お狐さんは嫁になりたい

丸井まー(旧:まー)

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8:悩む権左

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 権左は、小便に行きたくなって目覚めた。胸元が、ぽかぽかと温かい。何気なく、自分の胸元を撫でれば、着物の胸元に潜り込んでいる柔らかい昌吉の体温を感じた。権左は、すぴすぴ眠る昌吉を起こさないように、慎重に自分の懐から狐姿の昌吉を取り出し、しっかり布団をかけてやってから、静かに外の厠へと向かった。

 権左は、小便をしながら、ふと思った。昌吉は、ここ最近は、毎日のように権左の家に泊まり、権左の懐の中で眠っている。季節は、まだ春のはじめ頃だ。朝晩は冷えることもあるので、湯たんぽとしては丁度いいのだが、すっかり昌吉が家にいる生活に慣らされている気がする。

 朝飯を一緒に食べるようになったし、昼飯も、昌吉が屋台を抜けてきて、一緒に食べている。夕飯も一緒だ。寝るのも一緒である。元から通い妻状態だった昌吉だが、ここ最近は特に、権左の家に入り浸っている。これが不思議と不快ではないのが、慣れきった証拠なのではないだろうか。気づけば、家の中に昌吉の物が増えている。着替えの着物や手拭い、歯磨き用の細竹、髭剃り用の剃刀に、髪紐や櫛もある。確実に、昌吉は権左の生活に溶け込みつつある。これは、ちとまずいのではないのだろうか。
 権左は、嫁になりたいという昌吉の想いを受け止める気はない。しかし、現状としては、半ば事実婚みたいな状態になりつつある。まぐわいをしてないだけで、殆ど昌吉と一緒に暮らしているようなものだ。

 権左は厠から出て、眉間に深い皺を寄せながら、井戸で手を洗った。このけじめのない状況は、とてもよろしくない。狐の親父にも、なんとも申し訳無い気がする。狐の親父としては、早く昌吉に嫁をもらって、跡継ぎを産んでもらいたい筈だ。狐の親父の稲荷屋は、もう五代も続いているらしい。それを昌吉の代で終わらせるのは忍びないし、勿体無い。そして何より、申し訳無い。

 権左は、夜の冷えた風に肩を竦めながら、そそくさと家の中に戻り、布団の中に潜り込んだ。なんとなく、すぴすぴ気持ちよさそうに眠る昌吉を懐に入れてから、権左は、小さく溜め息を吐いた。

 そろそろ、何かしらのけじめをつけるべきだろう。昌吉の想いを受け入れるにしろ、突っぱねるにしろ、今のだらしない状況をずるずると続けるのはよくない。
 権左は、無意識のうちに懐の昌吉を撫でながら、自分はどうしたいのか、と考えた。
 今の昌吉が家にいる生活は、快適で、何より温かい。昌吉が、権左の為に一生懸命作ってくれる飯は美味いし、汚れ物が溜まる事が無くなった。布団も、晴れた日にはいつも外に干してくれるので、日の匂いがするようになった。権左が、昌吉の手に馬油を塗ってやると、昌吉はいつも本当に嬉しそうに笑う。こうも全力で好意をぶつけられると、無下にするのも、なんだか昌吉が気の毒になる。

 昌吉や稲荷屋の将来を考えれば、ここでピシッと昌吉の想いを投げ捨て、昌吉に嫁をとらせるべきだ。だが、その事に、若干もやっとしてしまう自分がいる。これは一体何なのか。

 権左は、眉間に深い深い皺を寄せながら、むぅと低く唸った。
 昌吉の想いを受け入れるべきではない。だが、昌吉が女と夫婦になって子をつくるというのには、若干もやっとしてしまう。これは本当にどうしたものか。権左は、懐の温もりを優しく撫でながら、小さく溜め息を吐いた。

 いい加減、権左は腹を括るべきなのだろうか。昌吉は、全くブレる様子がない。権左のことしか見ていない事が、嫌でも分かる。昌吉は、権左の嫁になりたいと、いつだって一生懸命頑張っている。昌吉の想いを受け入れてやった方が、昌吉は幸せになれるのだろうか。普通に女と夫婦になって、子をつくった方が、普通に幸せになれるんじゃないだろうか。
 答えの出ない問いばかりが、権左の頭の中をぐるぐる回っている。

 権左は、朝方近くまで思い悩み、思考を放棄した。いくら権左が一人で考えたって、正解なんて出やしない。そもそも、人生に正解なんてものは無い。幸せなんて、人それぞれだ。女と夫婦になって、子をつくり、育てる事だけが幸せな訳ではない。
 権左の中には、もう昌吉が居座っている。昌吉が側にいるのが、当たり前になっている。それならそれで、いいんじゃないだろうか。狐の親父には申し訳無いが、権左の嫁になりたがっている昌吉を、誰も止めることができない以上、権左が昌吉を責任持って受け止めるしか無いのではないだろうか。

 権左は、なるようになれと、すぴすぴと気持ちよさそうな寝息を立てている昌吉を撫でて、短い朝寝をすることにした。

 昌吉に起こされた権左は、昌吉と一緒に朝飯を食べ、パタパタと忙しなく動いて洗濯や掃除をしてから屋台に向かう昌吉を見送ると、ガシガシと頭を掻いて、パァンと両手で自分の頬を強く叩いた。

 昌吉を嫁にもらおう。とはいえ、昌吉を抱くことはできない。だが、お互いに同じものがついているのだ。最近は、昌吉が泊まるからできていないが、権左は、尻穴を弄るのは慣れたものである。それなりにデカい張り型を使っているので、昌吉の魔羅も受け入れられる筈である。別に、閨では、旦那と嫁が逆転してもいいではないか。男同士だし、細かい事はどうでもいい。

 権左は、色々と開き直った。昌吉を愛しているかと問われれば、否と言わざるを得ない。だが、昌吉は、もう引っ込みがつかないくらい、権左の中に入り込んでいる。夫婦になれば、そのうち、昌吉を愛するようにもなるのではないだろうか。

 権左は、とりあえず、ごちゃごちゃしている頭を切り替える為に、仕事を始めた。簪作りに集中している間は、何も考えなくて済む。
 自分の中で、答えが出たようで、出ていないような気もするが、事は、権左一人の問題では無い。昌吉の気持ちだって、すごく大事だ。
 丁度、今請け負っている仕事は、今日の昼頃には終わる。早めに納品に行って、今夜は、昌吉と腹を割って話をする。

 権左はそう決めると、真剣に完成間近の簪と向き合った。


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