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9:急展開

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 昌吉は、ご機嫌に権左の隣を歩いていた。今は、湯屋の帰りである。春先になり、やっと権左が買ってくれた萌黄色の着物が着れるようになった。自分に似合っているのかは自信がないが、権左が昌吉に買ってくれたものである。嬉しくて、雪が溶けてからは、多少冷える日でも、頻繁に着ている。

 権左の家に帰り着くと、あとは寝るばかりである。昌吉は、いそいそと畳んでいた布団を敷き、狐の姿になろうと着物を脱ごうとした。すると、床に正座した権左に、名前を呼ばれた。


「昌吉」

「あいな」

「ちと座れ。話がある」

「話?」


 話とは一体何なのだろうか。権左は、いつになく真剣な顔をしていた。なんだか、じわぁっと不安がこみ上げてくる。何か、権左の気に入らない事でもしてしまったのだろうか。
 昌吉が、内心ビクビクしながら、権左の前に正座をすると、権左が口を開いた。


「昌吉」

「……あいな」

「まだ、俺の嫁になりてぇか」

「なりてぇ!!」

「そうかい。なら、嫁にもらうわ」

「…………へ?」

「今のよぉ、けじめのねぇ関係をずるずる続けんのはよくねぇ。俺ぁ、腹を括った。おめぇはどうする」

「そんなの! 決まってらぁ! おっちゃんのお嫁になる!! ずっと、ずっと、おっちゃんのお嫁になりたかったんだ! 死ぬまで一緒にいてぇ!」

「そうかよ。じゃあ、嫁に来い」

「あい……あい……ずびっ」

「泣くなよ。ガキンチョ」

「だってぇ……嬉しくてぇ……」


 突然の事で、頭も心も追いついていないが、権左の嫁になれる。ずっと、ずっと、権左の嫁になるのが夢だった。権左の隣で、一緒に笑っていたかった。権左に愛されたかった。べそべそと泣く昌吉の頭を、権左が手を伸ばして、わしゃわしゃと撫で回した。


