恋せよ若人

丸井まー(旧:まー)

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1:はじめましてのご挨拶

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 麗らかな春の陽気が気持ちいい朝。
 ベルタは真新しい制服に身を包み、緊張しながら廊下を歩いていた。今日は中等学校の入学式である。
 ベルタはつい最近、ガランドラの街に引っ越してきた。ガランドラはこの辺りじゃ一番栄えた大きな街だ。ベルタはガランドラから片道4日程の場所にある小さな町の生まれである。とある事情から、この春、家族でガランドラの街に引っ越してきた。

 ベルタは緊張したまま、地図を片手に講堂へ向かった。入学式は講堂で行われる。殆どの生徒は初等学校からの持ち上がりだろうから、余所者のベルタは目立つかもしれない。それでなくても、間違いなくベルタは目立つ。

 ベルタは自他共に認める中性的な美しい容姿をしている。肩まで伸ばしている淡い金髪はサラサラで、日焼けを知らぬ白い滑らかな肌、パッチリとした睫の長い目に、瞳は宝石のような青色をしている。小さめの鼻は形よく、少し薄めの唇は品がいいと言われる。ベルタは『幸福の導き手』だ。

 『幸福の導き手』とは、所謂ふたなりというやつで、男性器も女性器もついている。どちらも普通の男女よりも劣るが、生殖能力があり、孕ませることも、孕むこともできる。『幸福の導き手』は、ざっくり五千人に一人の割合で生まれてくる。男女両方の機能をもつふたなりは、神様からとても祝福されており、幸福へと導いてくれると言われているから、『幸福の導き手』と呼ばれている。

 ベルタが『幸福の導き手』だということは、町の皆が知っていた。ベルタはまだ13歳にもならないのに、20近くも年上の町長の息子と成人したら結婚することを無理矢理決められて、ベルタの両親は町から逃げることにした。ガランドラの街はとても大きいから、他の『幸福の導き手』もいるだろうし、きっとベルタが好きになった人と幸せな結婚ができるだろうと思ったからだそうだ。両親の気遣いは本当に嬉しい。ベルタもいつも尊大な態度の町長の息子が嫌いだったので、町から逃げられて本当によかったと思っている。

 町の子供達は両極端だった。ベルタの容姿や『幸福の導き手』ということに惹かれて、やたらチヤホヤしてくる子達と、それを気に食わないと遠巻きにしている子達がいた。ベルタは友達だと思っていたのに、『成人したら結婚してよ』と言ってくる子が本当に多くて、ベルタは自分が『幸福の導き手』であることも、自分の容姿も嫌いだ。皆、可愛い見た目の『幸福の導き手』を求めているだけだ。ベルタは生まれ故郷の町が嫌いだった。

 大きな街であるガランドラなら、きっと『ベルタ』自身を見てくれて、友達になってくれる子もいる筈である。いてくれると信じている。
 ベルタはドキドキと期待に胸を高鳴らせながら、講堂に入り、隅っこの方の席に座った。

 ベルタが俯いて、緊張して汗ばむ掌を制服のズボンに擦りつけていると、近くから声をかけられた。顔を上げれば、頬にそばかすが散った鳥の巣のような黒髪頭の背が低い少年と、淡い茶色の癖っ毛を短く整えた背が高い凛々しい少年が近くにいた。
 背が低い少年が、ベルタに声をかけてきた。


