『はみ出し者』の愛の卵

丸井まー(旧:まー)

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2:砦

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 馬車に揺られること5日。ヤニクはヴィーターの屋敷と思われる場所に到着した。屋敷というより、本の挿絵で見た砦のような場所である。
 馬車での移動中、ヴィーターは一言も話さなかった。ヤニクも隙を見て逃げ出す気満々だったので、特に何も話さなかった。

 ヴィーターは何も話さなかったが、常に馬車の中で一緒だったし、用を足す時は、見張りなのか、従者の1人が必ずついてきた。ヴィーターも従者達も、皆腰に剣を下げている。下手なことはできないので、とりあえずヤニクは大人しくしていた。

 砦みたいな場所に入ると、ヴィーターが初めて口を開いた。


「ここは魔の森に最も近い砦だ。お前、剣は使えるのか」

「……剣はやったことがねぇ。剣を持つことは禁じられていた」

「そうか。ならば覚えろ」

「あ?」

「ここでは卵を産む者とて戦力として扱う。足手まといにはなるな。邪魔になったら集落に連れ戻す」

「……はいよ。ここは危険な場所なのか?」

「魔の森のことくらい知っているだろう」

「魔獣が住んでるんだろ?」

「そうだ。魔獣は数年に一度、繁殖期になると、餌を求めて森から出てくる。人間という美味しい餌を食らって、奴らは繁殖する」

「森にだって餌くらいあるだろ」

「魔獣には足りない。森に棲んでいる獣なんぞ、すぐに食べ尽くす。繁殖期に出てくる魔獣を狩るのが我らの役目だ」

「ふぅん」


 ヴィーターが馬車から降りたので、ヤニクも馬車から降りた。石造りの砦は頑丈そうだが、古いのか、ところどころ傷がついていた。砦の中に入ると、質素な内装の部屋に案内された。


「お前の部屋だ。お前、生まれ月はいつだ」

「八の月」

「ふん。それまでに卵を産ませればよいか。まずは剣の習得が先だ。魔獣の繁殖期は来年の今頃だ。死にたくなければ、精々強くなるといい」

「……分かった」


 ヤニクは大人しく頷いた。どうも、大変な場所に来てしまった感がある。魔の森は、国境とは正反対の位置にある。元々、住んでいた集落は田舎だったのだが、まさか話に聞いていただけの魔の森が近いとは思っていなかった。

 ヤニクは少ない荷物を部屋に置くと、早速剣を与えられた。ずっしりと重い大剣である。鍛えていなかったら、持つだけでも一苦労しそうな代物だ。
 ヴィーターの従者の1人が、ヤニクに声をかけてきた。


「世話役兼剣の指導役のデリークと申します。その恰好では剣の鍛錬はできませぬ。こちらにお召替えを。お召替えが済みましたら、昼食の時間まで剣の稽古をしていただきます」

「分かった」


 ヤニクは、50過ぎくらいの年齢の従者デリークから差し出された服に着替えた。動きやすさ重視な着心地である。シャツもズボンも、伸縮性があるのか、ちょっと屈伸してみれば、すごく動きやすい。卵を産む者に与えられていた装飾性の高い動きにくい服とは大違いだ。ヤニクは、思わず口角を上げた。剣を覚えたら、ここを逃げ出す時も、逃げ出した後も、生き延びられる確率が上がるだろう。ヴィーターはいけ好かないが、剣を教えてもらえるのは素直にありがたい。

 着替えたヤニクは密かにうきうきしながら、デリークと共に訓練場に出た。

 訓練場には、多くの男達がいた。デリーク曰く、砦に配属されている騎士達らしい。ヴィーターは、騎士達を束ねる騎士団長をしているのだとか。騎士は何度か見たことがある。集落に伴侶を求めて訪れたり、貴族の護衛をしたりしているところを見た。この砦にいる騎士達は、ヤニクが見たことがある騎士達よりも、なんだか逞しくて、皆キリッとしていた。

 訓練場の隅っこで、ヤニクはデリークから剣の構え方から習い始めた。身の丈近くある大剣を構えて、そのままの姿勢を保つ。時間が経つにつれ、じわじわときつくなってくる。剣先が下がると、デリークから厳しい声が飛んでくる。ここでは本当に、ヤニクは卵を産む者としてだけでなく、戦力の一つとして求められているらしい。ヤニクは、昼食の時間になるまで、剣の構えだけをずっとやっていた。

