恋せよ若人

丸井まー(旧:まー)

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4:新たな目標

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 一日の授業が終わり、ベルタが帰り支度をしていると、5人の女の子に囲まれた。ちょっと気の強そうな可愛い女の子が、ベルタに話しかけてきた。


「ねぇ。ベルタ。私達のグループに入りなよ。ベルタは『幸福の導き手』だし、仲間に入れえてあげる」

「あ、えっと……ご、ごめん。いいかな」

「えーー! なんでよ! 『幸福の導き手』が友達だったら、他の子に自慢できるじゃない」

「……僕は君の装飾品じゃないよ」

「はぁ? 意味分かんない。私達と仲良くしないと、ハブられるわよ」

「君達がハブるの間違いでしょう?」

「うーわ。最悪。貴方って『幸福の導き手』なのに性格悪いのね。折角、仲間に入れてあげようって声をかけてあげたのに。皆、行きましょ。こんな性格が悪いの、仲間に入れたくなんてないわ」


 女の子達が、口々にベルタに向かって『最悪―』『性格わるーい』『調子乗り過ぎぃ』等と言いながら、教室から出ていった。ベルタは溜め息を吐きながら、椅子から立ち上がった。
 なんだか、毎日のように誰かしらに絡まれている気がする。さっきの女の子達はまだマシな方で、初対面で名乗りもしないのに、『自分と付き合え』とか言ってくる男子生徒や女子生徒もいた。先輩にも声をかけられることが多く、中等学校に入学して一週間、ベルタは早くもうんざりしていた。同学年に、他に『幸福の導き手』はいない。3年生に1人いるらしいが、会ったことはないし、その人はとてもお似合いな恋人がいるらしい。いっそ誰かと付き合えば、この煩わしさから逃れられるのだろうが、好きでもない相手と付き合いたくないし、ベルタが求めているのは、恋人ではなく、『ベルタ』自身を見てくれる友達だ。

 ベルタが疲れた溜め息を連発していると、授業が終わるなり教室から飛び出していったカジョが、バタバタと戻ってきた。


「カジョ。どうしたの?」

「運動着忘れてた!! 今日はニーおばさんに剣を習うのに!!」

「……僕も一緒に行っていい? 見てるだけだけど」

「いいぜー。走れるか?」

「あんまり走ったことないけど、多分走れる」

「よっしゃ! じゃあ、急ごうぜ! シモンが女子に囲まれる前に!」

「うん」


 ベルタは、ニッと笑ったカジョと一緒に鞄を片手に教室を出て、廊下を走りだした。バタバタと廊下を走り抜け、外に出ると、校門の辺りにちょっとした人だかりができていた。人だかりの真ん中にいるのは、シモンである。そして、その周りにいるのは、さっきベルタに声をかけてきた女の子達だった。内心、うわーっと思いながら、ベルタは足が速いカジョに合わせて、必死で足を動かした。カジョが校門を通り過ぎながらシモンの名前を呼ぶと、シモンも女の子達の合間をぬって脱出し、一緒に走り出した。


「カジョ。俺を1人にするなよー。また、あいつらに囲まれたじゃん」

「わりぃわりぃ。運動着、教室に忘れたの思い出してさ」

「ふ、ふたりとも、あし、はやい、ね」

「あ、ベルタも今日は一緒に来る?」

「う、うん、は、は、け、けんがく、させて」

「いいよー」


 ベルタは足が速い2人に置いていかれないように、生まれて初めて全力で走った。
 シモンの家に着くと、ベルタはべしゃっと床に崩れ落ちた。肺やお腹が痛い。ぜぇぜぇと掠れた息しか出てこない。こんなに長く速く走ったのは、本当に生まれて初めてだ。全身が重くて、起き上がれる気がしない。
 潰れた蛙みたいになっているベルタの前に、カジョとシモンがしゃがみ、ベルタの頭をつんつんと突いた。


「ベルタって体力ないなー」

「運動苦手な子?」

「ぜぇぜぇ……にがて、と、いうか、ほとんど、したこと、ない」

「「マジかー」」

「あ、おかえりー。シモン。いらっしゃい。カジョ。そして、ベルタは大丈夫?」

「ただいま。父さん」

「こんちゃーっす! セーベおじさん」

「ぜぇ、ぜぇ、こ、こんにちは……」


 家の奥から、エプロンを着けたセベリノがやってきた。べしゃりと床に突っ伏しているベルタの前にしゃがみ、カジョとシモンと一緒に、セベリノもベルタの頭をつんつんと突いた。


