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7:目覚めと目から鱗
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ドーバは小さな泣き声とドアを叩く音で目が覚めた。ピッタリくっついていたスウィードはぐっすりと眠っている。
目を擦りながら、ベッドのヘッドボードに置いてある時計を見ると、まだ日が昇る前の時間で、使用人達が来る時間ではない。
ドーバはもぞもぞとベッドから抜け出て、全裸のまま欠伸をしつつ寝室のドアに向かった。
ドアを静かに開けると、そこにはドーバの枕を抱き締めて涙をポロポロ流すアンリがいた。ドーバはその場にしゃがんで、アンリと目を合わせた。
「寂しかったのかい?」
アンリは枕から手を離して、両手を伸ばしてドーバの首に抱きついた。ぎゅっと抱きついてくる小さな温かい身体を、ドーバは抱き締めて、その場に立ち上がった。片手で抱きつくアンリを支えて、自分の枕を拾ってから再びスウィードが寝ているベッドへと戻る。
スウィードを起こさないように、そっと抱っこしているアンリごと布団に潜る。ドーバは自分の身体の上に、まだとても軽いアンリをのせ、ふわふわの毛が生えている頭を優しく撫でた。
まだ泣いているアンリを宥めるように、頭や背中を優しく撫でながら、ドーバは小さな声で歌を歌った。子供の頃に覚えた、物語にまつわる歌だ。歌詞がそのまま物語になっている。アンリの背中をとん、とん、と軽く叩きながら小さな声で歌うと、歌い終える頃にはアンリはドーバにくっついたまま寝てしまった。ふわふわの小さな身体の温もりに誘われて、ドーバも小さく欠伸をして、そのまま再び眠った。
顔を舐められる感覚でドーバは再び目が覚めた。目を開けると、アンリがドーバの頬を小さな舌で舐めていた。なんともくすぐったい。ドーバはクスクス小さく笑いながら、アンリの頭を優しく撫でた。すぐ隣を見れば、スウィードはまだぐっすりと寝ている。ヘッドボードの上の時計を見上げれば、もうそろそろ午前中のお茶の時間帯である。
「おはよう。アンリ」
「……はよ」
「お腹空いたかい?」
アンリが小さく頷いた。ふふっと笑って、ドーバはアンリを抱き締めたまま起き上がった。アンリのふわふわの頬にキスをして、1度アンリをベッドに座らせてから、昨夜脱ぎ散らかして床に放置していた服を着る。アンリはベッドの上のスウィードを不思議そうに見ていた。そろそろと眠るスウィードに近づいて、スンスンとスウィードの匂いを嗅いで、不思議そうに首を傾げた。
「お父さんに僕の匂いがついてるかい?」
ドーバがそう言うと、アンリは不思議そうな顔で頷いた。服を着たドーバは、ベッドの上のアンリを両手で抱き上げた。
「僕にもお父さんの匂いがついてるだろう?」
アンリはドーバの顔や首の匂いをスンスン嗅いで、こくんと頷いた。ドーバは小さく苦笑した。獣人は人間よりも鼻がいい。ドーバは昨夜スウィードのペニスを咥えてスウィードの精液を少しとはいえ飲んだし、スウィードの中には出さなかったが、スウィードの身体をそれなりに舐めたので、お互いの体液の匂いがついている。ドーバはシャワーを浴びたが、そういえば歯磨きはしていなかった。スウィードの中には出していないので、多分スウィードの身体から香るドーバの唾液などの匂いはシャワーを浴びればとれると思う。獣人の恋人達や夫婦はお互いの匂いをつけあうことで、他の獣人達に関係を知らしめるという。要はセックスをすれば互いに相手の匂いがつくのだ。人間には分からないが、獣人にはそれが分かる。昨夜スウィードが中出しはするなと言ったのは、おそらく中で射精すると長くドーバの匂いが残るからだろう。まだ幼くて何も分からないアンリは兎も角、家に帰れば猫獣人の老夫婦がいる。スウィードとしては、きっと彼等に知られたくないのだろう。
