『はみ出し者』の愛の卵

丸井まー(旧:まー)

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26:魔獣の繁殖期の終わり

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 ヤニクは血で汚れた大剣を構え、本の挿絵で見たことがある熊みたいな魔獣と向き合っていた。見た目は熊に近いが、ごっつい角と鋭い牙、当たったら絶対に死にそうなヤバい爪がある。このタイプの魔獣と戦うのは、もう数えるのをやめたくらいだ。ヤニクは、覚えた魔獣の急所である腹の真ん中をぶっ刺すように大剣を構えて、襲い掛かってくる魔獣にあえて自分から突っ込んでいった。

 魔獣の返り血を浴びたまま、ヤニクは大きく息を吐いた。なんとか魔獣を倒せた。別の魔獣の鳴き声が響いている。すぐ近くにまだいる。ヤニクはデリークや他の騎士達と共に、魔獣の声がする方へと駆けだした。

 魔獣の繁殖期が始まり、早くも二か月が近い。ヤニクは、それなりに負傷はしたりしているが、まだちゃんと生き残っていた。何人も仲間の騎士を見送った。悔しくて、辛くて、もっと自分が強ければと悔やむが、まだ魔獣の繁殖期は終わっていない。唯々、魔の森から出てくる魔獣を殺していく。殺さないと、死ぬのは自分や大事な仲間だ。
 ヤニクは歯を食いしばって、毎日のように出撃している。

 魔獣と一口に言っても、形態は様々で、急所も異なる。魔獣の繁殖期が始まる前に、座学で叩き込まれた急所を狙って戦っている。魔獣には核というものがあり、そこを完全に破壊しないと再生するという実に厄介な生き物だ。核を破壊しそびれて、かばってくれた騎士を死なせたこともある。ヤニクは、毎日毎日、生き残るために、子供達や大事な仲間を守るために、大剣を振るい続けている。

 交代の騎士達が来たので、怪我人を背負って砦に戻ると、真っ直ぐに医務室に向かう。ヤニクも多少怪我をしているが、担いでいる騎士の方が重症だ。ヤニクは重症の騎士を忙しそうな医務室の医者達に任せ、自分も簡単な手当てをしてもらってから、デリークと共に医務室を出た。

 次の哨戒まで、半日休める。魔獣の繁殖期が始まったばかりの頃は、小休憩を挟んで1日に何度も出撃していたが、魔獣の繁殖期の終わりが近づいているからか、ここ最近は休める時間が増えてきた。怪我人が多いので、食堂などにもベッドを置いて、仮の医務室にしている。砦のそれなりに広い訓練場で炊き出しをしているので、温かい食事をもらい、がつがつと食べていく。魔獣は昼夜問わず魔の森から出てくるから、次の出撃は日が落ちてからだ。
 ヤニクはしっかりと食べると自室に向かい、丁寧に大剣の手入れをしてから、デリークに叩き起こされるまでぐっすりと眠った。

 デリークに叩き起こされて、出撃の準備をしていると、鎧を着けたままのヴィーターが部屋に入ってきた。ヴィーターの右頬に獣の爪の傷痕があった。掠った程度みたいだから、痕が残らず治るだろう。
 ヴィーターがつかつかと鎧を着ているヤニクに近寄ってきて、無言で顎を掴み、噛みつくような勢いで唇に吸いついてきた。めちゃくちゃに口内を舐め回される。
 好き放題した後、ヴィーターが口を離し、自分の下唇を舐めた。


「ちょっと補給だ」

「なんのだ。下っ腹が熱いんだけど。これから出撃って時に勃たせるなよ」

「安心しろ。私も勃っている」

「なんの安心? じゃあ、行ってくる」

「あぁ。武運を。この様子だと、おそらく、あと10日程で繁殖期が終わる。持ちこたえるぞ」

「おう! 行くぞ! デリーク!」

「御意」


 ヤニクはデリークと共に部屋を出て、足早に砦の入り口へと向かった。

 砦に所属している魔法使いが出した明かりを頼りに、魔の森の近辺を馬に乗って哨戒する。魔法使いが出した明かりには魔獣を誘う効果もあるので、わざと魔獣を誘き寄せて殲滅する。だからか、夜の方が戦闘が激しい。ぼんやりとした明かりの中での戦闘訓練は吐きまくる程やったし、毎日のようにしているから、すっかり慣れた。

