『はみ出し者』の愛の卵

丸井まー(旧:まー)

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 今夜は満月だ。ヤニクは、ヴィーターと一緒に風呂に入ると、ヴィーターの案内で砦の敷地内を歩いていた。これから、アシマナの実を採りに行く。

 月明かりに照らされながら、ぽつぽつと他愛のないことを喋っていると、アシマナの木が見えた。アシマナの木は、ヤニクの胸くらいの低い木で黄色い実をつける。薄い皮を剥けば、赤い果肉が出てきて、真ん中には種がある。ヤニクは、まだうっすら緑色が残っている黄色い実をいくつか採った。ヴィーターは、しっかり熟れている黄色いものを採っていた。


「戻るぞ。部屋で食う」

「分かった」


 アシマナの実は足が早いので、生の実を食べられるのはごく僅かな期間だけだ。ジャムにしても美味しいし、干して保存がきくようにしたものも美味しい。ヤニクはあんまり甘過ぎるものは得意じゃないから、生のものを食べるのが一番好きだ。

 ヴィーターの寝室に着くと、2人とも服を脱いでから、行儀悪くベッドの上でアシマナの実を食べ始めた。先に服を脱いだのは、『どうせ食べ終わったら脱ぐだろう』とヴィーターに言われたからだ。
 アシマナの実に皮ごと齧りつけば、じゅわっと甘酸っぱい果肉が口の中に入ってくる。ヤニクは、面倒だからいちいちアシマナの皮は剥かない。アシマナの実の皮は柔らかいから、そんなに口に触らない。隣で食べているヴィーターも同じようで、皮ごと食べていた。

 アシマナの実は、食べ過ぎるとお腹を下しやすくなる。十個くらい食べたいところだが、二個で我慢をしておく。ヴィーターが小皿とタオルを持ってきてくれていたので、種を小皿に入れて、タオルで手と口を拭いた。


「今日も酒を飲むか」

「んー。手を繋いで、頭を撫でられるくらいなら、多分平気だ……と思う」

「では、試すか」


 真正面に胡坐をかいているヴィーターが手を伸ばしてきたので、ヤニクは思い切ってヴィーターの手を握った。特に不快じゃない。酒を飲んでいなくても、手を繋ぐくらいなら平気なようだ。ヤニクはほっとして、ヴィーターに向かって頭を下げた。ヴィーターが手を離し、両手でわしゃわしゃとヤニクの頭を撫で回した。なんだか擽ったくて、クックッと笑ってしまう。

 ヴィーターの手が頭から離れたので、ヤニクはちょっと緊張しながら、ヴィーターの頭に手を伸ばした。


「おい?」

「アンタを撫でる」

「好きにしろ」

「うん」


 ヴィーターの頭に触れてみれば、短く整えてあるしっかりとした硬めの髪の感触が、なんだか地味に楽しい。癖のない短い髪の毛を梳くように頭を撫でてみる。思い切って、ヴィーターの頬に手を移動させた。ヴィーターの頬は、ほんの少しひんやりしていた。体温がヤニクよりも低いのだろう。ヴィーターの頬はすべすべで、顎の方に指を這わせれば、微かにちくちくとした髭の感触がした。


「触れた」

「そうだな。今度は私が触る」

「どこを?」

「……背中をマッサージしてやろう。見様見真似だがな。俯せになれ」

「分かった」


 ヴィーターはヤニクが嫌なことはしない。この数日で、なんとなくそれが分かっているので、ヤニクは素直に俯せに寝転がった。ヴィーターが動く気配がして、ヤニクの背中にヴィーターの少しひんやりした硬い手が触れた。肩甲骨のあたりを指でぐりぐりされると、なんだか気持ちがいい。


