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それからもカラードさんの依頼やライラックさんの課題をこなしていくうちに、春になる前に私は特級ポーションの調合に成功しました。
「これで私が知っていることは全て君教えた。あとはしっかり反復して身につけなさい」
「やっぱり帰っちゃうんですか?」
なんだか急に寂しくなってしまった私は、側仕えが見ているにも関わらず目を潤ませながらそう聞いてしまいました。
「最初からそう言ってあったはずだが……そうだ、君にこの調合室の器具や資料を受け継いでもらえないか」
感傷的になっている私を尻目に、ライラックさんは調合台の天板を撫でています。まあルピナス様と婚約している私が言うのもなんですが、本っっ当に私のことなんて微塵も何とも思っていないですよね。
「特にこの天板はアイリスが探して来てくれた耐薬性の高い天然の岩石を切り出して、撥水処理したものなんだ。思い出深い品だが、以前のように埃をかぶっているより君に使ってほしい。どうだろうか」
最後までアイリス馬鹿なのですね。ちょっぴり複雑だけど断れるはずもありません。
ただ、私の新しい工房をルピナス様が王宮の離れに作ってくれることになっているのです。
「ありがたくいただきますけど、こんなものどうやって運ぶんですか」
「私が明日ルピナス様に掛け合って来よう。私から君への結婚祝いとしておく。あらかじめ台を作って、ここから天板だけ運んで取り付ければいい」
なんだかよくわかりませんが、お任せすることにしました。
ライラックさんが少し真面目な顔でこっちを見ています。まあ、いつも真面目な顔なのですが。
「君と出会って、私はこうして再びアイリスと向き合うことができた。君には感謝している」
そんな事を話し始めました。ライラックさんとまともにアイリスさんの話をした事が無かったので、本当にお別れなんだと胸が苦しくなってきました。
「彼女は魔獣に襲われて瀕死の重傷ではあったが即死というわけではなくてな。私は死に目に立ち合えたし、必死に彼女を治療しようとした。苦しむ彼女を前に成す術も無かった私に、貴族は全く手を貸してはくれなかったが、あの怪我では今の君の力でもないと治癒はできなかっただろう」
ライラックさんは辛そうに話をしてくれます。何か私に伝えたいのだと思うので、私は神妙に聞いていました。
「私が言いたいのは、君の力はできれば市井の民の為にも使ってあげて欲しいという事だ。貴族だけではなく、彼らにも治療を必要としている者がいる。私が教えたこともその為に役立てて欲しい」
庶民の為に医療行為を行う。貴族は庶民に無関心なだけで悪意は無いのでしょうけど、それは貴族社会を抜け出してライラックさんがあの村で診療所をしている理由だったのです。
ライラックさんには教わった恩がありますし、私もその考えには賛同するところですが……。
「わかりました。私は広く門戸を広げた診療所を作れるように頑張りますね。でも私だけじゃ大変なので、ライラックさんもあの村に居たままで良いですから手伝ってくださいね」
ライラックさんは眉を顰めましたが同意してくれました。
次の日、ライラックさんは早速ルピナス様にアポを取って会いに行き、私の新しい調合室にライラックさんの調合室の備品を移設する事に合意してきたそうです。
それを終えるとライラックさんはもう教えることは無いとばかりに村に帰る準備を始めてしまい、ついにその日がやってきたのです。
私とカラードさん、ロータスさん夫婦だけが見送る中、ライラックさんが村に帰る馬車に乗り込もうとしています。
「フリージアから聞いたよ。村で仕事を受けてくれるんだろ?また材料を送るからよろしく頼んだよ」
カラードさんがそう言うとライラックさんは私をジロリと睨みましたが、わかったと返事をしました。カラードさんも満足そうでお役に立ててよかったです。
私はこの日のために準備したプレゼントをライラックさんに手渡しました。ちょっと綺麗に細工のしてあるガラスの小瓶20本ほどに、ライラックさんに作り方を教わった特級ポーションとマジックポーションを詰めて、外から見えるように梱包してありす。
村に居たら魔力持ちはまず居ないでしょうけど、調合には魔力を使いますのでどちらもライラックさんの助けになるはずです。私、パーフェクトヒールを使わない日は魔力だけは無駄に余っているのです。
薬瓶は洗浄して使い回しますが、ライラックさんの診療所の瓶は結構使い込まれていたので替えてくれたらなと思いました。
淋しいですがそれを洗う仕事も、もう私は手伝うことができません。
なんだか感極まってめそめそと泣いてしまいました。ライラックさんは私を見て嬉しそうな呆れたような顔をしています。
「ありがとう。君が診療所を手伝ってくれて私も楽しかったよ。別に今生の別れでもないのだから、そこまで悲しまないでくれ」
まさに言われた通りでちょっと恥ずかしくなったので、鼻をぐずぐずさせながら結婚式の事を念押ししておきました。
「こちらこそ、色々とありがとうございました。結婚式は絶対に来てくださいね。ノーラも連れて」
「わかっている。ちょっとマルクに説明するのが恐いが楽しみにしている。では元気でな」
そう言い残すと、ライラックさんは馬車に乗り込んで帰って行きました。
春になる前には王宮の敷地内に私の新しい工房が完成し、ライラックさんの家からいろいろなものが運び込まれました。
