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10:誕生日パーティーと少しの変化

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スウィードは最近少し悩んでいた。

もうそろそろ本格的な夏になる。夏生まれのアンリの4歳の誕生日が近い。アンリの誕生日プレゼントと誕生日パーティーをどうしようかと悩んでいた。アンリは絵本が好きだから絵本が無難かもしれないが、別のものでもいい気がする。ドーバのお陰で少しずつ字が書けるようになってもきたから、子供用のペンやクレヨンでもいいかもしれない。お絵描き用の絵の具セットも捨てがたい。1度ドーバも一緒にミルクレープを作ってから、お菓子作りに興味を覚えたようで、それからも何度もドーバとスウィードと一緒に簡単なお菓子を作っているので、何か料理やお菓子関係の道具でもいい気がする。パッと思いつくだけでも選択肢が多い。

それに誕生日パーティーもしなければ。ドーバや都合がよければフリッツ一家に来てもらえたら、アンリがきっと喜ぶ。パーティーの準備はリリア・ナダル夫婦に手伝ってもらうので、早めに用意する料理などを決めなくては。去年までは家族だけでアンリの誕生日パーティーをしていた。それでも、ケーキすら食べようとしないアンリに、常に疲れていたマリア、今にして思えば無関心だったスウィードでは当然盛り上がることなどなかった。できたら今年はアンリに少しでも楽しい記憶が残るようなものにしたい。

スウィードはここ数日、アンリが寝た後にこっそりベッドから抜け出して、老夫婦とアンリの誕生パーティーの相談をしている。


なんとか誕生日プレゼントとパーティーで用意する料理が決まり、アンリの誕生日の2週間前にドーバやフリッツ一家にアンリの誕生パーティーに来てもらえないかと頼んでみた。皆快く頷いてくれた。その事に感謝すると同時にほっと安堵した。きっとアンリが喜んでくれる。普段通りのアンリをよそに、スウィードと老夫婦はどこかそわそわした雰囲気で、こっそり誕生日パーティーの準備を進めた。



誕生日当日。
スウィードはいつもより早く起きて、眠るアンリを起こさないように、そっとベッドから抜け出た。部屋の飾り付けをしなくては。スウィードはこの日の為に、本を見ながら作った紙の飾りを量産していた。
居間を飾りつけ、ご馳走の用意をしてくれている老夫婦を手伝う。
スウィードはアンリの起床時間になると、アンリを起こしに寝室へと向かった。
できるだけ優しく名前を呼びながら、アンリを抱っこすると、むずがるような声を上げたが、アンリが起きてくれた。寝間着から、いつもよりちょっと上等な新品の服を着させると、アンリが不思議そうな顔をした。

スウィードはアンリを抱き上げて、クスクス笑いながら、階下の居間に向かった。
居間では老夫婦がご馳走を並べてくれていた。ご馳走の匂いに鼻をひくひくさせているアンリの頬を舐めて、スウィードはアンリに囁いた。


「誕生日おめでとう。アンリ」


アンリは大きな目をパチパチとさせてから、なんだか嬉しそうに目を細め、ピクピクッと耳を動かした。
朝からご馳走仕様の朝食を食べ終えると、昼前にフリッツ一家とドーバがやって来た。普段は低めのアンリのテンションが一気に上がった。団子のようになって子供達同士で舐めあって、老夫婦と一緒に運んだ手づかみで食べやすいご馳走を皆で食べ始める。
スウィードは楽しそうに長い尻尾をゆるく降っているアンリの姿を見て、なんだか目頭が熱くなってしまった。こんなに楽しそうにしてくれる誕生日パーティーなんて初めてだ。それだけ、スウィードはアンリに興味を持っていなかったのだろう。自分の子供なのに。
泣くのを我慢しているスウィードの側に、つつっとドーバが近寄ってきた。ゆるい笑みを浮かべて、ドーバがスウィードの頭をやんわりと撫でた。つい反射的に喉を鳴らしてしまう。


