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41:なんでも全部一緒に
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産後半月が過ぎ、漸くニルダがベッドから開放された。セベリノとしては、完全に身体が回復しきるまでは大人しくしていて欲しいが、ニルダは動きたくて堪らないようで、いそいそと楽しそうにシモンの世話をしている。
アルマがいてくれるお陰で、正直かなり助かっている。ニルダがすごく嬉しそうだし、何より、初めて赤ん坊の世話をするセベリノにとっては、アルマは本当にものすごく頼りになる大先輩だ。自分が器用じゃない自覚があるので、まだ首がすわらない赤ん坊を抱っこするだけでも、内心ヒヤヒヤしている。生まれて半月経つが、実はまだ抱っこにも慣れていない。特にゲップをさせる時の縦抱きが怖い。シモンがよくミルクを吐くのは、シモンがゲップが得意じゃないのもあるかもしれないが、それ以上にセベリノのゲップのさせ方が下手なのだと思う。アルマがゲップをさせる時も吐くことはあるが、セベリノの時程ではない。
シモンのお風呂も毎回ドッキドキで、アルマをハラハラさせているのが分かる。アルマには申し訳ないが、アルマがいてくれなかったらと考えると、本当に頭を抱えたくなるくらい、セベリノは赤ん坊の世話に中々慣れない。シモンの首がすわる頃には慣れているといいのだが、あんまり自信がない。
ニルダがベッドから出られるくらい回復して安心したからか、なんだか急にどっと疲れを感じるようになってきた。
ベッドから出られるとはいえ、ニルダはまだ本調子じゃないし、アルマにばかり頼っている訳にはいかない。シモンの父親はセベリノなのだ。セベリノがしっかりしなくてはいけない。そう思うのだが、なんだか早くも疲れているセベリノであった。
ふたなりも出産すれば母乳が出る。ニルダも一応自分の母乳をシモンに飲ませているが、乳の出が悪く、殆ど粉ミルクで補っている。
セベリノはニルダがシモンにおっぱいを吸わせているところを眺めながら、小さく欠伸をした。ニルダには、まだちゃんと夜は寝てほしいので、シモンの夜の世話はセベリノがしている。アルマも手伝うと言ってくれたが、昼間に、家事も含めて本当に頼ってしまっているので、夜くらいはセベリノが1人で頑張らねばと思い、アルマの申し出を断った。
ミルクで泣き出したかと思えば、今度はおむつで泣き出し、なんかよく分かんないけど泣き出し、の連続で、まとまった睡眠が全然とれない。これは一体いつまで続くのだろうか。世の中の母親は凄すぎる。こんなに大変な思いをしているとは。アルマと家事を半分こできているし、昼間はニルダもアルマもシモンの世話をしてくれるので、セベリノは楽をさせてもらっている方なのだと思う。しかし、どうしても疲れが溜まってしまう。多分、慣れない赤ん坊の世話で常時緊張しているからだと思う。肩の力の抜き方が分からない。
セベリノはニルダに甘えたくて仕方がなかった。ニルダによしよしされて褒めてもらいたい。『頑張ってるな』って言ってもらいたい。しかし、それを口に出すことはてきない。命がけでシモンを産んでくれたニルダの方が大変だったのだ。何ヶ月も気を使いながら生活をして、好きなことも我慢して、お腹の中のシモンを守ってくれていた。そのニルダの苦労に比べたら、セベリノなんて全然である。
シモンの父親として、しっかり頑張っていかねば。
セベリノは自分にそう言い聞かせて、ニルダにシモンを任せて、シモンの大量の使用済みおむつを洗いに行った。
-----
ニルダは眠ったシモンを赤ん坊用のベッドに静かに寝かせると、セベリノと入れ替わるように部屋に入ってきたアルマに声をかけた。
アルマは本当にシモンの首がすわるまで、この家にいてくれるらしい。
