『はみ出し者』の愛の卵

丸井まー(旧:まー)

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4:風呂での遭遇

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 毎晩、風呂に入れるようになると、格段に動けるようになってきた。入浴効果ヤバい。ヤニクは、毎日、生き生きと剣の稽古や基礎鍛錬に励んでいる。

 本格的な初夏になったある日。ヤニクがいそいそと風呂に向かうと、先客がいた。ヴィーターである。ヤニクは『うげぇ』と思って、一瞬部屋に引き返そうかと思ったが、風呂には入りたい。今日も1日動き回って、全身汗だくである。石鹸でちゃんと身体を洗いたいし、疲労回復効果があるお湯にも浸かりたい。

 ヤニクは、無言でさっさと全裸になり風呂場へと入っていったヴィーターを見送ると、ちょっとだけ躊躇ってから、服を脱ぎ始めた。
 全裸になって風呂場に入ると、ヴィーターが身体を洗っていた。貴族でも自分で身体を洗うのかと少し驚いた。卵を産む者の中には、世話役に身体を洗わせる者もいると聞いていた。貴族に娶られるつもりの者は、そうするらしい。

 ヤニクは、ヴィーターから少し離れたところで身体を洗い始めた。一度、石鹸や洗髪剤で身体や頭を洗い出すと、お湯で身体を拭くだけの生活には戻れない。さっぱり度合いが段違いだ。わしゃわしゃと少し伸びた髪を洗っていると、ヴィーターに声をかけられた。


「おい。今まで何個卵を産んだ」

「一個も産んでねぇ」

「お前は八の月で30だろう。何故、卵を産まなかった」

「性行為なんざ気持ちわりぃ。卵を産むなんざ死んでもごめんだ」

「30までに卵を産まなければ、お前、貴族の玩具にされるぞ」

「……は?」

「卵を産む者は30までに最低三個卵を産まなければ、拘束されて、悪趣味な貴族達の肉便器にされる。死ぬまで、ひたすら犯されて、卵を産むだけの存在に成り下がる」

「……嘘だろ。罰があるとは聞いてる。だけど、そんな酷いもんなのかよ……解放はされないのか」

「さぁ。死ぬまでとしか聞いたことがないな。自殺防止に口枷を着けられ、逃げないように足の腱を切られるらしい」

「……集落の神官はそんなこと言ってなかった。ただ、罰があるとだけしか言ってねぇ」

「これはあまり知られていないことだからな。そもそも、30まで卵を産まない者の方が稀だ。卵を産める者は、少しでも楽に生きられるよう、伴侶をえり好みするものだろう」

「……俺は一応アンタの伴侶だろ。それでも、八の月までに卵を三個産まなかったらどうなる」

「国の役人に連行されて、肉便器になるだけだな」

「そんな……」

「逃げようとしても無理だ。卵を産む者は貴重だ。生まれた時に、国から出られないように魔法がかけられている。国から一歩でも外に出た瞬間、首が飛ぶ」

「はぁ!? 聞いてねぇぞ! そんなこと!!」

「これもあまり知られていないことだ。なんのために卵を産む者の集落をつくり、不自由のない暮らしをさせていると思う。国の人口を減らさず、むしろ増やす為だ。卵を産む代わりに、卵を産む者達は不自由のない生活が与えられている。卵を産むのは義務だと教わらなかったか?」

「……嘘だろ……ちくしょうめ……」


 ヤニクは、絶望で目の前が暗くなる気がした。国から出た瞬間、死ぬなんて聞いてないし、卵を産まなければ死ぬまで貴族の肉便器になるなんて聞いてない。あまりにも酷いではないか。これでは、本当に生まれた瞬間から、ただ卵を産むためだけに生かされているようなものだ。

 呆然とヴィーターを見ていたヤニクを見て、ヴィーターが無表情で口を開いた。


「折角、戦力として育てている者を国の役人に連行されるのは面白くない。不本意だが、卵を産んでもらうぞ。一発では孕めないだろう。先に剣の習得をと考えていたが、予定変更だ。夜はお前が孕んで卵を産むまで抱くことにする」