「スウィード。よかったね。アンリったら大喜びじゃない」

「……はい」

「さて。そろそろプレゼントを渡す時間かな」

「えぇ。……ドーバ」

「ん?」

「ありがとうございます。貴方のお陰で、俺もアンリも少し変われた気がする」

「僕は何もしてないよ。ただ、君達が頑張っただけさ」

「……それでも、ありがとう」


スウィードは照れたように笑っているドーバの腰に尻尾を回した。ドーバがスウィードの尻尾を優しく掴んで、毛並みを整えてくれる。思わずゴロゴロと喉が鳴った。

アンリへの誕生日プレゼントを贈る時間になった。スウィードは悩んだ末に、お絵かきセットを贈った。老夫婦は絵本を、ドーバは可愛い本棚を、フリッツ一家は大人からは絵本を、子供たちからは、手作りだというクッキーを、アンリは貰っていた。
アンリは大喜びで、興奮したように耳をピクピク動かし、ゆらゆらと長い尻尾を揺らした。
スウィードは興奮気味のアンリを抱き上げ、べろりとアンリの頬を舐めた。


「アンリ。ありがとうは?」

「……ありがと!!」


いつもは小さな声でしか話さないアンリが弾けるような笑顔で、大きく礼を言った。
アンリの嬉しそうな様子に感極まったのか、老夫婦が隅っこで涙を拭っている。スウィードも油断をすると泣きそうだ。
子供達が再び遊び始めると、大人達は軽い酒で乾杯をした。

ドーバがニコニコと笑いながら、スウィードの隣に立って話しかけてきた。


「素敵な誕生日パーティーだね」

「ありがとう。そう言ってもらえると頑張った甲斐がある。リリアとナダルに沢山手伝ってもらったんだ」

「うんうん。いいねぇ。きっと忘れられない誕生日になったと思うよ」

「そうだと嬉しい」


スウィードはなんだか胸の奥が擽ったくなって、ゆらゆらと長い尻尾を揺らした。
夕方が近くなると、誕生日パーティーのお終いの時間である。
名残惜しそうに帰っていくフリッツ一家とドーバを、眠そうなアンリと一緒に見送り、スウィードはアンリを抱き上げて、アンリの頬を優しく舐めた。ゴロゴロと小さくアンリが喉を鳴らした。
スウィードは嬉しくて、本当に泣きそうになった。少しずつだが、ちゃんと親子になれてきた気がする。
風呂までもたずに寝てしまったアンリを着替えさせて寝かせると、スウィードは老夫婦と一緒に後片付けをした。
ナダルが嬉しそうにニコニコと笑って、口を開いた。


「楽しい誕生日パーティーでしたなぁ」

「あぁ。アンリも喜んでくれた」

「アンリ坊ちゃまが、あんなにはしゃいでいるところは初めて見ましたよ」

「うん。リリア。ナダル。ありがとう。手伝ってくれて」


スウィードの言葉に、老夫婦が嬉しそうに笑った。
アンリの誕生日パーティーは、大成功に終わった。





------
アンリが4歳になり、スウィードはまた少し悩んでいた。いつも世話になっているドーバに何かお礼をしたい。アンリだけでなく、スウィードまで、ドーバの世話になっている。
スウィードは悩みに悩んで、アンリの力を借りることにした。


「アンリ。いつもドーバが歌っている歌を、パパが書くから、絵を描いてくれないか?物語の絵だ。絵本みたいに。2人で絵本を作って、ドーバにあげよう」


アンリはキョトンとして大きな目をパチパチさせたが、スウィードの言葉を飲み込めたのか、パァッと顔を輝かせた。
2人でスケッチブックを買いに行き、アンリが絵を描いて、スウィードがドーバが歌う物語の歌詞を思い出しながら書いていく。
物語を書き終えたら、スケッチブックの最後の頁に、『いつもありがとう。スウィードとアンリ』と書いた。
ドーバに喜んでもらえるかは分からないが、精一杯の感謝を込めて、2人で作った。
次の休日は、いつものようにドーバの家にお泊りだ。その時にドーバに渡せばいい。

スウィードはドーバの反応が楽しみで、カレンダーを眺めながら、ゆるく笑った。

夕方までフリッツの家で子供達と一緒に剣を習い、遊ぶと、スウィードはアンリを抱っこして足早にドーバの本屋敷を目指して歩き始めた。なんだか少しドキドキする。緊張しているのかもしれない。アンリと2人で作った贈り物を、ドーバに喜んでもらえるだろうか。

スウィードはドーバの家に着くと、小さく深呼吸をして、玄関の呼び鈴を鳴らした。
すぐに執事がドアを開けてくれ、すっかり顔なじみになった執事に挨拶をしていると、ドーバが家の奥から現れた。
いつも通り歓迎してくれるドーバに、なんだか少しだけ心臓が跳ねた。
スウィードはアンリに急かされて、鞄から丁寧に包装したスケッチブックを取り出した。アンリがぴょんと床に下り、スケッチブックを持って、ドーバに差し出した。


