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34:慣れって怖い

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カールはだらしなくソファーに寝転がり、あーっと意味のない声を上げた。暇である。シェリーは勉強中だし、セガールは仕事に行っている。帰還して1ヶ月が経つが、まだまだ折れた右腕は治らず、ろくに筋トレもできない。読書三昧しようと思っていたが、流石に1ヶ月も毎日本を読んでいると、本を読むことに飽きてくる。思いっきり身体を動かしたい。このままでは、駄目人間まっしぐらになりそうな気がしてくる。

食事は相変わらず、あーんで食べさせてもらっているし、毎日シェリーに頭を洗ってもらって、セガールに身体を洗ってもらっている。着替えの手伝いも髭剃りも寝癖を直すのもオナニーさえもセガール任せだ。自分でやることが無さ過ぎて、ちょっと危機感を抱くレベルである。
なんでもいい。なにかこう、生産的なことがしたい。

カールが頭を悩ませながら、ソファーでうだうだごろごろしていると、シェリーがやって来た。マルクも一緒である。休憩時間になったのだろう。
カールはだらしない体勢から起き上がり、普通にソファーに座った。


「退屈そうですなぁ」

「ですねー。いい加減読書も飽きてきました。身体を動かしたいです」

「そろそろ走るくらいはいいんじゃないの?」

「……それもそうだ。走ってこようかな……」

「あ、駄目だわ」

「ん?なんで?」

「パパが帰ってこないと、汗かいてもお風呂に入れないじゃない。あと着替え」

「あぁーー。そうでした……。うぅ……暇だよぉ。なんかしたい。なんでもいいから、なんかしたい」

「利き腕が使えないと不便ですな。……ふむ。いっそ左手でも文字を書けるようになるくらい、訓練をしてみては如何でしょう」

「それです!!」

「最初は食事の時にスプーンやフォークを使うところからですかね?」

「えー。それじゃあ、カールにあーんができないわ」

「シェリーさんや。俺はこのまま甘やかされてたら、確実に駄目人間になってしまうよ」

「駄目人間になってもパパが面倒みるわよ」

「それはそれでどうかなぁ!?」

「はははっ。カールさんとセガールさんは仲がよろしいのですね。では、左手で書き取りの練習でもしましょうか。僕は左利きの子が右手でも文字を書けるように指導したことがありますよ」

「マジですか!ご指導お願いします!!」

「はい。では、シェリーさんと一緒にお勉強がてら練習しましょうね。いい暇潰しになるでしょう」


マルクがおっとりと笑った。カールはいそいそと手帳を取りに部屋へと戻った。急なことなので、ノートはない。明日にでもノートを買いに行こう。
愛用している薄緑色の硝子ペンとインクも取り出して、カールは足早に1階の居間へと戻った。





------
カールはシェリーに豪快に頭を洗ってもらった後、濡れたパンツを脱いで、セガールに身体を洗ってもらっていた。1ヶ月も毎日洗ってもらっていると、もうすっかり羞恥心も無くなり、ペニスを触られようが何とも思わなくなった。
足を洗ってくれているセガールが、カールの足先を見て、口を開いた。


「少し爪が伸びたな。風呂上がりに削るぞ」

「お願いします。今日は左手で文字を書く練習をしたんですよ」

「へぇ。書けたか?」

「いや、全く。文字を練習し始めた幼児の方がマシなレベルでした」

「そもそも、お前は不器用な方だろう。剣の手入れをして自分の手を切る奴なんて、お前しか知らないぞ。俺」

「それは本当に入りたての新人の頃じゃないですかー。一回しかやってませんよ」

「ははっ。一回やってりゃ十分だろ。次、右」

「はい」

「ちんこ洗うぞ」

「はーい」


セガールが持つ泡だらけのタオルが下腹部に触れた。そのままペニスを優しく掴まれて、ご丁寧にペニスの皮を剥いて洗われる。カールの羞恥心はピクリともしない。慣れって怖い。
最後に石鹸を泡立てたセガールの手で優しく顔を洗われた。セガールの剣胼胝のある手は、いつでも優しい。傷に触らないように、器用に洗ってくれる。セガールの優しい手が気持ちいい。
身体についた泡を流してもらうと、カールは先に湯船に浸かった。右腕がお湯に浸からないように気をつけながら、自分の頭を洗い始めたセガールに話しかける。


