婚活男の理想の結婚

丸井まー(旧:まー)

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7:カールがいない日々の始まり

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セガールは、朝からぶすっとして不機嫌なシェリーと一緒に、玄関先に立っていた。
今日はカールが航海に出る日だ。まだシェリーとの関係はあまり改善していないので、説教じみたことは言いたくないのだが、これだけは言わねばと思い、セガールは少ししゃがんで、真正面からシェリーと向き合った。


「シェリー。カールがいなくなって寂しくなるのは分かるが、笑顔で見送ってやってくれ。海は美しいが、同時にとても怖い場所だ。海の上では何があるか分からない。たとえ、喧嘩をしていたとしても、海の男を見送る時は必ず笑顔で見送ってやってくれ。海の上で、大事な人の笑顔を思い出せるように」

「…………分かった」


シェリーがなんとも複雑そうな顔で、唇をむにむにさせていたが、荷物を持ったカールに抱きついて、少しだけ無理矢理感のある笑みを浮かべた。


「いってらっしゃい。秋の豊穣祭までには帰ってきてよね」

「ありがとう。シェリー。風と波に祈っておくよ。帰ってきたら、一緒に豊穣祭に行こうぜ」

「うん」

「カール。無事の航海と武運を祈る」

「はっ。ありがとうございます!」


カールがシェリーをくっつけたまま、ピシッとお手本のようにキレイな敬礼をした。
カールから離れたがらないシェリーの肩をやんわり掴んで離させると、セガールはゆるく後ろからシェリーを抱きしめて、笑顔で手を振って丘を下りていくカールを見送った。
そういえば、見送る立場になるのは初めてだ。海の危険はよく知っている。今回は海賊船が頻繁に出没する海域だというのも聞いている。今回の航海は、特に危険が多い。
セガールはボソッと口の中で、航海の無事を祈る言葉を口にすると、拗ねた雰囲気のシェリーに声をかけた。
今日はたまたま、セガールもシェリーも休日である。2人で航海に出るカールを見送れてよかった。


「シェリー」

「なに?」

「カールはあぁ見えて強い。新人の頃に、本気で泣く程鍛えまくったからな。無事に帰ってくる」

「パパがカールを鍛えたの?」

「あぁ。カールは新人の頃は、船に乗ったら船酔いで吐いて、陸に戻っても丘酔いで吐いてたな。だが、今では部隊長だ。立派になったもんだ。カールの努力の成果だろう」

「ふーん。カールってすごいのね」

「あぁ。俺が知る誰よりも努力家だった」

「ふーん。格好いいじゃない」

「ははっ。そうだろう?さ、洗濯物を干したら出かけよう。買い物に付き合ってくれ」

「……別にいいけど。図書館にも行きたい。もう全部読み終わったし、カールが借りた本も返さなきゃ」

「じゃあ、図書館にも行こう。近くに美味い定食屋ができたらしい。試しに行ってみるか?」

「うん」


セガールは密かに感動していた。本当に久しぶりに、カールなしでシェリーとまともな会話ができている。
セガールは上機嫌なまま、シェリーの手をやんわり握って、家の中に入った。

洗濯物を2人で干して、出かける準備をする。シェリーが以前セガールが買った淡い黄色のワンピースを着てくれた。
シェリーが白いリボンを片手に持って近寄ってきて、ちょっとぶすっとした顔で、ぐいっとリボンを持つ手をセガールに差し出してきた。


「髪、やって。自分じゃ上手くできなかった」

「俺は三つ編みしかできないぞ」

「それでもいいから、やって」

「あぁ」


シェリーは普段はいつも背中まである長い黒髪を下ろしている。妻がいた頃は、たまに妻がシェリーの髪を結ってやっていた。自分でしたことがないから、上手くできないのだろう。
セガールは後ろを向いたシェリーのサラサラの柔らかい髪を手櫛で優しく梳いて、できるだけ丁寧に三つ編みを編んだ。白いリボンをつけてやれば、格段に可愛くなった。
普段は動きやすい格好を好むシェリーだが、今日はお洒落したい気分だったのだろう。セガールは可愛らしいシェリーに笑みを浮かべた。

