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17:初めて泣いた日
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ブライアンは領軍での事情聴取を終えると、疲れた溜め息を小さく吐いた。グルーは他にも問題行動を起こしていたらしく、暫くは再教育という名の1人だけの地獄の鍛錬祭りと、その後に懲戒処分になるらしい。ブライアンへの接近禁止令も出してもらえたので、少しだけ安心できた。
事情聴取をしている間、ずっと真顔で無言のカーティスに手を握られていた。フリンはサクッと領軍の人に事情を話して、カーティスが来ると、すぐに帰っていった。
事情聴取が終わっても、カーティスは無言である。沈黙が辛い。
領軍の詰所の門を出ると、カーティスがじっとブライアンの顔を見て、口を開いた。
「とりあえずブライアンの家に帰ろう」
「あ、うん」
カーティスはブライアンの家に着くまで、ずっと真顔で無言だった。ブライアンはすごく気まずくて、チラチラと何度もカーティスの横顔を見ながら、これからどうしようと焦っていた。
ブライアンの家の玄関を開けて、中に入るなり、ブライアンはカーティスに強く抱きしめられた。思わず、ビクッとしてしまったが、カーティスが大きな溜め息を吐いて、ブライアンを宥めるように優しく背中を擦ってくれた。
「……フリンから『ブライアンさんの緊急事態っす。負傷あり』って連絡が来た時は、驚き過ぎて心臓出るかと思った」
「あ、えっと、その……ごめん」
「事情聴取は一緒に聞いてたけど、殴られたのは頬だけ?」
「うん」
「本当の本当に?」
「……あー……肩を強く掴まれた……かな」
「見せて」
「あ、はい」
ブライアンはカーティスにやんわりと手を握られて、そのまま2人で寝室に移動した。ベッドに腰掛けて、秋物のコートとシャツを脱げば、掴まれた肩にはうっすら手形があった。
カーティスが眉間に深い皺を寄せ、チッと小さく舌打ちをした。
「一応、ここにも薬を塗るから。頬はフリンが塗ったんだよな」
「あ、うん」
「ちょっと待って。臭いけど、よく効く軟膏がある」
「あ、ありがとう」
カーティスが真剣な顔でブライアンの肩に軟膏を塗った。確かに臭い。上手く表現できない類の独特な匂いがする。
カーティスが薬を塗り終わり、薬が服につかないように、患部にガーゼを当て、包帯でぐるぐる巻にした。少し大袈裟だと思うのだが、怖いくらい真剣な顔をしているカーティスに声がかけられない。
殴られた頬も改めて診られて、口の中も診られた。
あからさまにぶすっとした顔をしたカーティスが、上半身裸のブライアンを優しく抱きしめた。
まるで壊れ物に触れるかのように、優しく背中と頭を撫でられる。殴られていない方の頬にピタリと頬をつけ、カーティスが耳元で囁いた。
「心配した」
「……ごめん」
「なんであんなのと付き合ってたの」
「……口説かれて、断りきれなくて……」
「どんくらい?」
「半年くらい」
ブライアンの肩に額をくっつけ、カーティスが大きな溜め息を吐いた。
「もー。殴られるのは痛いし怖いでしょー。ちゃんと誰かに助けを求めなきゃ駄目じゃない」
「……だって……」
「だって?」
「……格好悪いし。俺だって男だから、多少殴られても平気だし」
「全然平気じゃねぇよ」
カーティスがブライアンの肩から顔を上げ、どうしたらいいのか分からず困っているブライアンの顔を真正面から見た。
カーティスの顔は真剣な表情を浮かべていて、じっと殴られた頬を見た後で、柔らかい笑みを浮かべた。
「はい」
「え?」
「泣き言の時間」
「え?」
「好きなだけ愚痴とか恨み辛みとか吐き出しちゃえよ」
「……そんなの格好悪い」
「お馬鹿ちんめ。ブライアンは俺が格好悪いとこ見せたら嫌?」
「嫌じゃない」
「でしょ?俺も一緒。でろでろに甘やかしてやるから、おいで」
カーティスの優しい笑みに、なんだか色んなものが込み上げてきて、目頭が急に熱くなっていく。
どんなに殴られても、どんなに罵られても、ブライアンは泣いたことがなかった。泣いたら完全に負けてしまう。ブライアンは、力じゃ敵わないグルーにも、他の殴ってくるような元カレの前でも、1人の時でも、絶対に泣かなかった。それは、ブライアンのちっぽけなプライドだった。
泣きたくない。でも、カーティスに抱きしめられて泣いてしまいたい。
ぐっと泣くのを必死で堪えていると、カーティスが優しくブライアンの身体を抱きしめ直し、ブライアンの目元に優しいキスをした。
「泣いちゃえ」
「……ずるい」
「なにが?」
