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13:2人だけのパーティー

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連休最終日の朝。ニルダはセベリノと一緒に買い物に出ていた。今更感があるが、2人で新年の祝いをしようということで、ご馳走を作り、昼間から酒を飲むのである。
朝市で新鮮な野菜を仕入れて、酒に弱いセベリノと一緒に飲めるような度数が低い美味い酒を買った。ニルダ用に美味いと評判の蒸留酒も買った。肉屋で普段は買わないような上等な肉を買って、家へと帰る。
セベリノの希望で、市場からの帰り道にあるケーキ屋に立ち寄った。美味しいと評判で、たまに店の外にまで客が並んでいることがある。セベリノは甘いものが好きで、一度食べてみたかったそうだ。
店員のオススメだという栗のケーキとチーズケーキを買い、セベリノがニコニコと上機嫌に笑った。

ケーキが入った箱を大事そうに持ったセベリノと一緒にケーキ屋を出ると、途端に、すぐ隣のセベリノの空気が僅かに変わった。何故かいきなり緊張し始めたセベリノを見下ろせば、セベリノの顔が、先程までの『家』での笑顔ではなく、『外』での笑顔になっていた。セベリノは器用に笑顔を使い分ける。結婚した最初の頃は家でも『外』用の笑顔なことが多かったが、今では、家ではリラックスした本当に自然な顔で笑う。セベリノの笑顔は、多分自分の秘密を守る盾なのだろう。セベリノが友達らしき男と話しているのを見かけたことがあるが、ずっと『外』用の笑みを浮かべていた。
ニルダと出かける時は、セベリノは外でも『家』の笑顔だ。しかし、今は完全に『外』の笑顔になっている。
ニルダは不思議に思って、セベリノの名前を呼んだ。


「セベリノ」

「……あ、すいません。ちょっと後輩を見かけたので」

「挨拶」

「いや、いいです。向こうも奥さんと子供が一緒なんで」

「そうか」

「……帰りましょうか」

「あぁ」


ニルダはチラッとセベリノの視線の先に目を向けた。セベリノと同じ年頃の夫婦がいた。男の顔は見覚えがある。身体つきや動きからして、確実に警邏隊の者だ。美形ではないが、明るく楽しそうに笑っている顔は愛嬌があって、好青年といった感じである。片腕で赤ん坊を抱っこして、かなり美人な女と手を繋いで歩いていた。絵に描いたような幸せそうな一家だ。向こうは、こちらに気づいていないようである。
ニルダは、どこか緊張しているセベリノと並んで歩きながら、ふと、もしやあの男がセベリノが好きな相手なのかもしれないと思った。

家に帰り着き、玄関から中に入ると、セベリノの空気が『家』のものになった。2人で台所に向かい、買ったものをとりあえず魔導冷蔵庫に片付け、脱衣場の洗面台で手を洗う頃には、完全にいつもの『家』のセベリノに戻っていた。
セベリノがニルダを見上げ、ニッと笑った。


「俺はご馳走を作るんで、ニルダさんはパーティー会場の設営をお願いします。たまには花とか飾っちゃいましょうよ」

「あぁ」

「さっさと準備をして、パーティーを始めましょう。参加者は2人だけですけどね」


戯けて肩を竦めたセベリノの頭をなんとなく撫でてから、ニルダは2階の物置部屋へと向かった。確か、祖母が趣味で作った洒落たレースのテーブルクロスがあった筈だ。花が好きだった祖母の花瓶コレクションも少しは残してある。パーティーっぽい洒落たグラスや食器もあったと思う。
ニルダはごそごそと入り用なものを探した。

パーティーにあったらいいと思われる物を全て出すと、食器類は洗ってもらう為に台所へ運び、残りは居間に運んだ。
レースのテーブルクロスはキチンと保管されていたからか、黄ばんだりしておらず、白くてキレイなままだった。庭に咲いている白やピンク色のマーガレットが映えそうなシンプルな品のいいデザインの花瓶も見つかった。花瓶は脱衣場の洗面台で軽く洗い、中に水を入れて、ひとまず脱衣場の床に静かに置いた。裏口から庭に出て、いくつも咲いているマーガレットの中から、とりわけキレイに咲いているものを選んで摘んでいく。ちょっとした花束ができると、ニルダは裏口から家の中に入り、マーガレットを花瓶に挿した。花を花瓶に活ける時にやることがあった気がするのだが、どうしても思い出せなかったので、諦めて、そのまま花瓶に入れるだけにした。ニルダは庭で元気に咲いている花の方が好きで、花瓶に花を活けることはしたことが無い。
初めて花瓶に花を活けてみたが、白やピンク色のマーガレットが華やかで可愛らしい。普段は飾り気のない居間が、ローテーブルにテーブルクロスを敷いて、花を飾っただけで、一気に華やかになった。実にパーティーっぽい。
ニルダは満足して、小さく口角を上げた。

