恋せよ若人

丸井まー(旧:まー)

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27:美味しい時間

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 ベルタは、シモンとカジョと一緒に、魔導オーブンの前を陣取って、じわじわと膨らんで焼けていくケーキをじっと眺めていた。ふわふわと甘い匂いが漂っている。もうそろそろ焼きあがる頃合いだ。


「すげー。めちゃくちゃいい匂いがするー」

「なー。今すぐ食いたい」

「ジャムケーキは二晩くらい寝かせた方が美味しいよ?」

「マジかー。味見も駄目ー? ベルター」

「味見が本気食いになるのが目に見えてるじゃない。カジョ。ルシア先輩に美味しいケーキをあげたいんでしょ」

「うぃっす。うぅ……めちゃくちゃ美味そうだけど……俺、耐えるっ!!」

「俺は誘惑に負けそう。腹減ってきたー」

「ふふっ。3人とも。ケーキが焼き上がったら、クッキークリームサンドを作ってあるから、お茶にしましょうね」

「「「はぁーい!」」」


 今日は、ベルタの家でケーキ作りをしている。一番失敗しにくいジャムケーキを作った。数日前にアブリルが木苺のジャムを作ったばかりだったので、今回は木苺のジャムケーキに挑戦した。ベルタは、アブリルのお手伝いで何度か作っているが、シモンとカジョはケーキ作りは初めてだ。アブリルと2人で、初めてのケーキ作りにテンションが爆上がりしている2人を宥めながら、なんとか無事に焼きあがるところまできた。

 チーンッと焼き上がりを知らせる音が鳴った。鍋つかみで焼き上がったジャムケーキを取り出せば、ふわふわと甘いいい匂いがする。確かに摘み食いしたくなる匂いだが、ジャムケーキは少し寝かせた方がより美味しい。どうせなら、ルシアに一番美味しい状態のものを食べてほしいので、今にも涎を垂らしそうな顔をしているシモンとカジョから、ジャムケーキを離す。粗熱をとったら、表面に薄くジャムを塗り、布巾をかけて、魔導冷蔵庫で二晩寝かせる。二連休明けの昼休みにルシアに食べてもらえばいいだろう。

 アブリルが、朝に作っていたクッキークリームサンドと蜂蜜入りの甘いミルクを用意してくれた。アブリル手作りのクッキークリームサンドは、ざくざくの大きめのクッキーで、バタークリームを挟んである。ちょっと甘さ控えめなのがすごく美味しくて、ベルタの好物の一つだ。
 クッキークリームサンドを一口食べたシモンとカジョの目が、キラキラと輝いた。


「うっま!!」

「うんまー! アブリルおばさん! やべぇくれぇ美味いっす!」

「おーいしーい」

「ふふっ。お口にあってよかったわ。お昼ご飯が近いから、1人二個ずつね」

「二個と言わずに無限に食えそうな美味さ。アブリルおばさんは天才ですか」

「やだわぁ。シモン君たら。これ、結構簡単だから、誰でも作れるわよ?」

「マジでうんまー。ベルタって、いつもこんな美味いの食ってんの?」

「うん。あ、お昼ご飯にパン作りしようよ。朝に仕込んでおいたから、成形して焼くだけだけど」

「「やる!」」

「焼きたてのパンにバターをのっけて食べるのが最高に美味しいんだよねぇ。あつあつふわふわのパンに、バターがじゅわぁって染み込んでさー」

「何それ絶対に美味いやつじゃん」

「ヤバい。めちゃくちゃ腹減ってきたぜ。俺」

「豚肉を昨日のうちに仕込んであるから、それも焼きましょうね。2人とも、ニンニクとローズマリーは大丈夫?」

「俺は大丈夫です」

「俺もー」

「あら、よかったぁ。豚肉をね、ぐるぐる紐で巻いて円筒形にして、切り込みをちょこちょこ入れて、刻んだニンニクとローズマリーをそこに詰め込むのよ。表面にも塩と一緒にニンニクとローズマリーを擦り込んでから、一晩寝かせて、あとは焼くだけなの。簡単な割に美味しいのよー」

「想像するだけで涎出そう」

「シモン。シモン。出そうっていうか、もう出てるよ」

「うそ。マジか。ベルタ」

「はい。ハンカチ」

「ありがと」

「じゃあ、先にお肉を魔導オーブンで焼き始めましょうか。その間に、トマトと豆たっぷりのスープを作りましょうね。パンを焼くのは最後。焼き立て熱々がいいでしょ?」

「「「はーい」」」


 アブリルの指導の元、3人でトマトと豆のスープを作り始める。玉ねぎ、ニンジン、ベーコン、セロリ、トマトを細かく刻み、フライパンで軽く炒める。トマトの水分が出てきたら、水を足して、沸騰させる。冷凍しておいた豆の水煮を適当に入れて、乾燥させた月桂樹の葉っぱを入れたら、あとは煮込むだけだ。魔導オーブンから、ふわふわと美味しそうな匂いがしているし、スープもいい感じの匂いがしている。塩とコショウで味を整えたら、スープの完成である。肉が焼き上がったので、次はパンを焼く。3人で成形したパンを魔導オーブンに入れて、焼きあがるまでに、昼食を食べる準備をする。

