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3:焼き肉

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カーティスは昨日からご機嫌なフリンを連れて中央の街に来ていた。フリンは焼き肉がかなり楽しみらしい。
薬師街には飲食店が少なく、普段は薬師街から殆んど出ないので、焼き肉を食べる機会は少ない。保有する魔力が多い程大食いになる傾向がある。カーティスは魔力が多い方だが、フリンはもっと多い。フリンは第3研究部で2番目に魔力が多く、ものすごく食べる。薬事研究所の給料は高い方なのだが、食費で半分近く消えているくらい、フリンは食べる。その事をブライアン達に伝えるのを忘れていた。
カーティスは念のため多めの額の金を財布に入れてきた。最悪、足りなかったら自分が出そうと思って。

待ち合わせの広場に行くと、ブライアンとディビットが先に来ていた。
洒落た色合いのコートを着ているブライアンは少し人目を集めていた。背が高く、細身だがスタイルがいい。背筋がピンと伸びていて、凛とした雰囲気のイケメンである。思わず見とれてしまうくらい素敵な男だ。

カーティスは男しか愛せない。生まれ育ちは土の宗主国の東側のそこそこ大きな領地の街で、王宮薬師局への就職を目指して王都の国立高等学校に通っている時にサンガレアの話を聞いて、結局サンガレアの薬事研究所に就職した。王都は色んな所から人が集まっているが、サンガレア程同性愛者に優しくない。就職活動をし始めたタイミングで失恋したこともあって、王都を出ることを決めた。失恋した相手も当時のカーティスと同じく薬師の卵で、王宮薬師局への就職を希望していた。そいつは高等学校で知り合った女と恋仲になり、卒業と同時に結婚をした。カーティスは初恋だったのに、告白すらできなかった。
サンガレアに移住した最初の年に生まれて初めて花街に行き、童貞を捨てた。もう何十年も前のことだ。カーティスは実は素人童貞である。誰かに恋をしても、奥手なものだから告白すらできずに失恋してばかりだ。男にも女にも告白されることはあるが、女は論外として、男でも反射的に断ってしまう。恋人は欲しいのだが、いざ告白されると何故かどうしても怖じ気づいてしまう。奥手でヘタレで小心者な自分に春が来ることはないなぁと、最近は諦めている。

ディビットと話していたブライアンがカーティス達に気がついた。カーティスの方を見て、ふっと嬉しそうな笑みを浮かべたブライアンに、思わずドキッとしてしまう。
そんな自分を誤魔化すように、カーティスはすたすたと2人に近寄って、声をかけた。


「こんにちはー」

「こんにちはっす!」


フリンは今日も元気がいい。フリンも一緒でよかった。無邪気で、いくつになっても、いい意味で子供っぽいところがあるフリンがいれば、イケメンとの食事も変に勘違いしてどぎまぎせずにすみそうだ。


「こんにちは。新年おめでとうございます。今日はわざわざありがとうございます」


ブライアンが爽やかに笑って軽く頭を下げた。よく通る低くていい声をしている。イケメンって声もイケメンなんだなと、どうでもいいことを考えながら、カーティスも新年の祝いを口にした。


「この間は本当にありがとうございました。お陰ですっかり元気になりました。評判がいい焼き肉屋を予約してるんです。今日は遠慮せず、がっつり食べてください」

「あざーっす!風邪が治って良かったっすね」

「すいませんね。逆に気を使わせちゃって。ありがたくご馳走になります」


カーティスが軽く頭を下げると、ブライアンがにこっと笑った。イケメンの笑顔が素敵過ぎる。油断をすると、うっかりときめいてしまいそうだ。カーティスはそわそわする心を誤魔化すように、両手をにぎにぎ動かした。

ブライアンの案内で、早速焼き肉屋に移動することになった。
フリンがディビットに話しかけながら隣を歩き始めたので、自然とカーティスはブライアンの隣を歩くことになる。隣を歩くブライアンから、微かに少しスパイシーな甘みがある練り香の匂いがする。カーティスは長年薬師をしているので、薬の匂いが身体に染み付いてしまっている。練り香をつけても意味がないからと、今日も何もつけてこなかったが、練り香くらいつけた方がよかっただろうか。
カーティスはブライアンと今から行く焼き肉屋の話をしながら、できるだけブライアンの匂いから気を反らそうと頑張った。





