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2:初めての夜

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とても豪華な筈なのに味がしなかった夕食を終え、風呂から出た途端に、バルトロは執事によって寝室へと連行された。ものすごく広い屋敷なのに、寝室は1つしかないらしい。その場で軍仕込みの汚い罵倒を口にしなかったことを誰かに褒めてもらいたい。
バルトロは寝室に入った瞬間に、眉間に深い皺を寄せた。大きなベッドは乙女が夢みるような天蓋つきで、枕元やシーツには赤い花弁が散らされていた。寝室内に微かに香る匂いからして、間違いなく薔薇の花弁だ。なんの演出だ。夢見る少女なら喜びそうだが、こちとら叩き上げの軍人のオッサンである。似合わなすぎて反吐が出る。
バルトロはガシガシと短く刈り上げている後頭部を掻いた。

シュタインとセックスしなければ、数日もせずにバルトロは死ぬらしい。こんなことで死にたくなどない。これから先、飼い殺しにされるようなものだが、安易に死を選ぶのも馬鹿らしい。バルトロにとっては、死は救いではない。単なる終わりであり、敗北だ。バルトロは小さな頃から負けず嫌いであった。そうでなければ、単なる田舎の平民が軍曹にまでなれるわけがない。
おそらく軍曹止まりだっただろうが、軍は故郷を離れたバルトロにとっては、唯一の居場所だった。バルトロの実家は貧しく、田舎の村で苦労をしている両親の為に軍に入った。父親は2年前に亡くなったが、母親はまだ生きている。バルトロは軍に入ってから、ずっと実家に仕送りをしている。元々貧しい村なので、家を継いだ兄達も細々とした暮らしをしている。少しでも離れた家族の為に何かしてやりたくて、毎月金を送っている。不本意ながら、馬鹿みたいな額の金を手にしてしまった。いきなりポンッと多額の金を送ると、周囲からやっかまれて、最悪、村八分にされるだろうから、少しだけ仕送りを増やそう。直接会ったことはない、まだ幼い甥や姪達がお腹いっぱい食事を食べられるだけの額を。

バルトロはベッドの側へ行き、用意されていた上質な絹の寝間着を脱いで、下着1枚の姿になった。寝間着を適当に畳んで枕の側に置くと、邪魔な花弁を手で雑に払い、ベッドに上がって布団に潜り込む。いっそ腹が立つくらい、布団がふかふかである。ふかふか過ぎて落ち着かない。シュタインはまだ来ないようである。このまま先に寝てしまいたいが、枕も布団もふかふか過ぎて居心地が悪く、眠れそうにない。
ぼーっと天蓋を眺めていると、静かにドアが開く音がした。
ベッドの側に来た寝間着姿のシュタインが、露骨に嫌そうな顔で寝転がっているバルトロを見下ろした。


