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8:リーちゃんの誕生日旅行②

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ナハトはワクワクそわそわしながら、馬車の窓の外を眺めていた。今日は待ちに待った旅行の初日である。リーちゃんと2人で朝一番の乗り合い馬車に乗り、パルームの町までの約3時間の馬車の旅が始まった。ナハトは旅行が楽しみ過ぎて、昨夜は殆ど眠れなかった。リーちゃんもあんまり寝ていなかったようである。リーちゃんも楽しみにしてくれていたみたいで、とても嬉しい。今もリーちゃんはナハトのすぐ隣で一緒に窓の外を眺めている。
ナハト達が暮らす中央の街からは、殆ど出たことがない。子供の頃、夏に郊外の湖に泳ぎに行ったくらいだろう。中央の街は、異世界から神により召喚され訪れる土の神子を戴く聖地神殿がある丘の麓に位置する。サンガレアで1番大きな栄えた街で、観光名所の1つでもある。いつだって賑わっている街で生まれ育ったので、中央の街の外の牧歌的な景色が新鮮である。鮮やかな緑色の畑が広がり、とても綺麗だ。
ナハトは飽きることなく、リーちゃんと時折話しながら、のんびりとパルームの町への馬車の旅を楽しんだ。

午前中のお茶の時間頃にパルームの町に着いた。初めて訪れるパルームの町は、中央の街と比べると、ずっと静かで落ち着いた雰囲気がある。朝食が早かったので、お腹が空いている。ナハトは大きな鞄を持ったまま、乗り合い馬車乗り場の近くにいた老爺に声をかけた。


「こんにちは。パルームの町の方ですか?僕達、中央の街から旅行に来たんですけど、少しお尋ねしてもいいですか?」


老爺が皺くちゃの顔に笑みを浮かべた。


「やぁ。パルームへようこそ。何でも聞いておくれ。この町でずっと生きてきたからね。たいていのことは知ってるよ」

「ありがとうございます。『蜜蜂亭』っていうお宿の場所とオススメの喫茶店を教えてくれませんか?」

「いいよ。メモ紙で良ければ簡単な地図を描いてあげよう。なに、小さな町だからね。行けばすぐに分かるよ。オススメの喫茶店ねぇ……町の広場のすぐ近くに『アネモネ』という喫茶店があるんだ。パンケーキを頼むといいよ。パルームで採れた蜂蜜をかけ放題なんだ。美味しいよ」

「蜂蜜かけ放題!わぁ!すごいですね!リーちゃん!蜂蜜かけ放題だって!」

「ご夫婦かい?」

「幼馴染みなんです。初めての旅行なんです」

「おや。仲が良くていいねぇ。町の広場に『動物触れ合い広場』があるから、そこもオススメだよ。町の子供達の情操教育の為につくられたものでね。町の子供達が世話をしている動物がいるんだ。兎とかね、触ることもできるよ」

「わぁ!素敵ですね!教えてくださって本当にありがとうございます!」

「いいってことよ。パルームの町を楽しんでなぁ」

「はいっ!!」


ナハトは笑顔で老爺と軽く握手をしてから、リーちゃんと共に町の中へと歩き始めた。


「リーちゃん。先にお宿に行く?荷物があるし」

「……別にそんなに邪魔じゃねぇ」

「そう?じゃあ先に喫茶店に行っていい?蜂蜜かけ放題のパンケーキ!すごく美味しそうだし、贅沢だよね!」

「……ん」


ナハトは荷物を持っていない手でリーちゃんの手を握った。特に理由はない。リーちゃんに振り払われなかったので、そのまま教えてもらった道を歩いて町の広場へ向かう。静かな賑やかさがある道を歩いて行くと、広場らしき場所に着いた。喫茶店『アネモネ』はすぐに見つかった。
ナハトはリーちゃんと手を繋いだまま、喫茶店の中に入った。

小さめのパンケーキが4枚も皿の上で重なり、パンケーキの上にはバターの塊がのっている。温かなパンケーキで溶けかけているバターの上から蜂蜜をたっぷりと垂らしていく。黄金色の蜂蜜と溶けたバターが絡み合いながら、パンケーキを覆い、染み込んでいく。見ているだけで涎が出そうである。ナハトもリーちゃんも老爺に教えてもらったパンケーキと珈琲を注文した。本当に蜂蜜がかけ放題で、蜂蜜が大きな容器に入った状態でパンケーキと共に出てきた。ナハトのテンションは鰻登りである。