「ん?僕にくれるの?」

「うん」

「あはっ。ありがとう。なんだろうね。開けてみてもいいかな?」

「うん」


ドーバがその場で包装を解き、スケッチブックを開いた。ドーバが嬉しそうな歓声を上げた。


「これは絵本かい?アンリとスウィードが作ったのかな?」

「うん」

「やぁ。よく描けてるねぇ。文字はスウィードかな?きれいな字だね。ふふっ。2人ともありがとう。大事にするよ。夕食まで居間でゆっくり見させてもらおうかな」


笑顔のドーバは本当に嬉しそうで、スウィードは照れ臭くて、でも嬉しくて、ゆるく尻尾を揺らした。アンリと手を繋いで居間に向かうドーバの後ろを歩きながら、スウィードは小さく口角を上げた。

夕食をご馳走になり、3人で風呂に入って、ドーバの寝室で3人で横になり、ドーバが絵本を読むと、アンリはすぐに寝落ちた。
眠るアンリを優しい目で見つめたドーバが、スウィードの方を見た。


「スウィード。ありがとうね。本当にすごく嬉しかったよ」

「いえ。いつも世話になっているお礼がしたくて……その、喜んでもらえて俺達も嬉しい」

「スウィード。ちょっと顔を貸してくれるかな?」

「え?あ、あぁ」


スウィードは上体だけ起き上がり、真ん中のアンリを潰さないように気をつけながら、ドーバに顔を近づけた。
ドーバが間近で笑いながら、スウィードの口元を舐めた。スウィードは驚いて、耳をピンッと立て、布団の中の尻尾もピンッとなった。
ドーバがクスクスと笑いながら、高速で瞬きをしているスウィードの頭を優しく撫でた。ドーバの優しい手つきに、勝手に喉がゴロゴロ鳴ってしまう。
ドーバが微笑みながら、またスウィードの口元を舐めた。


「スウィード」

「は、はい」

「僕は君もアンリも大好きだよ」

「お、俺も、あ、いや、俺達も貴方が好きです」

「ふふっ。ありがとね」


ドーバが本当に嬉しそうに笑って、またスウィードの口元を舐めた。スウィードはおずおずと舌を伸ばし、ほんの少しだけドーバの頬を舐めた。

それ以上のことはしなかったが、その夜はスウィードは中々眠れなかった。胸がドキドキして、同時になんだか温かくて、満たされた気分だった。
自分はドーバのことが好きなのだろうかと、自問自答しながら、スウィードは穏やかな2人の寝息を聞きつつ、ドキドキする胸を押さえて、目を閉じた。


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みんなの感想(6件)

おきえ
2024.11.18 おきえ
ネタバレ含む
丸井まー(旧:まー)
2024.11.22 丸井まー(旧:まー)

感想をありがとうございますっ!!
本当に嬉しいです!!

本って雪崩を起こしますよね……私もやらかしたことがあります。
嬉し過ぎるお言葉をくださり、本当に本当にありがとうございますっ!!(泣)

予定では、来年中には更新再開をして、完結させるつもりですので、更新再開した折には、また少しお付き合いいただけますと幸いであります!!

解除
はー
2024.05.03 はー

三日月可愛くてとってもほっこりしました♪♪

丸井まー(旧:まー)
2024.11.22 丸井まー(旧:まー)

感想をありがとうございますっ!!
本当に嬉しいです!!

お返事が大変遅くなってしまい、本当に申し訳ありません!
感想をいただいた時期に、身内に不幸がありまして、バタついていたものですから、見落としておりました……。
本当に申し訳ないです……。

嬉し過ぎるお言葉をくださり、本当に本当にありがとうございます!!
来年には完結できるよう、楽しく頑張っていきたいと思います!

更新再開した折には、また少しお付き合いいただけますと幸いです!

解除
adm
2022.09.26 adm

更新ありがとうございます!✨
読むとじんわり、ほっこりします(〃∇〃)
スローでも待ちますのでまた更新お願いしますm(__)m

丸井まー(旧:まー)
2022.09.27 丸井まー(旧:まー)

感想をありがとうございますっ!!
本当に嬉しいです!!

めちゃくちゃ嬉しいお言葉をありがとうございますっ!!
長らくお待たせしてしまい、なんとも申し訳ないです(汗)
少しずつ物語が進んできているので、のんびり気まぐれ更新が続きますが、最後までお付き合いいただけますと幸いであります!

解除

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