セベリノがお盆を持ってやって来て、居間を見て歓声を上げた。


「すごいですね!パーティーっぽい!」

「ん」

「ご馳走も完成しましたよ。お高いお肉のステーキです。俺、あんな値段の肉を買ったのは初めてです。焼く時にめちゃくちゃ緊張しました」

「そうか」

「ちゃんとそれなりに焼けたと思いますよ。熱いうちに食べましょう。南瓜のサラダも野菜スープもお洒落っぽく盛り付けました」

「あぁ」


セベリノがうきうきとした様子で、いい匂いがするお洒落に盛り付けされた皿をローテーブルに並べた。乾杯はセベリノでも美味しく飲める酒でやる。洒落たグラスに酒を注ぎ、向かい合ってソファーに座った。
セベリノが楽しそうな笑みを浮かべ、グラスを差し出してきた。


「新年に乾杯」

「乾杯」


ニルダは、セベリノのグラスに自分のグラスをカチン、と優しくぶつけた。
食べやすい大きさに切り分けられた分厚いのに柔らかい肉は上手に焼けていて、塩と黒胡椒だけの味付けがシンプルに美味しい。普段も食卓に出るサラダとスープも、なんだかいつもよりも美味しい気がする。軽く温めてある市場の近くで買った胡桃のパンも美味しい。酒精はかなり控えめだが、口当たりがよくて爽やかな酒も美味しい。
向かい側でニルダと同じように美味しそうに食べているセベリノをチラッと見て、ニルダは小さく口角を上げた。

豪華な昼食を食べ終えると、今度は本格的な酒の時間である。セベリノと一緒に空いた皿を台所に運ぶと、ニルダはいそいそと蒸留酒の瓶とグラスを手に取った。前々から飲んでみたいと思っていた蒸留酒なのである。美味しいと評判なのだが、値段が高くて、中々手が出せなかった。しかし、今日はセベリノと2人のパーティーなのである。ちょっと特別な時くらい贅沢をしても許されるだろう。
セベリノはうきうきとケーキをお洒落な皿に乗せ、珈琲を淹れていた。先にケーキを楽しんでから、酒を飲むらしい。セベリノが、ニルダ用の肴に、酒屋で売っていた蒸留酒と飛び切り相性がいいというチーズを用意してくれた。食べやすい大きさに切って、お洒落に盛り付けてくれたチーズは、本当に特別感があって最高である。
2人で手分けをしてお盆に乗せて酒等を居間に運び、パーティー再開である。

蒸留酒は本当に抜群に美味しかった。チーズとの相性も最高で、ニルダはじっくりと味わって飲んでいた。
向かい側でケーキを食べているセベリノが、幸せそうにゆるんだ顔で、ほぅと小さく溜め息を吐いた。


「すっごい美味しい……こんな贅沢していいんですかね。俺、去年までは、連休の最終日も買い置きのパンと干し肉しか食ってなかったんですけど」

「あんまりだ」

「だって、すっごい疲れてて、作る気力も食べに出かける気力も無かったんですもん。今年は例年程疲れが残ってないし、贅沢な美味しい飯が食べられるって最高過ぎます」

「そうか」


味わうようにチビチビとケーキを食べているセベリノを眺めながら、ニルダはふと思い立った。完成したアレを渡すなら今じゃないだろうか。
ニルダはグラスをローテーブルの上に置き、静かにソファーから立ち上がった。
突然立ち上がったニルダを不思議そうに見上げるセベリノを居間に残し、ニルダは急いで自室に向かった。ベッドの下に隠しておいた紙袋を引っ張り出して、腹巻きを取り出す。包装はしていないが、普段使いしてもらうものだし、別に構わないだろう。プレゼントという程のものではない。
ニルダは修羅場前に完成していた緑色の腹巻きの最終チェックをしてから、居間に戻った。
腹巻きをセベリノに手渡すと、セベリノがきょとんとした後、パァッと満面の笑みを浮かべた。