 居間のテーブルに食器類を運び、出来上がった料理を運んでいると、チーンッとパンが焼きあがる音がした。焼き立てほやほや熱々のパンも居間のテーブルに運べば、昼食の始まりである。父マルティンと弟ルーカスも一緒に、早速食べ始める。

 ベルタはまずはパンを手に取り、一口大に千切ってから、バターをたっぷりのせた。パンの熱でバターがじゅわぁと溶けたところでパクンと口に放り込む。小麦の香りがしっかりする熱々のパンに染み込むバターの香りと程よい塩気が口の中に広がって、最高に美味しい。豚肉をパンにのせて食べても最高である。豚肉の脂の甘みがパンと一緒に口の中で軽やかに踊っている。鼻に抜けるニンニクとローズマリーの香りが、更に食欲をそそってくる。トマトと豆のスープは程よい酸味があって、まろやかな優しい味わいになっている。これもすごく美味しい。

 ベルタは、無言で黙々と美味しい昼食を食べた。シモンとカジョも、黙々とがっつり食べている。多めに作った昼食は、あっという間にキレイになくなった。
 カジョが幸せそうな溜め息を吐いた。


「マジで美味かったっすー。最高過ぎて、言葉にならないレベル」

「カジョに全面同意。本っ当に美味しかったです!」

「あらあら。うふふ。お口にあってよかったわぁ」

「食べ過ぎたー。シモン。カジョ。宿題終わらせたら、身体動かさない?」

「いいよー。でも宿題はしなくてよくない?」

「するよ?」

「即答!」

「ははっ。シモン君は勉強は苦手なのかな?」

「あー。好きではないです。剣の稽古してる方が楽しいです。今は、カジョと大会で優勝するのが一番の目標なんで。なっ。カジョ」

「おぅよ。でも、宿題やって、試験でそれなりの点数とらないと試合に出れないんだよなぁ」

「ははっ。その為にサポート役の僕がいるんじゃない。まだ先だけど、夏期休暇前の試験の時は、いつも通りビシバシいくから」

「「うぇーい」」

「ははっ。仲がいいね。まぁ、勉強も頑張ろうね」

「はーい」

「はいでーす」

「じゃあ、後片付けしたら、宿題やろっか。後片付けまでが料理です」

「「はーい」」


 大変よい子なお返事をしたシモンとカジョと一緒に、使った食器類を台所に運んで、洗い始める。ベルタが洗い、シモンが濯ぎ、カジョが布巾で拭き上げる。3人で流れ作業でやったら、後片付けはすぐに終わった。

 居間のテーブルで宿題をしながら、カジョがにししと笑った。


「早く明後日がこねぇかなぁ。先輩のビックリする顔が見たーい」

「喜んでくれるといいなー」

「だねー。ルシア先輩なら、間違いなく喜んでくれるけどね。ルシア先輩だもん」

「楽しみ過ぎて、なんかそわそわするー」

「ははっ。カジョ。宿題終わったら庭で体術の練習していいから、さくっと宿題を終わらせようね」

「うぃーっす!」

「ベルター。ここ、分かんない」

「どこ? あ、ここはね、えーと、教科書の……ここ、ここに載ってる公式を使うんだ。詳しい説明いる?」

「いるー」

「えっとね……」


 3人でなんとか宿題を終わらせると、ベルタの家の狭い庭で、シモンとカジョが体術の練習を始めた。ベルタも一緒に護身術の練習をする。主にシモンに相手をしてもらって、護身術の基礎から応用まで一通り練習した。

 3人とも汗だくになる頃には、夕方が近くなっていた。走って帰る2人を玄関先で見送っていると、マルティンが側にやって来た。


「ガランドラに引っ越して正解だった。ベルタが前の町にいた時とは比べ物にならないくらい生き生きしてるからね。ベルタ。今の生活は楽しいかい?」

「うん! 毎日楽しい! まぁ、煩わしいこともないでもないけど、それ以上に楽しいことがいっぱいあるよ!」

「そうか。よかった。いいお友達と恋人もできたし、此処でなら、ベルタが望む幸せを掴みとれそうだね」

「うん。その為に頑張る」

「頑張り屋さんなのは、アブリルに似たのかな。ベルタ。今のキラキラと光る毎日を大切にしなさい。きっと、君にとってかけがえのない大事な思い出になる」

「はい。お父さん」

「……子供が育つのは早いなぁ。もうすぐでベルタも14歳だ」

「まだ14歳だよ。成人まで4年もあるもん。その間に、頑張れることは頑張って、自立した格好いい大人になる!」

「……お父さんはね、正直に言うと、普通の『幸福の導き手』のようにお嫁にいってほしかったんだけど。なんだか今日の様子を見てたら、ちょっとだけ考えが変わってね。ベルタはきっと、自分がしたいと思うことを一生懸命頑張っている方が、生き生きとして、幸せでいられるんじゃないかと思ってね。とてもよいご縁に恵まれたし、ベルタはベルタが望む道を歩みなさい。お父さん達は、それを応援するだけだから」

「お父さん……あの、ありがとう」


 マルティンが穏やかに笑って、ベルタの短く整えている髪をくしゃっと撫でた。
 マルティンの言葉は、素直に嬉しい。もっともっと頑張りたいっ! て気持ちになってきた。
 ベルタは、夕食の支度を始めたアブリルの手伝いをしながら、密かにやる気に燃えた。

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