 隣にいるデリークが、ちっと舌打ちをした。


「面倒なのが来ます」

「げっ。猿っぽいやつじゃん。行くぞ。デリーク」

「御意」


 猿に似た魔獣の鳴き声が近づいてくる。繁殖期だからかは知らないが、魔獣達は鳴きながら襲ってくる。ヤニクは素早く馬から降りると、戦闘態勢に入った。
 ヤニクの身体の倍くらいの大きさの猿に似た魔獣が森から飛び出してきた。鋭い牙が生えた口から涎を垂らしながら襲い掛かってくる。この魔獣は無駄にすばしっこく、爪に毒があるので厄介な相手だ。
 ヤニクはデリークと連携して、なんどか魔獣の身体ごと大剣で真っ二つに核を斬った。この魔獣の更に厄介なところは、数頭の群れで襲ってくることだ。別の魔獣を相手している騎士の声に応えて、騎士を手助けしに向かう。

 全ての魔獣を殺し終えた頃には、ヤニクは掠れた息しか出ないくらい疲弊していた。毒を受けた負傷者がいるので、これから砦に一度戻るが、その後は、無事な騎士達と共に、朝日が昇る頃まで小休憩を挟みながら戦い続ける。
 あと少し。あと少し耐え抜けば、魔獣の繁殖期は終わる。今のところ、最終防衛線までは魔獣を行かせずに済んでいる。砦は大型の魔獣の襲来で多少壊れたが、まだ大丈夫だ。
 ヤニクは歯を食いしばって、負傷者を馬に乗せ、砦へと急いだ。




――――――
 昼夜問わず哨戒をしても、魔の森から魔獣が出てこなくなって5日。どうやら、魔獣の繁殖期が終わったようである。訓練場に整列した騎士達に混ざっているヤニクは、皆の前で繁殖期の終わりを告げたヴィーターの言葉に歓声を上げた。
 とても長い二か月ちょっとだった。まだ怪我が治っていない者も多い。追加で雇っている医者達も含めて、医療関係者の忙しさは暫く続きそうだ。

 ヤニクは、額から左頬にかけてと、背中に大きな爪の傷痕が残ったが、五体満足で生き残れたので問題はない。デリークも無事だし、勿論、ヴィーターも無事だ。怪我をした傷痕は増えたが、障害が残るような大怪我はしていない。

 ヤニクは、その日から怪我人の世話を手伝い始めた。動ける騎士の半数は、念の為、暫くは哨戒をして、残りの半数は大量の怪我人の世話をしている。ヤニクはデリークと一緒に、朝から晩まで医者達に頼まれたことをせっせとこなした。

 ヴィーターは事後処理が忙しいみたいで、食事も一緒にできないことの方が多い。ヤニクはヤニクで忙しいので、中々ゆっくり顔を合わせることもない。今は基本的に自室で寝ている。たまに、気づいたらヴィーターが隣で寝ていることがあるが、好きにさせている。


 ヤニクが大量の包帯を運んでいると、廊下の向こうからヴィーターが足早にこちらに向かって歩いてきた。近寄ってきたヴィーターがヤニクの頭をがっと掴んで、噛みつくようなキスをしてきた。何度も唇を強く吸われて、ヴィーターが顔を離した。


「補給だ」

「なんのだ」

「あと半月である程度終わらせる。終わったら子作りするぞ」

「おう。どんとこいや」

「子供達は怪我人達の八割が回復してから、こちらに戻す」

「分かった。……早く会いてぇなぁ。大きくなってるよな」

「そうだな。はいはいくらいならしてそうだ」

「はいはいするとこ、ちょー見たい」

「あと少しの我慢だ」

「うん。ヴィーター。寝れる時はちゃんと寝ろよ」

「あぁ。お前、私のベッドで寝ろ。お前のベッドは少し狭い」

「俺と寝る気かよ」

「当り前だろう。やっと一緒に寝れるようになったんだ」

「それもそうか。じゃあ、俺、これを運んでくる」

「あぁ。お前も休憩できる時はちゃんと休憩しろ」

「うん」


 ヴィーターが足早に去っていったので、ヤニクも急いで医務室に向かった。魔獣の毒にやられたり、大怪我をした騎士達が多い。動ける者は、できることはなんでもするべきだ。
 毎日忙しいが、漸く、平和な日々が戻ってきた。
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