「アルマ」
「なに?」
「セーべが疲れている」
「そうね。目の下に隈ができているもの」
「休ませたい」
「素直に休んでくれるの?」
「微妙」
「微妙……2人で昼寝したら?ニーが一緒に寝たいって言えばいいわよ。シモンは私がみてるし」
「頼んでいいか」
「いいわよ。セベリノは多分気負い過ぎ」
「それだ」
「まぁ、初めての子供だから、分からないでもないけど。私も大変で、よくお母さんに泣きついてたもの。お義母さんは、口は出すけど手は殆ど出さなかったし。……まぁ、実家に帰る度に嫌味も言われてたけどね……」
「殴りたい」
「駄目。私の嫁ぎ先がそういう家だったってだけの話。露骨に虐められてる訳じゃなかったし。私の友達なんか、お姑さんにものすっごく酷く虐められて、心の病気になって実家に帰されたらしいわ。それに比べたら、全然平気よ」
「平気じゃない」
「平気よ。子供達は私の事好きでいてくれるもの」
「……むぅ。ならいい」
「それより、セベリノよ。そろそろ休ませてあげなきゃ。子育ては長いのよ。最初から飛ばしてたら、すぐにバテて倒れちゃうわ」
「ん」
「シモンは私がみてるから、ニーがセベリノを休ませてよ」
「任せろ。頼んだ」
「うん」
ニルダは洗濯を終えたセベリノが部屋に戻ってくると、有無を言わさず、セベリノの部屋にセベリノを連行した。
セベリノのベッドにニルダが上がり、布団に潜り込んで、無言で空いているシーツをポンポン叩くと、セベリノがきょとんとした後、少し困ったように眉を下げた。
「ニー。そろそろシモンのおむつを替えなきゃ」
「アルマがしてくれる」
「アルマさんにばっかりさせる訳にはいかないでしょ」
「セーべ」
「はい」
「一緒に寝たい」
「……うぅ……で、でも晩飯の支度とか……」
「一緒に寝たい」
「いやでもね……」
「セーべ」
「はい」
「一緒に寝たい」
「…………ちょっとだけですからね」
渋々感丸出しで、セベリノがベッドに上がってきた。セベリノは夜もまともに寝れていないので、目の下に隈ができている。
ニルダはゆるくセベリノの身体を抱きしめて、向かい合っているセベリノの背中をポンポンと優しく叩いた。
「頑張りすぎるな」
「……そんなことないですよ」
「俺もアルマもいる」
「……ニーはまだ完全に回復してないでしょ。大人しくしていてください。アルマさんにばっかりさせたら駄目じゃないですか」
「一理あるが、お前は頑張りすぎだ」
「そんなことないです。まだ全然……」
「セーべ」
「……なんです」
「寝ろ」
「……ニーは俺を甘やかし過ぎなんですよ」
「そうでもない」
「そうなんです。……すっかり甘え癖がついちゃったじゃないですか」
セベリノがニルダの腕の中でもぞもぞと動き、ぴったりとニルダの身体にくっついてきた。ニルダはセベリノのつむじの辺りにキスをして、セベリノが寝落ちるまで、優しく背中をポンポンと叩いた。
夕飯時を少し過ぎた頃まで2人でぐっすり昼寝をした。色々任せてしまったアルマには申し訳ないが、起きた時のセベリノの顔が随分とマシになっていたので、ニルダとしては喜ばしい。
その日の夕食の時に3人で話し合って、夜は交代制でシモンの世話をすることになった。セベリノが『2人とも俺を甘やかし過ぎです!』と反論してきたが、アルマと2人がかりでセベリノを説得した。
夜にシモンの世話をする者は、必ず昼寝をすることも決定した。3人いるのだから、3人で一緒に分け合って頑張ればいい。
アルマが夜にシモンの世話をしてくれる日は、セベリノと一緒に寝るようになった。慣れたセベリノの匂いと体温があると、ニルダも安心してぐっすり眠れる。
そのうち、セベリノも少しずつ赤ん坊の世話に慣れ、休む時間が増えて疲れもとれてきたのか、元の余裕が戻ってきた。
子供が成人するまで、あと16年はかかるのだ。今から息切れしていたんじゃ保つ筈がない。