不思議そうな顔でスンスンとドーバの匂いを嗅ぐアンリの頭を優しく撫でながら、ドーバはアンリの頬に優しくキスをした。
「昨日お父さんととっても仲良くしただけだよ。アンリも大人になったら分かるよ。でも、このことは僕とアンリの秘密だよ」
「……なんで」
「ふふっ。なんでだろうね」
不思議そうな顔をするアンリの鼻に、ドーバは自分の鼻を擦りつけて、ふふっと笑った。
「お腹が空いてるなら先にご飯を食べるかい?それとも、絵本でも読んでお父さんが起きるのを待つかい?」
「……えほん」
「ふふっ。じゃあ絵本を取りに行こう。お父さんがいつ起きてもいいように、ここで読もうか」
「うん」
ドーバはアンリを抱っこしたまま、アンリが寝ていた客室に移動し、アンリに絵本を1冊選ばせて、その絵本を片手に寝室へと戻った。再びベッドの上に上がり、アンリを膝にのせて座る。すぐ隣ではスウィードが気持ちよさそうに、ぐっすりと眠っている。ドーバは眠るスウィードの頭を優しく撫でてから、囁くような小さな声で、アンリに絵本を読み始めた。
ーーーーーー
スウィードはふっと目を覚ました。意識は覚醒したが、目が開けられない。眠い。また眠ってしまいたい。そんなスウィードの耳に、低くて優しい声が聞こえてきた。よくよく聞けば物語を紡いでいる。とても落ち着く声だ。なんだかずっと聞いていたい。声の持ち主は誰だろう。スウィードは眠気に抗い、のろのろと目を開けた。俯せで寝ている自分のすぐ横に誰かが座っている。顔ごと視線を上げれば、赤毛の中年の人間の雄の顔が見えた。ドーバだ。何故ドーバがスウィードが寝ているベッドにいるのだろうか。じーっとドーバの穏やかな表情の顔を見上げて、ドーバの小さな声に耳をすませる。ドーバの声がとても心地よい。また眠りに落ちそうなのをなんとか振り払って、スウィードは眠る前のことを思い出した。そうだ。ドーバに抱かれたんだった。雄に抱かれるのも、そもそも雄とセックスをするのも初めてだった。ドーバは優しく、そして気持ちよかった。まだ眠気でぼんやりする頭で、スウィードは、やってしまったなぁ……と後悔した。まだマリアと離婚してから、そう何ヵ月も経っていない。だというのに、他の者、それも人間の雄とセックスをしてしまった。なんともあり得ない話である。本来なら許される筈がないことだ。いくら心身ともに疲れきっていて、酒が入っていたとはいえ、ほいほいドーバの誘いにのってしまうなんて。中に出させなかったのは、ほんの気休めに過ぎない。スンと鼻を動かして匂いを嗅げば、ドーバからはスウィードの匂いがしている。スウィードにもドーバの匂いがついている筈だ。
スウィードはなんだか泣きたくなってきた。情けない。ドーバに気を使わせて、慰められ、ぐっすり眠って。
確かにスウィードはドーバとのセックスで慰められていた。優しく触れてくる温かいドーバの手にも、初めてアナルで受け入れたドーバのペニスの熱にも、気持ちがいいと同時になんだか酷く落ち着いて、イッてすぐに寝落ちてぐっすり寝た今は、離婚して以来、久しぶりに心が随分と落ち着いている。昨夜はマリアのことも、アンリのことも、何もかも忘れて、ドーバから与えられる熱と快感と安らぎにだけ夢中になった。今も、すぐ隣に座っているドーバに昨夜のように優しく頭を撫でてもらいたいと思っている。いい歳した大の男が情けない。そう思うが、どうしても昨夜感じた優しさが恋しい。自分は弱っているのだと思う。身体ではなく心が。ドーバに優しくされて、労るようにされて、見ないフリをしていた自分の心の疲弊が顔を出し、そして少し癒された。
