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18:ロヴィーノ
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ロヴィーノの1番古い父親の記憶は、まだ小さい自分の身体が父王に蹴り転がされ、その際に『目障りだ』と言われたことだ。
母は滅多に帰ってこず、いないのが普通であった。父王は基本的にロヴィーノの存在を無視するか、気まぐれに幼いロヴィーノを殴ったり蹴ったりするだけだった。
乳母をはじめ、ロヴィーノに仕える者達は本当に必要最低限のことしか話さず、幼いロヴィーノは母の眷属である大鷲のディアボロと小さな椋鳥のフィーナとのお喋りで話すことを覚えた。
神子には特別な眷属が3匹いる。母は風の神子なので、風竜と大鷲のディアボロ、椋鳥のフィーナがそれにあたる。この3匹は人間の言葉を話すことができる。風竜は基本的に母と一緒だから、ディアボロとフィーナがロヴィーノの側にずっといた。ディアボロとフィーナがロヴィーノにとって、父であり母であり、唯一の友であった。
ロヴィーノが6歳の時に弟のフリオが産まれた。約1年ほど母とずっと一緒に過ごせたが、母は妊娠中はつわりが兎に角酷く、ベッドに横になっていることが多かったので、外で一緒に遊んだりした記憶はない。そしてフリオが産まれて2ヶ月くらいで、母はまた務めに戻ってしまった。
ロヴィーノは産まれたばかりの小さな弟のフリオが可愛くて堪らなかった。首がすわると、フリオを抱っこして毎日のように大鷲のディアボロの背に乗せてもらって、飛竜がいる飛竜部隊の竜舎へと行っていた。
城の者は王に倣ってロヴィーノ達の存在を無視するが、飛竜乗り達はおそるおそるではあるが、ロヴィーノ達に普通に接してくれた。竜舎には6歳の誕生日に母から貰ったロヴィーノの飛竜もいる。ロヴィーノは当時部隊長だったジャン将軍に飛竜の乗り方を教えてもらった。ジャン将軍は飛竜のことに関しては、かなり厳しかった。しかし、それ以外ではとても優しかった。まるでディアボロ達が話す家族にまつわる話に出てきたり、本で読んだことがある『お父さん』のようだと思った。一緒に飛竜に乗り、こっそり狩に連れていってくれたこともある。流石にロヴィーノに弓などは持たせなかったが、ジャン将軍が狩った鹿をその場で捌いて調理し、食べさせてくれた。温かい料理というものを食べたのは、この時が初めてだった。城の料理は豪華でも基本的に冷めている。毒味だなんだとしているうちに、冷めてしまうのだ。
母以外に抱き締めてもらったのも、ジャン将軍が初めてだった。雪の中での飛行訓練の時だった。雪がいよいよ激しくなってしまい、完全に吹雪となり、飛んでいた場所から近い山の猟師小屋で一夜を明かすことになった。その時に、『寒いでしょう』と言って、ロヴィーノを抱っこして胸にかかえ、すっぽり自分ごと毛布でくるんだ。母とまだ小さすぎるからと置いてきたフリオ以外の体温を感じたのは、記憶にある限り初めてだった。
『ジャンが父上ならよかったのに』
実際に口に出したことはないが、いつもそう思っていた。
ロヴィーノが15歳の時にアルジャーノが産まれた。9歳になったフリオと共に、アルジャーノの世話を乳母達に任せずに、自分達だけで面倒をみた。ロヴィーノが7歳の時に突然母が連れてきた教育係はジャン将軍のように普通に接してくれて、ロヴィーノが弟達の面倒をみることに小言を言いながらも協力してくれた。
ロヴィーノとフリオは生物学上の父親に似ているが、アルジャーノはどちらかと言えば母に似ている。だからかもしれないが、父王は特にアルジャーノをよく殴ったりしていた。ロヴィーノかフリオが一緒ならば庇ってやれるが、父王はロヴィーノには多すぎる程の量の仕事をさせ、フリオにも色々嫌がらせを仕掛けてきて、アルジャーノが1人になる時間が多くなるよう仕向けた。そして暴行していた。ロヴィーノやフリオは何とかアルジャーノを守ろうとしていたが、協力してくれる者が少なく、殆んど不在の母にも言えず、何年も経つうちに、ついに決定的な事件が起きた。