ニルダはアルマと一緒に、セベリノの様子を観察しながら、時には強制的に休ませたりして、賑やかで、でも穏やかな幸せを感じる日々を過ごしていった。
--------
シモンの首がすわり、ふにゃふにゃだった身体が随分としっかりし始めた頃。
アルマがいよいよ自分の家に帰ると宣言した。ニルダとしては、いつまでもいてくれていいし、なんなら離婚して子供達を連れて帰ってくればいいと思っているが、アルマ自身がそれをよしとしなかった。
『私の家族には、私の家族なりの形があるのよ。ニーの家族には、ニーの家族の形があるようにね。大丈夫よ。この際だから、夫や義両親と腹を割って話し合うわ。私の望みもあるってこと、ちゃんと知ってもらわなきゃ。ニー。ニーは手も口も出しちゃ駄目。これは私の戦い。これからの人生をより良くしていく為のね』
アルマはそう言って、明るく笑い、ピンと背筋を伸ばして1人で帰っていった。
ニルダ達が心配だから週1で手伝いに来てくれるらしいが、ニルダとしてはアルマの方が心配である。
アルマが帰った後、肩を丸めて小さく溜め息を吐いたニルダの身体に抱きついて、セベリノが小さく笑った。
「アルマさんなら大丈夫な気がします。ニーと似てますもん」
「……似てるか?」
「えぇ。優しくて甘やかしなところとか、ここぞという時の肝の据わり方とか。本当にそっくりです」
「そうか」
「いよいよってなったら、俺達でアルマさんと子供達を連れ去ったらいいんですよ。この家にね」
「ん」
「ついでに、旦那さんだけ一発殴りましょう。アルマさんを殴ったお返しで」
「全力で殴る」
「ニーが本気で殴ったら死んじゃうから、代わりに俺が殴りますよ」
「……むぅ」
「アルマさんの奮闘を応援しましょ」
「……ん」
「さて。そろそろシモンが泣き出す頃ですよ。忙しくなる前に……ニー」
「ん?」
「キスして活力をください」
「ん」
戯けたように、でも照れているのが丸分かりなセベリノの唇にキスをして、ニルダはセベリノを抱きしめて小さく笑った。
ニルダは本当に恵まれている。頼れる可愛い妹も、頼もしくて可愛い旦那も、まだ生まれてそう間もない可愛い我が子もいる。頻繁に訪ねてきてくれる友達もいる。昔ならば、想像すらしていなかった幸せの中に、ニルダは今いる。
シモンの元気な泣き声が聞こえてきたので、ニルダはセベリノの身体を離して、シモンの所へ向かい始めた。
ニルダは隣を歩くセベリノを見下ろして、小さく笑った。
「セーベ」
「なんです?」
「楽しいも大変も幸せも、全部一緒だ」
「……はいっ!」
セベリノがニルダを見上げて、弾けるような笑顔で頷いた。
これから先、きっと大変な事も多いだろう。しかし、それ以上に嬉しいことや小さな幸せがいっぱいの筈だ。
ニルダは穏やかな未来を想像して、笑みを浮かべ、ミルクを求めて泣きじゃくる可愛い小さな我が子を抱き上げた。
------
セベリノが洗濯物を取り込み終える頃に、学校へ行っていたシモンが帰ってきた。
シモンが庭にいるセベリノの元に走ってきて、勢いよくセベリノの腰に抱きついてきた。
「父さん!聞いて!」
「なにー?先に『ただいま』は?」
「ただいま!」
「はい。おかえり」
「あのね!俺、今度の剣術大会に出れることになった!」
「おぉ!?マジか!やったじゃないか!」
「えっへへー!母さんは?まだ?早く母さんにも言いたい」
「ニーはまだお仕事中。晩飯前には帰ってくるよ。多分」
「ちぇー。じゃあ、先に剣の素振りしとく」
「その前に宿題」
「宿題は夜やるし」
「だーめ。そんな事言って、風呂に入ったらすぐに寝ちゃうだろ」
「ぶー」
「ぶーぶー言わない。ほら。おやつあるから、先に手を洗っておいで」
「うん!」
バタバタと家の方へ向かって走っていく元気なシモンに苦笑しながら、セベリノも洗濯物でいっぱいの籠を持って家の中に入った。
