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16:トラブル発生

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茹だるような暑さが和らぎ、サンガレアに秋がきた。
ブライアンは上機嫌に鼻歌を歌いながら、バリバリ書類を捌いていた。半月後に、秋の豊穣祭がある。1年で一番大きな祭りだ。秋の豊穣祭の時も、総合庁は仕事がある。むしろ、様々なイベントが行われる為、それを総括するので忙しい。この日は、基本的に家庭持ちくらいしか休みが取れないが、単身者でも籤引きで各部署1人ずつ休みが取れる。ブライアンはここ10年程ずっと外れ籤ばかりを引いていたが、なんと今年は当たりを引いた。カーティスは秋の豊穣祭の日は休みだと聞いている。カーティスと秋の豊穣祭に行けることになった。機嫌だって良くなるというものである。

カーティスとは、まだ恋人じゃない。だが、連絡蝶で連絡を取り合って、休みが合う時は、どちらかの家で一緒に過ごしている。ディビットからは『まだ付き合ってないんですか?』と呆れた顔をされるが、まだ告白する勇気が出ないのだから仕方がない。やることもがっつりヤッているし、甘い空気になったりもするが、お互いにまだ探りあっているというか、中々『好きだ』と言えない感じである。

ブライアンは昼休憩の時間になると、いそいそと連絡蝶を飛ばして、カーティスに秋の豊穣祭の誘いを送った。昼休憩が終わる前には返事が返ってきて、カーティスから了承をもらえた。思わずガッツポーズをしたブライアンを、ディビットが生温い目で見ていたが、気にしないことにした。
ブライアンは午後からもご機嫌のまま、サクサクと仕事を片付けた。





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秋の豊穣祭が一週間後に控えた休日。
ブライアンは1人で買い物に出ていた。秋の豊穣祭で着る服を買いに行く。靴も新調したいし、鞄も欲しい。
今日はカーティスは仕事らしい。カーティスに会いたい気持ちは勿論あるが、カーティスに少しでもよく見られたいので、逆に好都合だ。少しでもお洒落をして、カーティスに素敵だなって思われたい。
ブライアンは気合を入れて、馴染みの服屋へと入った。

顔馴染みの店員と相談しながら服と靴を選び、ブライアンは上機嫌で店を出た。いい買い物ができたと思う。試着してみた服は、我ながら似合っていた。あとは服に合って機能的な鞄を買うだけだ。ついでにお徳用のデカいローションも買わなければ。そろそろ自宅のストックが切れそうだった。

ブライアンが軽やかな足取りで鞄屋を目指していると、いきなり後ろから肩をぐいっと強く掴まれた。強制的に振り向かされた形になって驚くブライアンの前に、約1年前に別れた元カレがいた。
元カレはブライアンの顔を見て、ニヤニヤと笑った。


「やっぱりブライアンだ。今は恋人はいるのか」

「…………久しぶり。グルー。……恋人は……いないけど……」

「おっ。ちょうどいいな。寄りを戻そうぜ。お前だって俺と別れたくなかっただろ?」

「あり得ない。別れて清々してるさ」


元カレ・グルーがニヤニヤ笑いながら、ブライアンの肩を掴む手に力を入れた。鈍い痛みに、思わず眉間に皺を寄せてしまう。グルーは軍人で、力が強い。グルーは浮気癖があった上に、何かとすぐにブライアンに手を出していた。グルーに何度殴られたか分からない。
ブライアンはキッとグルーを睨みつけた。


「この手を離せ。寄りを戻す気はない」

「あ?あんあんよがるしか能がねぇ奴が何抜かしてんだ。おら。好きなだけよがらせてやるから来いよ」

「ちょっ、離せっ!」


グルーがブライアンの腕を強く掴み、歩き始めた。力では敵わないブライアンは、ずるずる引き摺られるようにして歩かざるをえなくなった。グルーの行き先は分かる。花街の方向に向かっている。なんとか逃げ出さないと、確実にグルーに犯される。
ブライアンはゾッとして、なんとかグルーの手を振り解こうと身をよじった。
ジタバタするブライアンにイラッとしたのか、前を向いていたグルーが振り返り、ガッとブライアンの右頬を殴った。
殴られるのが久しぶり過ぎて、歯を噛みしめるのを忘れていた。口の中が切れたのか、すぐにじわぁっと血の味が口内に広がっていく。


