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10:王妃の死

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年が明け、季節は初夏へと移り変わろうとしている頃である。
フェリは急いでいた。
水の宗主国近郊を飛んでいる時に、風の宗主国の王妃が亡くなったと眷属から知らせが入ったからだ。風竜をとにかく急がせ、城の庭に降り立つ。急いで息子である王のいる執務室へと移動した。


「ロヴィーノ!!」

「母上」


長男・ロヴィーノは青白い、少しやつれた顔でフェリを出迎えた。執務室には他にも宰相と次男のフリオ、三男のアルジャーノがいた。


「王妃が亡くなったって」

「はい。今日が国葬でした。先ほど終わりました。」

「そうか……間に合わなかったか」

「墓は王族墓地にあります。行きますか?」

「あぁ」


ロヴィーノと2人で王族墓地に向かう。
歴代の王族達が眠る墓地の一角に、花が沢山供えられた墓が1つあった。その前に2人で立つ。辺りには誰もいない。
フェリは墓の前に膝まずき、祈りを捧げた。ロヴィーノは後ろに立って、虚ろな目でそれを眺めていた。祈りが終わるとフェリは立ち上がり、背後にいるロヴィーノを振り返った。


「なんで急に亡くなったんだ?」

「表向きは急病で亡くなったことになっています」

「表向きは?じゃあ、実際は?」

「心中です。護衛の男と2人で城の裏側近くの崖から飛び降りました。腹にはその男の子がいたようです」

「……そうだったのか」


長男の嫁は、ロヴィーノが王に即位する際に婚姻した有力貴族の娘だった。ほっそりとして、文句なしに美しく、まるで妖精のような女性だった。義理の娘とはいえ、あまり話したことはなかったが、夫婦仲が悪いようには見えなかったため驚いた。浮気をするような女にも見えなかったのに。


「……フェルナンドは?」

「部屋にいます」

「母親が亡くなったんだ。大丈夫だろうか」

「元々、あまり懐いていなかったので、結構平気そうでした。まだ5歳だからよく分かっていないだけなのかもしれませんが」

「そうか。顔を見てくるよ」

「はい」


フェルナンドの部屋に行くと、フェルナンドはフェリの顔を見たとたん、走って抱きついてきた。大人達が常にない厳かな顔をしているので不安だったんだろう。夕食の時間までフェリから離れようとしなかった。
ロヴィーノ達は仕事があるため、フェリはフェルナンドに夕食をとらせ、眠るまで側にいた。
夜も更け、フェルナンドが完全に寝つくと、眠るフェルナンドの額にキスをして、そっと窓から部屋を出た。
そのまま飛んでロヴィーノの部屋へと向かう。
ロヴィーノの部屋の窓をコンコンッと叩くと、ロヴィーノが出てきた。窓から彼の寝室へと入った。ロヴィーノの顔色は相変わらず悪かった。


「大丈夫か?ロヴィーノ」

「……はい」

「顔色が悪い。飯は食ったか?」

「いえ、食べられそうになかったので」

「そうか。果物でも持ってこようか?」

「いえ、結構です」

「……そうか」


フェリは何と声をかけたらいいのか、分からなかった。意気消沈しているロヴィーノを慰める言葉が中々思いつかなかった。
フェリは無言でベットに座るロヴィーノを抱き締めた。


「……悲しいと思わないんです。妻が亡くなったというのに」


ロヴィーノがぽつぽつ話し始めた。


「苦手な香水の匂いもいつか慣れる日が来ると我慢して、仕事を調節して彼女のドレスを一緒に選んだり、お茶を飲む時間を設けたり、俺なりにいい夫婦になろうと頑張ってたんです」

「……うん」

「それなのに……」


フェリは宥めるようにロヴィーノの頭を無言で撫でた。


「今も怒りしか湧いてこないんです。俺だって努力してたのに。フェルナンドも香水が苦手で全然彼女に懐かないから、やんわり香水を止めるように言っても聞いてくれなかったし、そもそも俺の側仕えの者から、俺も香水が苦手だって話聞いてるはずなのに。風の宗主国の王妃だというのに飛竜が嫌いだったから一緒に出かけることもできなかった。俺が何かしても形式的なことばかりで彼女自身はなにも返そうとはしてくれなかった」


