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13:収穫祭

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 ガルバーンが、1人で黙々と山羊の乳搾りをしていると、村の集まりに行っていたロルフが帰ってきた。
 ロルフが、嬉しそうにガルバーンに近寄ってきて、小さな椅子に座るガルバーンの隣に、すとんとしゃがんだ。


「おかえり」

「ただいま。ガル。今年は収穫祭をすることになりました!」

「去年は無かっただろう」

「はい。ざっくり10年ぶりですね。そんな余裕無かったですし。でも、今年は少し余裕で出てきたし、やろうって話になって。前より質素にはなりますけど、収穫祭を知らない子供達もいるし、年に一度のお祭りをしようって」

「そうか。いつだ」

「来月の終わりです。ふふっ。これから準備で忙しくなりますよ!」

「あぁ」

「この村の収穫祭の時は、男は皆、収穫祭用の刺繍をしたベストを着るんですけど、父のは流石に古いし……うーん。ダメ元でハンナおばさんに頼んでみるかなぁ」


 ハンナは、所謂、お隣さんというやつで、中々に気が強く肝が据わった老婆だ。ガルバーンにも、初対面の時から怯えず、『随分と大きな男だね。働き手が増えて助かるよ』と笑っていた程である。ハンナは、夫と娘を魔物の群れの襲撃で亡くしており、生き残った息子夫婦と一緒に暮らしている。刺繍の腕前は村一番だと言われている。

 ロルフも隣で乳搾りを始めた。新鮮な乳は、乳の出が悪い母親に無償で譲ったりしている。ハンナの息子の嫁も、最近出産したばかりなのだが、あまり乳の出がよくない。ロルフは、毎日、ハンナの息子の嫁に、山羊乳を届けに行っている。他にも数人、山羊乳を欲しがる経産婦がいるので、この後、配りに行く。

 ロルフがとてもうきうきしているので、ガルバーンも、なんだか収穫祭が楽しみになってきた。故郷の村の収穫祭とは、どう違うのだろうか。早めに聞いてみたいが、当日の楽しみにするのも楽しそうだ。ガルバーンは、ロルフと乳搾りを終えると、準備をしてから、まずは、ハンナの家に一緒に向かった。

 ハンナは、ロルフの頼みを笑って快諾してくれた。どうせだから、揃いの刺繍にしようと言って、その場で、ガルバーンとロルフの採寸を行った。刺繍だけでなく、ベストから作ってくれるそうだ。金を渡そうとしたら、『金なんぞいらん。いつもの山羊乳のお礼だよ』と、金は受け取ってもらえなかった。
 何はともあれ、ロルフと揃いのベストを作ってもらえるようになったので、後は、村の若い衆と一緒に、収穫祭の準備をするだけである。

 ロルフは、その日から、家の物置部屋から古い弦楽器を引っ張り出してきて、毎晩練習を始めた。収穫祭の時に弾くらしい。弦楽器を弾くのは10年ぶりくらいだから、勘を取り戻さなれば! と、ロルフはやる気に燃えている。
 収穫祭の夜は、篝火を炊いて、音楽を奏でて、皆で踊るらしい。
 弦楽器の練習の傍ら、ガルバーンは、ロルフから村の踊りを習い始めた。とても簡単なステップだから、すぐに覚えたが、ロルフと手を繋いで、踊るのは、存外楽しいものだったので、これも毎晩、少しの時間だけやるようになった。ロルフの手は、ゴツゴツしていて、働き者の手をしている。温かいロルフの手を握ると、胸の奥が少し擽ったくて、少しぽかぽかする。

 昼間は、自分の家の仕事をしつつ、村の若い衆の手伝いもするので、格段に忙しくなったが、ガルバーンは収穫祭が楽しみで、ずっとワクワクしていた。

 待ちに待った収穫祭の日がやってきた。ガルバーンは、朝早くから、ロルフと揃いのベストを着て、家を出た。
 数日前に訪れた商人から、村の皆で金を出し合って、振る舞いのワインを大量に買った。女衆は、振る舞いの焼き菓子を作ってくれている。ガルバーンは、この日の為に、熊を一頭、鹿を三頭狩ってきた。村の若い衆が大喜びして、熊肉や鹿肉も振る舞われることになった。

 ガルバーンは、村の若い衆と一緒に、篝火の準備や獣肉を煮込んだ大鍋を運んだり、ワイン樽を運んだりと、力仕事をしながら、収穫祭の始まりを待った。
 昼前には、全て準備が整い、収穫祭が始まった。ロルフや他の楽器を弾ける男達が音楽を奏で、ワインや焼き菓子、いくつかの料理が振る舞われる。大人も子供も楽しそうに振る舞いを食べるのを眺めながら、ガルバーンは楽器を弾くロルフの側で、軽やかな音楽を楽しんでいた。

