『はみ出し者』の愛の卵

丸井まー(旧:まー)

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24:『愛される者』

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 卵を孕んで5日目の夜。ヤニクは、ヴィータ―と並んでベッドに寝転がり、手を繋いで喋っていた。食べては寝て、食べては寝てを繰り返していたが、そろそろ産まれてもおかしくない。子供達が大きくなったら、一緒に何をしようかと話していると、下腹部に違和感を覚えた。硬いものが下り始めている。


「ヴィーター。産まれそう」

「医者とデリークを呼んでくる。お前は下を脱いで、毛布をかけて待っていろ」

「うん」


 ヴィーターが慌てた様子でベッドから下り、ばたばたと走って部屋から出ていった。ヴィーターは常に無表情だが、とても情が深くて、優しいと思う。既に生まれている子供達も可愛がってくれているし、新たに産まれてくる子供も間違いなく可愛がってくれる。ヴィータ―に愛してもらって育ったら、きっと人を愛せて、優しくできる人間に育つと思う。ヴィータ―のように。ヤニクは、今度の子もヴィーターに似ていたらいいなぁと思いながら、ズボンと下着を脱いだ。

 戻ってきたヴィータ―にアナルを解してもらうと、医者の指示に従って、うんこ座りの体勢になった。ヴィーターの手を握って、じわじわ腹の中を下りてくる硬い卵を産み落とそうと下腹部に力を入れる。ゆっくりと卵が出てきて、すぽんっと卵が産まれた。今回も無事に卵を産めて一安心である。
 ヤニクは、うんこ座りの体勢から、身体ごと振り返って、シーツの上に胡坐をかいた。清潔な布の塊の中にある淡い黄色い卵を見て、ほっと息を吐く。ヴィータ―と手を重ねて、初めての魔力を卵に注いでやった。ヴィーターの魔力はいつでも温かい。なんとなくほっとする温かさに目を細めていると、ヴィーターがヤニクの腰を抱き、頬にキスをした。


「男の子か、女の子か、楽しみだな」

「うん。元気に生まれてくれたらどっちでもいいけど、女の子も可愛いだろうなぁ」

「嫁にはやらん」

「気が早い。まだ生まれてすらいねぇよ」


 ヤニクが可笑しくてクックッと笑うと、ヴィーターが再びヤニクの頬にキスをした。ヴィーターの方を向けば、今度は唇に触れるだけの優しいキスをしてくれる。ヤニクは嬉しくてだらしなく笑いながら、ヴィーターの唇にくちゅっと優しく吸いついた。

 魔力を注いだ卵を清潔な布を敷き詰めた籠に入れると、ヤニクは寝間着を脱いで、下着一枚の姿になった。もう七の月の終わりが近い。日に日に暑くなってきている。子供達に汗疹ができないかが心配だ。デリーク達はもう退室しているので、ヴィーターも寝間着を脱いでいた。
 下着一枚の姿のまま、ベッドに並んで横になり、なんとなく逞しいヴィーターの身体にくっつく。素直に暑い。ヴィーターの肌は、風呂に入った後なのにじんわりと汗ばんでいた。


