婚活男の理想の結婚

丸井まー(旧:まー)

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2:友達になろう

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カールは、パジャマから着替えたセガールの娘シェリーと向かい合ってソファーに座っていた。
セガールは少し遅めの朝食を作っている。カールは睨んでくるシェリーに、無理矢理笑いかけた。


「カール・シータルです。お父さんの昔の部下です」

「……シェリーよ。なんで、おじさんが家に住むわけ?」

「俺が住んでいる官舎が今度取り壊しになることになったので、新しい官舎ができるまで、一緒に住ませてもらうことになりました」

「ふーん」

「来週から半年くらいの航海に出るので、殆ど家にはいないかもなんですけど」

「船に乗ってるの?」

「はい」

「ふーん。……パパも昔は船に乗ってたんでしょ?」

「えぇ。俺の隊長でした」

「ふーん。おじさんは結婚しないの?」

「結婚したいんですけど、相手が見つからないです」

「おじさんだから?」

「まだギリギリお兄さんです」

「何歳なの?」

「26です」

「おじさんじゃない」

「ギリギリお兄さんです」


カールは自分の笑顔がひくつくのを感じながらも、それでもなんとか笑顔をキープした。シェリーはなんとも手強そうな相手である。
シェリーがソファーの上でお山座りをして、ぷいっと顔を背けた。


「おじさんがいたら、ママが帰ってきにくくなるわ」

「やー。それはどうでしょう」

「ママが早く帰ってくればいいのに」


シェリーは、ただ母親がいなくなって寂しいだけなのだろう。余程、母親が大好きだったのだ。それなのに、母親に捨てられた。自分が捨てられたことを認めたくなくて、人や物に当たり散らかしているのではないだろうか。
カールはソファーの上で小さくなっているシェリーが可哀想に思えてきた。


「シェリー」

「なによ」

「俺と友達になってくれないかな」

「えぇー。おじさんと友達になるの?」

「そう」

「おじさん。お嫁さんだけじゃなくて、友達もいないの?」

「……一応いるよ?皆、結婚してるけど」

「ふーん。寂しいおじさんなのね。……しょうがないから友達になってあげてもいいわよ」

「ありがとう。シェリー。これからよろしくね」

「うん。よろしくしてあげる」


シェリーがカールの方を見て、初めて小さく笑った。カールが右手を伸ばすと、シェリーが小さな手でカールの手を握った。


「……友達、初めてできた」

「ん?そうなの?」

「近所に家なんてないし、学校には幼稚なガキンチョしかいないもの」

「そっかー」

「男の子は揶揄ってくるのばっかりで、女の子はお洒落がどうの、格好いい男の子がどうのって話ししかしないのよ。皆、つまんないわ」

「中等学校に上がれば、また変わるかもよ?」

「どうかしら。期待はしないでおく」

「そっかー」


シェリーと話していると、セガールがお盆を持って居間に戻ってきた。
今日の朝食は穀物粥らしい。まだ朝食を食べていないので、野菜やベーコンが入っているボリュームたっぷりな穀物粥はありがたい。
セガールに礼を言って皿を受け取ると、食前の祈りを口にしてから、カールは早速スプーンを手に取った。一口食べてみれば、少し塩味が濃いめだが、十分美味しい。


「美味いです」

「そうか。口に合ってよかった」

「……ママのご飯の方が美味しいし」


シェリーが不満そうにスプーンで穀物粥をかき混ぜている。セガールが困ったように、シェリーに声をかけた。


「シェリー。少しでいいから食べてくれ」

「……お腹空いてない」

「そんなことはないだろう?昨日だって殆ど食べてないじゃないか」

「……ママのご飯が食べたい」

「それはもう無理なんだよ」

「……学校行く準備してくる」

「シェリー」


セガールが大きな溜め息を吐いた。はぐはぐと穀物粥を食べながら、カールはセガールに問いかけた。


「飯、食べてくれないんですか?」

「あぁ。嫁が出ていって半年近くになるんだが、俺が作ったものは中々食べてくれなくて。初等学校の給食も、今は半分近く残しているらしい。食べ盛りの筈なのに、随分と痩せてしまって……本当にどうしたもんかと」

「お菓子も食べないんですか?」

「殆ど食べない」

「んーー。ものは試しです。今夜は俺が作ってみます。焼き魚しか作れませんけど」

「悪いな」

「いえ。シェリーと友達になりました」

「そうか」

「友達が作ったものなら、少しは食べてくれるかもです」

「だといいんだが……っと。いかん。もうこんな時間だ。すまん。俺は仕事に行く。部屋は2階の一番奥が空いてる。客室だからベッドもある。適当にやっといてくれ」

「了解です。あ、皿は洗っときます」

「悪い。頼んだ」


セザールがガツガツと朝食を食べきり、バタバタと出勤の準備を始めたので、カールはちゃっかりシェリーが残した分も食べてから、皿を重ねて、台所へと移動した。陸にいる間は基本的に自炊をしているので、皿洗いくらいならお手のものである。カールは手早く食器類を洗い、キレイに拭いて、食器等を棚に片付けた。