「リーちゃん!すごいね!なんだか食べるのが勿体ないや」

「馬鹿。食わねぇともっと勿体ないだろうが」

「それもそうか。いただきまーす」


ナハトはパンケーキをナイフで切り分け、フォークで刺して口に運んだ。バターの香りと蜂蜜の芳醇な香りが鼻を抜け、上品な甘さが口の中に広がる。まさに至福の味である。美味しすぎて無言になってしまう。
向かいに座るリーちゃんを見れば、リーちゃんの目がキラキラ輝いていた。リーちゃんもとても気に入ったようである。納得の美味しさなので、当然かもしれない。老爺にはとてもいい喫茶店を教えてもらえた。心の中で老爺に感謝しつつ、ナハトはもう一口、パンケーキを口に含んだ。美味しすぎて、顔面がふにゃふにゃに蕩けてしまう。


「うぅー。幸せー。美味しいね。リーちゃん」

「……蜂蜜、買って帰るぞ」

「いいねぇ!自分用のお土産に絶対買おうね」

「……ん」


リーちゃんが微かに頬を弛めて、パンケーキを味わうように、ゆっくりと食べている。ナハトは嬉しくて、小さく笑った。

ゆっくりとパンケーキを楽しんだ後、町並みを眺めながら、のんびりと歩いて今回宿泊する『蜜蜂亭』へと向かい、『蜜蜂亭』の玄関ホールにあるカウンターで宿泊の手続きをした。今回とった部屋は、奮発して宿で1番いい部屋にした。広い内風呂があると聞いている。荷物を預けた後、再び町の広場を目指して歩く。ナハトは子供の頃のように、リーちゃんと手を繋いで歩いた。

町の広場の一角に、老爺が言っていた『動物触れ合い広場』があった。大きいものは山羊、羊、豚、小さめのものは、犬、猫、兎、鶏がいる。どの動物も健康そうに丸々としていて、毛並みがよかった。町の子供達が一生懸命お世話をしているのだろう。
今日は町の子供達は夏休みの真っ最中である。ナハト達が覗いてみた時には、動物達の住処である小屋を何人かの子供達が掃除していた。
『動物触れ合い広場』を覆う柵に寄りかかり、自由に動き回ったり、日陰で大人しく涼んでいる動物達を眺める。それだけでも珍しくて楽しい。
犬や猫は兎も角、羊や山羊なんて初めて見る。兎も実物は初めてだ。なんとなく、もっと小さいイメージがあったので、意外な兎の大きさに驚く。


「リーちゃん。山羊が近づいてきた」

「……でけぇ」

「わぁ!目が可愛いねぇ。角が立派だぁ」

「……触って大丈夫なのか?」

「おじいさんは触れるって言ってたけど………」


近くにやってきた山羊に触れてみたいが、勝手に触れてもいいのだろうか。
ナハトがリーちゃんと一緒に悩んでいると、よく日焼けした男の子が近くにやってきた。


「オッサン達、外の人?」

「そうだよー。中央の街から旅行に来たんだ」

「ふーん。あっちに入口があるから入れば?そいつは気に入らないことがあると突進してくるけど、羊はのんびりした性格のやつだから撫でても大丈夫だし。兎も気性が荒いのは1羽しかいないよ」

「あ、1羽はいるんだ」

「動物にだって其々性格があるもん」

「それもそうか」

「ここにいる奴らの紹介する?俺が担当の小屋の掃除は終わったし、暇だから」

「いいのかい?ありがとー。お願いするよ」


ナハトはリーちゃんと手を繋いだまま、教えてもらった入口に移動し、『動物触れ合い広場』の中に入った。少年の案内で、広場をぐるっと回り、動物達の名前を教えてもらう。
つぶらな瞳の羊を撫でさせてもらい、日陰で涼んでいる兎を抱っこさせてもらった。
リーちゃんはまだ小さな雌の兎を抱っこして、ムスッとした顔をしている。めちゃくちゃ喜んでいるようだ。ナハトも少し大きめのお母さん兎を抱っこさせてもらった。ふわふわの毛並みが新鮮で、意外な重さがなんだか楽しい。
チラッとリーちゃんを横目に見れば、眉間に皺を寄せているが、口角が少しだけ上がって、優しい目をして兎を見下ろしていた。
ナハトはリーちゃんに気づかれないように、ふふっと小さく笑った。
思いきって旅行に来てみて正解だった。リーちゃんがとても喜んでいて、楽しそうだ。ナハトもとても楽しい。
少年が動物達の解説をしてくれるので、楽しくそれを聞きつつ、夕方が近くなるまでナハト達は『動物触れ合い広場』でのんびりと過ごした。

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