ロヴィーノの話は散文的で、兎に角、心の中に溜め込んでいたものを吐き出すように話し続けた。


「……比べてしまってたんです。あの方と。あの方となら、一緒に飛竜にのって遠乗りに出掛けられたり、チェスをしたり、一緒の本を読んでそのことを話したりできるのにって。妻と何かする度に、あの方とならもっと楽しいだろうに、って。もしかしたらそれが伝わってたのかもしれない。俺、最低なんです」


そう言ってロヴィーノは顔を手で覆った。


「……あの方って?」

「……マーサ様」


小さな声でそう答えた。










ーーーーーー
フェリは悩みながら、空を飛んでいた。亡くなった王妃のこと、ロヴィーノのことで頭が一杯だった。このままでは役目に身が入らない。
フェリは軽く頭を振ると、土の宗主国を目指して進路を変えた。

フェリは土の宗主国に着くとすぐに、クラウディオに連絡をした。夜に会う約束をとりつけると、マーサのもとへ向かった。マーサはいつものように、畑仕事に勤しんでいた。


「マーサ」

「あー、兄さん。おかえりー」

「ただいま」

「今度は早かったねぇ。見てよ、いい感じの茄子が採れたよ……って、兄さん。何かあった?」

「……風の宗主国の王妃が亡くなった」

「それはまた……急な話ね。お悔やみ申し上げます」

「ありがとう」

「とりあえずお茶を淹れよう」

「うん」


2人で畑から母屋へと移動した。
フェリがいつもの調子ではないからだろう。マーサは畑から母屋へと向かい歩いている間、フェリの手を無言で握った。温かくて小さなマーサの柔らかい手の感触に、少しだけ、自分でも気づかないうちに落ち込んでいた気持ちが上昇した。居間に入ると、マーサがお茶を淹れてくれた。マーサは料理はかなり上手だが、お茶を淹れるのは何故かかなり下手だ。今も安定の不味さである。しかし、その不味さに何故かほっとする。


「それで、何で亡くなったの?」

「表向きは急病。実際は別の男と心中」

「あらま、そいつはまた……」

「ロヴィーノが凄いショック受けててさ……」

「そりゃ、そうでしょうとも」

「俺も何て声をかけたらいいか、分からないんだよな。でもすげぇ心配だからさ。暫くは向こうに居ようと思ってるんだけど」

「そうだねぇ。そうしてあげるといいよ。無理に声をかけずに側にいてやるだけでもいいんじゃないかなぁ?」

「そうか?」

「うん。話を聞いてやるだけでもいいし、色々溜め込みすぎないように見といてあげたら?」

「……そうだな。そうするよ」

「うん」

「夜にクラウディオに会ったら、そのまま風の宗主国に戻るな」

「分かったわ。お悔やみの手紙を書くから、兄さん、持っていってくれる?」

「あぁ」


マーサが労るように優しくフェリを抱き締めてくれた。抱き締めてくれる柔らかくて温かいマーサの腕や胸の感触に、もしかしてロヴィーノが欲しかったのはこういうものなのだろうか、とふと思った。






ーーーーーー
その夜。
フェリはクラウディオのもとを訪れた。
窓から入ってきたフェリをクラウディオは抱き締めて出迎えてくれた。額や頬にキスしてくれる。フェリもクラウディオの頬にキスをした。


