな赤ちゃんを抱いた小さな子供がやって来た。風の神子フェリ様のご子息であるロヴィーノ様とフリオ様だった。ロヴィーノ様は最近フェリ様が連れてきたご自身の飛竜に会いに来たようだ。供は誰もいない。慌ててジャンは当時の将軍に報告したが、将軍は好きにさせておけ、と言うだけだった。
少し後になって聞いたのだが、当時幼い兄弟は父王をはじめとする城の者達に殆んど存在を無視されていたのだとか。当時の将軍はそんな幼い兄弟に同情的だった。とはいえ、将軍にも城での立場がある。自分から話しかけたり構ってやることなどできなかった。竜舎は城から少し離れているし、原則として飛竜乗り以外は立ち入り禁止である。城の者の目が届かぬ所で構ってやれ、とロヴィーノ様に飛竜の乗り方を教えるよう命令された。
ジャンは少し困惑したが、それでも幼いロヴィーノ様に飛竜の乗り方を教えることは全然嫌ではなかった。初めは自分から話しかけてくるジャンの存在を不思議そうに見ていたロヴィーノ様もすぐにジャンに慣れてくれた。まだ赤ん坊のフリオ様は子育て経験のある隊員に任せ、最初のうちはジャンがロヴィーノ様をモルガに乗せて飛んでいた。まずは空を飛ぶということに慣れる為だ。
ロヴィーノ様はいつも城で用意されている王族用の衣装を着ていたので、飛竜に乗る時用の飛行服を用意した。真冬でも訪れるロヴィーノ様達はコートすら着ていなかったので、慌てて防寒具を一式揃えたりもした。
いつロヴィーノ様達が来てもいいように、ジャンは任務で飛ぶ時以外は竜舎にずっといるようになった。やらなければならない書類仕事も机と椅子を竜舎に持ち込んで、そこでやるようにした。
ロヴィーノ様達が少し大きくなると、甘いものや軽食も用意するようになった。切っ掛けはある隊員が揚砂糖と呼ばれる庶民の祝い菓子を作ったことだった。流石に王族であり、尊い神子様のご子息に庶民のものを食べさせるのには躊躇したが、甘い匂いに惹かれて側にやって来た、身体を動かしてお腹を空かせている子供達に駄目とは言えず、ジャンが一応毒味をしてから食べさせた。目をキラキラさせて、少し冷めた揚砂糖を食べる子供達が大変可愛く、ジャンや隊員達は自腹でお菓子や軽食を用意して、竜舎に常備するようになった。時には竜舎の隅で火を起こし、料理ができる者がその場で簡単なものを作ることもあった。城では温かい食事は口に入らないそうで、いつだってお子様方は嬉しそうに食べていた。
ロヴィーノ様はたまに顔や手足に痣をつくってやって来た。生まれた時から次の王であることが決まっているロヴィーノ様を殴れる者など、おそらく1人しかいない。どうにかしてやりたいが、単なる飛竜部隊の隊長でしかないジャンには何もできない。ただ薬を塗ってやることしかできなかった。
三男のアルジャーノ様が12歳になった時、自分の飛竜に乗って城から出奔した。アルジャーノ様を溺愛しているロヴィーノ様とフリオ様がまだ子供のアルジャーノ様を素直に城から出すわけがない。確実に何かあったはずだ。ジャンは部隊の者達に指示をして、アルジャーノ様を無理に城へと連れ帰ることはせず、遠くから見守り、困っているようなら手助けをするようにした。こっそり金や食料を渡したり、アルジャーノ様が飛竜乗りギルドに所属できるよう手配した。アルジャーノ様が出奔してから、ロヴィーノ様とフリオ様が竜舎に来る機会がぐんと減った。城には殆んど行かないジャンには、お2人がどうしているのか知ることはできなかった。心配でずっとヤキモキしていたが、何年かすると、フリオ様が魔術師長に就任された。そしてそれからまた暫く経つと、ロヴィーノ様が即位されることになった。ジャンもこの時に先代の将軍から指名を受けて将軍になった。
これで近くでロヴィーノ様達を支えられると嬉しくて堪らなかった。畏れ多いことだが、ロヴィーノ様達のことをまるで我が子のように大事に思っている。

ロヴィーノ様が即位してから、フェリ様の姿を城で見かける機会が増えた。遠目に眺めるだけで、十分幸せだった。
フェルナンド様が生まれて、ロヴィーノ様とフリオ様がまた竜舎を訪れることが増えた。王妃様は1度も来たことがない。ロヴィーノ様はまだ幼いフェルナンド様を抱っこして、ご自身の飛竜に乗り、飛んでいた。
王妃様が亡くなって1年程は竜舎に顔を見せなくなってしまった。城で会っても、ロヴィーノ様はどこか無理しているようで心配で堪らなかった。しかし、フェリ様が夏休みだと言って土の宗主国へと連れていってから、前よりも元気になられた。土の宗主国から帰って来たフェルナンド様から弓を教えてほしいと頼まれたので、飛竜の乗り方を教える傍ら、ジャンが弓も教えることになった。フェルナンド様は飛竜の乗り方も弓の扱いも上達が早く、教えていてとても楽しかった。

仕事面では多少面倒な騒動もあったが、今のところは落ち着いており、平和である。
フェルナンド様も成人して久しく、立派に王太子としての務めを果たしており、ロヴィーノ様も早くも賢王と呼ばれる程優れた治世を行っている。畏れ多いが、ジャンにとっては自慢の王だ。

ジャンはふと自分の頬に手で触れた。昼間にフェリ様にキスをされたところを撫でる。


「モルガ。どうしてフェリ様は俺にキスしてくださるのだろうな」


モルガがクルクルと可愛らしく鳴く。なんとなくモルガの頬を撫でながら、ぼんやり昼間の事を思い出した。フェリ様と2人きりでのんびり楽しい会話をして、フェリ様が別れ際にまたジャンの頬にキスしてくれた。何故フェリ様がジャンにキスしてくれるのか、理由が全然分からない。それでも嬉しくて堪らない。
6歳の時にフェリ様に恋をしてから、ずっとフェリ様のことだけを想ってきた。恋人もつくらず、結婚もせずにいる。花街に行くこともない為、ジャンは結構いい歳だが実は童貞である。
恋の駆け引きなんて、さっぱり分からない。フェリ様に嫌われていないのは、なんとなく分かる。だが、特別な好意を寄せられているとも考えにくい。フェリ様はその気になれば、いくらでも恋人や伴侶を得られる立場だ。ジャンのような自他共に認める飛竜馬鹿を好いてくれるとは思いにくい。それでも、少しでいいからジャンのことを見てくれないかと思ってしまう。
遠くから見ているだけでよかったのに、最近は少しフェリ様との距離が近くなったからか、なんだか欲が出てきてしまった。
フェリ様と手を繋いで、髪にキスしてみたい。
叶うはずがない思いだ。ジャンは小さく溜め息を吐いて、酒瓶の中身を全て一息で飲み干した。
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