シモンを産んで3年したら、ニルダは警邏隊に復職した。セベリノも同時に復職したが、半年で仕事を辞めることにした。シモンは今でこそ元気いっぱいだが、4歳くらいまでは身体が弱く、よく熱を出したりしていたからだ。警邏隊でのセベリノの代わりはいくらでもいるが、シモンの親はセベリノとニルダしかいない。ニルダは警邏隊に必要不可欠な存在だ。必然的に、セベリノが仕事を辞め、専業主夫になり、子育てに専念するようになった。
身体が弱かったシモンは、5歳を過ぎれば、人並みに丈夫な身体になっていき、ニルダから剣を習い始めてからは、体力が有り余るくらい元気に育っている。シモンはニルダに剣を教えてもらうのが大好きだ。セベリノとしては、もう少し勉強もして欲しいのだが、剣に夢中で、学校の勉強はそこそこといった感じである。
洗濯物を畳みながら、居間で宿題をやるシモンに時折勉強を教えてやり、宿題を終えたシモンが庭に飛び出していくのを見送ってから、セベリノはやれやれと夕食の支度を始めた。
夕食が出来上がった頃に、ニルダが帰ってきた。外からシモンのはしゃぐ声が聞こえてくる。早速、ニルダにも剣術大会に出場できることを報告しているらしい。
居間の窓へ移動して庭を見れば、ニルダがシモンを高い高いの状態で抱き上げ、ぐるぐると回っていた。ニルダも嬉しいらしい。
きゃーきゃー楽しそうな声を上げて笑うシモンと、嬉しそうに口角を上げているニルダを眺めて、セベリノも小さく笑った。
早いもので、シモンももう10歳だ。幼い頃は身体が弱かったが、運動神経はニルダに似たらしく、今では活発過ぎて、セベリノでは少し持て余すくらいだ。
そのまま剣の稽古を始めた母子を眺めながら、セベリノは幸せな光景に頬をゆるめた。
大変な事がいっぱいあった。それでも、いつだってニルダが側にいてくれて、アルマやミレーラ一家が手助けしてくれていた。毎日、小さな事が色々あるが、同じ数か、それ以上に小さな幸せがいっぱいある。
ひとしきり剣の素振りをし終えたニルダが、窓から眺めているセベリノの側に近寄ってきた。セベリノの唇に、ちゅっと軽いキスをして、ニルダが小さく微笑んだ。
「ただいま」
「おかえりなさい。晩飯はとっくの昔に出来てますよ」
「ん。シモン」
「はぁーい!お腹空いたー!」
「そりゃ、そうでしょうとも。あれだけ動けばね」
セベリノはクックッと笑いながら、賑やかな夕食の準備をすべく、台所へと戻った。
(おしまい)
アルマがいてくれるお陰で、正直かなり助かっている。ニルダがすごく嬉しそうだし、何より、初めて赤ん坊の世話をするセベリノにとっては、アルマは本当にものすごく頼りになる大先輩だ。自分が器用じゃない自覚があるので、まだ首がすわらない赤ん坊を抱っこするだけでも、内心ヒヤヒヤしている。生まれて半月経つが、実はまだ抱っこにも慣れていない。特にゲップをさせる時の縦抱きが怖い。シモンがよくミルクを吐くのは、シモンがゲップが得意じゃないのもあるかもしれないが、それ以上にセベリノのゲップのさせ方が下手なのだと思う。アルマがゲップをさせる時も吐くことはあるが、セベリノの時程ではない。
シモンのお風呂も毎回ドッキドキで、アルマをハラハラさせているのが分かる。アルマには申し訳ないが、アルマがいてくれなかったらと考えると、本当に頭を抱えたくなるくらい、セベリノは赤ん坊の世話に中々慣れない。シモンの首がすわる頃には慣れているといいのだが、あんまり自信がない。
ニルダがベッドから出られるくらい回復して安心したからか、なんだか急にどっと疲れを感じるようになってきた。
ベッドから出られるとはいえ、ニルダはまだ本調子じゃないし、アルマにばかり頼っている訳にはいかない。シモンの父親はセベリノなのだ。セベリノがしっかりしなくてはいけない。そう思うのだが、なんだか早くも疲れているセベリノであった。