なんて体たらくだ。スウィードはマリアに優しくなんてできていなかったのに、自分は誰かに優しくしてもらいたいなんて。自分の恥知らずっぷりに酷く落胆してしまう。スウィードは思わず、小さな溜め息を吐いた。
スウィードの溜め息が聞こえたのか、ドーバの声が止まった。ドーバを目だけで見上げると、ドーバが優しく微笑んで、スウィードの頭を優しく撫でた。
「おはよう。スウィード」
「……おはようございます」
「アンリ。お父さん起きたよ」
絵本を持つドーバの膝の上から、アンリが顔を覗かせた。なんとなくスウィードがアンリに手を伸ばすと、アンリがスンスンとスウィードの指先の匂いを嗅いだ。スウィードがやんわりとアンリの頭を撫でると、アンリは素直に頭を撫でさせてくれた。喉は鳴らさないが、なんとなく気持ちよさそうに目を細めるアンリに少し驚く。アンリは今までスウィードが撫でても舐めても無反応だった。今はスウィードにドーバの匂いがついているからだろうか。驚いて目をパチパチさせながら、アンリの頭を撫でていると、スウィードもドーバに頭を撫でられた。優しい手の感触に、思わず喉が勝手に鳴ってしまう。
「ご飯食べようか。お腹空いてるでしょ。まぁ、その前にお風呂だけどね」
穏やかな笑みを浮かべるドーバの言葉でハッとした。ドーバは服を着ているが、スウィードは全裸だ。セックスをした後、そのまま寝てしまった。急速に恥ずかしさがこみ上げてくる。アンリのなんて言い訳をしたらいいんだ。困って目を泳がせるスウィードの頭を、またドーバが優しく撫で回す。
「スウィード」
「……はい」
「昨日は仲良くしただけだよ。ね、アンリ。誰にも秘密だ」
「……うん」
「一緒にお風呂に入ろうか。で、ご飯を食べよう。僕ちょっと思いついたことがあるからさ。ご飯を食べたら、それをしよう」
スウィードはドーバに促されて起き上がった。アナルで雄のペニスを受け入れたのは初めてだが、そんなに痛みや違和感は残っていない。ドーバがずっと優しかったからかもしれない。床に落ちていた自分の服を拾って、着る。
3人で風呂に移動して、風呂に入った。スウィードはしつこいくらいゴシゴシと石鹸を多めにつけて全身をしっかり洗った。ドーバが背中を洗ってくれると言うので、頼んだ。力任せな自分の洗い方とは違い、優しく背中を洗われる。満足するまでスウィードは身体を洗い、3人でゆっくりお湯に浸かってから風呂から出た。アンリはドーバが身体を静かにお湯で流しただけだ。お湯に浸かるときはドーバの膝の上に座っていた。今も身体を乾かすスウィードの隣で、ドーバに身体を拭いてもらっている。何故ドーバなら、こんなに素直に風呂に入ってくれるのだろうか。昨日は驚いて、悲しくて、自分が情けなくて堪らなかったが、今は純粋に疑問に思う。スウィードとドーバではやり方が違うのだろうか。そう言えば、ドーバはずっとアンリに話しかけていた。お湯をかける時も、『ここにかけるよ』と言った後に、静かにお湯をかけていた。洗う時も『ここを洗うねー』と必ず言っていた気がする。スウィードはそんなことはしたことがない。もしかして、自分が何をされるか分からないから怯えて嫌がっていたのだろうか。確証はないが、なんだか的外れではない気がする。今もドーバはアンリの身体を拭きながら、『次は尻尾を拭くよー』と言って、アンリの尻尾をふわふわのバスタオルで包み込んだ。スウィードがすると、拭くときも嫌がるのに、アンリは大人しくされるがままだ。必ず先にアンリに何をするか言う。それが大事なのかもしれない。スウィードは目から鱗な気分になった。
