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16:悶々悶々
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ガルバーンは、朝からずっと悶々としていた。それというのも、今朝、起き抜けに、ロルフがガルバーンの額にキスをしたからである。ロルフは、ガルバーンの額にキスをすると、『あ、間違えた』と言って、軽く謝って、普通に起きて、普通にいつも通りのことを始めた。
『あ、間違えた』ってなんだ。一体、誰と間違えた。ロルフは、恋人もいたことが無いと言っていたが、寝起きにキスをするような相手はいたのか。いやでも、ロルフは、セックスの知識はほぼ無かったので、セックスをした相手と間違えて、キスをしたとは考えにくい。
ロルフと一緒に寝るようになって、半月程経っている。ガルバーンは、ロルフと寝ることにすっかり慣れ、毎晩、ロルフをやんわり抱きしめて寝ているが、今朝、いきなりロルフから額にキスをされて、思わず飛び跳ねそうなくらい驚いた。
ロルフが野菜を売りに行っている間に、家畜達の散歩をさせながら、ガルバーンは悶々と考えた。
ロルフにキスをされたのは、全然嫌じゃない。が、『あ、間違えた』って本当に何だ。一体、誰と間違えやがった。考えれば考える程、なんだか、ちょっとムカムカしてきた。剣でも振って、このムカムカを発散させたい気もするが、剣の相手が此処にはいない。1人で素振りをするのも、逆にまた悶々と考え込みそうで、躊躇してしまう。誰かに話せればいいのだろうが、話す相手もいない。此処に、ドルーガがいてくれたらよかったのに。
ドルーガは、明るくて、誰とでも仲良くなれる器用な奴だ。ガルバーンのような口下手で無愛想な男とも、仲良くしてくれた。ドルーガが緩衝材になってくれたお陰で、仲良くなれた者がいっぱいいる。その半数は、悔しいことに、見送ることになってしまったが、今にして思えば、あの地獄のような過酷な旅や戦いも、悪い事だけでは無かった気がする。
ガルバーンが、溜め息を連発しながら、家畜達の散歩から家に帰ると、ハンナが玄関前に立っていた。
ガルバーンは、慌てて家畜達を小屋に入れ、玄関先に走り、ハンナを家に入れた。どれくらい外で待っていたのかは分からないが、今日も寒いから、きっと身体が冷えている筈だ。ガルバーンは、急いで居間の暖炉に火を起こし、薪を何本も放り込んで、火を大きくした。
「これこれ。そんなに薪を入れなくても大丈夫だよ」
「外は寒かっただろう。すぐに温かいものを作ってくる」
「おや。ありがとうね」
ガルバーンは、急いで台所に向かい、ロルフに教えてもらった、卵を入れた甘くて温かいミルクを作った。お盆にマグカップを二つのせて、居間のテーブルに運び、おずおずとハンナにマグカップを差し出す。教えてもらった通りに作った筈だが、上手く出来ている自信はあまり無い。いつもロルフに作ってもらっているので、自分で作るのは初めてだ。
ガルバーンが、内心ドキドキしていると、温かいミルクを一口飲んだハンナが、ほぅと息を吐き、穏やかに微笑んだ。
「ロルフに作り方を習ったのかい?」
「あぁ」
「美味しいよ。ナーナの味だ」
「ナーナ」
「ロルフの母親さ。あの子は、料理上手な上に、機織りや刺繍も上手くてね。おっとりしてて、優しい子だった。ロルフは、ナーナによく似ている。本当に優しい子だよ」
「あぁ」
「セーターをね、編んだのよ。2人分。いつものお礼さね。今日は天気がいいからね。散歩がてら持ってきたのよ」
「ありがとう。助かる」
「いつも、色々助けてもらってるからね。お互い様だよ」
「あぁ」
ガルバーンは、温かい甘いミルクを飲みながら、ふと、今朝のことをハンナに話してみようかと思った。ハンナは、ロルフのことを子供の頃から知っているようだし、何か心当たりがあるかもしれない。一緒に寝ていることを言うのは、少しだけ気恥ずかしいが、夫婦なのだから、一緒に寝るのは普通のことである。
