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2:捨て猫少佐
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スウィード・ナーダレスは絵本を抱えてご機嫌に細くて長い尻尾を揺らしている3歳の息子アンリを抱っこして、足早に自宅へと向かいながら溜め息を吐いた。
2ヶ月前にスウィードの妻であり、アンリの母親である人間のマリアは、離婚届けとアンリを置いて家から出ていった。
スウィードは軍人で現在少佐である。生活に金銭的苦労をさせた覚えはない。家には、もう年老いているがスウィードが子供の頃から仕えてくれている使用人だって2人いる。そんなに苦労はしていなかった筈だ。なのに、マリアは出ていった。『貴方にも子供にも、もううんざり』と吐き捨てて。
離婚届けを突きつけられた時、スウィードは訳が分からず理由を聞いた。獣人は基本的に1度伴侶と決めたら、一生相手だけを愛して大事にする。スウィードもスウィードなりにマリアを愛して大事にしているつもりだった。そんなスウィードにマリアはギャンギャン怒鳴って、『アンリもいらない。貴方が1人で育てたら?』と言って、鞄1つ持って出ていった。側にいたアンリは泣きもせず、ただじっと出ていくマリアを見つめていた。
マリアがテーブルに叩きつけたマリアのサインがしてある離婚届けにサインなどできず、スウィードはそのままにしてマリアが帰ってきてくれるのを待っていたが、1週間前にマリアは人間の雄を連れて家に来て、『再婚するから早く離婚届けにサインして』と冷たい目でスウィードを見て、言い捨てた。考え直してくれと恥も外聞もなくすがりつくスウィードを嫌なものを見るような目で見て、マリアは『貴方のことなんて心底嫌いなの。今すぐサインして』とだけ言った。スウィードは泣きたい気持ちで震える手で離婚届けにサインをしてマリアに手渡した。マリアは離婚届けを受けとると、アンリの顔も見ずに家から無言で出ていった。
スウィードは何故マリアが出ていったのか、未だに理解できていない。幼い息子を置いて出ていったマリアに悲しみと怒りだけが沸き上がる。結婚して7年目にアンリを妊娠した時、マリアは泣いて喜んでいた。なのに、アンリもスウィードのことも捨てて出ていってしまった。
同期の中では1番少佐になるのが早かったスウィードをやっかんでいた職場の連中は、マリアに出ていかれたスウィードを『捨て猫少佐』と呼んで馬鹿にしている。スウィードに聞こえているのを承知で、スウィードを『捨て猫少佐』と呼ぶのだ。スウィードは恥ずかしくて、情けなくて、それまで残業ばかりして必死で働いていたのに、子供の世話があるからと定時で帰るようになった。
アンリは殆んど喋らない。無言で部屋の隅でじっとしていることが多い。前から大人しい子だと思っていたが、家にいてアンリと過ごす時間が格段に増えた最近は、どこか発達に問題があるのではないかと不安に感じるようになった。
使用人のリリアとナダル老夫婦がスウィードが仕事に行っている間はアンリの世話をしてくれている。しかし、ナダルは腰が悪い。スウィードが子供の頃から仕えてくれている老夫婦を少しでも休ませようと、スウィードは休日の今日、初めて1人だけでアンリを連れて出掛けた。
適当な店を覗いていると、気づけばアンリの姿がなく、焦ってアンリの匂いと姿を探し回って、漸く小さな本屋でアンリを見つけた。
どうやら絵本が欲しかったらしい。それならそうと言ってくれたらよかったのに。
見ず知らずの人間の雄に絵本を貰ってしまった。義理堅いスウィードはお礼を何かしなければいけない、と思ったが、家に帰りつく頃に人間の雄の名前を聞くのを忘れていたことに気がついた。……本当に自分は何をやっているのだろうか。気が動転していたとはいえ、抜けているにも程がある。スウィードはまた溜め息を吐いて、情けなく耳と尻尾を垂らしたまま、家に入った。
ーーーーーー
翌週の休日。