ふたなりも出産すれば母乳が出る。ニルダも一応自分の母乳をシモンに飲ませているが、乳の出が悪く、殆ど粉ミルクで補っている。
セベリノはニルダがシモンにおっぱいを吸わせているところを眺めながら、小さく欠伸をした。ニルダには、まだちゃんと夜は寝てほしいので、シモンの夜の世話はセベリノがしている。アルマも手伝うと言ってくれたが、昼間に、家事も含めて本当に頼ってしまっているので、夜くらいはセベリノが1人で頑張らねばと思い、アルマの申し出を断った。
ミルクで泣き出したかと思えば、今度はおむつで泣き出し、なんかよく分かんないけど泣き出し、の連続で、まとまった睡眠が全然とれない。これは一体いつまで続くのだろうか。世の中の母親は凄すぎる。こんなに大変な思いをしているとは。アルマと家事を半分こできているし、昼間はニルダもアルマもシモンの世話をしてくれるので、セベリノは楽をさせてもらっている方なのだと思う。しかし、どうしても疲れが溜まってしまう。多分、慣れない赤ん坊の世話で常時緊張しているからだと思う。肩の力の抜き方が分からない。
セベリノはニルダに甘えたくて仕方がなかった。ニルダによしよしされて褒めてもらいたい。『頑張ってるな』って言ってもらいたい。しかし、それを口に出すことはてきない。命がけでシモンを産んでくれたニルダの方が大変だったのだ。何ヶ月も気を使いながら生活をして、好きなことも我慢して、お腹の中のシモンを守ってくれていた。そのニルダの苦労に比べたら、セベリノなんて全然である。
シモンの父親として、しっかり頑張っていかねば。
セベリノは自分にそう言い聞かせて、ニルダにシモンを任せて、シモンの大量の使用済みおむつを洗いに行った。
-----
ニルダは眠ったシモンを赤ん坊用のベッドに静かに寝かせると、セベリノと入れ替わるように部屋に入ってきたアルマに声をかけた。
アルマは本当にシモンの首がすわるまで、この家にいてくれるらしい。
「アルマ」
「なに?」
「セーべが疲れている」
「そうね。目の下に隈ができているもの」
「休ませたい」
「素直に休んでくれるの?」
「微妙」
「微妙……2人で昼寝したら?ニーが一緒に寝たいって言えばいいわよ。シモンは私がみてるし」
「頼んでいいか」
「いいわよ。セベリノは多分気負い過ぎ」
「それだ」
「まぁ、初めての子供だから、分からないでもないけど。私も大変で、よくお母さんに泣きついてたもの。お義母さんは、口は出すけど手は殆ど出さなかったし。……まぁ、実家に帰る度に嫌味も言われてたけどね……」
「殴りたい」
「駄目。私の嫁ぎ先がそういう家だったってだけの話。露骨に虐められてる訳じゃなかったし。私の友達なんか、お姑さんにものすっごく酷く虐められて、心の病気になって実家に帰されたらしいわ。それに比べたら、全然平気よ」
「平気じゃない」
「平気よ。子供達は私の事好きでいてくれるもの」
「……むぅ。ならいい」
「それより、セベリノよ。そろそろ休ませてあげなきゃ。子育ては長いのよ。最初から飛ばしてたら、すぐにバテて倒れちゃうわ」
「ん」
「シモンは私がみてるから、ニーがセベリノを休ませてよ」
「任せろ。頼んだ」
「うん」
ニルダは洗濯を終えたセベリノが部屋に戻ってくると、有無を言わさず、セベリノの部屋にセベリノを連行した。
セベリノのベッドにニルダが上がり、布団に潜り込んで、無言で空いているシーツをポンポン叩くと、セベリノがきょとんとした後、少し困ったように眉を下げた。
「ニー。そろそろシモンのおむつを替えなきゃ」
「アルマがしてくれる」
「アルマさんにばっかりさせる訳にはいかないでしょ」
「セーべ」
「はい」
「一緒に寝たい」
「……うぅ……で、でも晩飯の支度とか……」
「一緒に寝たい」
「いやでもね……」
「セーべ」
「はい」
「一緒に寝たい」
「…………ちょっとだけですからね」