「……い、いやだ……」

「死ぬまで肉便器になりたいのか? それこそ、人権なんてものはなくなるぞ」

「…………」

「私だって不本意だが、仕方あるまい。これまでに卵を産んでこなかった自分を恨め」


 ヴィーターの言葉に、頭がくらくらし始めた。ヴィーターと性行為をして卵を産まないと、不特定多数の玩具にされる。貴族のガキに襲われた時の恐怖が頭の中で蘇り、ヤニクは吐きそうになった。
 貴族の肉便器にされるより、ヴィーター1人に抱かれて卵を産む方がマシなのは分かっているが、ヴィーターに触れられるのが怖い。

 自分は強くなってきていると思っていたが、実はそうでもなかったらしい。ヴィーターの話を聞いて、勝手に恐怖で手が震えている。
 身体の泡を流したヴィーターが、ぺたぺたと近寄ってきた。思わず、ビクッと身体を震わせると、ヴィーターが無言でヤニクの身体の泡をお湯で流した。ヴィーターに、情けなく震えている手を握られて、引っ張るように立たされる。


「……身体が冷える。とりあえず湯に浸かるぞ」

「…………」


 ヤニクはガタガタ震えながら、ヴィーターに手を引かれて、浴槽に移動した。浴槽の熱めのお湯に浸かると、ヴィーターが手を離した。お湯の温かさとヴィーターの手が離れたことに、ほっとする。
 無言のまま、お湯に浸かっていると、じわじわと身体の震えがおさまってきた。
 性行為なんかしたくない。卵なんか産みたくない。でも、それらをしないと、えげつない未来が待ち受けている。この国から逃げるという選択肢すら無くなってしまった。

 ヤニクは無言でじっと水面を睨みつけた。今なら、自分の意思で死ぬことができる。でも、死にたくなんてない。死ぬのは怖い。
 ヤニクは、情けなく震えた声で、小さく呟いた。


「アンタに、抱かれる。……肉便器になるのも、死ぬのも、嫌だ」

「そうか」


 ヴィーターの返事は、淡々としたものだった。
 身体がしっかり温まり、身体の震えがなくなると、ヤニクは浴槽のお湯から出た。
 脱衣所に入ると、先に風呂から出ていたヴィーターが、脱衣所の隅っこに置いてある椅子に座っていた。
 ヴィーターがこちらを見て、無表情のまま口を開いた。


「さっさと服を着ろ。私の部屋でする」

「……分かった」


 今からヴィーターに触れられるのかと思うと、怖くて身体がまた震えそうになる。ヤニクは、ぐっと歯を食いしばって、身体を拭き始めた。
 じっと目を閉じて、終わるのを大人しく待っていればいい。逃げたりできない以上、そうするしかない。
 ヤニクは、自分の生まれを恨みながら、のろのろと服を着た。

 ヴィーターと共に脱衣所を出ると、ヤニクはヴィーターの後ろを歩いて、ヴィーターの寝室へと向かった。ヴィーターの寝室は、ヤニクの部屋の隣だった。今まで気づいていなかった。食事は、反対側の小部屋でとっている。

 ヴィーターの寝室に入れば、嫌でも大きなベッドが目に入った。無造作に服を脱ぎ始めたヴィーターが、チラッとヤニクを見て口を開いた。


「さっさと脱げ。一応聞くが、初めてではあるまい」

「……初めてだ」

「……そうか。面倒だが、あれを使うか」

「あれ?」

「軽い媚薬入りの潤滑油だ。痛みを軽くする作用もある」

「……いらねぇ」

「流血沙汰になってもいいのか」

「……」

「痛いのが好きなら使わないが」

「……好きなわけじゃねぇよ」

「では、使う。しっかり慣らさないと、私も痛い思いをするからな」

「……あっそ」

「服を脱いで、ベッドの上で四つん這いになれ」

「…………分かった」


 ヤニクは、再び震え出した手で、なんとか服を脱いだ。怖い。今からすることが怖くて堪らない。ヤニクは、脳裏に幼い頃の恐怖が蘇ってきて、いっそ泣き喚きたいのをぐっと堪えた。
 大きなベッドに上がり、シーツの上に四つん這いになる。

 ヤニクは、怖くて怖くて、震える息を吐いた。
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