着替えてから、3人で食堂へと向かう。ドーバの家の使用人達が用意してくれた朝食兼昼食を食べる。ドーバはここでもずっとアンリに楽しそうに笑顔で話しかけていた。『卵のオムレツだよ。ふわふわで甘いよー。僕大好きなんだ』とか『野菜のコンソメスープだよ。ほら、ニンジンも入ってる。甘くて美味しいよ』とか。ドーバがスプーンにのせているものの解説を笑顔でしながら、自分も食べつつ、アンリの口元にスプーンを差し出すと、アンリは素直に口を開いて、差し出されたものを食べる。また目から鱗である。スウィードはただ『食べなさい』とか『食べてくれ』とか言うだけで、何を食べさせているのかをアンリに教えることはしなかった。もしかしたら、スウィードのそういう所がダメだったのかもしれない。昨日は素直にドーバから食べるアンリに驚きすぎて、悲しすぎて気づかなかったが、今はそれに気づけた。スウィードはアンリに食べさせるドーバをじっと観察した。
食事が終わると、ドーバが居間のソファーに座り、膝にアンリをのせたまま、1つの提案をしてきた。
「よかったらさ、毎週土曜日の夜に家に泊まらない?ご飯を一緒に食べるの楽しいしさ。日曜日の昼間にアンリに読み書きを教えるよ」
「あの、流石にご迷惑では?」
「まさか!僕は普段1人だもの。スウィードとアンリが一緒だと楽しいからね」
「……その」
「うん」
「非常に厚かましいと思うのですけど」
「うん」
「お、お願いしてもいいですか?」
「もっちろん!」
パァと本当に嬉しそうにドーバが笑った。なんだかつられてスウィードも微笑んだ。随分と久しぶりに笑った気がする。
その日は夕方まで、ドーバがアンリに絵本を使って読み方を教えていた。
夕方になり、アンリを抱っこして、笑顔のドーバに見送られて家へと帰る。スウィードの心には光が射していた。ドーバのお陰で、アンリと接する時のヒントを得た気がする。
夕陽に照らされながら、スウィードは軽い足取りで家路を急いだ。
目を擦りながら、ベッドのヘッドボードに置いてある時計を見ると、まだ日が昇る前の時間で、使用人達が来る時間ではない。
ドーバはもぞもぞとベッドから抜け出て、全裸のまま欠伸をしつつ寝室のドアに向かった。
ドアを静かに開けると、そこにはドーバの枕を抱き締めて涙をポロポロ流すアンリがいた。ドーバはその場にしゃがんで、アンリと目を合わせた。
「寂しかったのかい?」
アンリは枕から手を離して、両手を伸ばしてドーバの首に抱きついた。ぎゅっと抱きついてくる小さな温かい身体を、ドーバは抱き締めて、その場に立ち上がった。片手で抱きつくアンリを支えて、自分の枕を拾ってから再びスウィードが寝ているベッドへと戻る。
スウィードを起こさないように、そっと抱っこしているアンリごと布団に潜る。ドーバは自分の身体の上に、まだとても軽いアンリをのせ、ふわふわの毛が生えている頭を優しく撫でた。
まだ泣いているアンリを宥めるように、頭や背中を優しく撫でながら、ドーバは小さな声で歌を歌った。子供の頃に覚えた、物語にまつわる歌だ。歌詞がそのまま物語になっている。アンリの背中をとん、とん、と軽く叩きながら小さな声で歌うと、歌い終える頃にはアンリはドーバにくっついたまま寝てしまった。ふわふわの小さな身体の温もりに誘われて、ドーバも小さく欠伸をして、そのまま再び眠った。
顔を舐められる感覚でドーバは再び目が覚めた。目を開けると、アンリがドーバの頬を小さな舌で舐めていた。なんともくすぐったい。ドーバはクスクス小さく笑いながら、アンリの頭を優しく撫でた。すぐ隣を見れば、スウィードはまだぐっすりと寝ている。ヘッドボードの上の時計を見上げれば、もうそろそろ午前中のお茶の時間帯である。
「おはよう。アンリ」
「……はよ」