2人で家を出て、まずは図書館に向かうことにした。シェリーの鞄に本を6冊も入れたら重くなり過ぎるので、シェリーの鞄はセガールが持った。
特に会話もなく丘を下りて、街の中心部に近い場所にある図書館を目指す。

図書館に到着すると、シェリーが先に本を返却してから、セガールを見上げてきた。


「本、借りていい?」

「勿論。好きな本を選びなさい。……この後、本屋にも行くか?」

「行く」


シェリーの目がキラキラと輝いた。本当に幼い頃から、シェリーは本が大好きだった。まだ自分で読めない時は、いつも絵本を持って、セガールの元に来ていた。セガールは小さなシェリーを膝に乗せて、絵本を読んでやるのが好きだった。
シェリーの幼い頃の事を思い出して、セガールは小さく口角を上げた。

児童書コーナーに直行したシェリーに一声かけてから、セガールも自分が読む本を探しに図書館内を歩き始めた。セガールも本を読むのが好きだ。最近は余裕が無くて、全然読んでいなかったが、たまにはシェリーと一緒に本を読むのもいいだろう。
セガールは最新の操舵術の専門書を手に取ると、児童書コーナーに戻った。
シェリーは5冊の分厚い本を借りたので、またセガールがシェリーの鞄を持った。

図書館の近くにあるという新しくできた定食屋を探し、店内に入る。
明るい内装の店で、元気のいい店員の声で迎えられた。メニューの種類が豊富で、シェリーがメニュー表を眺めながら、何を注文するか悩んでいる。
セガールはシェリーを急かすことなく、のんびりとシェリーが注文するメニューを決めるのを待った。
定食屋は評判通りに美味しく、値段も手頃だった。シェリーが食べきれなかった分は、セガールが食べた。

定食屋を出たシェリーが機嫌よさげに笑った。


「カールが帰ってきたら一緒に来たい。メニューを全制覇するの」

「楽しそうだな。今度は3人で来よう」

「うん」

「先に本屋に行って、買い物をしよう。シェリー。ズボンが少し短くなってきているだろう。靴は大丈夫か?」

「少しキツい」

「じゃあ、服と靴も買おう」

「うん」


セガールはシェリーと一緒に、先に本屋に寄り、本を何冊か買ってから、服屋へと向かった。
シェリーが選んだ服は、どれも地味な色合いのシンプルなデザインのものばかりだった。我が娘ながら、可愛らしい顔立ちをしているので、少し勿体無いな、と思ったが、本人の好みなので、余計な事は言わないことにした。
新しいサイズの合う靴も買い、途中で見かけた喫茶店に入った。シェリーは珈琲も紅茶も駄目なので、オレンジジュースを注文し、セガールは冷たい珈琲を注文した。
今日は春にしては気温が高く、じんわりと汗をかいている。冷たい珈琲で喉を潤すと、なんだかほっと力が抜ける気がした。


「シェリー。今夜は何が食べたいか?」

「なんでもいい」

「肉と魚なら?」

「肉」

「豚肉と鶏肉」

「豚」

「豚肉のソテーでもするか」

「うん」


セガールは少し緊張しながら、口を開いた。


「作るの、手伝ってくれないか?」

「……別にいいけど」

「ありがとう。助かるよ」

「……うん」


カールが毎日シェリーと一緒に家事をやっていたからか、意外な程すんなりとシェリーが頷いてくれた。
セガールは心の中でカールに感謝をして、頭の中でシェリーと一緒に作りやすいメニューを考えた。

2人で増えた荷物を持って丘の上の家に帰り、洗濯物を取り込んで畳む。
シェリーがボソッと呟いた。


「カールがいないと静か」

「そうだな。寂しいか」

「……うん」

「……早く帰ってくるといいな」

「……うん」


どことなく元気がないシェリーと一緒に夕食を作り、2人で食べた。シェリーはちゃんと夕食を食べてくれたが、カールのいない食事は、なんだか静かで、もの寂しかった。
カールが家にいたのは一週間くらいの事なのに、カールはするっとセガール達父娘の中に入ってきていた。

セガールまで、なんとなく寂しい気分になり、2人で夕食の後片付けをして、順番に風呂に入った後は、シェリーが寝る時間まで、なんとなく2人で居間にいた。
其々借りた本を読む。ペラリペラリと、本の頁を捲る音だけが、静かな居間に響いていた。

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