 誰かが、音楽に合わせて歌い始めた。すると、皆が歌い始めて、大合唱になった。きっと村に伝わる歌なのだろう。初めて聞く歌に、ガルバーンは、静かに耳を傾けた。

 音楽を奏でていたロルフ達が、楽器を弾くのをやめた。音楽を奏でるのは、祭りの始まりと終わりの時らしい。
 ガルバーンは、楽器を置いたロルフに手を握られて、引っ張られるようにして、座っていた椅子から立ち上がった。


「ガル。振る舞いを貰いに行きましょうよ」

「あぁ」


 ガルバーンは、楽しそうなロルフに手を引かれて、振る舞いが行われている所に移動した。
 村の女衆が作ってくれたものは、どれも美味しく、安物のワインも、いつもよりもずっと美味しく感じた。

 ガルバーンが、ロルフと並んで、村の広場にいくつも置かれた丸太の上に座って、振る舞いを食べていると、夏に仲良くなった子供達がやって来た。


「熊のおっさん! あーそーぼー!」
 
「ん。いいぞ」

「あれやって! ぐるぐる回るやつ!」

「俺も俺も!」

「順番だ」

「「「はぁーい!」」」


 ガルバーンは、木のコップに残っていたワインを飲み干すと、丸太から立ち上がった。しゃがんだガルバーンの二の腕に子供達が1人ずつ掴まった。子供達が二の腕に掴まった状態で、立ち上がり、そのまま、ぐるぐると回り始める。子供達が、きゃーきゃー楽しそうに叫んだ。孤児院の子供達を順番にそうしてやっていると、他の子供達までやって来た。ガルバーンは、目が回るまで、延々、子供達を二の腕にぶら下げて、回り続けることになった。そんなガルバーンを、ロルフが優しい目で眺めていた。

 目が回り始めたので、ぐるぐる回転はお終いにして、今度は、子供達と積み木で遊ぶことになった。積み木遊びは、ロルフと頻繁にやっているので、それなりに自信がある。今度は、ロルフや他の大人達も交ざって、急遽、積み木大会が行われることになった。優勝者には、鹿の角が贈られることになり、のんびりワインを飲んでいた大人達もこぞって参加し始めた。
 各家庭から、積み木を持ち集めて、かなり大々的な催しになってしまった感があるが、皆、楽しそうにしているから構わないだろう。ガルバーンも楽しい。
 夕方が近くなるまで、積み木大会はとても盛り上がった。

 夕暮れになると、篝火に火が灯され、ロルフ達が再び音楽を奏で始めた。村人達が皆で踊り始め、ガルバーンは、すっかり懐かれた子供達と一緒に踊り始めた。代わる代わる手を繋いで、軽やかなステップを踏んで、皆で踊る。子供達だけではなく、ハンナや他の村人達とも踊った。踊りながら、ロルフの方をチラッと見ると、目が合ったロルフが、嬉しそうに微笑んでいた。

 音楽が終わり、踊りも終わった。最後は、皆で村の歌を歌って、賑やかな雰囲気のまま、解散となった。
 ガルバーンは、酔ってご機嫌なロルフに手を繋がれて、暗くなった道を歩いていた。
 ロルフが、楽しそうに笑いながら、ガルバーンを見上げた。


「楽しかったですね。ガル」

「あぁ」

「皆、笑顔でした。全部、ガルのお陰です!」

「俺はちょっと手伝っただけだ」

「ガルは魔王を倒してくれたじゃないですか。そのお陰で、皆、笑顔になりました! ガルは勇者だけど、それ以上に『笑顔の導き手』ですよ! ふふっ。僕のお嫁さんは世界で一番すごいのです!」

「……そうか」

「はい!」


 ガルバーンは、ロルフの言葉に、じわぁっと目頭が熱くなってきた。『笑顔の導き手』だなんて、初めて言われた。ガルバーンが、どれだけ生命をかけて戦っても、それは『勇者』だから、当たり前のことだった。今日、沢山見た笑顔は、ガルバーンの頑張りのお陰だと、ロルフは言ってくれた。嬉しくて、嬉しくて、本当に泣いてしまいそうである。

 ガルバーンは、すんと鼻を軽く啜って、ぎゅっと温かいロルフの手を握った。同じくらいの力で、ロルフが手を握りしめてくれる。
 嬉しさと愛おしさが胸に溢れて、ガルバーンは、泣くのをぐっと堪えながら、2人の家に帰った。

 その夜。ガルバーンは、布団の中で、少しだけ泣いた。『勇者』に選ばれてから、初めて流した涙は、とても温かいものだった。

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