12歳になったアルジャーノを父王が犯そうとした。なんとかフリオがその場に駆けつけて、ギリギリ助けられたが、その時に母譲りのアルジャーノの赤茶色の長い髪は短く切られてしまった。
ロヴィーノはフリオと話し合い、断腸の思いでまだ子供であるアルジャーノを城から出した。表向きは家出ということにして。
アルジャーノが安心して帰ってこられる場所にする。その目的の為にロヴィーノはフリオと共にひたすら頑張った。早く王位を継ぎたい。その為に必要な勉強は寝る間も惜しんでやったし、父王から嫌がらせのように割り振られる多すぎる仕事もこなしてみせた。ごくたまに城外の近くの森でアルジャーノと会うことだけが唯一の楽しみであった。フリオはフリオで頑張り、魔術師となって、実力で魔術師長の座についた。
ロヴィーノは兎に角早く王になりたかった。
内心焦りながらも王太子として、ひたすら働いていた頃。アルジャーノに恋をして思い詰めた水の神子マルクがアルジャーノに一服盛って一夜を共にし、一発妊娠するという事件が起きた。アルジャーノが逆レイプされたようなものとはいえ、水の神子を孕ませたのは事実である。父王は最初、水の王にアルジャーノの首をもって詫びとするつもりだった。それを水の宗主国王家との話し合いの場に立ち会い人として来ていた土の神子マーサが止めてくれた。代わりに父王が責任をとって退位し、ロヴィーノが王位につくことになった。水の王もそれで納得してくれ、結果、アルジャーノは水の神子マルクの内縁の夫という立場になった。水の王も王太子も器が大きな人物達で、アルジャーノを家族の一員として扱ってとても良くしてくれている。子供も無事に産まれてくれたし、今アルジャーノは幸せに過ごせている。
ロヴィーノが王位につくにあたり、風の宗主国の有力貴族の令嬢と結婚することになった。風の宗主国の貴族女性は兎に角痩せていることが美しいとされている。国1番の美姫と言われているロヴィーノの妻となった令嬢も、折れそうな程華奢であった。
ロヴィーノには子供の頃から夢があった。物語に出てくるような、平凡でも仲のいい幸せな家庭を作りたい。
ロヴィーノの両親の仲はまるで良くない。2人がまともに話しているところを見たことなどない。母は神子の務めで基本的に不在だし、生物学上の父親は子供を殴る蹴るするような男だ。
ロヴィーノはフリオが生まれる前の幼い頃に感じていた孤独を、我が子に味あわせるのだけは嫌だった。
妻は常に香水をつけていた。風の宗主国の貴族女性にとって、香水を身につけることは下着をつけるのと同じくらい当たり前なことだ。それはロヴィーノも知っている。しかし、ロヴィーノは小さな頃から香水特有の匂いがどうしても生理的に受け付けなかった。それでも、いつかは香水の匂いにも慣れると、ずっと我慢をして妻とできるだけにこやかに接していた。夜の夫婦生活の時ですら香水の匂いをさせている妻を、匂いで萎えそうになるのを気力でなんとかして抱いていた。毎日一緒に寝ることは流石にきつく、徐々に慣らしていくつもりで、どんなに忙しくても3日に1度、必ず後宮に通っていた。側室の話も出たが、毎回不要だと断り続け、妻に対して常に誠実であろうとした。そのお陰で、結婚して10年程で妻が懐妊した。
フェルナンドと名付けた自分の子供は可愛くて仕方がなかった。これで子供の頃からの夢がかなうかもしれない。そう思っていた。しかし、フェルナンドは母である妻にまるで懐かなかった。赤ん坊の時はひたすら泣いて妻が抱くどころか近づくことさえも嫌がり、少し大きくなると、鼻を押さえて妻から逃げ回るようになった。フェルナンドもロヴィーノと同じく、香水の匂いを生理的に受けつけない体質だった。ロヴィーノにはよく懐いているが、妻には近づこうともしない。最初は子供が懐かない事を気にしていた妻も、諦めたのか、フェルナンドに関心を持たなくなった。
そんな頃である。
4人の神子達が何人かの自分の家族も連れて、総じて4大国と呼ばれる4つの宗主国を旅行して廻ることになった。