スウィードはアンリと手を繋いで、この間の小さな本屋へと向かっていた。アンリと繋いでいない方の手には、家の近所にある人気のお菓子屋で買ったマドレーヌを持っている。このマドレーヌはマリアが好きだった。よく買ってきては、いそいそと紅茶を入れて、使用人の老夫婦と一緒に食べていた。
マリアのことを思い出して溜め息を吐きながら歩いていると、本屋の入り口のドアの前に、見覚えのある赤毛の中年の人間の雄が立っていた。アンリはその雄を見つけると、スウィードが止める間もなくスウィードの手を離して走り、雄の足に飛びついた。雄は驚いた顔をした後、優しく微笑んで、自分の足にくっつくアンリの頭を撫でた。
「おや。アンリじゃないか。あぁ、今日はお父さんも一緒なんだね」
「……うん」
アンリが小さな声で返事をした。アンリは本当に滅多に声を出さない。泣くときでさえ、ポロポロ涙を流すだけだ。スウィードは驚きながら、アンリの頭を撫でている中年の雄に近づいた。
「スウィード・ナーダレスと申します。先日はご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした。本当にありがとうございました」
「おや、ご丁寧にどうも。本当に単なる気まぐれだから気にしないでいいよ。僕はドーバ・シュタイナー。よろしくね」
ドーバがスウィードに手を差し出してきたので、軽く握手をして手を離した。先日のお詫びにとマドレーヌが入った紙袋を差し出すと、驚いたように目をパチパチさせた。ドーバの瞳は新緑のような色合いをしている。
「本当によかったのに。でもありがとう。あ、ねぇ。貰ったもので悪いんだけどさ、これ横流ししてもいい?どうやら、ここの店の店主のフリッツが風邪を引いたらしくてさ。今日は臨時休業なんだって。お見舞いに持っていきたいんだけど」
そう言ってドーバは入り口のドアに貼ってある張り紙を指差した。そこには『店主が風邪を引いて寝込んでいるので、完治するまで休みます』と書かれている。
「差し上げたものです。お好きにしてください」
「ありがとう。あ、よかったら君達も一緒に行く?アンリ。ハイルに会いたいかい?こないだ会った犬獣人の子だよ。家にはハイルの弟達もいるよ」
「……いく」
「じゃあ、行こうか!」
「え、あの……突然知らない者が家を訪ねるのは如何なものかと……」
「ん?僕は何度かフリッツの家に行っているし、僕が一緒なら大丈夫さ!ハイル達もフリッツが風邪で寝込んでいるなら暇だろうし、アンリが来たらきっと喜ぶよ」
「……いく」
アンリは頷いて、ドーバから離れる気配がない。スウィードは困ったが、無理矢理ドーバからアンリを引き剥がして連れて帰るのも躊躇われる。スウィードにも自分から抱きついてはこないアンリがこんなに懐いている。先日会ったハイルとかいう犬獣人の子供には頬を舐められて喉を鳴らしていた。スウィードが舐めても撫でても、喉を鳴らすことなどないのに。スウィードは少し悲しい気持ちになったが、アンリが望むならば、とドーバの提案に頷いた。
「……ご一緒させていただいてもいいですか?」
「勿論!フリッツの家はこの近くなんだ。じゃあ行こうか」
ドーバは笑顔でアンリの手を握って歩きだした。スウィードも反対側のアンリの手を握り、3人で並んで歩く。
「ハイルは今6歳でね、3人兄弟の1番上の子なんだよ。2番目がクレスといって、今は確か5歳かな?毎日剣を習っているから、あんまり店には来ないよ。末っ子のナートは3歳で、大人しい子だよ。まぁ、それでも雄の犬獣人の子だからね。人間の子供よりパワフルだよね。フリッツの家は毎日賑やからしいよ」
「左様で」
「アンリも3歳なんだろう?ナートと同い年だね。友達になれるといいね!」
「……うん」
話ながら歩いていると、小さな庭のある2階建てのそこそこ大きな民家に着いた。庭では3人の小さな犬獣人の子供が遊んでいる。その中で1番大きな子供がドーバを見つけて、嬉しそうに尻尾を振って近づいてきた。
「ドーバおじさん!こんにちは!」
「こんにちは!ハイル。今日も可愛いねぇ。クレスとナートもこんにちは」
「「こんにちは!」」
「フリッツは大丈夫かい?お見舞いに来たんだけど」
「お父さんはまだお熱があるよ。部屋で寝てて、お母さんが俺達に会わせてくれないの。もう2日も顔見てないんだよ」