「なぁ。窓開けて」

「あぁ。……暫くはおあずけだな」

「なにが?」

「性行為」

「あー……まぁ、しょうがねぇ」

「暑くても下着は脱ぐなよ。我慢できなくなる」

「分かった。キスはしてもいいんだろ?」

「思う存分するが?」

「あ、うん。へへっ。俺の伴侶がアンタでよかった」

「なんだ。急に」

「子供達はアンタに愛されて育つから、絶対に優しい人間になる」

「お前も子供達を愛しているだろう。2人で愛してやれば、真っ直ぐな優しい者に育つだろう」

「うん。なぁ」

「なんだ」

「多分だけど、俺、アンタのこと愛してるぜ」

「そうか」

「アンタは?」

「とっくの昔に骨抜きになっている」

「素直に『愛してる』って言えよ」

「……愛している。私の伴侶はお前だけだ」

「うん。魔獣の繁殖期が終わったら、また卵を産みたい」

「卵を産まなくても性行為がしたい」

「卵をつくらないのに性行為をするのか?」

「卵関係なしに、お前と愛し合いたいだけだ」

「へへっ。そうかよ。それなら、俺もしたい」

「来年の三の月のはじめ頃から魔獣の繁殖期が始まる。落ち着くのは五の月の半ば頃だ。事故処理も含めたら、六の月の終わりくらいまで、ゆっくりする暇もないな」

「繁殖期なげぇよ。じゃあ、1年くらい性行為はなしかー」

「……月に一度くらいなら……いや、一発でできる可能性も全くない訳じゃない。性行為をしない方が無難だな。……次に性行為できるまでが長い」


 ヴィーターが小さく溜め息を吐いた。ヤニクと愛し合いたいと思ってくれるヴィーターに、なんだか胸の奥が擽ったくなる。今すぐにでも、ヴィーターと愛し合いたいが、最低でも産後5日は性行為は禁止だと医者から言われている。それに、ヤニクは卵を孕むペースが早い方らしく、卵を孕みやすい体質かもしれないと医者が言っていた。魔獣の繁殖期までに強くならなくてはいけないヤニクは、これ以上、卵を孕む訳にはいかない。

 ヤニクはヴィーターの唇に何度もキスをしてから、ヴィーターにくっついて目を閉じた。
 魔獣の繁殖期が終わったら。一人産卵祭りをやってやる。最高記録の三十二個は流石に無理だが、二桁は目指していきたい。きっと、砦の中がものすごく賑やかになると思う。
 ヤニクは、ヴィーターの温もりと慣れた匂いに包まれながら、すぅっと眠りに落ちた。



――――――
 卵が産まれて10日目の朝。ヴィータ―と一緒に卵に魔力を注いでいると、大きくなった卵が微かに動いた。


「おっ! 動いた! 今回はちょっと早めだな」

「あぁ。デリーク。準備を」

「御意」

「どっちかなー。頑張れ頑張れ」


 ヤニクはワクワクしながら、ヴィータ―と手を繋いで、少しずつ大きく動き始めた卵が割れる瞬間を待った。
 昼前に生まれてきた子供は、女の子だった。ヤニクは、ヴィータ―と手を握り合って喜んだ。
 医者が産湯を使った後、抱っこして、元気に泣く赤ん坊にチチクルを飲ませる。んくっ、んくっとチチクルを飲む赤ん坊の髪は、ヤニクにそっくりな金色だった。
 デリークが、三割どころか五割くらい怖い笑みを浮かべ、バーンと一枚の紙を見せてきた。紙には、達筆な字ででかでかと『ヤニニカ』と書かれてあった。


「古い言葉で『愛される者』という意味です。如何でしょうか」

「いいな。でかした。デリーク。よい名前だ」

「ありがとうございます。ヴィーター様。ヤニク様」

「んー?」

「『ヤニニカ』は女名ですが、『愛される者』の男名は、『ヤニク』なのです。ヤニク様は、ご両親に愛されておられたのでしょう」

「……そっか」


 卵を産める体質のものは、首がすわる頃には集落へと連れていかれて、そこで育てられる。自分の親と会うことはない。両親の顔も名前も知らないが、ヤニクの両親は、唯一自分達が与えられる『名前』という贈り物に、精いっぱいの愛を込めてくれたのだろう。なんだか、じわぁっと胸の奥と目頭が熱くなってくる。自分が親になってみて初めて分かったが、自分達の子供は本当に愛おしい。ヤニクも、もしかしたら卵を産める体質の子供を産むかもしれない。その時に、泣き喚かずに『さよなら』できる自信はない。

 ヤニクは、抱っこしている小さな温もりを愛おしく感じながら、チチクルを飲み終えたヤニニカをヴィーターにそっと受け渡した。

 明日から、鍛錬三昧の日々が始まる。子供達を守るためにも、気合を入れて頑張らねば。ヴィーターの伴侶として恥ずかしくない程度には強くなりたい。欲を言えば、ヴィーターを守れるくらい強くなりたい。
 ヤニクは、げっぷをさせているヴィーターをじっと見て、ぽかぽかする胸を押さえながら、今この一時だけは温かい幸せに浸っていようと思った。
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