「セガールさん。朝の日課をそろそろ再開しちゃ駄目ですかね。軽く走るだけでもいいんで」

「んー。それくらいならいいんじゃないか?一緒にシャワーを浴びればいいだろ」

「よっしゃ!いい加減、身体を動かしたくてヤバいんですよ。このままじゃ、確実に鈍ります」

「まぁな。練習用の刃を潰した剣ならあるぞ」

「マジですか!借りていいですか?」

「いいぞ。左腕だけで振れるか?」

「イケると信じます。もう本当に身体が鈍りそうで怖いんですよー」

「まぁな。完治してからだと、だいぶ筋肉が落ちているだろうから、元に戻すのに時間がかかる。出来る範囲内で身体を動かせ」

「そうします」


身体を洗っていたセガールが、義足を外して、丸くなっている切断面も洗い、泡を流して、器用に片足立ちで湯船に入ってきた。ざばぁっとお湯が浴槽から溢れ出す。
ふぅーっと気持ちよさそうな息を吐きながら、セガールが長い前髪をかき上げた。セガールもいつも長めの前髪を後ろに撫でつけている。そういえば、カールがそうするようになったのも、セガールに憧れて真似をし始めたのが切っ掛けだった。
そう考えると、セガールの影響は、カールにとっては、かなり大きい気がする。
なんとなく気恥ずかしい気分になるが、セガールが問答無用でいつでも格好いいから仕方がない。男が惚れる男というやつである。勿論、恋愛感情ではない。心酔とかそういうやつである。

2人でお喋りしながら、ゆっくり身体を温め、浴槽から出た。
脱衣場で身体を拭いてもらい、着替えを手伝ってもらって、セガールが身体を拭いて着替えるのを待つ。パジャマを着たセガールに、わしゃわしゃと濡れた頭を拭いてもらって、自分の髪も手早く乾かしたセガールと一緒に脱衣場を出た。

居間に行き、今度はセガールに爪をヤスリで削ってもらう。左手を握られても、温かい手だなぁとしか思わない。完全に慣れきった感がある。
しょり、しょり、と爪をヤスリで削りながら、セガールが口を開いた。


「お前の手、まだ傷痕が残ってるな。自分で切ったところ」

「あはは……忘れてもらえると嬉しいです。情けない話なんで」

「末代まで語り継いでやろう」

「なんで!?」

「いや、面白いだろ」

「面白くないですよー。俺からしたら黒歴史の一つですよ」

「ははっ!よし。次は足。右からな」

「はい。なんかセガールさんにお世話されるのに慣れきってきた感があります。ヤバくないですか?駄目人間まっしぐらなんですけど。俺」

「まぁ気にするな。俺は楽しい」

「マジっすか」

「あぁ。よし。次は左」

「あ、はい」


セガールが真剣な顔で、左足の爪をヤスリで削り始めた。しょり、しょり、と小さな音がする。肉まで削られるかも、なんていう心配はない。セガールは器用だから、安心して任せられる。髭剃りにしてもそうだが、セガールなら大丈夫だという謎の確信がある。信頼感と言ってもいい。

カールがセガールとお喋りしながら爪を削られていると、シェリーが風呂から出てきた。


「シェリー。シェリーも爪を削るか?」

「自分でするわ」

「たまには……」

「自分でします」

「あ、はい」


シェリーにフラレたセガールがしょんぼりと肩を落とした。セガールとしては、まだまだシェリーに甘えてほしいし、構いたいのだろう。カールの世話を楽しんでいるのも、多分、溢れんばかりの父性のお陰なのかもしれない。

シェリーにフラレたセガールが、今度は耳掃除をしてくれるというので、カールは素直にセガールにお願いした。セガールの太腿に頭をのせ、綿棒で耳掃除をしてもらう。優しい手つきは気持ちよくて、眠気を誘われる。
やっぱり慣れって怖い。セガールに甘やかされまくるのに、すっかり慣れてしまった。

本気で駄目人間になったらどうしよう……と思いながら、カールはセガールの優しい手に身を委ねた。

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