ガルバーンは、思い切って、口を開いた。
「今朝、起き抜けにロルフに額にキスをされた」
「おや。仲良しだね」
「その後で、『あ、間違えた』と言われた。誰と間違えたか、心当たりはないだろうか」
「あっはっは! そりゃあ、多分、ニーケだよ!」
「ニーケ」
「ロルフの妹さ。ロルフとは、八つ年下でね。そりゃあもう、兄妹仲がよくてねぇ。出かける時は、いつも手を繋いでて、見ていて微笑ましかったよ。ロルフが他の若い衆と一緒に、隣村に野菜とか売りに行く時は、『寂しいから行っちゃヤダ!』って、いつも泣いて駄々をこねていたねぇ」
「……そうか」
「……あの子も、生きていれば、もうそろそろ20歳だ。あの子も優しい子だったから、きっといい結婚をして、いい母親になれていただろうにね……」
「…………」
「やれ。ごめんよ。しんみりさせたね。懐かしい味に、ちょっと感傷的になっちゃったわ。はい。これがセーターね。色違いのお揃いにしたよ」
「ありがとう。大事に着る」
「着るもので困った時は、いつでもおいで。私も歳を食ったけど、まだまだ元気だからね。刺繍だけじゃなくて、機織りも編み物も得意なのよ」
「その時は遠慮なく頼む」
「そうしてちょうだい。どれ。美味しいものもいただいたし、そろそろ帰るかしらね」
「送っていこう」
「あっはっは! 大丈夫よ。一本道だもの」
「……もう少し、ロルフとロルフの家族の話が聞きたい」
「おや。それじゃあ、のんびりお喋りしながら帰ろうかね」
「あぁ」
ガルバーンは、ハンナと共に家を出た。
ハンナの歩みに合わせて、のんびり歩きながら、ハンナから、色んな話を聞いた。ロルフは、あまり自分の家族の話をしないので、なんだか新鮮だった。ロルフは、歳の離れた妹をとても可愛がっていたようだ。微笑ましい話をいくつも聞いて、ガルバーンは小さく口角を上げた。ロルフの両親も、温かく優しい人柄だったようで、ロルフが優しい理由が分かった気がする。
ハンナを家に送り届けると、ちょうどロルフが帰ってくるのが見えた。ハンナの家の前で、ガルバーンは、ロルフと合流した。
「おかえり」
「ただいま。ガル。ハンナおばさんに用事ですか?」
「セーターを持ってきてくれたから、帰りを送った」
「あぁ! なるほど。僕もちょっとお礼を言ってきますね」
「あぁ」
ロルフが荷車を置いて、ハンナの家の玄関の呼び鈴を押した。すぐにハンナが出てきて、ロルフを見ると、笑みを浮かべた。
「ハンナおばさん。セーターをありがとう」
「いいのよ。いつものお礼さね。追加が欲しい時は、いつでもおいで」
「うん。ありがとう」
「ロルフ」
「ん?」
「ガルと仲良くやるんだよ」
「うん」
ガルバーンは、ハンナに見送られて、ロルフと一緒に家に向かって歩き始めた。
ガルバーンは、何気なく、ロルフに問いかけた。
「いつも、妹と寝てたのか」
「あ、はい。冬の間は特に」
「額にキスも?」
「してましたねー。そういえば。あ、今朝はすいません。ついうっかり寝呆けちゃってて」
「別に構わん」
ガルバーンは、悶々としていたのがスッキリして、今朝から落ちていた気分が、すっかりよくなった。ハンナから、沢山ロルフとロルフの家族の話も聞けたし、今日はいい日である。
「帰ったら、ミルクを作る。ハンナおばさんには好評だった」
「おや。じゃあ、お願いします。ハンナおばさん、母さんの甘いミルクが好きだったから、喜んだでしょ」
「あぁ」
「へへっ。僕も誰かに作ってもらうのは、かなり久しぶりです」
「ちゃんと上手く作れる筈だ」
「楽しみです!」
ガルバーンは、軽やかな足取りで家に帰り、すぐに台所に向かった。ロルフに習った通りに、甘いミルクを作り、ちょっとドキドキしながら、甘いミルク入りのマグカップをロルフに手渡した。