バタバタと階段から降りてくる足音が聞こえたので、台所から顔を出せば、軍服に着替えたセガールが鞄を片手にやって来た。


「すまん。今日は早出なんだ。シェリーの見送りを頼んでもいいか?」

「了解であります」

「じゃあ、いってくる」

「いってらっしゃい。お気をつけて」

「あぁ」


セザールが小さく笑って、バタバタと急いで家から出ていった。
家の1階部分を見て回っていると、今度は、仏頂面のシェリーが降りてきた。
カールはシェリーと一緒に玄関に向かった。


「いってくるわ。行きたくないけど」

「学校は嫌い?」

「勉強は好きよ。嫌いなのは、猿みたいに騒ぐガキンチョ共。授業の邪魔しかしない馬鹿がいるのよ」

「わぉ。それは最悪。勉強だけ楽しんでおいで。学校まで結構距離があるけど、送っていかなくて大丈夫?」

「平気よ。いつも1人で通学してるもの。一本道だし」

「そっか。おやつと晩飯用意して待ってるな」

「どっちもいらない」

「今日のおやつは奮発してチョコレートです!」

「チョコレート!?」


チョコレートは隣国からの輸入品で、基本的に高価なものだ。高給取りのカールでも、滅多に食べられない。
チョコレートと聞いて、シェリーの目が輝いた。


「チョコレート好き?」

「大好き!誕生日の日にしか食べられないの!」

「今日は俺の引っ越し祝いってことで、特別にな」

「やったわ!学校終わったら全速力で帰ってくるから!」

「おー。気をつけてな。じゃあ、いってらっしゃい」

「いってきます!」


シェリーが元気よく駆け出した。中々に足が速い。セガールも足が速かったから、きっとセガールに似たのだろう。

カールはシェリーを見送ると、自分の荷物を2階の空き部屋に置き、まずは掃除だと、腕まくりをした。

ほぼ一日かけて、家中の掃除をした。流石にセガールの部屋とシェリーの部屋の掃除はしていない。勝手に入るのもどうかと思ったので。
普段はセガール1人で家事をしているのだろう。洗濯物が溜まっていたので、朝のうちに全部洗濯して、庭に干した。今日は天気がいいし、風が強いから、夕方までには乾くだろう。

途中で買い物に行き、チョコレートと今夜の夕食の材料を買ってきた。焼き魚の焼き加減には自信があるが、あとは微妙なところである。いっそシェリーに手伝ってもらえばいいかもしれない。

そうこうしていると、シェリーが帰ってきた。全速力で走ってきたのだろう。色白の頬を赤く染め、肩で息をしている。


「おかえり。シェリー」

「ただいま!チョコレート!」

「はいはーい。飲み物は何がいい?ミルク?紅茶?珈琲?」

「ミルクがいいわ。珈琲は飲めないし、紅茶は好きじゃないの」

「じゃあ、俺もミルクにしよっと」

「別に私に合わせなくていいけど」

「ん?いや、ホットミルクなんて子供の頃以来だから、なんか懐かしくてね」

「ふーん」

「手を洗っておいで。その間にミルクの用意をしておくよ」

「うん」


シェリーがバタバタと家の中を走り、階段を駆け上がっていった。カールは台所へ行き、手早くホットミルクを作って、皿に盛ったチョコレートと一緒にお盆に乗せた。
すっかりキレイになっている居間に行けば、シェリーがソファーに座って、キョロキョロと周囲を見回していた。


「はーい。おまたせ」

「ありがとう。部屋、すごいキレイになってる。カールが掃除したの?」

「そ。俺って結構キレイ好きなの」

「ふーん」

「はい。どうぞ。召し上がれ」

「わぁ!いただきます!」


シェリーが満面の笑顔で、チョコレートを一つ摘み、口に放り込んだ。目を輝かせながら、自分の頬を両手で包み、なんとも幸せそうな顔をした。


「んーー!おいしーい!!」

「口の中にチョコレートがあるうちに、すかさずミルクをね」

「うん……んふふ。おーいしーい」

「さて、俺も。……うまー。やっぱこの店のが一番美味いな」

「どこのお店なの?」

「大通りの『至福亭』ってとこ」

「知らないわ」

「まぁ、飲み屋がメインだから。チョコレートって、酒にも合うんだよ。その関係で、チョコレートも扱ってるんだ」

「へぇー」

「パパの分は取ってあるから、全部食べていいぞー」

「ほんと!?やったぁ!」

「あ、食べ終わったら、一緒に洗濯物取り込んで畳もうね」

「えーー。まぁ、いいけど」

「ありがと」


カールはのんびりホットミルクとチョコレートを楽しみながら、ぽつぽつとシェリーとお喋りをした。


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