「親父さんにゃあ申し訳ねぇが、おめぇ、諦める気はねぇんだろ」

「ある訳ない!!」

「だったら仕方ねぇ。俺も男だ。惚れさせた責任は、キッチリとってやらぁ」

「おっちゃん、格好いい」

「そらどうも」


 嬉しくて、嬉しくて、次から次へと、涙が零れ落ちる。昌吉はポロポロ泣きながら、けへへ、と笑った。


「おっちゃんの残りの寿命と、あたしの寿命、多分同じくらいだ。一緒の墓に入ろうぜい」

「おう。で、だ」

「ん?」

「おめぇを嫁にもらうが、俺はおめぇ相手じゃ勃起しねぇ。まだ、『愛してる』なんざ言えねぇ」

「……あいな」

「が」

「が?」

「閨だけ夫婦逆転すりゃあ問題ねぇ」

「ん?」

「俺がおめぇを抱くんじゃなく、おめぇが俺を抱けばいい」

「んんっ!?」

「『愛してる』とか、そういうのは、なんだ。夫婦になりゃあ、そのうち、気持ちが育つだろうよ」

「ちょっ、ちょっと待った!」

「あん?」

「あ、あたしが、おっちゃんを抱くの? 逆じゃなくて? あたしが、おっちゃんに抱かれるんじゃないの? だって、あたし、嫁だよ?」

「おめぇ。尻穴弄ったことあっか?」

「……ねぇけど……」

「魔羅を使ったことは?」

「……ねぇ」

「完全な初物か」

「う……わ、わりぃかい」

「別に。用心棒やってたんなら、よく姐さん達に遊ばれなかったな」

「あたしは、見た目がこんなんだもの。それに、おっちゃん一筋だって、ずっと言い触らしてたしぃ」

「そうかよ。あーー。じゃあ、何だ。あれだ。そっちの知識はあんのか」

「……ねぇ……」

「……しょうがねぇ。いいか。俺がおめぇを抱く。尻でな」

「へ?」

「知識もねぇピッカピカの初物に全部任せるなんざ、おっかなくて無理だ。今日は俺が手本がてら、教えてやっから、覚えろ」

「きょっ、きょっ、今日!? 今から!?」

「夫婦になるんだろうがい」

「そっ、そうだけどっ、こっ、心の準備とか……」

「細けぇことは気にすんな」

「細けぇことかなぁ!?」

「男同士だ。結納だの、式だのはいらねぇだろ。夫婦の契りを交わしゃあ、それで十分だ」

「あ、あいな……」

「親父さんにゃあ、明日にでも挨拶に行く」

「あ、あいな」

「俺と契るのは嫌か」

「い、嫌じゃない!! 嫌じゃないけど……何をどうしたらいいのか、全然分かんねぇ」

「それを教えてやんのよ。今から」

「今から!?」

「おう。腹ぁ括れ。俺と夫婦になるってのは、そういうこった。閨ではおめぇが旦那、それ以外では俺が旦那。同じもんがついてんだ。これでいいだろ」

「あ、あいな……」

「じゃあ、一発やんぞ」

「ひゃい!?」


 昌吉は、展開の早さについていけず、頭の中が混乱状態だったが、権左に言われるがままに、着物と下帯を脱いだ。

 権左が、部屋にある木箱をゴソゴソと漁り、何かを取り出してきた。見れば、魔羅の形をした木の棒と、木の根っこのようなものである。昌吉は、急速にドキドキしてきた。口から、心の臓が飛び出してしまいそうな気がする。

 権左が、無造作に着物を脱ぎながら、呵呵っと笑った。


「耳と尻尾出てんぞ」

「けへっ!?」


 昌吉は、慌てて自分の獣の耳を押さえた。戻れ、戻れと念じても、獣の耳も尻尾も無くならない。恥ずかしくて、情けなくて、昌吉が涙目になっていると、素っ裸になった権左が、昌吉のすぐ目の前に腰を下ろして、両手を伸ばして、ふにふにと昌吉の獣の耳を弄った。


「そんなに気にすんな。今更だろ」

「うっ、だって、中途半端な変化は、未熟者の証拠だから……」

「未熟者だろうが、構いやしねぇよ。細けぇこたぁ気にすんな」

「……あいな」


 権左に、優しく獣の耳をふにふにされるのが心地よくて、昌吉は、思わず目を細めた。権左は、ありのままの昌吉を受け入れてくれる。その事が、すとんと昌吉の胸の中に落ちてきた。
 昌吉は、頭も撫でて欲しくて、権左のゴツい手に、頭を擦りつけた。権左が、わしゃわしゃと頭を撫で回してくれる。権左の手は、大きくてゴツいけど、いつだって優しい。幼い頃から、昌吉は権左の手が大好きだった。

 昌吉が、嬉しくて、照れくさくて、けへへ、と笑うと、権左が昌吉の頭から手を離し、昌吉の両手を握った。手を繋いだまま、権左の顔が近づいてきた。もしや、口吸いか!? と、昌吉がピンと獣の耳を立ててドキドキと構えていると、ふにっと唇に柔らかいかさついたものが触れた。権左の唇である。昌吉はいっぱいいっぱいになって、思わずするっと、狐の姿に転じて、ころんと仰向けに転がった。心の臓がバクバク激しく動いていて、今にも胸から飛び出しそうである。権左と口吸いをするだなんて、幸せ過ぎて、このまま召されそうな気がする。

 いっぱいいっぱいになって、ぐてんと仰向けに寝転がっている昌吉を見て、権左が少し呆れたように笑った。


「口吸い程度でへばんなよ」

「だ、だってぇ……」

「おら。とっとと人の姿になれや」

「あ、あいな」


 狐の姿の昌吉は、ころんと寝返りをうって、するっと人の姿になった。正座をして、ガチガチに固くなっている昌吉を見て、権左が呵呵っと笑い、ぴしゃりと自分の膝を打った。


「昌吉」

「あ、あいな……」

「今から、もっとすげぇ事やんぞ」

「ど、ど、ど、どんとこいっ!」

「呵呵っ! その意気だ。また途中で狐になるなよ。流石に狐のおめぇに突っ込まれるのは抵抗があらぁ」

「あ、あいな! が、がんばるっ!」

「おう。まぁ、頑張れや」


 余裕綽々な様子の権左が、ニヤッと男臭く笑い、昌吉の身体を押し倒してきた。すぐに、権左の唇が、昌吉の唇に触れる。今度は、ちゅくっと小さな音を立てて、下唇を吸われた。ドキドキして、堪らない。肌に直接触れる権左の肌の温もりが、急速に興奮を煽ってくる。今から、権左に抱かれる。いや、実際に魔羅を突っ込むのは昌吉だが、どう考えても、権左に抱かれるとしか思えない。
 昌吉は、ドキドキと胸を高鳴らせながら、権左の真似をして、おずおずと触れている権左の唇を吸った。

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