「そんな……そんな、優しくされたら、我慢できなくなるだろ」
「我慢すんなよ。ブライアン」
「ん」
「俺はブライアンが好きだよ。だから、絶対に傷ついてほしくない」
「~~~~っ、今、言うの、ずるい」
ブライアンはカーティスの身体に強くしがみついて、情けなく声を出して泣き出した。カーティスの一言で、一生懸命堰き止めていたものが溢れだす。
「うぇっ、うぇっ、いたいのは、やだぁ」
「うん」
「こ、こわ、こわかったぁ」
「うん」
「もうカーティス以外に触られたくないっ」
「うん」
ブライアンはカーティスに抱きしめられ、頭や背中を優しく撫でてもらいながら、涙が枯れるまで、子供のように泣きじゃくった。
------
ブライアンはベッドに寝転がり、カーティスが用意してくれた冷たいタオルを瞼の上に置いていた。ひんやりとしたタオルが、泣き過ぎて熱くなっている瞼に気持ちがいい。こんなに泣いたのは、多分幼い頃以来だ。泣き過ぎて頭痛までしてきた。垂れ流しだった鼻水は、カーティスが優しくキレイに拭き取ってくれた。
ベッドに腰掛けて、ゆるくブライアンの手を握ってくれているカーティスと、目が合わせられない。今、絶対に情けなくて不細工な顔をしている。
カーティスに抱きしめられて、思いっきり泣いて、すごくスッキリした。
そして、今になって、羞恥心が舞い戻ってきている。いい年した大人の男が子供みたいに泣きじゃくるなんて恥ずかしい。叶うことなら、今すぐ穴を掘って埋まりたい。
ブライアンが静かに羞恥で悶ていると、カーティスが握ったブライアンの手を優しくにぎにぎした。
ブライアンは少しだけ目の上に覆っていたタオルをずらし、カーティスの方を向いた。
「カーティス」
「うん?」
「俺もカーティスが好きだよ」
「うん」
カーティスがふわっと嬉しそうに笑った。あまりにも嬉しそうなので、ブライアンもつられて小さく笑った。
「ねぇ。カーティス。お願いがあるんだけど」
「なんでもどんとこーい」
「今すぐ抱いてよ。今までのこと、全部カーティスで上書きして忘れさせて」
「全力で優しくする」
「うん」
キリッと決意溢れる顔をしたカーティスに、ブライアンは嬉しくて微笑んだ。
カーティスがブライアンの身体に覆い被さるようにして、ブライアンの唇に、優しく触れるだけのキスをしてくれた。
目の上のタオルを取って、ポイッと適当に投げたカーティスが、ブライアンの殴られていない頬を優しく撫でて、再びキスをして、唇を触れ合わせたまま囁いた。
「忘れられない夜にしよっか」
「うん」
ブライアンはカーティスの首に両腕を絡め、自分からカーティスの唇に吸いついた。
事情聴取をしている間、ずっと真顔で無言のカーティスに手を握られていた。フリンはサクッと領軍の人に事情を話して、カーティスが来ると、すぐに帰っていった。
事情聴取が終わっても、カーティスは無言である。沈黙が辛い。
領軍の詰所の門を出ると、カーティスがじっとブライアンの顔を見て、口を開いた。
「とりあえずブライアンの家に帰ろう」
「あ、うん」
カーティスはブライアンの家に着くまで、ずっと真顔で無言だった。ブライアンはすごく気まずくて、チラチラと何度もカーティスの横顔を見ながら、これからどうしようと焦っていた。
ブライアンの家の玄関を開けて、中に入るなり、ブライアンはカーティスに強く抱きしめられた。思わず、ビクッとしてしまったが、カーティスが大きな溜め息を吐いて、ブライアンを宥めるように優しく背中を擦ってくれた。
「……フリンから『ブライアンさんの緊急事態っす。負傷あり』って連絡が来た時は、驚き過ぎて心臓出るかと思った」
「あ、えっと、その……ごめん」
「事情聴取は一緒に聞いてたけど、殴られたのは頬だけ?」
「うん」
「本当の本当に?」
「……あー……肩を強く掴まれた……かな」
「見せて」
「あ、はい」
ブライアンはカーティスにやんわりと手を握られて、そのまま2人で寝室に移動した。ベッドに腰掛けて、秋物のコートとシャツを脱げば、掴まれた肩にはうっすら手形があった。
カーティスが眉間に深い皺を寄せ、チッと小さく舌打ちをした。
「一応、ここにも薬を塗るから。頬はフリンが塗ったんだよな」
「あ、うん」
「ちょっと待って。臭いけど、よく効く軟膏がある」
「あ、ありがとう」
カーティスが真剣な顔でブライアンの肩に軟膏を塗った。確かに臭い。上手く表現できない類の独特な匂いがする。
カーティスが薬を塗り終わり、薬が服につかないように、患部にガーゼを当て、包帯でぐるぐる巻にした。少し大袈裟だと思うのだが、怖いくらい真剣な顔をしているカーティスに声がかけられない。
殴られた頬も改めて診られて、口の中も診られた。