「おや、そうかい。それは寂しいね」
「うん。俺、お母さん呼んでくる!」
「頼んだよ」
「うん!」
「ドーバおじさん。この子誰?」
「この子はアンリだよ。ナートと同じ3歳」
「ねぇねぇ、アンリ。一緒に遊ぼう!俺、ナート!」
「俺はクレス。遊んでいい?ドーバおじさんと知らないおじさん」
「いいよー」
「……あ、あぁ」
「行こうアンリ!」
「……うん」
アンリは小さな庭に入って、ナートと手を繋いで小さなボールが転がっている所へ行って、クレスとナートと一緒にボールを蹴って遊び始めた。アンリが動き回るのをあまり見たことがないスウィードは驚いた。いつも家では、隅っこでぼーっと蹲っているか、最近はドーバに貰った絵本を眺めているだけだからだ。
ハイルがハイルそっくりな顔の耳の垂れた茶色い毛色の犬獣人を連れてきた。
「やぁ!バーバラ。突然邪魔して悪いね。フリッツはどうだい?」
「こんにちは。ドーバ。フリッツさんは昨日よりも少し熱が下がったんだ。多分明日には完全に下がると思う」
「それは良かった!あ、こっちはスウィード。店の前で会ったからさ。一緒にお見舞いに来たんだ。これ良かったら皆で食べてよ。貰い物の横流しだけどね!」
「ありがとう。ドーバ。はじめまして、バーバラです」
「スウィード・ナーダレスと申します」
「お茶でもどうぞ。家の中はすごく散らかってるけど」
「ありがとう。お邪魔させてもらうよ」
「ハイル。おばあちゃんにお茶淹れてって言ってきてよ。おばあちゃんの分も合わせて4人分。ハイルはアンリと遊ぶんでしょ?」
「うん!おやつの時間まで遊んでいい?」
「いいよ」
「おばあちゃんのとこ行ってくる!」
ハイルが走って家の中に入っていった。
庭で遊ぶ小さな子供達をチラッと見て微笑むと、バーバラは機嫌良さそうに尻尾をゆるく振った。
どうぞ、と言うバーバラについて、ドーバと一緒にスウィードも家の中に入った。
家の中は壁に落書きがあるし、通された居間には玩具もそこらへんに落ちている。
「んー。ごめんね、汚いでしょ?」
「子供がいる家なんて、こんなものじゃないの?」
「そうなのかな?ちょっと前まではなんとか片付けてたんだけど。フリッツさんがね、『お前はもう頑張ってるのに、まだこれ以上頑張る気なのか?』って言ってくれてね。あ、頑張らなくてもいいのかな?って思って。最近は家事の手を抜くようにしてるんだ。少しね」
「へぇ。中々いい旦那じゃない。フリッツ」
「えへへ……でしょう?」
居間にお盆を持ったバーバラそっくりの犬獣人の老婦人が入ってきた。
「まぁまぁ。ドーバさん。わざわざありがとうございます」
「こんにちは。ルリア。フリッツ風邪なんだって?」
「えぇ。もう3日近く寝込んでるんです」
「フリッツは毎年この時期になると必ず風邪を引くね」
「そうなのよ」
「初めの頃は毎回焦ってたけど、流石に最近は慣れてきたよ」
「はははっ」
「えーと、そちらの方は?」
「スウィードだよ。スウィード、こちらのご婦人はルリア。バーバラのお母さん」
「ルリア・デナントといいます。はじめまして」
「はじめまして。お邪魔させていただいております。スウィード・ナーダレスと申します」
「まぁ、ご丁寧にありがとうございます」
「ダリス様は今日はご不在?」
「ちょっと前に買い物に出かけたの。小麦粉が切れちゃったものだから」
「おや」
「フリッツさんも孫達もパンが好きだから、パンを作ろうとしたら少ししかなくって。困っていたらダリスさんが『買ってくる』って言ってくれたの」
「優しいねー。ダリス様」
「でしょう?」
「あ、あの……もしや……ダリス様とは、先代将軍ダリス・デナント閣下のことでしょうか?」
「えぇ。そうです」
ぼんやりドーバ達の会話を聞いていたスウィードは驚いて、ビシッと背筋を伸ばした。どこかで聞いた覚えのある家名と名前のセットを、すぐに思い出せてよかった。
「先代将軍閣下の奥方とも知らず、申し訳ございません!」
「あらあらまあまあ。え、えっと……気になさらないでください。あの、私はただのおばあちゃんなので……」
「スウィード。そんなに急に畏まれるとルリアが困るよ」
「し、しかし……」