 昼食の時間になったので、ヤニクは漸く剣を下ろした。腕が重怠く、地味に背中が痛い。自分はかなり鍛えている方だと思っていたが、案外そうでもなかったみたいだ。小さな集落では一番の力持ちだったが、所詮は狭い世界でのことだった。
 ヤニクは既に疲れた身体で、砦の中に入った。

 昼食は、質素なものだった。焼いた肉と硬いパン、野菜が少しだけ浮いているスープだけだった。それでも腹が減っているので、食べられるだけありがたい。肉は硬くて食いにくかったが、その分、食いごたえはあった。同じものを食べているデリークが、ぼそっと呟いた。


「卵を産む者なのに、文句を言われないのですか」

「あ? 何に対してだ」

「この境遇の全てに。戦うことを求められることも、質素な暮らしをさせられることも、卵を産む者の境遇としては、かなり悲惨なものでしょう」

「別に。剣はやってみたかったから覚えられるのは素直に嬉しい。食い物はあるだけマシだろ。今すぐ無理矢理卵を産まさせられるより、よっぽどいい」

「左様ですか。午後も基礎鍛錬と剣の稽古をいたします。夕食後も就寝の時間までは剣の稽古でございます。1日でも早く、剣を身につけていただきたく存じます」

「上等。やってやんよ」


 ヤニクは、ニッと笑った。寝る時間前まで剣の稽古があるのなら、本当に今すぐにヴィーターはヤニクを抱きに来ないだろう。剣を覚えられて、身の危険がないなんて、嬉しいにも程がある。
 ヤニクは昼食を食べきると、少しだけ食休みしてから、デリークと一緒に砦の外周を走り始めた。

 ヤニクはへとへとに疲れて自室に戻った。この砦にはデカい風呂があるが、騎士達と共同なので、ヤニクは風呂を使わせてもらえなかった。一応、ヴィーターの伴侶ということになっているので、万が一、ヴィーター以外の卵を孕んだら困るかららしい。ヤニクは、デリークが用意した盥のお湯で身体を拭くと、下着一枚の姿で、ベッドに横になった。

 ものすごく疲れているが、集落にいた時には感じたことがない充実感がある。明日も朝早くから基礎鍛錬と剣の稽古だけの1日だが、ヤニク的には悪くない。大剣を思うがままに振れたら、きっと気分がいいだろう。今はまだ構えるだけで精一杯だが、毎日地道に頑張っていれば、きっとすぐに大剣を振れるようになる。我流だが、何年も身体を鍛えてきた。全く何もしていなかった者に比べて、上達も早い筈だ。運動神経だって悪い方じゃない。
 ヤニクは、明日も頑張ろうと思いながら、夢も見ないくらい深い眠りに落ちた。

 翌朝。ヤニクは、日が昇る前にデリークに叩き起こされた。身体のあちこちが地味に痛むが、意地でも顔には出さない。デリークが持ってきた水盆で顔を洗うと、生意気そうだとよく言われる猫目の男が水面に映っていた。

 ヤニクは、派手な色合いの金髪に、薄い緑色の瞳をしている。顔立ちはそれなりに整っている方だと思うが、ヤニクは自分の目立つ髪や顔、卵を産める体質が大嫌いだ。無駄に目立つ髪は自分で短く切っている。本当は剃りたいくらいだが、自分で髪を剃り落とすのは難しいので諦めている。

 卵を産む者は、皆、髪を長く伸ばしている。黒髪や茶髪が多い中、ヤニクの金髪は珍しくて目立つので、貴族のガキに襲われるきっかけにもなった。貴族のガキに襲われるまでは、ヤニクも髪を長く伸ばしていたが、それ以降、ばっさり切った。以来、どれだけ神官にうるさく言われても、髪を伸ばしたことはない。

 ヤニクは大雑把に髭を剃ると、ぱぁんと両手で自分の頬を叩いて気合を入れた。朝食の前に、朝稽古だ。少しでも早く剣を習得したい。
 ヤニクは服を着ると、大剣を片手に、デリークと共に部屋を出た。


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