土の神子マーサと会うのは3度目であった。マーサは顔立ちは別に美しいわけではないし、風の宗主国の貴族の価値観では醜いとされるくらい、ぽっちゃりしている。それでも笑うと愛嬌があって、コロコロ楽しそうに笑うマーサは見ていて飽きなかった。フェルナンドもマーサによく懐いた。マーサのすぐ近くに寄っても、香水の匂いなどせず、柔らかい、なんだかほんのりいい匂いがした。マーサが抱っこしているフェルナンドをロヴィーノが受けとる時とか、ちょっとした時に触れるマーサの柔らかな手の感触に胸が高鳴った。読書家で知識豊富なマーサとは話していてとても楽しく、ロヴィーノが好きなチェスもマーサは好きで、旅行中は毎晩酒を飲みながら一緒にチェスをした。飛竜も好きで、ロヴィーノの飛竜を見せると大喜びしてくれた。
風の宗主国の滞在はたった1週間だった。でもその1週間でロヴィーノはマーサが忘れられなくなった。
妻と何をしていても、マーサとならもっと楽しいのに……と思ってしまう自分を止められなかった。妻とのセックスも苦痛に感じるようになった。痩せすぎて乳房の膨らみなど殆んどなく、肋の浮いている身体に元々然程魅力を感じていなかったが、マーサの服の上からでも分かる柔らかな豊満な身体つきを見てしまうと、妻の身体のどこに魅力があるのか、と思ってしまい、勃起するのも一苦労になった。セックス中はいつもマーサの事を考えながらするようになった。そうでもしないと勃起しないし、射精もできないのだ。妻になんの魅力も愛情も感じない自分に気がついた。それでもマーサは土の神子だから、風の王のロヴィーノとは恋人にすらなれない。自分の伴侶は妻だけである。愛さねば、大事にしなければならない。フェルナンドの為にも。ロヴィーノはそう思って、以前よりも後宮へ向かう回数を増やしたり、昼間も仕事の合間をぬって妻のドレス選びやお茶の付き合ったり、妻が欲しがる高価な宝石を買い与えたりしていた。
ロヴィーノなりに大事に妻を愛しているつもりだった。
それなのに妻は死んだ。他の男の子供を身籠り、その男と共に崖から飛び降りて死んだ。いつから裏切られていたのか、分からない。ただ分かるのは、ずっと夢見ていた家族にはなれなかったということだけだ。裏切った妻に対する怒りと自分への落胆が大きく、ロヴィーノの心は荒れていった。
ーーーーーー
ロヴィーノはクラウディオと笑いながら話している母を、オムライスなるものを口に運びながら眺めていた。母はずっと風の神子として務めを果たしている。きっと母も普段は基本的に1人で寂しかったのだろう。こんなに柔らかく幸せそうに笑う顔は初めて見たかもしれない。
母は基本的に不在だが、ごくたまに帰ってくると、いつも全力でロヴィーノ達を抱き締めて、何度も顔中にキスをして、愛していると伝えてくる。だからロヴィーノも弟達も母のことが好きだ。母にも幸せになってもらいたい。ロヴィーノ達の生物学上の父親はろくでなしだから、アレよりもクラウディオの方がはるかにいいと、今日一緒に過ごして思った。フリオも同じように考えているようだ。
母のお陰もあって、ロヴィーノはマーサのこっそり秘密の嫁になれた。荒れていた心はすっかり落ち着いた。年に1度くらいしかマーサには会えないが、それでも良かった。王を退いた後にちゃっかりサンガレアに移住してやろうと考えている。マーサにとって自分が唯一の伴侶というわけではなくても、構わないと思えるくらい、ロヴィーノはマーサに大事にされている。フェルナンドもすくすく育っているし、マーサにもとても懐いている。マーサといると、ロヴィーノもフェルナンドもいつも笑顔でいられる。なんだか、夢に見ていた家族になっている気がする。ロヴィーノはマーサのこっそり秘密の嫁になってから、心が温かくなるようなじんわりとした幸せを感じている。その切欠を作ってくれたのは母だ。
だから今度はロヴィーノが母の幸せの為に協力する番だ。クラウディオが母を真剣に愛しているようで安心した。母は風の宗主国の神官達との関係がよくない。貴族達ともだ。故に、いっそ風の宗主国の者達にはクラウディオの存在を知らせなければいいだけの話だ。母に子供ができたら、またその時考えればいい。マーサの元にいる限り、不届きな風の宗主国の貴族ら等に、クラウディオが余計なちょっかいをかけられたり、命を狙われたりすることもないだろう。生物学上の父親は退位した後、側室と共に離宮に引っ込んで殆んど出てこない。ロヴィーノ達が風の宗主国で何も言わなければ、母にもクラウディオにも何も起こらず、2人の関係をより深めていける。