「なぁ。ここ。座っていい?」

「え、あ、ど、どうぞ……」

「よっしゃ! 俺はカジョ。こっちのデカいのはシモン。新入生だろ? よろしくな!」

「あ、あ、はい。あ、えっと、ベルタ……です」


 ニッと笑ったカジョに、ドギマギしながら応えていると、シモンと呼ばれた少年が首を傾げた。


「ベルタってさ、もしかして『幸福の導き手』?」

「え!? ……そ、そうだけど……」

「あ、やっぱり。ミリィさんになんか雰囲気似てるなぁって思ったんだよね」

「『ミリィさん』?」

「俺の親の友達。俺的には親戚みたいな感じかな。『幸福の導き手』なんだ。ミリィさんも、うちの母さんも」

「えっ!? そうなの!?」

「うん」

「シモンの母ちゃんはやべーぞー。『恐怖の巨人』って呼ばれてっから」

「ははっ。別に怖くないけどね」

「そういうお前に騙された結果、俺おしっこチビッたじゃん」

「7歳の時の話だろ」

「……あの、何がそんなに怖いの?」

「「顔?」」

「『幸福の導き手』なのに顔が怖いの?」

「顔が怖いしー、めちゃくちゃデカくて威圧感やべぇしー、声もめちゃくちゃ低くて怖くてやべぇ」

「ははは。まぁ慣れるよ。カジョだって慣れたじゃん。まぁ。最初の1年くらいは顔合せる度に泣きべそかいてたけど」

「だってマジで怖かったんだよ!! セーベおじさんは優しいけどさ! いやまぁ、慣れたらニーおばさんもそんなに怖くねぇけど」

「でしょ? ベルタは他所から来た子? 初等学校にはいなかったよね」

「あ、うん。最近、こっちに引っ越してきたんだ。……あ、あの……」

「「ん?」」

「その……もしよかったら、『幸福の導き手』の人を紹介してもらえないかな。僕以外の人と会ったことがなくて……」

「いいよー。うちの母さんとミリィさんを紹介するよ。うちの母さんは警邏隊で働いててー、ミリィさんはお医者さんしてる」

「2人ともすごい!!」


 ベルタは驚いて、思わず少し大きな声を上げた。『幸福の導き手』は、華奢で美しい者が多い。働かずに嫁にいく者が多いと聞く。実際、ベルタも将来は嫁にいくだろうと両親から言われている。だから、学校に通うのは中等学校までの予定だ。高等学校に行くよりも、嫁にいって欲しいらしい。一般的な『幸福の導き手』はそんな感じだと聞いている。それなのに、警邏隊や医者として働いているだなんて、本当にすごい。益々、シモンの母親や『ミリィさん』とやらに会ってみたくなった。大きな街はやはり違う。ベルタは期待で胸を膨らませた。もしかしたら、ベルタだって普通の人みたいに働けるかもしれない。特に母親から、中等学校を卒業したら本格的な花嫁修業をさせると言われている。『幸福の導き手』に生まれた以上、そりゃあ、いつかは嫁にいくのだろうが、ベルタは自分が『幸福の導き手』としか求められていない事が本当に嫌だった。普通の人のように働いて、普通に恋をして、『ベルタ』を求めてもらいたい。たとえ、『幸福の導き手』じゃなかったとしても、ベルタを選んでくれるような人と結婚したい。
 ベルタは入学式が始まるまで、2人を質問攻めにした。

 入学式が終わったら、講堂の前の掲示板を見に行く。そこに所属する教室が貼りだされている。幸運にも、カジョとシモンと同じ教室だった。全く誰も知らない状態で教室に行くよりも、少しでも話した子が一緒の方が心強い。ベルタはカジョとシモンと一緒に、教室へと向かった。

 殆どの子は初等学校からの持ち上がりで、所属する教室で他所から来た子はベルタだけだった。教室の前の方に出て、皆の前で自己紹介をする時間があったのだが、ベルタはとてもじろじろと見られた。居心地が悪くて、ちょっと不快だった。座る席は自由だったので、ベルタはカジョとシモンの近くに座った。事前に購入していた教科書を受け取ったら、今日はもう帰っていい。
 担任になる先生が教室から出ていくと、ベルタは一気に複数の男女に囲まれた。


「ねぇ。あなた、『幸福の導き手』なんでしょ?」

「なぁ、俺と友達にならねぇ?」

「私とも友達になって! 他の子に自慢できるし!」

「私も!」

「俺も俺も!」

「あ、えっと、その……」


 ベルタが顔を引き攣らせていると、パンパンと手を叩く音がした。音がした方を見れば、カジョが手を叩きながら、呆れた顔をしていた。


「はいはい。お前ら、かいさーん。いきなり詰め寄ったら、ベルタがビックリするだろー」

「なんだよ。チビ。お前もどうせベルタ狙いだろ。可愛いし、多分『幸福の導き手』だし」

「ちげぇわ。俺は年上のおっぱい大きいお姉さんが好みですー」

「「さいてーい!」」

「なんでだよ!? と・に・か・く! 今日はもう帰っていいんだし、さっさと帰るぞー」

「仕切るなよ。チビ」

「誰がチビだぁ! こんにゃろう!」

「ねぇ。シモン。途中まで一緒に帰らない? チビは置いて」

「あっは。嫌。カジョと一緒に帰るから。それに、うちの母さんをベルタに紹介することになってるから、今日は3人で帰るよ。いいでしょ。2人とも」

「いいぞー。今日は二ーおばさんも家にいるんだろ? 剣の稽古してもらおうぜ!!」

「あ、うん。あ、シモンの家にお邪魔する前に、僕の家に寄っていいかな。お母さん達に言わなきゃ、帰りが遅いと心配しちゃうし」

「あ、それもそうだな。じゃあ、ベルタん家寄ってからシモンの家に行こうぜ」

「いいよ。じゃ、そういうことだから。はい。解散」


 ベルタの周りに集まっていた子達が不満そうな声を上げたが、シモンの『じゃあ、一緒にうちに来る?』の一言で散っていった。ベルタがきょとんとしていると、カジョがつつっとベルタに身体を寄せ、ぼそぼそっと囁いた。


「シモンの母ちゃん、『恐怖の巨人』って呼ばれてるって言ったろ。あいつら、シモンの母ちゃんが怖いんだよ」

「なるほど?」

「じゃあ、2人とも帰ろうか。ベルタの家はどこら辺?」

「あ、学校からすぐ近くなんだ。隣が初等学校でしょ? 僕のお父さんは初等学校で働いてるから」

「学校の先生なんだ。すっげぇ」

「すごくはないと思うけど……」

「じゃあ、ベルタの家に行って、ベルタのお母さんに挨拶してから、うちに行こうか」

「「うん」」


 ベルタは教科書でパンパンになった重い鞄を持つと、カジョとシモンと一緒に教室を出た。


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