「ダリス様は確かに公爵家の出で、元将軍だけど、この家の中では単なるおじいちゃんだもの。でしょ?ルリア」
「えぇ!そうなの」
「は、はぁ……」
困惑するスウィードは、それから大荷物のダリスが帰ってくるまでの約1時間。ひたすらバーバラとルリアの惚気話を聞くことになった。
2ヶ月前にスウィードの妻であり、アンリの母親である人間のマリアは、離婚届けとアンリを置いて家から出ていった。
スウィードは軍人で現在少佐である。生活に金銭的苦労をさせた覚えはない。家には、もう年老いているがスウィードが子供の頃から仕えてくれている使用人だって2人いる。そんなに苦労はしていなかった筈だ。なのに、マリアは出ていった。『貴方にも子供にも、もううんざり』と吐き捨てて。
離婚届けを突きつけられた時、スウィードは訳が分からず理由を聞いた。獣人は基本的に1度伴侶と決めたら、一生相手だけを愛して大事にする。スウィードもスウィードなりにマリアを愛して大事にしているつもりだった。そんなスウィードにマリアはギャンギャン怒鳴って、『アンリもいらない。貴方が1人で育てたら?』と言って、鞄1つ持って出ていった。側にいたアンリは泣きもせず、ただじっと出ていくマリアを見つめていた。
マリアがテーブルに叩きつけたマリアのサインがしてある離婚届けにサインなどできず、スウィードはそのままにしてマリアが帰ってきてくれるのを待っていたが、1週間前にマリアは人間の雄を連れて家に来て、『再婚するから早く離婚届けにサインして』と冷たい目でスウィードを見て、言い捨てた。考え直してくれと恥も外聞もなくすがりつくスウィードを嫌なものを見るような目で見て、マリアは『貴方のことなんて心底嫌いなの。今すぐサインして』とだけ言った。スウィードは泣きたい気持ちで震える手で離婚届けにサインをしてマリアに手渡した。マリアは離婚届けを受けとると、アンリの顔も見ずに家から無言で出ていった。
スウィードは何故マリアが出ていったのか、未だに理解できていない。幼い息子を置いて出ていったマリアに悲しみと怒りだけが沸き上がる。結婚して7年目にアンリを妊娠した時、マリアは泣いて喜んでいた。なのに、アンリもスウィードのことも捨てて出ていってしまった。
同期の中では1番少佐になるのが早かったスウィードをやっかんでいた職場の連中は、マリアに出ていかれたスウィードを『捨て猫少佐』と呼んで馬鹿にしている。スウィードに聞こえているのを承知で、スウィードを『捨て猫少佐』と呼ぶのだ。スウィードは恥ずかしくて、情けなくて、それまで残業ばかりして必死で働いていたのに、子供の世話があるからと定時で帰るようになった。
アンリは殆んど喋らない。無言で部屋の隅でじっとしていることが多い。前から大人しい子だと思っていたが、家にいてアンリと過ごす時間が格段に増えた最近は、どこか発達に問題があるのではないかと不安に感じるようになった。
使用人のリリアとナダル老夫婦がスウィードが仕事に行っている間はアンリの世話をしてくれている。しかし、ナダルは腰が悪い。スウィードが子供の頃から仕えてくれている老夫婦を少しでも休ませようと、スウィードは休日の今日、初めて1人だけでアンリを連れて出掛けた。
適当な店を覗いていると、気づけばアンリの姿がなく、焦ってアンリの匂いと姿を探し回って、漸く小さな本屋でアンリを見つけた。
どうやら絵本が欲しかったらしい。それならそうと言ってくれたらよかったのに。
見ず知らずの人間の雄に絵本を貰ってしまった。義理堅いスウィードはお礼を何かしなければいけない、と思ったが、家に帰りつく頃に人間の雄の名前を聞くのを忘れていたことに気がついた。……本当に自分は何をやっているのだろうか。気が動転していたとはいえ、抜けているにも程がある。スウィードはまた溜め息を吐いて、情けなく耳と尻尾を垂らしたまま、家に入った。
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翌週の休日。
スウィードはアンリと手を繋いで、この間の小さな本屋へと向かっていた。アンリと繋いでいない方の手には、家の近所にある人気のお菓子屋で買ったマドレーヌを持っている。このマドレーヌはマリアが好きだった。よく買ってきては、いそいそと紅茶を入れて、使用人の老夫婦と一緒に食べていた。