一口飲んだロルフが、嬉しそうに笑った。
「美味しいです」
「ん」
ガルバーンも一口飲み、優しい甘さと嬉しさで、胸の奥まで、ぽかぽかと温かくなった。
『あ、間違えた』ってなんだ。一体、誰と間違えた。ロルフは、恋人もいたことが無いと言っていたが、寝起きにキスをするような相手はいたのか。いやでも、ロルフは、セックスの知識はほぼ無かったので、セックスをした相手と間違えて、キスをしたとは考えにくい。
ロルフと一緒に寝るようになって、半月程経っている。ガルバーンは、ロルフと寝ることにすっかり慣れ、毎晩、ロルフをやんわり抱きしめて寝ているが、今朝、いきなりロルフから額にキスをされて、思わず飛び跳ねそうなくらい驚いた。
ロルフが野菜を売りに行っている間に、家畜達の散歩をさせながら、ガルバーンは悶々と考えた。
ロルフにキスをされたのは、全然嫌じゃない。が、『あ、間違えた』って本当に何だ。一体、誰と間違えやがった。考えれば考える程、なんだか、ちょっとムカムカしてきた。剣でも振って、このムカムカを発散させたい気もするが、剣の相手が此処にはいない。1人で素振りをするのも、逆にまた悶々と考え込みそうで、躊躇してしまう。誰かに話せればいいのだろうが、話す相手もいない。此処に、ドルーガがいてくれたらよかったのに。
ドルーガは、明るくて、誰とでも仲良くなれる器用な奴だ。ガルバーンのような口下手で無愛想な男とも、仲良くしてくれた。ドルーガが緩衝材になってくれたお陰で、仲良くなれた者がいっぱいいる。その半数は、悔しいことに、見送ることになってしまったが、今にして思えば、あの地獄のような過酷な旅や戦いも、悪い事だけでは無かった気がする。
ガルバーンが、溜め息を連発しながら、家畜達の散歩から家に帰ると、ハンナが玄関前に立っていた。
ガルバーンは、慌てて家畜達を小屋に入れ、玄関先に走り、ハンナを家に入れた。どれくらい外で待っていたのかは分からないが、今日も寒いから、きっと身体が冷えている筈だ。ガルバーンは、急いで居間の暖炉に火を起こし、薪を何本も放り込んで、火を大きくした。
「これこれ。そんなに薪を入れなくても大丈夫だよ」
「外は寒かっただろう。すぐに温かいものを作ってくる」
「おや。ありがとうね」
ガルバーンは、急いで台所に向かい、ロルフに教えてもらった、卵を入れた甘くて温かいミルクを作った。お盆にマグカップを二つのせて、居間のテーブルに運び、おずおずとハンナにマグカップを差し出す。教えてもらった通りに作った筈だが、上手く出来ている自信はあまり無い。いつもロルフに作ってもらっているので、自分で作るのは初めてだ。
ガルバーンが、内心ドキドキしていると、温かいミルクを一口飲んだハンナが、ほぅと息を吐き、穏やかに微笑んだ。
「ロルフに作り方を習ったのかい?」
「あぁ」
「美味しいよ。ナーナの味だ」
「ナーナ」
「ロルフの母親さ。あの子は、料理上手な上に、機織りや刺繍も上手くてね。おっとりしてて、優しい子だった。ロルフは、ナーナによく似ている。本当に優しい子だよ」
「あぁ」
「セーターをね、編んだのよ。2人分。いつものお礼さね。今日は天気がいいからね。散歩がてら持ってきたのよ」
「ありがとう。助かる」
「いつも、色々助けてもらってるからね。お互い様だよ」
「あぁ」
ガルバーンは、温かい甘いミルクを飲みながら、ふと、今朝のことをハンナに話してみようかと思った。ハンナは、ロルフのことを子供の頃から知っているようだし、何か心当たりがあるかもしれない。一緒に寝ていることを言うのは、少しだけ気恥ずかしいが、夫婦なのだから、一緒に寝るのは普通のことである。
ガルバーンは、思い切って、口を開いた。
「今朝、起き抜けにロルフに額にキスをされた」
「おや。仲良しだね」
「その後で、『あ、間違えた』と言われた。誰と間違えたか、心当たりはないだろうか」
「あっはっは! そりゃあ、多分、ニーケだよ!」
