『はみ出し者』の愛の卵

丸井まー(旧:まー)

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1:『はみ出し者』のヤニク

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 よく晴れた春の朝。ヤニクが農作業をしていると、ヤニクが暮らす集落の神官に呼び出された。呼び出しの用件は分かっている。ヤニクは土で汚れた手を洗うと、何度も憂鬱な溜め息を吐きながら、神官がいる小さな神殿に向かった。

 神殿に着くと、年老いた神官が不機嫌丸出しの顔で待ち構えていた。ヤニクはげんなりとしながら、溜め息を吐きたいのをぐっと堪えた。
 神官がしゃがれた声で話し始めた。


「ヤニク。お前はいつになったら卵を産むのじゃ。30歳までに最低三個は卵を産むことが義務付けられておるのじゃぞ。卵を産める体質だからこそ、お前はこの集落で不自由なく暮らせておるのじゃ。恩恵に与る身ならば義務を果たすのじゃ!」

「へいへい。そのうちな」

「ヤニク! お前はもう29じゃぞ! 一刻も早く卵を産めっ!」

「へいへーい」


 ヤニクは神官の言葉を聞くのも面倒になって、小指で耳糞を穿った。神官が額に青筋を浮かべて、ぎゃんぎゃん説教をし始めた。ヤニクは神官の説教を聞き流しながら、溜め息を吐いた。

 この世の生き物は、卵で生まれてくる。卵を産める人間は、人口の四割程度なので、国の各地にある特別な集落で保護されている。卵は、性行為をして、体内の魔力を混ぜ合わせたらできる。故に、男女でも、男同士でも、女同士でも、卵をつくることができる。

 ヤニクは卵を産める体質に生まれた。が、卵を産む気は更々ない。国の法律で、卵を産める者は30歳になるまでに卵を最低三個は産むことを義務付けられているのだが、ヤニクは30歳になったら、集落を抜け出て、普通の男として生きようと決めている。国の法律に従わないと罰せられるらしいので、しれっと国外逃亡する気満々である。旅なんかしたことがないが、まぁなんとかなるだろうと思っている。

 ヤニクは人間が嫌いだし、自分の身体も嫌いだ。
 まだ7歳の頃、集落を訪れた貴族のガキに、『卵を産むところを見せてみろ』と言われて、衆目の前で裸にされて、危うくアナルにペニスを突っ込まれるところだった。周りにいた集落の者達は、誰も貴族のガキを止めようとはしなかった。ガキと言っても、多分10代後半くらいだったと思う。ヤニクは、子供の頃は小柄で力も弱かった。貴族のガキに力ずくで押さえつけられたら、どうすることもできなかった。貴族のガキの従者が止めてくれなければ、ヤニクは確実に犯されていたと思う。

 その時の恐怖は、今でもヤニクの頭の中にこびりついている。貴族のガキを止めようとしなかった集落の者達への恨みもしっかり残っている。

 20歳になる少し前に、集落を飛び出そうとしたことがあるが、密かに準備していたところを見つかって、神官から2年近く神殿の地下室に閉じ込められた。その間に、『卵を産め』と男も女もあてがわれたが、ヤニクは拒絶しまくった。卵なんか産みたくない。性行為をするくらいなら、死んだ方がマシだ。
 ヤニクは絶食をして、飢え死にを試みたが、神官に気づかれて、無理矢理飯を食わされた。

 不本意ながら生きているヤニクは、地下室から出されると、身体を鍛え始めた。集落にいたのでは、死ぬことさえままならない。それならば、集落の外に逃げ出して、国からも飛び出てしまえばいい。ヤニクは、旅をする為の体力を身につけ、襲われてもすぐに殺されたり犯されたりしないように、必死で身体を鍛えた。

 そのお陰で、今では筋肉ごりごりの身体になれた。力は集落で一番強いし、伴侶を探して集落を訪れる力自慢の男達にも負けないくらいになった。

 あと1年。あと1年耐えれば、ヤニクは自由になれる。卵を産まない罰を与えに来る国の役人が来る時に、隙を狙って集落から逃げ出せばいい。その為の準備は少しずつだが、着実に進んでいる。今度こそ、誰にも見つからずに集落から逃げ出す。卵を産む気なんてない。普通の男として生きてやる。
 ヤニクは、そう決めている。