渋々感丸出しで、セベリノがベッドに上がってきた。セベリノは夜もまともに寝れていないので、目の下に隈ができている。
ニルダはゆるくセベリノの身体を抱きしめて、向かい合っているセベリノの背中をポンポンと優しく叩いた。
「頑張りすぎるな」
「……そんなことないですよ」
「俺もアルマもいる」
「……ニーはまだ完全に回復してないでしょ。大人しくしていてください。アルマさんにばっかりさせたら駄目じゃないですか」
「一理あるが、お前は頑張りすぎだ」
「そんなことないです。まだ全然……」
「セーべ」
「……なんです」
「寝ろ」
「……ニーは俺を甘やかし過ぎなんですよ」
「そうでもない」
「そうなんです。……すっかり甘え癖がついちゃったじゃないですか」
セベリノがニルダの腕の中でもぞもぞと動き、ぴったりとニルダの身体にくっついてきた。ニルダはセベリノのつむじの辺りにキスをして、セベリノが寝落ちるまで、優しく背中をポンポンと叩いた。
夕飯時を少し過ぎた頃まで2人でぐっすり昼寝をした。色々任せてしまったアルマには申し訳ないが、起きた時のセベリノの顔が随分とマシになっていたので、ニルダとしては喜ばしい。
その日の夕食の時に3人で話し合って、夜は交代制でシモンの世話をすることになった。セベリノが『2人とも俺を甘やかし過ぎです!』と反論してきたが、アルマと2人がかりでセベリノを説得した。
夜にシモンの世話をする者は、必ず昼寝をすることも決定した。3人いるのだから、3人で一緒に分け合って頑張ればいい。
アルマが夜にシモンの世話をしてくれる日は、セベリノと一緒に寝るようになった。慣れたセベリノの匂いと体温があると、ニルダも安心してぐっすり眠れる。
そのうち、セベリノも少しずつ赤ん坊の世話に慣れ、休む時間が増えて疲れもとれてきたのか、元の余裕が戻ってきた。
子供が成人するまで、あと16年はかかるのだ。今から息切れしていたんじゃ保つ筈がない。
ニルダはアルマと一緒に、セベリノの様子を観察しながら、時には強制的に休ませたりして、賑やかで、でも穏やかな幸せを感じる日々を過ごしていった。
--------
シモンの首がすわり、ふにゃふにゃだった身体が随分としっかりし始めた頃。
アルマがいよいよ自分の家に帰ると宣言した。ニルダとしては、いつまでもいてくれていいし、なんなら離婚して子供達を連れて帰ってくればいいと思っているが、アルマ自身がそれをよしとしなかった。
『私の家族には、私の家族なりの形があるのよ。ニーの家族には、ニーの家族の形があるようにね。大丈夫よ。この際だから、夫や義両親と腹を割って話し合うわ。私の望みもあるってこと、ちゃんと知ってもらわなきゃ。ニー。ニーは手も口も出しちゃ駄目。これは私の戦い。これからの人生をより良くしていく為のね』
アルマはそう言って、明るく笑い、ピンと背筋を伸ばして1人で帰っていった。
ニルダ達が心配だから週1で手伝いに来てくれるらしいが、ニルダとしてはアルマの方が心配である。
アルマが帰った後、肩を丸めて小さく溜め息を吐いたニルダの身体に抱きついて、セベリノが小さく笑った。
「アルマさんなら大丈夫な気がします。ニーと似てますもん」
「……似てるか?」
「えぇ。優しくて甘やかしなところとか、ここぞという時の肝の据わり方とか。本当にそっくりです」
「そうか」
「いよいよってなったら、俺達でアルマさんと子供達を連れ去ったらいいんですよ。この家にね」
「ん」
「ついでに、旦那さんだけ一発殴りましょう。アルマさんを殴ったお返しで」
「全力で殴る」
「ニーが本気で殴ったら死んじゃうから、代わりに俺が殴りますよ」
「……むぅ」
「アルマさんの奮闘を応援しましょ」
「……ん」
「さて。そろそろシモンが泣き出す頃ですよ。忙しくなる前に……ニー」
「ん?」
「キスして活力をください」
「ん」