ーーーーーーー
「ディビット君、これ食っていいっすか?」

「んー。もうちょっと待ってね、フリンちゃん。あ、こっちの肉はいいよ。はい」

「あざーっす!」

「カーティスさん、エールのお代わりは?」

「あ、もらいます」

「ディビットもいるだろ?」

「いります」

「フリンちゃんは?酒より米の方がいいかな?」

「米欲しいっす!」

「ははっ。大盛と特盛、どっち?」

「特盛お願いしやっす!」

「ふふっ。了解」


ブライアン達は4人で1つのテーブルに座り、美味しい肉を焼きながら、肉やエールを楽しんでいた。
カーティスがブライアン好みの容姿なので、最初は緊張していたが、フリンの食べっぷりを見始めたら、そっちの方が楽しくなり、ブライアンは普通に焼き肉を楽しんでいた。フリンはものすごく美味しそうに幸せそうに食べる。頬っぺたを栗鼠のように膨らませて、もっきゅもっきゅと、ものすごく幸せいっぱいオーラを出して食べるのだ。なんとも可愛らしくて、微笑ましい。こんなに食べさせ甲斐がある人は珍しいのではないだろうかと思うくらいだ。本当にもっと沢山食べさせてあげたくなる。最初は『フリンさん』と呼んでいたが、本人が『フリンちゃんでいいっすよー』と言うので、『フリンちゃん』と呼ばせてもらうことにした。成人女性に言うことではないかもしれないが、フリンは人懐っこくて可愛らしい。
ブライアンはクスクス笑いながら、近くにいた店員に声をかけ、エールと米のお代わりと、肉の追加を頼んだ。
フリンが幸せそうに肉を食べる横で、カーティスも時折焼けた肉をフリンの取り皿に入れてやりながら、美味しそうに肉を食べている。


「中央の街は美味しいものがいっぱいっすね!先輩!」

「そうだなー」

「お2人は、中央の街にはあまり来られないんですか?」

「基本、薬師街から出ませんね。生活に必要なものは買える店があるし、年末年始の休み以外は、研究所の食堂で3食食えるんで」

「年末年始の休みは毎日先輩の家で鍋っす」

「え?毎日?」

「毎日っす!」

「俺、それしか作れないんで」

「あたしもっす」


ブライアンは少し驚いて目を丸くした。年末年始の休みは10日程ある。その間、鍋料理だけなのは少々飽きるのではないだろうか。というか、毎年年末年始を一緒に過ごしているなんて、やはりカーティスとフリンは恋人同士なのだろう。期待しているわけではないが、やはりほんの少しだけ落胆してしまう。
ブライアンは少しだけ苦い気持ちをエールと共に飲み込み、笑顔を浮かべてカーティスの取り皿に焼けた肉を入れた。

見ていて気持ちがいい程、カーティスもフリンも焼き肉を食べてくれたので、ブライアンは上機嫌で会計を済ませて3人と共に店を出た。
満足そうに腹を擦っているカーティスとフリンに、ブライアンは笑顔で話しかけた。


「美味しいタルトがある喫茶店はここから少し離れているんです。腹ごなしにちょうどいいかもです」

「あざーーっす!!」

「本当にいいんですか?俺達既にかなり食っちゃってますけど」

「お腹にもう入りませんか?」

「え、いやぁ、入りますけど」

「甘いものは別腹っす!」

「じゃあ食べに行きましょうか」


ブライアンはもう少しカーティスと一緒にいられると思い、嬉しくてふっと笑った。恋人になる縁は無さそうだが、好みの男と美味しいものを食べられるなんて、それはそれで嬉しいし、楽しい。
ディビットがフリンと話しながら並んで歩き始めたので、ブライアンは自然とその後ろをカーティスと並んで歩いた。身長は殆んど変わらない。
カーティスがブライアンの方を向いて、ふにゃっと笑った。


「焼き肉、本当に美味かったです」

「お口に合ってよかったです。お礼になってるといいんですけど」

「十分過ぎる程ですよ。俺達、滅多に中央の街に来ないから、評判がいい店とかに疎くて」

「そうなんですか。次のお店もお口に合うといいんですけど……」

「タルトなんて殆んど食べたことがないから楽しみですよ」


ふふっと楽しそうに笑うカーティスの笑顔が眩しい。
ブライアンは当たり障りのない世間話をしながら、少しだけ速く動いている心臓に気づかぬフリをした。


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