「お腹空いたかい?」
アンリが小さく頷いた。ふふっと笑って、ドーバはアンリを抱き締めたまま起き上がった。アンリのふわふわの頬にキスをして、1度アンリをベッドに座らせてから、昨夜脱ぎ散らかして床に放置していた服を着る。アンリはベッドの上のスウィードを不思議そうに見ていた。そろそろと眠るスウィードに近づいて、スンスンとスウィードの匂いを嗅いで、不思議そうに首を傾げた。
「お父さんに僕の匂いがついてるかい?」
ドーバがそう言うと、アンリは不思議そうな顔で頷いた。服を着たドーバは、ベッドの上のアンリを両手で抱き上げた。
「僕にもお父さんの匂いがついてるだろう?」
アンリはドーバの顔や首の匂いをスンスン嗅いで、こくんと頷いた。ドーバは小さく苦笑した。獣人は人間よりも鼻がいい。ドーバは昨夜スウィードのペニスを咥えてスウィードの精液を少しとはいえ飲んだし、スウィードの中には出さなかったが、スウィードの身体をそれなりに舐めたので、お互いの体液の匂いがついている。ドーバはシャワーを浴びたが、そういえば歯磨きはしていなかった。スウィードの中には出していないので、多分スウィードの身体から香るドーバの唾液などの匂いはシャワーを浴びればとれると思う。獣人の恋人達や夫婦はお互いの匂いをつけあうことで、他の獣人達に関係を知らしめるという。要はセックスをすれば互いに相手の匂いがつくのだ。人間には分からないが、獣人にはそれが分かる。昨夜スウィードが中出しはするなと言ったのは、おそらく中で射精すると長くドーバの匂いが残るからだろう。まだ幼くて何も分からないアンリは兎も角、家に帰れば猫獣人の老夫婦がいる。スウィードとしては、きっと彼等に知られたくないのだろう。
不思議そうな顔でスンスンとドーバの匂いを嗅ぐアンリの頭を優しく撫でながら、ドーバはアンリの頬に優しくキスをした。
「昨日お父さんととっても仲良くしただけだよ。アンリも大人になったら分かるよ。でも、このことは僕とアンリの秘密だよ」
「……なんで」
「ふふっ。なんでだろうね」
不思議そうな顔をするアンリの鼻に、ドーバは自分の鼻を擦りつけて、ふふっと笑った。
「お腹が空いてるなら先にご飯を食べるかい?それとも、絵本でも読んでお父さんが起きるのを待つかい?」
「……えほん」
「ふふっ。じゃあ絵本を取りに行こう。お父さんがいつ起きてもいいように、ここで読もうか」
「うん」
ドーバはアンリを抱っこしたまま、アンリが寝ていた客室に移動し、アンリに絵本を1冊選ばせて、その絵本を片手に寝室へと戻った。再びベッドの上に上がり、アンリを膝にのせて座る。すぐ隣ではスウィードが気持ちよさそうに、ぐっすりと眠っている。ドーバは眠るスウィードの頭を優しく撫でてから、囁くような小さな声で、アンリに絵本を読み始めた。
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スウィードはふっと目を覚ました。意識は覚醒したが、目が開けられない。眠い。また眠ってしまいたい。そんなスウィードの耳に、低くて優しい声が聞こえてきた。よくよく聞けば物語を紡いでいる。とても落ち着く声だ。なんだかずっと聞いていたい。声の持ち主は誰だろう。スウィードは眠気に抗い、のろのろと目を開けた。俯せで寝ている自分のすぐ横に誰かが座っている。顔ごと視線を上げれば、赤毛の中年の人間の雄の顔が見えた。ドーバだ。何故ドーバがスウィードが寝ているベッドにいるのだろうか。じーっとドーバの穏やかな表情の顔を見上げて、ドーバの小さな声に耳をすませる。ドーバの声がとても心地よい。また眠りに落ちそうなのをなんとか振り払って、スウィードは眠る前のことを思い出した。