「ニーケ」
「ロルフの妹さ。ロルフとは、八つ年下でね。そりゃあもう、兄妹仲がよくてねぇ。出かける時は、いつも手を繋いでて、見ていて微笑ましかったよ。ロルフが他の若い衆と一緒に、隣村に野菜とか売りに行く時は、『寂しいから行っちゃヤダ!』って、いつも泣いて駄々をこねていたねぇ」
「……そうか」
「……あの子も、生きていれば、もうそろそろ20歳だ。あの子も優しい子だったから、きっといい結婚をして、いい母親になれていただろうにね……」
「…………」
「やれ。ごめんよ。しんみりさせたね。懐かしい味に、ちょっと感傷的になっちゃったわ。はい。これがセーターね。色違いのお揃いにしたよ」
「ありがとう。大事に着る」
「着るもので困った時は、いつでもおいで。私も歳を食ったけど、まだまだ元気だからね。刺繍だけじゃなくて、機織りも編み物も得意なのよ」
「その時は遠慮なく頼む」
「そうしてちょうだい。どれ。美味しいものもいただいたし、そろそろ帰るかしらね」
「送っていこう」
「あっはっは! 大丈夫よ。一本道だもの」
「……もう少し、ロルフとロルフの家族の話が聞きたい」
「おや。それじゃあ、のんびりお喋りしながら帰ろうかね」
「あぁ」
ガルバーンは、ハンナと共に家を出た。
ハンナの歩みに合わせて、のんびり歩きながら、ハンナから、色んな話を聞いた。ロルフは、あまり自分の家族の話をしないので、なんだか新鮮だった。ロルフは、歳の離れた妹をとても可愛がっていたようだ。微笑ましい話をいくつも聞いて、ガルバーンは小さく口角を上げた。ロルフの両親も、温かく優しい人柄だったようで、ロルフが優しい理由が分かった気がする。
ハンナを家に送り届けると、ちょうどロルフが帰ってくるのが見えた。ハンナの家の前で、ガルバーンは、ロルフと合流した。
「おかえり」
「ただいま。ガル。ハンナおばさんに用事ですか?」
「セーターを持ってきてくれたから、帰りを送った」
「あぁ! なるほど。僕もちょっとお礼を言ってきますね」
「あぁ」
ロルフが荷車を置いて、ハンナの家の玄関の呼び鈴を押した。すぐにハンナが出てきて、ロルフを見ると、笑みを浮かべた。
「ハンナおばさん。セーターをありがとう」
「いいのよ。いつものお礼さね。追加が欲しい時は、いつでもおいで」
「うん。ありがとう」
「ロルフ」
「ん?」
「ガルと仲良くやるんだよ」
「うん」
ガルバーンは、ハンナに見送られて、ロルフと一緒に家に向かって歩き始めた。
ガルバーンは、何気なく、ロルフに問いかけた。
「いつも、妹と寝てたのか」
「あ、はい。冬の間は特に」
「額にキスも?」
「してましたねー。そういえば。あ、今朝はすいません。ついうっかり寝呆けちゃってて」
「別に構わん」
ガルバーンは、悶々としていたのがスッキリして、今朝から落ちていた気分が、すっかりよくなった。ハンナから、沢山ロルフとロルフの家族の話も聞けたし、今日はいい日である。
「帰ったら、ミルクを作る。ハンナおばさんには好評だった」
「おや。じゃあ、お願いします。ハンナおばさん、母さんの甘いミルクが好きだったから、喜んだでしょ」
「あぁ」
「へへっ。僕も誰かに作ってもらうのは、かなり久しぶりです」
「ちゃんと上手く作れる筈だ」
「楽しみです!」
ガルバーンは、軽やかな足取りで家に帰り、すぐに台所に向かった。ロルフに習った通りに、甘いミルクを作り、ちょっとドキドキしながら、甘いミルク入りのマグカップをロルフに手渡した。
一口飲んだロルフが、嬉しそうに笑った。
「美味しいです」
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ガルバーンも一口飲み、優しい甘さと嬉しさで、胸の奥まで、ぽかぽかと温かくなった。
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