恋せよ若人

丸井まー(旧:まー)

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26:なんか、もやっ!

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 学校が休みの日。今日も朝からシモンの家に行こうと準備をしていると、父マルティンが声をかけてきた。


「ベルタ」

「なに? お父さん」

「いつもシモン君の家で何をしてるんだい」

「宿題やって、走り込みやって、筋トレ。シモン達は剣の稽古。今日はニーおばさんがいるらしいから、護身術の稽古もやるかなぁ」

「……そんなに鍛えなくてもいいんじゃないか? もうシモン君っていう相手がいるんだし」

「楽しいからやってるの! それに、シモンも一緒に筋トレとかやってくれるし。僕がニーおばさんみたいなごりごりの筋肉ムキムキマッチョになることを応援してくれてるし」

「……そこまで筋肉に拘らなくても……髪も少し伸ばしてみたらいいんじゃないか? それに可愛いスカートを穿いたりとか。あんまり男みたいだと、シモン君が……」

「いーいーの! 僕は僕らしいって思う髪型をするし! 僕らしいって格好するし! 筋肉だってつけたいの!! シモンは、僕が『幸福の導き手』だから付き合ってくれてる訳じゃないし! 一緒に色々頑張ってくれてるの!」

「……そうか。シモン君がいいのなら、ベルタの好きにしなさい」

「そーするー。いってきます!」

「いってらっしゃい」


 マルティンの言葉に、なんかもやっとする。ベルタは女の子みたいになりたい訳じゃない。ニルダやミレーラみたいな、『幸福の導き手』でも自立した格好いい大人になりたい。そのために、筋トレも護身術も勉強も頑張っている。直接的に言われた訳ではないが、なんだか、マルティンから『どうせ嫁にいくのだから、今やっていることは無駄ではないのか』みたいに言われたような気がしてしまい、すごくイラッとする。ベルタは、ベルタなりにいっぱい頑張っている。それを否定された気がして、なんだか悲しいし、もやもやしてしまう。

 ベルタは、ぐっと泣きたくなるのを堪えながら、シモンの家まで全速力で走った。

 シモンの家に着いて玄関の呼び鈴を押すと、すぐにシモンが顔を出した。


「おはよう。シモン」

「おはよー。……ベルタ。なんかあった?」

「え? あーー……お父さんからちょっと言われただけ」

「何を?」

「そんなに鍛えなくてもいいんじゃないかって。男みたいにならない方がいいんじゃないか的な?」

「別に、ベルタはベルタがやりたいことをやってるだけじゃん」

「うん。……なんか、直接言われた訳じゃないけど、『どうせ嫁にいくんだから、無駄なことをやってる』って言われた気がしちゃって、なんかもやもやしてる」

「むぅ。よし。ベルタ。走るぞ。そろそろカジョも来るし。思いっきり走ってスッキリしよう」

「うん! もうね! 僕、ちょー走る!!」


 こうやってベルタのことを否定しないで応援してくれるから、シモンのことが好きなのである。友達としてだけど。でも、セックスをしちゃったし、正直、またシモンとセックスがしたいと思っている。

 ふと、ベルタは思った。セックスがしたいと思う時点で、もしかして、自分はシモンのことが性欲込みで好きなのだろうか。大人の恋愛感情には性欲も含まれていると思うのだが、ベルタはまだ子供だ。子供でも、恋愛感情に性欲を伴うものなのだろうか。いまいちよく分からない。今は唯、シモンとカジョと一緒に、身体を鍛えて、勉強も頑張ることが一番楽しい。大人の恋愛は、まだよく分からない。

 ベルタは、カジョが来たら、シモンとカジョと3人でいつものコースを走り始めた。足が速い2人とも、一緒に並んで走れるようにまでなった。地道な努力の成果が嬉しい。
 走りながら、カジョが声をかけてきた。