「……なんだこれは。何故、薔薇が散らされている」

「初夜の演出かと」

「余計な真似を。逆に萎える」


シュタインが忌々しそうに舌打ちをした。全くをもって同意である。シュタインが腕組みをして、不機嫌な空気を撒き散らしながら、口を開いた。


「とりあえず話をするぞ」

「話とは、何をでしょうか」

「ふん。普段通りに話せ。不本意ながら伴侶になったのだから、我々は対等の立場にある」

「そりゃどうも」

「ついでに運命共同体だ。お前と『神様からの贈り物』が死ねば、十中八九、俺も死ぬ。責任をとらされてな」

「……面倒な」

「全くだ。『神様からの贈り物』の伴侶に選ばれた時の私の喜びを返せ。今は絶望しかないぞ」

「俺が知ったことか」


ふんっ、とバルトロは鼻で笑った。シュタインがベッドに乗り上げ、寝転がるバルトロを跨いで、バルトロの横に腰を下ろし、少し離れた位置で布団に潜り込んだ。


「何で裸なんだ。その気だったのか」

「ちげぇ。寝る時はいつも下着だけしか穿かねぇだけだ」

「ふーん。今使っている枕はお前専用だからな。こっちの枕は使うなよ。オッサン臭いのが移るから」

「臭くねぇよ」

「臭い。オッサンの枕は臭いと相場が決まっている」

「……お前もいづれはオッサンになるぞ」

「まだまだ先の話だ。私はピチピチの21歳だからな。肌の張り艶もお前とは段違いだ。オッサン」

「クソガキ」

「むさ苦しい筋肉だるま」

「貧弱もやしっこ」

「髭が汚い」

「無駄に長い睫を全部引き抜くぞ」

「頭髪をむしり取って情けないハゲ頭にしてやろうか」


バルトロはシュタインと睨み合った。
暫く無言で睨み合っていたが、馬鹿馬鹿しくなって、バルトロはシュタインから目を離し、天蓋を見上げて目を閉じた。


「寝る気か」

「あぁ」

「……お前は平民だろう?どこの生まれだ」

「……フーデリア領の隅っこのド田舎」

「フーデリア領か。国の端だな。田舎ものか」

「わりぃかよ」

「別に。フーデリア領はかなり辺鄙な所だと聞く」

「まぁな。……俺の故郷の村は、フーデリア領の中でも特に貧しい村だった。土地が貧しくて麦がろくに育たない。芋はなんとか育つけどな。ガキのの頃は芋ばっか食ってた。パンなんてもん、軍に入ってから初めて食った」

「そんなに貧しいのか」

「あぁ」

「……フーデリア卿は、特にいい噂も悪い噂も聞かない」

「凡庸なんだろ」

「ふーん。私は王都生まれの王都育ちだ。領地には遊びに行くだけだな。兄上が父上の跡を継がれるから、私は魔術師として働いているだけでいい」

「次男か?」

「いや、四男だ」

「へぇ」

「普段は何をやっていたんだ?」

「仕事」

「仕事以外で」

「……酒場に飲みに行ったり、たまに娼館に行って女抱いてた」

「不潔」

「何がだ」

「娼館に行くなんて破廉恥な」

「……お前、童貞かよ」

「清らかな身体の持ち主と言え」

「お貴族様は閨教育とやらで実践があるんじゃねぇのか?」

「ある家はあるのだろうが、うちはない。いや、一応閨教育はあったが、家庭教師が座学でさらっとやっただけだ」

「ふーん。興味もないのか」

「新しい魔術理論を読む方が楽しい」

「あっそ」


ごそごそとシュタインが寝返りをうつ気配がしたので、首だけでシュタインの方を向くと、シュタインが身体ごとバルトロの方を向いていた。


「執事も使用人達も、国から派遣されてきた者達だ」

「監視か」

「そうだ」

「ヤることやらねぇと何か仕込まれそうだ」

「そうだろうな」

「お前、死にたいか」

「死にたい訳がない。私はまだ21だぞ?こんな若い身空で死んで堪るか」

「そうか。俺も死にたくねぇ」


『神様からの贈り物』を宿してしまった自分もだが、伴侶に選ばれてしまったシュタインも運がない。バルトロは不本意ながら運命共同体になってしまったシュタインの淡い水色の瞳を真っ直ぐに見た。


「……どれだけ遅くとも明日までにヤラねぇと俺は衰弱して死ぬんだとよ」

「……普通、そういうことはもっと段階を経てするものだろう」

「青臭ぇな」

「煩い。……話をして、お互いに知り合って、愛し合ってから触れあうべきだ」

「ガキくせぇな」

「煩い。女性を買うような不潔な奴に言われたくない」

「はん。で?俺は死にたくない。お前も死にたくない。ヤラないと死ぬ。さぁ、どうする?」

「……お前はいいのか」

「死ぬより尻を掘られる方がまだマシだ」

「言い方」

「上品に言っても中身は変わらねぇよ」

「……やり方がいまいち分からない」

「童貞だしな」

「黙れ。……女と男じゃ違うだろう」

「女でも尻を使う奴は割といるぞ」

「……嘘だろう?」

「いや、本当に。いる」

「その……お前は尻を使ったことがあるのか?」

「掘られたことがあるかって意味なら、ねぇよ。あって堪るか。挿れたことならあるけどな。勿論、女の尻にだが」

「そ、そうか」

「全然分かんねぇのか」

「…………執事が、その、教本のようなものを渡してきた」

「読んだのか」

「まだ読んでない」

「ふーん」

「お前は男同士の、その、やり方を知っているのか」

「尻の穴に挿れる、くれぇしか知らねぇ」

「ほぼ知らないも同然じゃないか」

「無縁だったから知りようもねぇよ」

「ま、まぁ、そうだな。……一緒に読んでくれ。お互い必要な知識だろう」

「まさかのお勉強からかよ」

「仕方がないだろう」

「……まぁいい。本は?」

「ここにある」

「……どこに入れてたんだ」


もぞもぞと身動きしたかと思えば、シュタインが1冊の本をバルトロに見せてきた。背中側のズボンに挟んでいたらしい。阿呆か。
バルトロは呆れながら、ベッド横の小さなテーブルの上に置かれているランプの灯りを強くした。薄暗かった室内が少し明るくなる。
シュタインがずりずりとバルトロの方へ移動してきて、枕元に本を置いた。
楽しくないお勉強の始まりである。

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