『はみ出し者』の愛の卵

丸井まー(旧:まー)

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9:本番前の一時

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 ヤニクはへとへとに疲れた状態で、ヴィーターの私室に入った。これから夕食を一緒に食べる。その後は、騎士達の入浴の時間が終わるまでヴィーターとお喋りをして、風呂に入ったら、いよいよ性行為をする。正直、今から性行為をするのが怖くて、空腹ではあるが、夕食を食べられる気がしない。

 ヤニクは気を紛らわせようと、ヴィーターの私室を見回した。ヴィーターの私室も質素な感じだった。書き物机と衣装箪笥、酒やグラスなどが並んでいる棚、ソファーが一つと低めのテーブル、壁には大剣が飾ってあった。部屋の隅には、使い込まれているのが分かる磨かれた鎧もあった。ヴィーターも、魔獣の繁殖期には大剣を振るって戦うのだろう。

 ヤニクがなんとなくそわそわしながらソファーに座ると、ヴィーターと、お盆を持ったデリークが部屋に入ってきた。ヴィーターはいつもの無表情である。何を考えているのかさっぱり分からないが、少なくとも、ヤニクに酷いことをしないことだけは分かっている。

 デリークが並べた食事は、いつもの焼いた肉と硬いパン、野菜が少し浮いたスープだった。騎士団長という立場にあるのに、ヴィーターの食事も一緒だ。少し意外である。騎士団長は偉い人なんだから、もっといいものを食べてそうなのに。

 ヤニクの隣に座ったヴィーターが早速夕食を食べ始めたので、ヤニクも一応フォークを手に取った。ものすごく空腹なのに食欲がない。しかし、折角用意してもらった食事を残すのも気が引ける。ヤニクは気合で肉を口に含んだ。吐き気がする程ではない。噛み応えのある肉をもぐもぐ咀嚼していると、ヴィーターが話しかけてきた。


「10日後に、行商の者と娼婦が砦に来る。買いたいものを決めておけ」

「金なんて持ってねぇ」

「私が買う。これでも一応お前の伴侶だ」

「……どーも。買いたいもの……酒? いつも飲んでるやつ」

「それは元から買う予定だ。他に欲しいものはないのか」

「んー。本。あ、でも、今は読む余裕がねぇな。欲しいものは特にねぇ」

「本を読むのが好きなのか」

「冒険小説とか、すげぇ面白れぇ。俺達は伴侶ができるまでは集落の外に出られない。外の世界を知れるから楽しくて、集落にあった本を何回も読んでた。恋愛小説は嫌い」

「そうか。では、行商の者が持ってきたものを見て、気になったものを買ったらいい。行商の者が来るのは、年に三回だけだ。その日は砦の騎士達が浮かれてお祭り騒ぎになる。行商の者が持ってきたものを見る時は私から離れるな」

「うん。……娼婦? ってあれだろ? 身体を売る女のことだろ?」

「男もいるがな」

「ふぅん」

「買い物するとき以外は、その日は部屋に籠っていた方がいいかもしれないな。かなり賑やかなことになる。色々と」

「ふぅん?」


 ヴィーターと話しながら食べていたら、いつの間にか完食していた。部屋の隅っこに控えていたデリークが食器類を下げ、温かい紅茶を差し出してから、部屋から出ていった。紅茶を一口飲めば、なんだかちょっとだけ緊張がほぐれた感じがする。
 ヤニクは、ヴィーターから行商の者達が持ってくる主だったものの話を聞きながら、入浴の時間までのんびり過ごした。

 風呂に入った後。ヤニクはヴィーターに手を握られた状態で、ヴィーターの寝室に入った。風呂に入っている時はそこまで緊張していなかったが、ベッドが目に入った途端、どっと背中に嫌な汗が滲みだす。心臓が耳の横にあるみたいに大きく高鳴っている。怖い。今すぐにでも逃げ出したい。

 身体が勝手に震え始める。貴族のガキに襲われた時の恐怖が頭の中をぐるぐる回り始めて、じわじわ息が苦しくなってくる。
 自然と俯いていたヤニクは、ヴィーターに声をかけられて、ビクッと震えた。


「ヤニク。顔を上げろ。私を見ろ」


 ヤニクはのろのろと顔を上げて、ヴィーターの顔を見た。ヴィーターは、いつもの無表情だ。何故か分からないが、ちょっとだけ苦しかった息が楽になる。ヴィーターに言われて、何度も大きく深呼吸をしていると、ヴィーターが握っているヤニクの掌をにぎにぎと優しく揉んだ。指の付け根に肉刺ができているから地味に痛いのだが、不思議と嫌ではない。むしろ、ちょっとだけ落ち着いてきた。ヴィーターの手は、いつもより少し温かい。