「お前は俺に従ってりゃいいんだよ」


グルーがニヤニヤしながら、再び拳を握り、殴りつけるような動きをした。反射的に、ビクッと身体が震える。
それでも、グルーのいいようにされる訳にはいかない。ブライアンが好きなのはカーティスだ。こんな暴力男なんかじゃない。
ブライアンはペッと口内に溜まった血を吐き出して、全力でグルーの左頬を引っ叩いた。誰かを叩くなんて、生まれて初めてだ。強く叩いた掌がじんじん痛いが、ここでグルーに負ける訳にはいかない。
ブライアンはキツくグルーを睨みつけ、口を開いた。


「手を離せ。お前とはもう終わってる。俺には好きな人がいる。お前なんかじゃない」

「てめぇ……」


ブライアンに頬を叩かれてポカンとしていたグルーが、額に青筋を浮かべて、拳を振りかぶった。また殴られる、と思った次の瞬間、何故かグルーが白目を剥いて、その場に倒れた。


「…………は?」

「はーい。暴行現場の鎮圧かんりょーっす!!」

「え?フリンちゃん?」

「うぃっす!こんちゃーっす!ブライアンさん!」


何故かフリンがそこにいた。
驚いて目をぱちくりさせているブライアンの側に、フリンがととととっと近寄ってきて、ブライアンの顔をやんわりと両手で包んで顔を下げさせ、間近でブライアンの頬を見た。


「あー。これは腫れるやつっすね。口の中は切れてないっすか?」

「え、あぁ。切れちゃってるかな」

「領軍の詰所に連絡蝶飛ばしてるんで、もうちょい此処に居てほしいっす。事情聴取とかあるんで」

「あ、はい。えっと、フリンちゃん、こいつに何したの?」


ブライアンがおずおずと倒れているグルーを指差すと、フリンがニカッと笑った。


「熊でも一発で気絶する痺れ薬を吹き矢でピュっとやったっす!」

「マジか!?え、大丈夫なの!?それ!」

「死なない程度のもんなんで、問題ないっす」

「えー……ほんとにいいのか……」

「大丈夫っすよー。あははっ」


あっけらかんと笑うフリンに、なんだか力が抜けてしまう。
ブライアンは、鞄から取り出した軟膏をブライアンの頬に塗り始めたフリンに話しかけた。


「今日は仕事じゃないの?」

「仕事の帰りっす。たまになんすけど、研究所付属の総合病院に薬を届けに行くんすよ。まだ量産ができなくて、貴重価値が高いやつっす」

「あ、そうなんだ。お疲れ様」

「あざーっす!こいつ、ブライアンさんの知り合いっすか?」

「あー……1年前くらいに別れた元カレ」

「マジっすか。えー!こんなんと付き合ってたんすか!?」

「あー……ははっ。……口説かれて、断りきれなくて?」

「えーー!別れて正解っすよ!人を殴るような奴とは付き合っちゃ駄目っす!」

「あ、はい。うん。だよね」

「先輩にはこの事言っていいっすか?」


フリンにそう聞かれて、ブライアンは高速で首を左右に振った。こんなみっともないトラブル、カーティスには絶対に知られたくない。
ブライアンがおずおずとそう言うと、フリンが不満気に頬を膨らませた。


「なんかの拍子で知ったら、先輩、絶対にビックリするし、怒るっす。『なんで教えなかったんだー!』って」

「いやでも。……情けないし、心配かけたくないし……」

「んーー。うん!先輩を今から呼ぶっす!」

「はいっ!?」

「前に部長が『暴力は身体だけじゃなくて心も傷つける』って言ってたっす!今、ブライアンさんは治療が必要な状態っす!なので、先輩を呼びます!」

「…………いやでも……今の俺、絶対格好悪いし……」

「見栄を張ってる場合じゃねぇっすよ!先輩にちゃんと心も治療してもらってくださいっす!」

「フリンちゃん……」


本当は、今すぐカーティスに会いたい。殴られて怖かった。犯されると思って怖かった。今もずっと手が震えている。
フリンにはそれが分かったのだろう。ブライアンは情けなく眉を下げてから、無言で小さく頷いた。
フリンがニカッと笑って、震えるブライアンの手を温かい小さな両手で握った。


「先輩が来るまでの代わりっす」

「……フリンちゃん。その、ありがとう」

「いいって事っす!」


ブライアンは領軍の者と酷く慌てたカーティスが来るまで、ずっとフリンに手を握ってもらっていた。

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