ロヴィーノは、クラウディオを『父』と呼べる日が待ち遠しいと思いながら、楽しそうに笑う母とクラウディオの姿を眺めた。
母は滅多に帰ってこず、いないのが普通であった。父王は基本的にロヴィーノの存在を無視するか、気まぐれに幼いロヴィーノを殴ったり蹴ったりするだけだった。
乳母をはじめ、ロヴィーノに仕える者達は本当に必要最低限のことしか話さず、幼いロヴィーノは母の眷属である大鷲のディアボロと小さな椋鳥のフィーナとのお喋りで話すことを覚えた。
神子には特別な眷属が3匹いる。母は風の神子なので、風竜と大鷲のディアボロ、椋鳥のフィーナがそれにあたる。この3匹は人間の言葉を話すことができる。風竜は基本的に母と一緒だから、ディアボロとフィーナがロヴィーノの側にずっといた。ディアボロとフィーナがロヴィーノにとって、父であり母であり、唯一の友であった。
ロヴィーノが6歳の時に弟のフリオが産まれた。約1年ほど母とずっと一緒に過ごせたが、母は妊娠中はつわりが兎に角酷く、ベッドに横になっていることが多かったので、外で一緒に遊んだりした記憶はない。そしてフリオが産まれて2ヶ月くらいで、母はまた務めに戻ってしまった。
ロヴィーノは産まれたばかりの小さな弟のフリオが可愛くて堪らなかった。首がすわると、フリオを抱っこして毎日のように大鷲のディアボロの背に乗せてもらって、飛竜がいる飛竜部隊の竜舎へと行っていた。
城の者は王に倣ってロヴィーノ達の存在を無視するが、飛竜乗り達はおそるおそるではあるが、ロヴィーノ達に普通に接してくれた。竜舎には6歳の誕生日に母から貰ったロヴィーノの飛竜もいる。ロヴィーノは当時部隊長だったジャン将軍に飛竜の乗り方を教えてもらった。ジャン将軍は飛竜のことに関しては、かなり厳しかった。しかし、それ以外ではとても優しかった。まるでディアボロ達が話す家族にまつわる話に出てきたり、本で読んだことがある『お父さん』のようだと思った。一緒に飛竜に乗り、こっそり狩に連れていってくれたこともある。流石にロヴィーノに弓などは持たせなかったが、ジャン将軍が狩った鹿をその場で捌いて調理し、食べさせてくれた。温かい料理というものを食べたのは、この時が初めてだった。城の料理は豪華でも基本的に冷めている。毒味だなんだとしているうちに、冷めてしまうのだ。
母以外に抱き締めてもらったのも、ジャン将軍が初めてだった。雪の中での飛行訓練の時だった。雪がいよいよ激しくなってしまい、完全に吹雪となり、飛んでいた場所から近い山の猟師小屋で一夜を明かすことになった。その時に、『寒いでしょう』と言って、ロヴィーノを抱っこして胸にかかえ、すっぽり自分ごと毛布でくるんだ。母とまだ小さすぎるからと置いてきたフリオ以外の体温を感じたのは、記憶にある限り初めてだった。
『ジャンが父上ならよかったのに』
実際に口に出したことはないが、いつもそう思っていた。
ロヴィーノが15歳の時にアルジャーノが産まれた。9歳になったフリオと共に、アルジャーノの世話を乳母達に任せずに、自分達だけで面倒をみた。ロヴィーノが7歳の時に突然母が連れてきた教育係はジャン将軍のように普通に接してくれて、ロヴィーノが弟達の面倒をみることに小言を言いながらも協力してくれた。
ロヴィーノとフリオは生物学上の父親に似ているが、アルジャーノはどちらかと言えば母に似ている。だからかもしれないが、父王は特にアルジャーノをよく殴ったりしていた。ロヴィーノかフリオが一緒ならば庇ってやれるが、父王はロヴィーノには多すぎる程の量の仕事をさせ、フリオにも色々嫌がらせを仕掛けてきて、アルジャーノが1人になる時間が多くなるよう仕向けた。そして暴行していた。ロヴィーノやフリオは何とかアルジャーノを守ろうとしていたが、協力してくれる者が少なく、殆んど不在の母にも言えず、何年も経つうちに、ついに決定的な事件が起きた。
12歳になったアルジャーノを父王が犯そうとした。なんとかフリオがその場に駆けつけて、ギリギリ助けられたが、その時に母譲りのアルジャーノの赤茶色の長い髪は短く切られてしまった。
ロヴィーノはフリオと話し合い、断腸の思いでまだ子供であるアルジャーノを城から出した。表向きは家出ということにして。
