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郵便屋さんから恋人へ

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セリーノは無表情で女学生から手紙を受け取ると、鞄に手紙を突っ込み、足早に寮の自室へと帰った。
セリーノが通う魔法学園は全寮制で、基本的に二人部屋である。女学生から受け取った手紙は、セリーノ宛ではなく、セリーノの同室者への恋文である。これが初めてのことではない。自分は郵便屋さんにでもなったのだろうかと思うくらい、毎日のように女学生から同室者へ向けた恋文を預かる日々を過ごしている。

セリーノの同室者アンクレールは、それはもうずば抜けた美少年である。本当にビックリする程美しい少年だ。まだ16歳だからか、成長途中の危うい色気的なものがあるらしい魔性の美少年である。

女学生からは勿論のこと、なんと男子学生からも絶大な人気があり、男子学生からもアンクレールへの恋文を預かったりする。自分で渡せと言いたいが、アンクレールは人嫌いなので、同室者のセリーノ以外とは、ほぼ話さない。それどころか、目の前にいても存在を無視したりする。
セリーノのことを認識して、会話をしてくれるのは、単に同室者だからだろう。アンクレールは人嫌いで無愛想だが、セリーノが話しかけたら一応言葉を返してくれる。勉強で分からないことがあって質問すればちゃんと教えてくれるし、ちょっとした雑談にも付き合ってくれる。
まぁ、割と気のいい奴だと思っているが、この毎日の郵便屋さんごっこだけはいただけない。預かった手紙を渡しても、アンクレールは読まずにゴミ箱に突っ込むだけだ。なんとも送り主達が気の毒になる。

アンクレールはあまり多くは語らないが、美しいが故に、色々あったらしい。美形に生まれるのっていい事だけじゃない。
過去に誘拐未遂や強姦未遂を体験したらしいアンクレールには、本当に同情する。平凡な顔でよかったと思う日がくるとは思わなかったので、人生何があるか分からない。
セリーノはアンクレールがどれだけ美しかろうが、下半身に同じものがついている時点で恋愛対象にはならない。ついでに言うと、セリーノは学年のマドンナに片思い中である。その学年のマドンナはアンクレールに夢中であるが。

ある日の夜。アンクレールと一緒に課題をやっていると、珍しくアンクレールから話しかけてきた。


「セリーノ」

「んー?」

「恋人になってくれ」

「他を当たれ」

「即答するな。最後まで聞け」


アンクレールの話を要約すると、恋人希望者が多過ぎて鬱陶しいから、卒業するまで恋人のフリをしてほしいとの事だった。
セリーノは思ったことをそのまま口に出した。


「それやったら僕が確実に誰かに刺される」

「セリーノは丈夫だから大丈夫」

「何その根拠のない信頼。普通に嫌だよ」

「頼む。本気で面倒臭いんだ。学業にまで支障が出ている」

「まぁ、そうだけど」


アンクレールは、アンクレールの事が好きな男や女に追い掛け回されることが多く、授業でペアを組んで取り組む課題が出た日には、アンクレールを巡って争奪戦が起きる。アンクレールは騒がしいのが嫌いだ。
アンクレール争奪戦で授業が毎回一時中断になったりするのが、心底嫌らしい。


「君は僕のことを好きにならないだろう?」

「なるかよ。だって君、男じゃん。ないわー」

「だから、君が適任なんじゃないか。君は僕の安全地帯なんだよ」

「はぁ……左様で」

「あと二年半もこの学園にいるんだ」

「まぁ、そうだね」

「安全を確保した上で勉学に励みたい。その為に学園に入ったんだ」

「えー……しょうがないなぁ」


魔法の勉強がしたくて魔法学園に入ったのはセリーノも同じで、アンクレールの気持ちも分からないでもない。アンクレールは真面目な生徒で、とても努力家だ。この半年でそれはよく分かっている。セリーノは最終的に折れて、アンクレールの頼みを引き受けることにした。
ずっとアンクレールと一緒に行動するだけで十分だろう。流石にアンクレールに惚れている連中も、アンクレールがいる場所でセリーノを虐めたり刺したりしない筈だ。多分。
若干の不安はあるが、セリーノはアンクレールと恋人のフリをすることにした。

アンクレールと恋人になった証拠として、一緒に歩く時は手を繋ぐようになった。アンクレールから言い出したことだ。そこまでする必要はないと思ったが、アンクレールがどうしてもと言うので、セリーノはアンクレールと手を繋いで歩くようになった。
恋人のフリを始めて、セリーノは保身の為にもアンクレールにくっついて過ごした。最初のうちは、周囲がものすごく騒がしかったし、露骨に陰口を言われたりもしたが、一年も経てば完全に落ち着き、学園公認カップルみたいになった。そこまで求めてなかったのに。
アンクレールとセリーノの安全は確保され、勉学にひたすら励む日々を送った。周囲が落ち着いてからも、手を繋いで歩く。なんだかアンクレールの距離感がおかしくなった気がするが、セリーノは気にせず、恋人のフリを続けていた。

セリーノは背中にアンクレールをくっつけたまま、黙々と課題を終わらせた。
アンクレールはセリーノよりも先に課題を終わらせていた。アンクレールがセリーノの背中にぴったりとくっついたまま、セリーノの耳元で話し始めた。


「セリーノ」

「んー?」

「婚約しない?」

「しない」

「即答しないでくれ。恋人殿」

「単なるフリだろ」

「フリだけど。見合いの釣書が山程きた」

「頑張って断れ」

「面倒。もうセリーノが伴侶になってくれ」

「男と結婚は無理」

「そこをなんとか」

「流石に嫌」

「……わかった。長期戦で口説くことにする」

「君、僕のことが好きなの?」

「友達としては好き」

「そうかい。僕もだよ」

「でも、結婚するならセリーノがいいから全力で口説く」

「なんでだよ」

「君の側にいるのが一番落ち着くから
さ」

「ふーん」

「賭けをしよう。五年以内に僕が君を口説き落とせなかったら、君が欲しがっていた絶版の魔法書をあげよう」

「その賭け乗った」

「よし。では、今から全力で口説く。……ところでセリーノ」

「ん?」

「口説くってどうやるんだ?」

「それを教えたら賭けの分が悪くなるだろ。自分で考えてみろよ」

「むぅ。これは難問だな。まぁ、五年あるんだ。気長に口説こう」

「せいぜい頑張れよ。まぁ、魔法書を貰うのがオチだろうけど」


セリーノはクックッと笑って、ずっと欲しかった魔法書が手に入る瞬間を夢想した。

セリーノが賭けに負けるまであと三年。


(おしまい)
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