戯けたように、でも照れているのが丸分かりなセベリノの唇にキスをして、ニルダはセベリノを抱きしめて小さく笑った。
ニルダは本当に恵まれている。頼れる可愛い妹も、頼もしくて可愛い旦那も、まだ生まれてそう間もない可愛い我が子もいる。頻繁に訪ねてきてくれる友達もいる。昔ならば、想像すらしていなかった幸せの中に、ニルダは今いる。
シモンの元気な泣き声が聞こえてきたので、ニルダはセベリノの身体を離して、シモンの所へ向かい始めた。
ニルダは隣を歩くセベリノを見下ろして、小さく笑った。
「セーベ」
「なんです?」
「楽しいも大変も幸せも、全部一緒だ」
「……はいっ!」
セベリノがニルダを見上げて、弾けるような笑顔で頷いた。
これから先、きっと大変な事も多いだろう。しかし、それ以上に嬉しいことや小さな幸せがいっぱいの筈だ。
ニルダは穏やかな未来を想像して、笑みを浮かべ、ミルクを求めて泣きじゃくる可愛い小さな我が子を抱き上げた。
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セベリノが洗濯物を取り込み終える頃に、学校へ行っていたシモンが帰ってきた。
シモンが庭にいるセベリノの元に走ってきて、勢いよくセベリノの腰に抱きついてきた。
「父さん!聞いて!」
「なにー?先に『ただいま』は?」
「ただいま!」
「はい。おかえり」
「あのね!俺、今度の剣術大会に出れることになった!」
「おぉ!?マジか!やったじゃないか!」
「えっへへー!母さんは?まだ?早く母さんにも言いたい」
「ニーはまだお仕事中。晩飯前には帰ってくるよ。多分」
「ちぇー。じゃあ、先に剣の素振りしとく」
「その前に宿題」
「宿題は夜やるし」
「だーめ。そんな事言って、風呂に入ったらすぐに寝ちゃうだろ」
「ぶー」
「ぶーぶー言わない。ほら。おやつあるから、先に手を洗っておいで」
「うん!」
バタバタと家の方へ向かって走っていく元気なシモンに苦笑しながら、セベリノも洗濯物でいっぱいの籠を持って家の中に入った。
シモンを産んで3年したら、ニルダは警邏隊に復職した。セベリノも同時に復職したが、半年で仕事を辞めることにした。シモンは今でこそ元気いっぱいだが、4歳くらいまでは身体が弱く、よく熱を出したりしていたからだ。警邏隊でのセベリノの代わりはいくらでもいるが、シモンの親はセベリノとニルダしかいない。ニルダは警邏隊に必要不可欠な存在だ。必然的に、セベリノが仕事を辞め、専業主夫になり、子育てに専念するようになった。
身体が弱かったシモンは、5歳を過ぎれば、人並みに丈夫な身体になっていき、ニルダから剣を習い始めてからは、体力が有り余るくらい元気に育っている。シモンはニルダに剣を教えてもらうのが大好きだ。セベリノとしては、もう少し勉強もして欲しいのだが、剣に夢中で、学校の勉強はそこそこといった感じである。
洗濯物を畳みながら、居間で宿題をやるシモンに時折勉強を教えてやり、宿題を終えたシモンが庭に飛び出していくのを見送ってから、セベリノはやれやれと夕食の支度を始めた。
夕食が出来上がった頃に、ニルダが帰ってきた。外からシモンのはしゃぐ声が聞こえてくる。早速、ニルダにも剣術大会に出場できることを報告しているらしい。
居間の窓へ移動して庭を見れば、ニルダがシモンを高い高いの状態で抱き上げ、ぐるぐると回っていた。ニルダも嬉しいらしい。
きゃーきゃー楽しそうな声を上げて笑うシモンと、嬉しそうに口角を上げているニルダを眺めて、セベリノも小さく笑った。
早いもので、シモンももう10歳だ。幼い頃は身体が弱かったが、運動神経はニルダに似たらしく、今では活発過ぎて、セベリノでは少し持て余すくらいだ。
そのまま剣の稽古を始めた母子を眺めながら、セベリノは幸せな光景に頬をゆるめた。