アルジャーノが安心して帰ってこられる場所にする。その目的の為にロヴィーノはフリオと共にひたすら頑張った。早く王位を継ぎたい。その為に必要な勉強は寝る間も惜しんでやったし、父王から嫌がらせのように割り振られる多すぎる仕事もこなしてみせた。ごくたまに城外の近くの森でアルジャーノと会うことだけが唯一の楽しみであった。フリオはフリオで頑張り、魔術師となって、実力で魔術師長の座についた。
ロヴィーノは兎に角早く王になりたかった。
内心焦りながらも王太子として、ひたすら働いていた頃。アルジャーノに恋をして思い詰めた水の神子マルクがアルジャーノに一服盛って一夜を共にし、一発妊娠するという事件が起きた。アルジャーノが逆レイプされたようなものとはいえ、水の神子を孕ませたのは事実である。父王は最初、水の王にアルジャーノの首をもって詫びとするつもりだった。それを水の宗主国王家との話し合いの場に立ち会い人として来ていた土の神子マーサが止めてくれた。代わりに父王が責任をとって退位し、ロヴィーノが王位につくことになった。水の王もそれで納得してくれ、結果、アルジャーノは水の神子マルクの内縁の夫という立場になった。水の王も王太子も器が大きな人物達で、アルジャーノを家族の一員として扱ってとても良くしてくれている。子供も無事に産まれてくれたし、今アルジャーノは幸せに過ごせている。
ロヴィーノが王位につくにあたり、風の宗主国の有力貴族の令嬢と結婚することになった。風の宗主国の貴族女性は兎に角痩せていることが美しいとされている。国1番の美姫と言われているロヴィーノの妻となった令嬢も、折れそうな程華奢であった。
ロヴィーノには子供の頃から夢があった。物語に出てくるような、平凡でも仲のいい幸せな家庭を作りたい。
ロヴィーノの両親の仲はまるで良くない。2人がまともに話しているところを見たことなどない。母は神子の務めで基本的に不在だし、生物学上の父親は子供を殴る蹴るするような男だ。
ロヴィーノはフリオが生まれる前の幼い頃に感じていた孤独を、我が子に味あわせるのだけは嫌だった。
妻は常に香水をつけていた。風の宗主国の貴族女性にとって、香水を身につけることは下着をつけるのと同じくらい当たり前なことだ。それはロヴィーノも知っている。しかし、ロヴィーノは小さな頃から香水特有の匂いがどうしても生理的に受け付けなかった。それでも、いつかは香水の匂いにも慣れると、ずっと我慢をして妻とできるだけにこやかに接していた。夜の夫婦生活の時ですら香水の匂いをさせている妻を、匂いで萎えそうになるのを気力でなんとかして抱いていた。毎日一緒に寝ることは流石にきつく、徐々に慣らしていくつもりで、どんなに忙しくても3日に1度、必ず後宮に通っていた。側室の話も出たが、毎回不要だと断り続け、妻に対して常に誠実であろうとした。そのお陰で、結婚して10年程で妻が懐妊した。
フェルナンドと名付けた自分の子供は可愛くて仕方がなかった。これで子供の頃からの夢がかなうかもしれない。そう思っていた。しかし、フェルナンドは母である妻にまるで懐かなかった。赤ん坊の時はひたすら泣いて妻が抱くどころか近づくことさえも嫌がり、少し大きくなると、鼻を押さえて妻から逃げ回るようになった。フェルナンドもロヴィーノと同じく、香水の匂いを生理的に受けつけない体質だった。ロヴィーノにはよく懐いているが、妻には近づこうともしない。最初は子供が懐かない事を気にしていた妻も、諦めたのか、フェルナンドに関心を持たなくなった。
そんな頃である。
4人の神子達が何人かの自分の家族も連れて、総じて4大国と呼ばれる4つの宗主国を旅行して廻ることになった。
土の神子マーサと会うのは3度目であった。マーサは顔立ちは別に美しいわけではないし、風の宗主国の貴族の価値観では醜いとされるくらい、ぽっちゃりしている。それでも笑うと愛嬌があって、コロコロ楽しそうに笑うマーサは見ていて飽きなかった。フェルナンドもマーサによく懐いた。マーサのすぐ近くに寄っても、香水の匂いなどせず、柔らかい、なんだかほんのりいい匂いがした。マーサが抱っこしているフェルナンドをロヴィーノが受けとる時とか、ちょっとした時に触れるマーサの柔らかな手の感触に胸が高鳴った。読書家で知識豊富なマーサとは話していてとても楽しく、ロヴィーノが好きなチェスもマーサは好きで、旅行中は毎晩酒を飲みながら一緒にチェスをした。飛竜も好きで、ロヴィーノの飛竜を見せると大喜びしてくれた。