「……アンタの手、いつもよりあったけぇ」

「お前の手が冷えているだけだ。服を脱ぐぞ」

「お、おう……俺が泣き喚いてもやめないでくれ」

「善処する」


 ヴィーターの手が離れたので、ヤニクはのろのろと服と下着を脱ぎ、全裸になった。ごくっと唾を飲みこんでから、また震えそうになるのをぐっと奥歯を噛みしめて堪える。ヴィーターはヤニクに酷いことはしない。貴族のガキとは違う。ヴィーターなら、きっと大丈夫だ。ヤニクは、自分にそう言い聞かせて、ベッドに上がり、四つん這いになった。

 四つん這いになると、ぶわっと貴族のガキに襲われた時の記憶が鮮明に頭の中に蘇る。あの時、貴族のガキは、嫌だと泣くヤニクの服を破り捨てるように脱がせ、無理矢理四つん這いにさせ、ヤニクの頭を押さえた。ヤニクは地面で頬を強く擦られながら、何度も『助けて』と叫んだ。貴族のガキに尻肉を開かれ、笑いながら何度も尻を叩かれた。アナルが外気に触れた感覚すら未だに覚えている。

 ヤニクは、下唇を強く噛んだ。ぼたぼたと勝手に涙が落ちていく。身体が震えるのを止めることができない。怖くて、怖くて、いっそ死んでしまいたい。あの時のように力づくで押さえ込まれている訳ではないのに、怖くて仕方がない。

 ヤニクがぎゅっとシーツを強く掴むと、ヴィーターの落ち着いた声が聞こえた。


「仰向けに寝転がれ」

「……」


 ヤニクは、のろのろとシーツの上に仰向けに寝転がった。ヴィーターの手で、膝を立てて足を大きく開かされる。ヤニクは嗚咽がもれないように下唇を強く噛みながら、ぎゅっと目を閉じ、縋り付くようにシーツを強く掴んだ。

 ヴィーターの手が、何故かヤニクの頭に触れた。髪の毛を梳くように、やんわりと頭を撫でられる。ヴィーターのいつもより少し温かい手が、涙が流れる頬をやんわりと撫でた。


「目を開けろ。私を見ろ。お前を今から抱くのは私だ。お前を襲った貴族のガキではない」

「……」

「ヤニク。目を開けろ」


 ヤニクは、恐る恐る目を開けた。涙で曇る目を声がする方に向けると、いつも通りの無表情なヴィーターの顔が見えた。ヴィーターが強く噛みしめているヤニクの下唇をやんわりと指先でなぞった。


「噛むな。血が出る。いや、もう出てるな。口を開けろ。大きく息を吸って吐け。ずっと私だけを見ていろ。お前が気持ちいいことしかしない」

「……ん」


 ヴィーターがヤニクに覆いかぶさり、べろーっとヤニクの頬を舐め上げた。涙を舐めとるように、ぺろぺろと頬を舐められると、ちょっと擽ったくて、なんだか犬に顔を舐められているような気がしてくる。ヤニクが擽ったくて思わずちょっと笑うと、ヴィーターが傷がついたヤニクの下唇も優しく舐めた。舐められると地味に痛いが、まるで傷を癒すかのような、優しい舐め方をされる。気がつけば、涙も身体の震えもとまっていた。
 ヤニクは不思議になって、情けなく垂れている鼻水を舐めとっているヴィーターに声をかけた。


「アンタは絵本に出てくる魔法使いなのか?」

「そんなわけあるか。戦うしか能がない普通の男だ」


 間近にあるヴィーターの顔は、いつも通りの無表情だ。ヴィーターって笑うことがあるのだろうか。ヴィーターが笑うところを想像してみようとしたが、なんか、物語に出てくる悪役みたいな悪どい感じの笑い方を思い浮かべてしまった。妙に似合っているのが、なんだか可笑しい。デリークも笑った方が怖い顔になるので、もしかしたら、似た者主従なのかもしれない。

 ヤニクがそんなことを考えていると、ヴィーターがヤニクの上唇をくちゅっと優しく吸った。


「私を見て、私のことだけ考えていろ」

「分かった」


 ヤニクが頷くと、まるで褒めるかのように、べろーっと熱い舌で頬を舐められた。ヴィーターは舐めるのが好きなのだろうか。不思議と不快ではない。ちょっとだけ擽ったくて、ヤニクは小さく笑った。
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