大変な事がいっぱいあった。それでも、いつだってニルダが側にいてくれて、アルマやミレーラ一家が手助けしてくれていた。毎日、小さな事が色々あるが、同じ数か、それ以上に小さな幸せがいっぱいある。
ひとしきり剣の素振りをし終えたニルダが、窓から眺めているセベリノの側に近寄ってきた。セベリノの唇に、ちゅっと軽いキスをして、ニルダが小さく微笑んだ。
「ただいま」
「おかえりなさい。晩飯はとっくの昔に出来てますよ」
「ん。シモン」
「はぁーい!お腹空いたー!」
「そりゃ、そうでしょうとも。あれだけ動けばね」
セベリノはクックッと笑いながら、賑やかな夕食の準備をすべく、台所へと戻った。
(おしまい)
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とある日、いつものように会社に行って業務をこなしていた時。午前では無視できていただるけが無視できないものになっていた。
それでも、自己管理がなっていない、日頃ちゃんと体調管理が出来てない、そう怒られるのが怖くて、言えずにいると…?
美人に告白されたがまたいつもの嫌がらせかと思ったので適当にOKした
亜桜黄身
BL
俺の学校では俺に付き合ってほしいと言う罰ゲームが流行ってる。
カースト底辺の卑屈くんがカースト頂点の強気ド美人敬語攻めと付き合う話。
(悪役モブ♀が出てきます)
(他サイトに2021年〜掲載済)
ストレスを感じすぎた社畜くんが、急におもらししちゃう話
こじらせた処女
BL
社会人になってから一年が経った健斗(けんと)は、住んでいた部屋が火事で焼けてしまい、大家に突然退去命令を出されてしまう。家具やら引越し費用やらを捻出できず、大学の同期であった祐樹(ゆうき)の家に転がり込むこととなった。
家賃は折半。しかし毎日終電ギリギリまで仕事がある健斗は洗濯も炊事も祐樹に任せっきりになりがちだった。罪悪感に駆られるも、疲弊しきってボロボロの体では家事をすることができない日々。社会人として自立できていない焦燥感、日々の疲れ。体にも心にも余裕がなくなった健斗はある日おねしょをしてしまう。手伝おうとした祐樹に当たり散らしてしまい、喧嘩になってしまい、それが張り詰めていた糸を切るきっかけになったのか、その日の夜、帰宅した健斗は玄関から動けなくなってしまい…?
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素敵なお話をありがとうございました。
まー様の作品が好きで、いつも楽しく読ませていただいております。
特にこちらは何度も読み返させていただいております😌
その度に胸にグッときてほろりとします。
素敵なお父さんお母さん、周りの人達に囲まれてシモンくんがどんな大人になっていくのか、きっと強く優しい人へと成長するんだろうな…と。
感想をありがとうございますっ!!
本当に嬉しいです!!
嬉し過ぎるお言葉をいただけて、感無量であります!!(泣)
本当に!心の奥底から!ありがとうございます!!
とても楽しく執筆した作品ですので、お楽しみいただけたのでしたら、なによりも嬉しいです!
シモンもきっと優しい人に成長していくと思います。
お読みくださり、本当にありがとうございました!!
好き
感想をありがとうございますっ!!
本当に嬉しいです!!
好きと仰っていただけて、何よりも嬉しいです!!
本当にありがとうございますっ!!
幸せなニーとセーベ、大団円ですね!
嬉しいです!
ありがとうございました!
感想をありがとうございますっ!!
本当に嬉しいです!!
なんとか無事に完結できました!
お付き合いくださり、本当にありがとうございました!!
彼らの幸せはこれからもずっと続いていきます。大変なことがあっても、みんなで乗り越えて、笑ってくれることでしょう。
重ねてになりますが、お読み下さり、本当にありがとうございました!!