「ベルタ、お水いる?」

「い、いただき、ます」

「うん。シモン。お水持ってきてあげて」

「はぁい。カジョもいる?」

「いるー。っていうか、ベルタ。マジで大丈夫か?」

「だいじょばない……」

「うーん。今度の休みから護身術教室の予定だけど、これは基礎体力を鍛えるところから始めた方がいいかもなぁ」


 なんとか少し息が整ったので、ベルタはのろのろと起き上がって、シモンから水が入ったグラスを受け取り、一気に水を飲み干した。ぷはぁっと大きく息を吐くと、漸く生き返ったような気がする。
 シモンがセベリノに話しかけた。


「聞いてよ。父さん。またジェシカ達に絡まれた」

「あらら。どんまい。まぁ、シモンを彼氏にしたいんでしょ」

「あんな我儘で気が強いのお断り。絶対面倒くさい」

「適当にあしらっとけよ。さ。3人とも、ニーが帰ってくるまでに宿題やろうな」

「「えーー!!」」

「あ、はい」

「『えーー』じゃないよ。シモンとカジョは剣の稽古をやる前に宿題を終わらせないと、絶対やらないだろ」

「やりませんけど?」

「開き直るんじゃありません。ほらほら。居間で宿題やるよ。終わったら、おやつにクッキーあげるから」

「はぁーい」

「あ、セーベおじさん。母ちゃんからセーベおじさんに渡せって、苺持ってきてる。お裾分けだって。昨日、親戚から届いたんだ」

「お。毎年悪いね。カミラさんに『ありがとうございます』って伝えておいてよ」

「うん」

「はーい。じゃあ、3人とも宿題。宿題。おやつが増えたしね」

「「「はーい」」」


 ベルタはのろのろと立ち上がって、あんなに走ったのにケロッとした顔をしている2人と居間に移動した。居間のソファーに座り、ローテーブルの上に今日の宿題を広げる。ニルダが帰ってくる予定の時間まで、もう少しあるらしい。まだ入学したばかりだから、宿題はそんなに多くない。普通にやれば、ニルダが帰ってくる前に終わるだろう。ベルタは教科書を開いて、早速宿題に取り掛かった。

 宿題を始めて、すぐにシモンがペンを放り出し、ソファーにだらしなく寝転がった。


「飽きた」

「俺も飽きたー」

「えーと、2人とも飽きるの早くない?」

「俺、勉強嫌い」

「俺もきらーい。ベルタは?」

「僕? 普通かなぁ。好きでも嫌いでもないよ。やらなきゃいけないから、やってるだけ」

「やるだけ偉いなぁ。俺はやりたくない。宿題なんて滅んでしまえ」

「授業も怠いよなー。ずっと剣の稽古ができればいいのにさー」

「そーれーなー」

「2人とも、剣が好きなんだね。あ、そういえば、明日って、倶楽部活動の説明会があるんでしょ?  2人ともなんの倶楽部に入るの?  確か、どれかの倶楽部に必ず入らないといけないんだよね?」

「そうそう。俺は剣術倶楽部一択」

「おーれも。ベルタはどこに入るんだ?」

「んー。できたら2人と一緒のところに入りたいけど、剣術倶楽部なんて、僕には無理だしなぁ」

「剣術倶楽部って、なんか補佐的な人もいるらしいぜ。飲み物用意したりとか、模擬試合の結果記録したりとか、なんか細々したことやるんだって。兄ちゃんが言ってた」

「そうなの? カジョ。それなら僕でもできるかな?」

「先輩達に言い寄られるに一票」

「俺もー。でも、ベルタならどこの倶楽部に入っても一緒じゃね?」

「それは確かに」

「えぇ……普通に嫌」

「いっそ身体を鍛えまくって、うちの母さんみたいになれば? ごりごりの筋肉マッチョ」

「それだ!!」

「マジか!! 面白すぎんだろ!!」

「僕、マッチョを目指す! カジョ達と一緒に、ニーおばさんに鍛えてもらえないかな」

「母さんに頼んでみなよ」

「うん!! マッチョになったら、変な人も寄り付かないよね!!」

「だと思うよー」

「ベルタの顔でゴリゴリマッチョか……面白すぎてやべぇな。頑張れよ! ベルタ!」

「うん! ありがとう! カジョ!」


 ベルタに目標ができた。ニルダのようなごりごりマッチョになる。そうすれば、不必要に絡まれないだろうし、なにより、将来、ニルダのように警邏隊で働けるかもしれない。
 ベルタは大急ぎで自分の宿題を終わらせ、やる気のない2人を急かして宿題をやらせると、セベリノが用意してくれたおやつを食べながら、そわそわとニルダの帰りを待った。


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