マリアのことを思い出して溜め息を吐きながら歩いていると、本屋の入り口のドアの前に、見覚えのある赤毛の中年の人間の雄が立っていた。アンリはその雄を見つけると、スウィードが止める間もなくスウィードの手を離して走り、雄の足に飛びついた。雄は驚いた顔をした後、優しく微笑んで、自分の足にくっつくアンリの頭を撫でた。
「おや。アンリじゃないか。あぁ、今日はお父さんも一緒なんだね」
「……うん」
アンリが小さな声で返事をした。アンリは本当に滅多に声を出さない。泣くときでさえ、ポロポロ涙を流すだけだ。スウィードは驚きながら、アンリの頭を撫でている中年の雄に近づいた。
「スウィード・ナーダレスと申します。先日はご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした。本当にありがとうございました」
「おや、ご丁寧にどうも。本当に単なる気まぐれだから気にしないでいいよ。僕はドーバ・シュタイナー。よろしくね」
ドーバがスウィードに手を差し出してきたので、軽く握手をして手を離した。先日のお詫びにとマドレーヌが入った紙袋を差し出すと、驚いたように目をパチパチさせた。ドーバの瞳は新緑のような色合いをしている。
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そう言ってドーバは入り口のドアに貼ってある張り紙を指差した。そこには『店主が風邪を引いて寝込んでいるので、完治するまで休みます』と書かれている。
「差し上げたものです。お好きにしてください」
「ありがとう。あ、よかったら君達も一緒に行く?アンリ。ハイルに会いたいかい?こないだ会った犬獣人の子だよ。家にはハイルの弟達もいるよ」
「……いく」
「じゃあ、行こうか!」
「え、あの……突然知らない者が家を訪ねるのは如何なものかと……」
「ん?僕は何度かフリッツの家に行っているし、僕が一緒なら大丈夫さ!ハイル達もフリッツが風邪で寝込んでいるなら暇だろうし、アンリが来たらきっと喜ぶよ」
「……いく」
アンリは頷いて、ドーバから離れる気配がない。スウィードは困ったが、無理矢理ドーバからアンリを引き剥がして連れて帰るのも躊躇われる。スウィードにも自分から抱きついてはこないアンリがこんなに懐いている。先日会ったハイルとかいう犬獣人の子供には頬を舐められて喉を鳴らしていた。スウィードが舐めても撫でても、喉を鳴らすことなどないのに。スウィードは少し悲しい気持ちになったが、アンリが望むならば、とドーバの提案に頷いた。
「……ご一緒させていただいてもいいですか?」
「勿論!フリッツの家はこの近くなんだ。じゃあ行こうか」
ドーバは笑顔でアンリの手を握って歩きだした。スウィードも反対側のアンリの手を握り、3人で並んで歩く。
「ハイルは今6歳でね、3人兄弟の1番上の子なんだよ。2番目がクレスといって、今は確か5歳かな?毎日剣を習っているから、あんまり店には来ないよ。末っ子のナートは3歳で、大人しい子だよ。まぁ、それでも雄の犬獣人の子だからね。人間の子供よりパワフルだよね。フリッツの家は毎日賑やからしいよ」
「左様で」
「アンリも3歳なんだろう?ナートと同い年だね。友達になれるといいね!」
「……うん」
話ながら歩いていると、小さな庭のある2階建てのそこそこ大きな民家に着いた。庭では3人の小さな犬獣人の子供が遊んでいる。その中で1番大きな子供がドーバを見つけて、嬉しそうに尻尾を振って近づいてきた。
「ドーバおじさん!こんにちは!」
「こんにちは!ハイル。今日も可愛いねぇ。クレスとナートもこんにちは」
「「こんにちは!」」
「フリッツは大丈夫かい?お見舞いに来たんだけど」
「お父さんはまだお熱があるよ。部屋で寝てて、お母さんが俺達に会わせてくれないの。もう2日も顔見てないんだよ」
「おや、そうかい。それは寂しいね」
「うん。俺、お母さん呼んでくる!」
「頼んだよ」
「うん!」
「ドーバおじさん。この子誰?」