 神官の説教から解放されると、ヤニクは農作業の続きをしに、集落の畑に向かった。
 集落には、卵を産める体質の未婚の者と、その者達を世話する者だけが住んでいる。本来なら、農作業も世話役の者達の仕事だ。

 ヤニクは、身体を鍛えるついでに、世話役の者達に混ざって農作業をしている。
 他の卵を産める者達は、よりよい相手に選ばれる為に、自分磨きをするのが普通だ。容姿を美しくしようとしたり、歌や楽器、刺繍などの特技をつくるのが普通である。
 土塗れになって農作業なんかする年増のヤニクは、『はみ出し者』だと言われている。

 ヤニクが世話役の男達に混ざって、畑を耕し、種まきをしていると、集落の入口の方から馬車が入ってるのが見えた。伴侶探しに来た貴族か金持ちだろう。ヤニクは興味がないので、黙々と種まきの続きをした。

 集落には、月に数回、集落の外から、伴侶探しの者が訪れる。貴族や金持ちが優先されるらしい。中には、複数の伴侶を持つ卵を産める者もいるそうだ。また、集落に住んだまま、気に入った者と性行為をして、卵を産むだけの好き者もいる。ヤニクには理解しがたいが、性行為を楽しむ者も世の中にはいるみたいだ。

 ヤニクが種まきをしていると、顔馴染みの世話役の男から声をかけられた。


「ヤニク。あの方がお前と話をしてみたいと」

「いや」

「ヤニク。貴族に逆らうな。俺達にまで累が及ぶ」

「……ちっ」


 いつも一緒に農作業をしている世話役達に何かされたら流石に不快である。卵を産める者の衣装は決まっている。基本的に白い服しか与えられない。ヤニクは、頬を流れる汗を袖で拭うと、渋々畑から出た。

 畑から出ると、近くに馬車が止まっていた。ヤニクがぶすっとした顔で近づけば、馬車の扉が開き、中から男が出てきた。黒髪に淡い水色の瞳の、まるで猛禽を思わせるような鋭く整った顔立ちをした男だ。すらっと背が高く、バランスよく筋肉がついているのが服の上からでも分かる。
 男がヤニクを見て、無表情のまま口を開いた。


「お前、名は?」

「……ヤニク」

「歳は?」

「29」

「……ふむ。まぁいいか。頑丈そうだ。おい。神官を呼べ。伴侶として連れ帰る」

「はぁ!?」

「私の名前はヴィーターだ。お前の伴侶となる男の名前だ。しっかり覚えておけ。明日の朝には出立する。準備をしておけ」

「おい待て。俺は承諾してねぇ」

「そんなものが必要か? お前に拒否権はない」

「あ?」


 ヴィーターと名乗った貴族の言葉に、思わずブチ切れそうになる。とはいえ、いくら優遇されている卵を産める者とて、貴族に逆らったら、どんな目に合わされるか分からない。

 ヤニクは素早く考えた。これは逆に好機だ。隙をみて逃げ出してしまえばいい。今まで、誰もヤニクを伴侶として連れ出そうとする者はいなかった。これで、とりあえずは集落の外に出られる。後は、機を窺って逃げ出せばいい。

 ヤニクは、ぶすっとした顔を保ったまま、大人しくヴィーターに頭を下げた。

 与えられている部屋に向かうと、ヤニクはだらしなくゆるむ口を手で押さえた。いけ好かない感じの貴族の男だが、ヤニクをこの集落から連れ出してくれる。そこだけは感謝をしておこう。あんないけ好かない男に抱かれる前に逃げ出してしまえばいい。この集落で抱く気がないようなのが、本当に救いである。そうじゃなかったら、最悪貴族殺しになるところだ。

 ヤニクはうきうきと少ない身の回りのものをまとめながら、外の世界へ飛び出せる期待に胸を躍らせた。
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