「腹巻き!ありがとうございます!!」

「使え」

「はい。ありがたくいただきます。すげぇいい色ですね。何処で買ったんですか?替えに同じのが欲しいです」

「作った」

「へ?誰が?」

「俺」

「マッジですか!?すごい!ニルダさんすごい!編み物できたんですね!」

「昔、母から習った」

「ほぁー。本気で買ったやつだと思った。えー。すっごい。めちゃくちゃ編み目がキレイなんですけど。使うの勿体無いレベルですよ」

「使え」

「はい。折角いただいたし使います。……あ」

「ん?」

「ニルダさん。ニルダさんは何か欲しいものないですか?俺、こういう手作り系の趣味がないんで、既製品になりますけど」

「ない」

「即答しないでください。何か考えてくださいよ」

「ない」

「えー……あ、じゃあ。俺に編み物教えてくださいよ」

「何故」

「ニルダさんに腹巻きを作ります」

「いらん」

「じゃあ、マフラー」

「いる」

「編み物って、ばぁちゃんがやってるところを見たことはあるんですけど、なんか棒みたいなのが必要ですよね。ニルダさんは何処で買ったんですか?」

「母の遺品」

「あぁ。なるほど。毛糸は買ったんですよね?」

「第三地区の手芸屋」

「へぇー。じゃあ、次の休みに一緒に其処に行きましょうよ。どうせならニルダさんに似合う色の毛糸を買いたいですし」

「あぁ」

「あ、俺はどちらかというと不器用な方なんで。根気よくご指導お願いします」

「分かった」

「ふはっ。ニルダさん」

「ん」

「ありがとうございます。本当にめちゃくちゃ嬉しい。編み物に挑戦するのも楽しみです」

「ん」


セベリノが本当に嬉しそうな顔で笑った。早速着けてみると言って、セベリノがいきなりズボンを脱ぎ出した。ぽかんとするニルダの前で、着けていた腹巻きを脱ぎ、ニルダ手製の腹巻きを着けた。緑色の腹巻きの下は赤地に白の水玉模様の派手なトランクスと黄色い靴下だけである。セベリノはパンツや靴下は派手なものを好む。シャツとセーターの裾を捲り上げ、自分の腹を見下ろしてから、セベリノが嬉しそうに微笑んで、右手で腹巻きを撫でた。


「温かいです」

「そうか」

「ニルダさん。我儘言ってもいいですか?」

「あぁ」

「もう1枚欲しいです。交代で使いたいので」

「分かった」

「ありがとうございます。へへっ」

「穿け」

「はーい。よいしょっと」


セベリノがご機嫌な笑みを浮かべながら、ズボンを穿いた。セベリノの下半身パンツ姿にちょっとドキッとしたのは、絶対に口外しない。風呂上がりの父くらいしか男のパンツ姿を見たことがないので、少しビックリしただけだ。ニルダは今更ながらに、つっと嬉しそうなセベリノから目を逸らし、なんだか落ち着かない気持ちを誤魔化すように酒を飲んだ。

夕暮れ時には、ぐでんぐでんの酔っぱらいが1人出来上がっていた。うへへへへ……と変な笑い声を出しながら、セベリノがニルダの膝に懐いている。セベリノは本当に酒に弱い。酒精が弱いものを選んだし、今日は飛び切り楽しい酒だからか、まだ吐きそうな気配はない。ただ、ご機嫌過ぎて壊れている。最初のうちは普段通り違うソファーで向かい合ってきたが、酔いがかなり回ってきた頃にグラス片手にニルダが座るソファーに移動してきて、ニルダのすぐ側に座り、そう間を置かずに、ぐたぁっとニルダの方へ倒れ込んできて、現在は膝枕状態で、ヘラヘラと楽しそうに締まりのない顔で笑っている。
ニルダはなんとなくセベリノの頭を撫で回しながら、マイペースに酒を飲んでいる。
ニルダの太腿の上に頭を乗せているセベリノが、ニルダのシャツを指先で摘み、ちょんちょんと軽く引っ張った。


「ニルダさん。ニルダさん」

「なんだ」

「楽しいね」

「あぁ」


ベロンベロンに酔っているからか、普段とは違う少し幼い口調で、セベリノが何度も『楽しい。楽しい』と言いながら笑った。
日が完全に落ちる頃には、セベリノはそのまま寝落ちた。ニルダは美味しい蒸留酒を飲み終えたので、間抜けに涎を垂らして眠るセベリノを横抱きで抱え上げ、セベリノの部屋へと運んだ。
今日はニルダも楽しかった。何より、セベリノが楽しいと笑ってくれたのが嬉しかった。ニルダが作った腹巻きを喜んでくれたのが嬉しかった。

ニルダはセベリノをベッドに寝かせ、しっかり布団を被せた。セベリノの頭をやんわりと撫で、幸せそうなゆるんだ寝顔に小さく笑い、セベリノを起こさないように、静かに部屋を出た。
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