「この子はアンリだよ。ナートと同じ3歳」
「ねぇねぇ、アンリ。一緒に遊ぼう!俺、ナート!」
「俺はクレス。遊んでいい?ドーバおじさんと知らないおじさん」
「いいよー」
「……あ、あぁ」
「行こうアンリ!」
「……うん」
アンリは小さな庭に入って、ナートと手を繋いで小さなボールが転がっている所へ行って、クレスとナートと一緒にボールを蹴って遊び始めた。アンリが動き回るのをあまり見たことがないスウィードは驚いた。いつも家では、隅っこでぼーっと蹲っているか、最近はドーバに貰った絵本を眺めているだけだからだ。
ハイルがハイルそっくりな顔の耳の垂れた茶色い毛色の犬獣人を連れてきた。
「やぁ!バーバラ。突然邪魔して悪いね。フリッツはどうだい?」
「こんにちは。ドーバ。フリッツさんは昨日よりも少し熱が下がったんだ。多分明日には完全に下がると思う」
「それは良かった!あ、こっちはスウィード。店の前で会ったからさ。一緒にお見舞いに来たんだ。これ良かったら皆で食べてよ。貰い物の横流しだけどね!」
「ありがとう。ドーバ。はじめまして、バーバラです」
「スウィード・ナーダレスと申します」
「お茶でもどうぞ。家の中はすごく散らかってるけど」
「ありがとう。お邪魔させてもらうよ」
「ハイル。おばあちゃんにお茶淹れてって言ってきてよ。おばあちゃんの分も合わせて4人分。ハイルはアンリと遊ぶんでしょ?」
「うん!おやつの時間まで遊んでいい?」
「いいよ」
「おばあちゃんのとこ行ってくる!」
ハイルが走って家の中に入っていった。
庭で遊ぶ小さな子供達をチラッと見て微笑むと、バーバラは機嫌良さそうに尻尾をゆるく振った。
どうぞ、と言うバーバラについて、ドーバと一緒にスウィードも家の中に入った。
家の中は壁に落書きがあるし、通された居間には玩具もそこらへんに落ちている。
「んー。ごめんね、汚いでしょ?」
「子供がいる家なんて、こんなものじゃないの?」
「そうなのかな?ちょっと前まではなんとか片付けてたんだけど。フリッツさんがね、『お前はもう頑張ってるのに、まだこれ以上頑張る気なのか?』って言ってくれてね。あ、頑張らなくてもいいのかな?って思って。最近は家事の手を抜くようにしてるんだ。少しね」
「へぇ。中々いい旦那じゃない。フリッツ」
「えへへ……でしょう?」
居間にお盆を持ったバーバラそっくりの犬獣人の老婦人が入ってきた。
「まぁまぁ。ドーバさん。わざわざありがとうございます」
「こんにちは。ルリア。フリッツ風邪なんだって?」
「えぇ。もう3日近く寝込んでるんです」
「フリッツは毎年この時期になると必ず風邪を引くね」
「そうなのよ」
「初めの頃は毎回焦ってたけど、流石に最近は慣れてきたよ」
「はははっ」
「えーと、そちらの方は?」
「スウィードだよ。スウィード、こちらのご婦人はルリア。バーバラのお母さん」
「ルリア・デナントといいます。はじめまして」
「はじめまして。お邪魔させていただいております。スウィード・ナーダレスと申します」
「まぁ、ご丁寧にありがとうございます」
「ダリス様は今日はご不在?」
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「おや」
「フリッツさんも孫達もパンが好きだから、パンを作ろうとしたら少ししかなくって。困っていたらダリスさんが『買ってくる』って言ってくれたの」
「優しいねー。ダリス様」
「でしょう?」
「あ、あの……もしや……ダリス様とは、先代将軍ダリス・デナント閣下のことでしょうか?」
「えぇ。そうです」
ぼんやりドーバ達の会話を聞いていたスウィードは驚いて、ビシッと背筋を伸ばした。どこかで聞いた覚えのある家名と名前のセットを、すぐに思い出せてよかった。
「先代将軍閣下の奥方とも知らず、申し訳ございません!」
「あらあらまあまあ。え、えっと……気になさらないでください。あの、私はただのおばあちゃんなので……」
「スウィード。そんなに急に畏まれるとルリアが困るよ」
「し、しかし……」
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