「フェリ。久し振り」

「久し振り、クラウディオ。悪いな、急に」

「いや、構わないよ。会えて嬉しい」

「実は暫くの間、風の宗主国に居ることにしたんだ。その前に顔みたくてさ」

「そうなのか。来てくれてありがとう」


クラウディオが嬉しそうに微笑んだ。
つられてフェリも笑い返す。


「ワインあるけど、飲むか?」

「じゃあ、少しだけ」


体を離し、テーブルへとエスコートされる。フェリは少し照れ臭くて、頬が赤らんだ。


「何かあったのか?」

「風の宗主国の王妃が亡くなったんだ。長男の嫁だったんだけど。それで長男の側に暫く居ようかと思ってさ」

「そうなのか……お悔やみ申し上げる」

「ありがとう」

「確か、サーシャ様と同じくらいの歳の王太子殿下がいらっしゃっただろう?母君が亡くなられてさぞ寂しかろう」

「うーん……それが色々と複雑でさぁ」

「と、言うと?」

「フェルナンドは母親に懐いてなかったみたいなんだよ。長男のロヴィーノもなんだけど、香水の匂いが苦手らしくてさ。香りがキツくないサンガレアの練り香をあげたこともあるんだけど、少なくとも俺が知る限りはつけてなかったなぁ。風の宗主国の貴族の女性が香水をつけるのってさ、下着をつけるのと同じくらい当然のことなんだよ。まぁだから当然のことなのかもしれないんだけど」

「香水の匂いか……しかし、風の陛下も殿下も苦手なら、普通はつけるのを止めそうなものだけどな」

「うーん……実は俺もあんま話したことないんだけど、良くも悪くも貴族の女性って感じだったなぁ」

「そうなのか」

「ここだけの話さ、病気とかじゃなくて、別の男と心中したんだよ。おまけに腹に相手の子供までいたらしい」

「それはまた……」

「長男が王位につくときに結婚したんだけどさぁ、ロヴィーノはロヴィーノなりにいい夫婦になろうと色々頑張ってたからショックが大きいみたいで」

「気の毒な話だなぁ」

「そうなんだよ。俺、なんて声かけたらいいか分かんなくってさ。おまけにロヴィーノがさ、どうもマーサに惚れてるかもしれないんだよなぁ。ていうか、確実に惚れてる」

「マーサ様に?」

「うーん。惚れたのは多分四大国巡りの旅の時だと思うんだけど。俺ら神子4人で各宗主国を回っただろ?当然風の宗主国にも行ったわけじゃん。それも1週間も。そん時にマーサとすげぇ気があったみたいでさ。旅行の時はずっと楽しそうにしてたんだ。それからどうもマーサと亡くなった王妃と比べちゃったりしてたらしくて。それが王妃にも伝わってたんじゃないかって、自分を責めたりしちゃってるんだよ」

「そうなのか。今のご様子は?」

「気丈に振る舞ってるけど、なんか無理してる感じ。風の宗主国の民ってさ、男も髪を伸ばす風習なんだよ。髪はすごく大事で、家族と恋人か伴侶にしか絶対触らせないんだ。で、髪に触れるのが最大の愛情表現って感じなんだけど。その髪を自分でばっさり切っちゃってさ。髪を短く切るって刑罰の1つにもなってるくらいなのに。だからもう心配なんだよ」

「それは心配だな……」

「そうなんだよ。もう、どうしたものかなぁ……」

「いっそ、一度サンガレアに連れてきてはどうだ?マーサ様とどうこうなれるかは別にして、気晴らしにはなるだろう?」

「あー……それもそうだなぁ。今は王妃が亡くなったばかりでゴタゴタしてるから、来年の夏辺りにでも連れてこようかな。フェルナンドも一緒に」

「それがいい。心配だろうが、フェリまで思い悩みすぎるなよ。しんどくなってしまうから」

「……うん。ありがと」


クラウディオが優しくフェリの頭を撫でてくれた。フェリは座るクラウディオの膝にのり、抱きついた。


「話を聞いてくれてありがとう。少し楽になったよ」

「いや。気のきいたことが言えなくて、すまないな」

「ううん。十分だ」


フェリは額をクラウディオの肩口に擦りつけた。頭や背を優しく撫でられる。
頬にキスをされると、顔をあげ、クラウディオと触れるだけのキスをした。
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