「そういや、ベルタってさ。体育祭の選抜徒競走の代表に立候補しねぇの? 今のベルタなら割といい線いくじゃん」

「だねー。ベルタ。立候補してみたら?」

「体育祭の選抜徒競走の立候補って、来週までだっけ? 今年は立候補してみようかなぁ。駄目元で」

「ベルタなら選ばれるんじゃない?」

「そうかな? シモン」

「うん。毎日走ってるし、ガチで本気出したら、もしかしたら俺達よりも速くなってるかも」

「本当に!?」

「おっ。じゃあさ、次の一周は、ガチで本気出して走ってみようぜー! ドンケツの奴はお菓子を奢るってことで!」

「カジョ! 採用! ふははは! お菓子はもらった!!」

「僕だってお菓子貰うし!!」

「俺だって負けねぇもんねー!!」


 ベルタは、朝のもやもやを忘れて、全力で走った。いつものコース二週目は、本気の本気で頑張った。結果は、シモンが一番、ベルタが二番、カジョが三番だった。カジョだって、小柄なのにものすごーく足が速い。そのカジョに勝てた。ベルタは、はぁ、はぁ、と荒い息を吐きながら、嬉しくて、だらしなく顔をゆるめた。

 すぐ近くで荒い息を整えているシモンとカジョが、ベルタの頭をわしゃわしゃと撫で回してきた。


「マジでベルタに負けるとは思ってなかったわ。俺」

「ベルター。すげぇ頑張ったじゃん」

「は、ははっ! 勝った! カジョ。お菓子は屋台の揚げ菓子がいい!」

「ちくしょー! 言い出したのは俺だー! ちゃんと奢ってやんよー!」

「「よっしゃー!」」


 ベルタは満面の笑みでシモンとハイタッチした。
 宿題をする前に、中央広場へ揚げ菓子を買いに行くことになった。ベルタが汗びっちょりのまま歩いていると、シモンがいきなり着ていたシャツを脱ぎ、ベルタに渡してきた。


「ベルタ。シャツ透けてるから、一応着とけよ」

「シモンさん。汗でべっちゃべちゃなんですけど」

「はっはっは。がーまーん!」

「マジかぁ。……汗くっさ」


 ベルタは、シモンの汗まみれのシャツを着た。シモンのシャツはベルタには少し大きい。カジョがにまにま笑って、シモンの二の腕をつんつんと突いた。


「いい彼氏してんじゃん?」

「カジョー。揶揄うなー。カジョだって、ルシア先輩が汗だくでシャツ透けてたら服貸すだろー」

「当然です。それが紳士のやることだからね! あっ。そうそう。聞いてくれよー!」

「なによー」

「どうしたの?」

「えへへー。ルシア先輩と、こないだ初めてちゅーしちゃった!」

「「マジか」」

「ちゅーっていいな! なんか、前よりルシア先輩が可愛くてやべぇ!」

「おめでとう! この野郎! 幸せになれよ!」

「ルシア先輩とのお付き合い、順調だねー」

「まぁな! 親御さんとも普通に話すし、ルシア先輩もうちの親と普通に話してる。母ちゃんと気が合うみたいでさー、こないだのデートの日は、俺そっちのけで母ちゃんと一緒にケーキ作ってた」

「へぇー。いいなー。ケーキ食いてぇ」

「仲良しでいいねー。ケーキ食べたい」

「ちょー美味かった!!」

「あ、なぁ。今度さぁ、3人でケーキ作ってみない? で、できたものはルシア先輩に渡すと。いつもお世話になってるし」

「いいね。シモン。夏期休暇前の試験の時には、またお世話になるしね」

「おーー! シモン! 採用! いっつも作ってもらってばっかりだから、先輩を喜ばせたい!」

「じゃあ、次の休みは、ケーキ作りということで。ケーキなんか作ったことないけどね! 父さんを頼ろう。父さんもケーキはあんまり作らないけど」

「あ、僕のお母さん、ケーキ作るのも好きだから、お母さんに頼んでみる?」

「「それだ!」」

「じゃあ、帰ったらお願いしとくね」

「よろしく! ベルタ! へへっ。ルシア先輩が喜ぶケーキを作るぜ!!」

「ケーキ作りって初めてだから楽しみー」

「僕もお手伝いくらいしかしたことないから楽しみかも」


 わちゃわちゃお喋りしながら歩いていると、中央広場に到着した。シモンが好きな屋台の揚げ菓子を買ってもらい、3人で分けっこして食べながら、シモンの家に向かって歩く。

 次の休みは、3人でケーキ作りだ。楽しみで、今からワクワクしてくる。ルシアにはお世話になっているから喜んでもらいたいし、3人で一緒に何かをするのがすごく楽しい。
 ベルタは、朝のもやもやをすっかり忘れて、宿題を終わらせると、今日も筋トレに励んだ。
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