そして春になり、私とルピナス様の結婚式が行われる日を迎えました。
「これで私が知っていることは全て君教えた。あとはしっかり反復して身につけなさい」
「やっぱり帰っちゃうんですか?」
なんだか急に寂しくなってしまった私は、側仕えが見ているにも関わらず目を潤ませながらそう聞いてしまいました。
「最初からそう言ってあったはずだが……そうだ、君にこの調合室の器具や資料を受け継いでもらえないか」
感傷的になっている私を尻目に、ライラックさんは調合台の天板を撫でています。まあルピナス様と婚約している私が言うのもなんですが、本っっ当に私のことなんて微塵も何とも思っていないですよね。
「特にこの天板はアイリスが探して来てくれた耐薬性の高い天然の岩石を切り出して、撥水処理したものなんだ。思い出深い品だが、以前のように埃をかぶっているより君に使ってほしい。どうだろうか」
最後までアイリス馬鹿なのですね。ちょっぴり複雑だけど断れるはずもありません。
ただ、私の新しい工房をルピナス様が王宮の離れに作ってくれることになっているのです。
「ありがたくいただきますけど、こんなものどうやって運ぶんですか」
「私が明日ルピナス様に掛け合って来よう。私から君への結婚祝いとしておく。あらかじめ台を作って、ここから天板だけ運んで取り付ければいい」
なんだかよくわかりませんが、お任せすることにしました。
ライラックさんが少し真面目な顔でこっちを見ています。まあ、いつも真面目な顔なのですが。
「君と出会って、私はこうして再びアイリスと向き合うことができた。君には感謝している」
そんな事を話し始めました。ライラックさんとまともにアイリスさんの話をした事が無かったので、本当にお別れなんだと胸が苦しくなってきました。
「彼女は魔獣に襲われて瀕死の重傷ではあったが即死というわけではなくてな。私は死に目に立ち合えたし、必死に彼女を治療しようとした。苦しむ彼女を前に成す術も無かった私に、貴族は全く手を貸してはくれなかったが、あの怪我では今の君の力でもないと治癒はできなかっただろう」
ライラックさんは辛そうに話をしてくれます。何か私に伝えたいのだと思うので、私は神妙に聞いていました。
「私が言いたいのは、君の力はできれば市井の民の為にも使ってあげて欲しいという事だ。貴族だけではなく、彼らにも治療を必要としている者がいる。私が教えたこともその為に役立てて欲しい」
庶民の為に医療行為を行う。貴族は庶民に無関心なだけで悪意は無いのでしょうけど、それは貴族社会を抜け出してライラックさんがあの村で診療所をしている理由だったのです。
ライラックさんには教わった恩がありますし、私もその考えには賛同するところですが……。
「わかりました。私は広く門戸を広げた診療所を作れるように頑張りますね。でも私だけじゃ大変なので、ライラックさんもあの村に居たままで良いですから手伝ってくださいね」
ライラックさんは眉を顰めましたが同意してくれました。
次の日、ライラックさんは早速ルピナス様にアポを取って会いに行き、私の新しい調合室にライラックさんの調合室の備品を移設する事に合意してきたそうです。
それを終えるとライラックさんはもう教えることは無いとばかりに村に帰る準備を始めてしまい、ついにその日がやってきたのです。
私とカラードさん、ロータスさん夫婦だけが見送る中、ライラックさんが村に帰る馬車に乗り込もうとしています。
「フリージアから聞いたよ。村で仕事を受けてくれるんだろ?また材料を送るからよろしく頼んだよ」
カラードさんがそう言うとライラックさんは私をジロリと睨みましたが、わかったと返事をしました。カラードさんも満足そうでお役に立ててよかったです。
私はこの日のために準備したプレゼントをライラックさんに手渡しました。ちょっと綺麗に細工のしてあるガラスの小瓶20本ほどに、ライラックさんに作り方を教わった特級ポーションとマジックポーションを詰めて、外から見えるように梱包してありす。
村に居たら魔力持ちはまず居ないでしょうけど、調合には魔力を使いますのでどちらもライラックさんの助けになるはずです。私、パーフェクトヒールを使わない日は魔力だけは無駄に余っているのです。
薬瓶は洗浄して使い回しますが、ライラックさんの診療所の瓶は結構使い込まれていたので替えてくれたらなと思いました。
淋しいですがそれを洗う仕事も、もう私は手伝うことができません。
なんだか感極まってめそめそと泣いてしまいました。ライラックさんは私を見て嬉しそうな呆れたような顔をしています。
「ありがとう。君が診療所を手伝ってくれて私も楽しかったよ。別に今生の別れでもないのだから、そこまで悲しまないでくれ」
まさに言われた通りでちょっと恥ずかしくなったので、鼻をぐずぐずさせながら結婚式の事を念押ししておきました。
「こちらこそ、色々とありがとうございました。結婚式は絶対に来てくださいね。ノーラも連れて」
「わかっている。ちょっとマルクに説明するのが恐いが楽しみにしている。では元気でな」
そう言い残すと、ライラックさんは馬車に乗り込んで帰って行きました。
春になる前には王宮の敷地内に私の新しい工房が完成し、ライラックさんの家からいろいろなものが運び込まれました。
そして春になり、私とルピナス様の結婚式が行われる日を迎えました。
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