あからさまにぶすっとした顔をしたカーティスが、上半身裸のブライアンを優しく抱きしめた。
まるで壊れ物に触れるかのように、優しく背中と頭を撫でられる。殴られていない方の頬にピタリと頬をつけ、カーティスが耳元で囁いた。
「心配した」
「……ごめん」
「なんであんなのと付き合ってたの」
「……口説かれて、断りきれなくて……」
「どんくらい?」
「半年くらい」
ブライアンの肩に額をくっつけ、カーティスが大きな溜め息を吐いた。
「もー。殴られるのは痛いし怖いでしょー。ちゃんと誰かに助けを求めなきゃ駄目じゃない」
「……だって……」
「だって?」
「……格好悪いし。俺だって男だから、多少殴られても平気だし」
「全然平気じゃねぇよ」
カーティスがブライアンの肩から顔を上げ、どうしたらいいのか分からず困っているブライアンの顔を真正面から見た。
カーティスの顔は真剣な表情を浮かべていて、じっと殴られた頬を見た後で、柔らかい笑みを浮かべた。
「はい」
「え?」
「泣き言の時間」
「え?」
「好きなだけ愚痴とか恨み辛みとか吐き出しちゃえよ」
「……そんなの格好悪い」
「お馬鹿ちんめ。ブライアンは俺が格好悪いとこ見せたら嫌?」
「嫌じゃない」
「でしょ?俺も一緒。でろでろに甘やかしてやるから、おいで」
カーティスの優しい笑みに、なんだか色んなものが込み上げてきて、目頭が急に熱くなっていく。
どんなに殴られても、どんなに罵られても、ブライアンは泣いたことがなかった。泣いたら完全に負けてしまう。ブライアンは、力じゃ敵わないグルーにも、他の殴ってくるような元カレの前でも、1人の時でも、絶対に泣かなかった。それは、ブライアンのちっぽけなプライドだった。
泣きたくない。でも、カーティスに抱きしめられて泣いてしまいたい。
ぐっと泣くのを必死で堪えていると、カーティスが優しくブライアンの身体を抱きしめ直し、ブライアンの目元に優しいキスをした。
「泣いちゃえ」
「……ずるい」
「なにが?」
「そんな……そんな、優しくされたら、我慢できなくなるだろ」
「我慢すんなよ。ブライアン」
「ん」
「俺はブライアンが好きだよ。だから、絶対に傷ついてほしくない」
「~~~~っ、今、言うの、ずるい」
ブライアンはカーティスの身体に強くしがみついて、情けなく声を出して泣き出した。カーティスの一言で、一生懸命堰き止めていたものが溢れだす。
「うぇっ、うぇっ、いたいのは、やだぁ」
「うん」
「こ、こわ、こわかったぁ」
「うん」
「もうカーティス以外に触られたくないっ」
「うん」
ブライアンはカーティスに抱きしめられ、頭や背中を優しく撫でてもらいながら、涙が枯れるまで、子供のように泣きじゃくった。
------
ブライアンはベッドに寝転がり、カーティスが用意してくれた冷たいタオルを瞼の上に置いていた。ひんやりとしたタオルが、泣き過ぎて熱くなっている瞼に気持ちがいい。こんなに泣いたのは、多分幼い頃以来だ。泣き過ぎて頭痛までしてきた。垂れ流しだった鼻水は、カーティスが優しくキレイに拭き取ってくれた。
ベッドに腰掛けて、ゆるくブライアンの手を握ってくれているカーティスと、目が合わせられない。今、絶対に情けなくて不細工な顔をしている。
カーティスに抱きしめられて、思いっきり泣いて、すごくスッキリした。
そして、今になって、羞恥心が舞い戻ってきている。いい年した大人の男が子供みたいに泣きじゃくるなんて恥ずかしい。叶うことなら、今すぐ穴を掘って埋まりたい。
ブライアンが静かに羞恥で悶ていると、カーティスが握ったブライアンの手を優しくにぎにぎした。
ブライアンは少しだけ目の上に覆っていたタオルをずらし、カーティスの方を向いた。
「カーティス」
「うん?」
「俺もカーティスが好きだよ」
「うん」
カーティスがふわっと嬉しそうに笑った。あまりにも嬉しそうなので、ブライアンもつられて小さく笑った。
「ねぇ。カーティス。お願いがあるんだけど」
「なんでもどんとこーい」
「今すぐ抱いてよ。今までのこと、全部カーティスで上書きして忘れさせて」
「全力で優しくする」
「うん」
キリッと決意溢れる顔をしたカーティスに、ブライアンは嬉しくて微笑んだ。
カーティスがブライアンの身体に覆い被さるようにして、ブライアンの唇に、優しく触れるだけのキスをしてくれた。
目の上のタオルを取って、ポイッと適当に投げたカーティスが、ブライアンの殴られていない頬を優しく撫でて、再びキスをして、唇を触れ合わせたまま囁いた。
「忘れられない夜にしよっか」
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