風の宗主国の滞在はたった1週間だった。でもその1週間でロヴィーノはマーサが忘れられなくなった。
妻と何をしていても、マーサとならもっと楽しいのに……と思ってしまう自分を止められなかった。妻とのセックスも苦痛に感じるようになった。痩せすぎて乳房の膨らみなど殆んどなく、肋の浮いている身体に元々然程魅力を感じていなかったが、マーサの服の上からでも分かる柔らかな豊満な身体つきを見てしまうと、妻の身体のどこに魅力があるのか、と思ってしまい、勃起するのも一苦労になった。セックス中はいつもマーサの事を考えながらするようになった。そうでもしないと勃起しないし、射精もできないのだ。妻になんの魅力も愛情も感じない自分に気がついた。それでもマーサは土の神子だから、風の王のロヴィーノとは恋人にすらなれない。自分の伴侶は妻だけである。愛さねば、大事にしなければならない。フェルナンドの為にも。ロヴィーノはそう思って、以前よりも後宮へ向かう回数を増やしたり、昼間も仕事の合間をぬって妻のドレス選びやお茶の付き合ったり、妻が欲しがる高価な宝石を買い与えたりしていた。
ロヴィーノなりに大事に妻を愛しているつもりだった。
それなのに妻は死んだ。他の男の子供を身籠り、その男と共に崖から飛び降りて死んだ。いつから裏切られていたのか、分からない。ただ分かるのは、ずっと夢見ていた家族にはなれなかったということだけだ。裏切った妻に対する怒りと自分への落胆が大きく、ロヴィーノの心は荒れていった。
ーーーーーー
ロヴィーノはクラウディオと笑いながら話している母を、オムライスなるものを口に運びながら眺めていた。母はずっと風の神子として務めを果たしている。きっと母も普段は基本的に1人で寂しかったのだろう。こんなに柔らかく幸せそうに笑う顔は初めて見たかもしれない。
母は基本的に不在だが、ごくたまに帰ってくると、いつも全力でロヴィーノ達を抱き締めて、何度も顔中にキスをして、愛していると伝えてくる。だからロヴィーノも弟達も母のことが好きだ。母にも幸せになってもらいたい。ロヴィーノ達の生物学上の父親はろくでなしだから、アレよりもクラウディオの方がはるかにいいと、今日一緒に過ごして思った。フリオも同じように考えているようだ。
母のお陰もあって、ロヴィーノはマーサのこっそり秘密の嫁になれた。荒れていた心はすっかり落ち着いた。年に1度くらいしかマーサには会えないが、それでも良かった。王を退いた後にちゃっかりサンガレアに移住してやろうと考えている。マーサにとって自分が唯一の伴侶というわけではなくても、構わないと思えるくらい、ロヴィーノはマーサに大事にされている。フェルナンドもすくすく育っているし、マーサにもとても懐いている。マーサといると、ロヴィーノもフェルナンドもいつも笑顔でいられる。なんだか、夢に見ていた家族になっている気がする。ロヴィーノはマーサのこっそり秘密の嫁になってから、心が温かくなるようなじんわりとした幸せを感じている。その切欠を作ってくれたのは母だ。
だから今度はロヴィーノが母の幸せの為に協力する番だ。クラウディオが母を真剣に愛しているようで安心した。母は風の宗主国の神官達との関係がよくない。貴族達ともだ。故に、いっそ風の宗主国の者達にはクラウディオの存在を知らせなければいいだけの話だ。母に子供ができたら、またその時考えればいい。マーサの元にいる限り、不届きな風の宗主国の貴族ら等に、クラウディオが余計なちょっかいをかけられたり、命を狙われたりすることもないだろう。生物学上の父親は退位した後、側室と共に離宮に引っ込んで殆んど出てこない。ロヴィーノ達が風の宗主国で何も言わなければ、母にもクラウディオにも何も起こらず、2人の関係をより深めていける。
ロヴィーノは、クラウディオを『父』と呼べる日が待ち遠しいと思いながら、楽しそうに笑う母とクラウディオの姿を眺めた。
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