そうだ。ドーバに抱かれたんだった。雄に抱かれるのも、そもそも雄とセックスをするのも初めてだった。ドーバは優しく、そして気持ちよかった。まだ眠気でぼんやりする頭で、スウィードは、やってしまったなぁ……と後悔した。まだマリアと離婚してから、そう何ヵ月も経っていない。だというのに、他の者、それも人間の雄とセックスをしてしまった。なんともあり得ない話である。本来なら許される筈がないことだ。いくら心身ともに疲れきっていて、酒が入っていたとはいえ、ほいほいドーバの誘いにのってしまうなんて。中に出させなかったのは、ほんの気休めに過ぎない。スンと鼻を動かして匂いを嗅げば、ドーバからはスウィードの匂いがしている。スウィードにもドーバの匂いがついている筈だ。
スウィードはなんだか泣きたくなってきた。情けない。ドーバに気を使わせて、慰められ、ぐっすり眠って。
確かにスウィードはドーバとのセックスで慰められていた。優しく触れてくる温かいドーバの手にも、初めてアナルで受け入れたドーバのペニスの熱にも、気持ちがいいと同時になんだか酷く落ち着いて、イッてすぐに寝落ちてぐっすり寝た今は、離婚して以来、久しぶりに心が随分と落ち着いている。昨夜はマリアのことも、アンリのことも、何もかも忘れて、ドーバから与えられる熱と快感と安らぎにだけ夢中になった。今も、すぐ隣に座っているドーバに昨夜のように優しく頭を撫でてもらいたいと思っている。いい歳した大の男が情けない。そう思うが、どうしても昨夜感じた優しさが恋しい。自分は弱っているのだと思う。身体ではなく心が。ドーバに優しくされて、労るようにされて、見ないフリをしていた自分の心の疲弊が顔を出し、そして少し癒された。
なんて体たらくだ。スウィードはマリアに優しくなんてできていなかったのに、自分は誰かに優しくしてもらいたいなんて。自分の恥知らずっぷりに酷く落胆してしまう。スウィードは思わず、小さな溜め息を吐いた。
スウィードの溜め息が聞こえたのか、ドーバの声が止まった。ドーバを目だけで見上げると、ドーバが優しく微笑んで、スウィードの頭を優しく撫でた。
「おはよう。スウィード」
「……おはようございます」
「アンリ。お父さん起きたよ」
絵本を持つドーバの膝の上から、アンリが顔を覗かせた。なんとなくスウィードがアンリに手を伸ばすと、アンリがスンスンとスウィードの指先の匂いを嗅いだ。スウィードがやんわりとアンリの頭を撫でると、アンリは素直に頭を撫でさせてくれた。喉は鳴らさないが、なんとなく気持ちよさそうに目を細めるアンリに少し驚く。アンリは今までスウィードが撫でても舐めても無反応だった。今はスウィードにドーバの匂いがついているからだろうか。驚いて目をパチパチさせながら、アンリの頭を撫でていると、スウィードもドーバに頭を撫でられた。優しい手の感触に、思わず喉が勝手に鳴ってしまう。
「ご飯食べようか。お腹空いてるでしょ。まぁ、その前にお風呂だけどね」
穏やかな笑みを浮かべるドーバの言葉でハッとした。ドーバは服を着ているが、スウィードは全裸だ。セックスをした後、そのまま寝てしまった。急速に恥ずかしさがこみ上げてくる。アンリのなんて言い訳をしたらいいんだ。困って目を泳がせるスウィードの頭を、またドーバが優しく撫で回す。
「スウィード」
「……はい」
「昨日は仲良くしただけだよ。ね、アンリ。誰にも秘密だ」
「……うん」
「一緒にお風呂に入ろうか。で、ご飯を食べよう。僕ちょっと思いついたことがあるからさ。ご飯を食べたら、それをしよう」
スウィードはドーバに促されて起き上がった。アナルで雄のペニスを受け入れたのは初めてだが、そんなに痛みや違和感は残っていない。ドーバがずっと優しかったからかもしれない。床に落ちていた自分の服を拾って、着る。