「どうだ」

「それ、きもちいいー」

「そうか。腰を揉むぞ」

「……それも、きもちいい」


 腰を揉んでもらうのも、背骨に沿ってぐいーっと指で圧されるのも、すごく気持ちよかった。


「気持ちよ過ぎて寝そう」

「まだ寝るな。今夜はもう少し試す」

「何をするんだよ」

「キス」

「きす……キスッ!? 正気か!?」

「舌は入れない。触れるだけのお子ちゃまキスだ」

「……そ、それなら、なんとか?」


 ヤニクは、ヴィーターに言われて仰向けになった。ヴィーターが手を差し出してきたので、ヴィーターの手を握って身体を起こす。


「押し倒されるのは嫌だろう」

「心底無理」

「胡坐をかいたままでいい。少し近寄れ。流石に、お前を私の膝に乗せるのはきついものがある」

「それは俺も嫌だ」


 ヴィーターと膝が触れ合うくらい近づくと、ヴィーターに手を握られた。ヴィーターの顔が近づいてきたので、反射的に目を閉じれば、唇にふにっと柔らかいものが一瞬触れ、すぐに離れていった。


「ヤニク」

「……なんだよ」

「大丈夫か」

「……意外と平気。吐きそうって程じゃない」

「そうか。今日はここまでだ。寝るぞ。明日もお前は朝から剣の稽古だ」

「あ、うん」


 ヤニクはヴィーターと並んで寝転がり、またヴィーターにやんわりと抱きしめられた。じわじわ暑くなってきているので、ヴィーターの肌は、汗でしっとりしていた。あんまり不快じゃないことが不思議になる。ヤニクは、自分が思っていた以上に順応性が高いのだろうか。今日は、キスまでしてしまった。

 八の月まで、あと三か月くらいだ。このペースで進んでいって、本当に卵を三個も産めるのだろうか。ヤニクは急速に胸の中に不安が広がるのを感じた。一回性行為をすれば卵を孕むというものではない。それに、卵を産むのに、卵ができてから5日はかかる。それから、卵を孵化させるために、10日間、卵に両親の魔力を注いでやらないといけない。どう頑張っても、今のペースでは無理な気しかしない。

 ヤニクは、ヴィーターに抱きしめられたまま、ぼそぼそとそのことを話した。間近にあるヴィーターの顔は、いつも通り無表情である。ヤニクは、ヴィーターに静かな声で問いかけられた。


「お前はどうしたい」

「……肉便器になるのも、死ぬのも嫌だ。……なぁ、俺が嫌がっても、無理矢理してくれないか?」

「泣かれると萎えるんだが」

「うっ……できるだけ泣かないようにする」

「……では、明日からだ。明日から、本格的な性行為をするぞ。お前が嫌がってもやめない」

「そうしてくれ……性行為も怖いけど、しなかった後の方がもっと怖い」

「まぁ、それはそうだろうな」

「嫌がって暴れたりしたら縛ってもいいから、俺を孕ませてくれ」

「……分かった。そういうのは趣味ではないが、善処しよう」

「……ありがと」

「今夜はもう寝ろ。何も考えるな」

「うん。……おやすみ」

「おやすみ」


 ヤニクはヴィーターに抱きしめられたまま目を閉じた。日中の疲れから、すぐに眠気が訪れる。ヴィーターにくっつくと、微かに清潔な石鹸の匂いと汗の匂いがした。なんとなく揺れていた気分が落ち着いて、ヤニクはすぅっと眠りに落ちた。

 翌朝。ヴィーターに起こされたヤニクが寝間着を着ていると、ヴィーターに声をかけられた。


「ヤニク」

「なんだよ」

「今日から一緒に食事をとる」

「え? なんで?」

「少しでも接触機会を増やしておいた方が、お前の心的負担が少なくなるだろう」

「なるほど? 今日の朝飯から?」

「あぁ。デリークが来たな。デリークに伝えてくる。デリークは準備があるから、お前は先に着替えて訓練場で素振りをしていろ」

「あ、うん」


 ヴィーターに言われて、自室に戻れば、デリークが本当に来ていた。どうして隣の部屋に音もなく入ってくる男の気配を察することができるのだろうか。不思議でならない。
 一緒にヤニクの部屋に入ってきたヴィーターが、デリークに事情を話している間に、ヤニクは運動する服に着替えた。手に馴染んできた大剣を持って、訓練場に向かう。

 剣の素振りをしていると、じくじくと掌が痛み始めた。肉刺が潰れている。何度も肉刺ができては潰れを繰り返している。そのうち胼胝になって硬くなり、痛くなくなるらしいので、今が我慢時だ。
 ヤニクはデリークが来るまで、手の痛みを堪えながら、黙々と剣の素振りをし続けた。
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