3人で風呂に移動して、風呂に入った。スウィードはしつこいくらいゴシゴシと石鹸を多めにつけて全身をしっかり洗った。ドーバが背中を洗ってくれると言うので、頼んだ。力任せな自分の洗い方とは違い、優しく背中を洗われる。満足するまでスウィードは身体を洗い、3人でゆっくりお湯に浸かってから風呂から出た。アンリはドーバが身体を静かにお湯で流しただけだ。お湯に浸かるときはドーバの膝の上に座っていた。今も身体を乾かすスウィードの隣で、ドーバに身体を拭いてもらっている。何故ドーバなら、こんなに素直に風呂に入ってくれるのだろうか。昨日は驚いて、悲しくて、自分が情けなくて堪らなかったが、今は純粋に疑問に思う。スウィードとドーバではやり方が違うのだろうか。そう言えば、ドーバはずっとアンリに話しかけていた。お湯をかける時も、『ここにかけるよ』と言った後に、静かにお湯をかけていた。洗う時も『ここを洗うねー』と必ず言っていた気がする。スウィードはそんなことはしたことがない。もしかして、自分が何をされるか分からないから怯えて嫌がっていたのだろうか。確証はないが、なんだか的外れではない気がする。今もドーバはアンリの身体を拭きながら、『次は尻尾を拭くよー』と言って、アンリの尻尾をふわふわのバスタオルで包み込んだ。スウィードがすると、拭くときも嫌がるのに、アンリは大人しくされるがままだ。必ず先にアンリに何をするか言う。それが大事なのかもしれない。スウィードは目から鱗な気分になった。
着替えてから、3人で食堂へと向かう。ドーバの家の使用人達が用意してくれた朝食兼昼食を食べる。ドーバはここでもずっとアンリに楽しそうに笑顔で話しかけていた。『卵のオムレツだよ。ふわふわで甘いよー。僕大好きなんだ』とか『野菜のコンソメスープだよ。ほら、ニンジンも入ってる。甘くて美味しいよ』とか。ドーバがスプーンにのせているものの解説を笑顔でしながら、自分も食べつつ、アンリの口元にスプーンを差し出すと、アンリは素直に口を開いて、差し出されたものを食べる。また目から鱗である。スウィードはただ『食べなさい』とか『食べてくれ』とか言うだけで、何を食べさせているのかをアンリに教えることはしなかった。もしかしたら、スウィードのそういう所がダメだったのかもしれない。昨日は素直にドーバから食べるアンリに驚きすぎて、悲しすぎて気づかなかったが、今はそれに気づけた。スウィードはアンリに食べさせるドーバをじっと観察した。
食事が終わると、ドーバが居間のソファーに座り、膝にアンリをのせたまま、1つの提案をしてきた。
「よかったらさ、毎週土曜日の夜に家に泊まらない?ご飯を一緒に食べるの楽しいしさ。日曜日の昼間にアンリに読み書きを教えるよ」
「あの、流石にご迷惑では?」
「まさか!僕は普段1人だもの。スウィードとアンリが一緒だと楽しいからね」
「……その」
「うん」
「非常に厚かましいと思うのですけど」
「うん」
「お、お願いしてもいいですか?」
「もっちろん!」
パァと本当に嬉しそうにドーバが笑った。なんだかつられてスウィードも微笑んだ。随分と久しぶりに笑った気がする。
その日は夕方まで、ドーバがアンリに絵本を使って読み方を教えていた。
夕方になり、アンリを抱っこして、笑顔のドーバに見送られて家へと帰る。スウィードの心には光が射していた。ドーバのお陰で、アンリと接する時のヒントを得た気がする。
夕陽に照らされながら、スウィードは軽い足取りで家路を急いだ。
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