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部屋にはルピナス様と私の二人だけになりました。
公爵様の言う通り、私にも話の内容は想像が付くのですが、正直、今の気持ちで聞かされても正常な判断ができるかはわかりません。

お父様のしたことはとんでもないことで、普通ならマトリカリア伯爵家は取り潰されても仕方ない状況のような気がします。さっきから私自身も消え去りたいような気持ちがしていました。

しばらく俯いていると、ルピナス様が覚悟を決めたように話を始めました。

「こんな時に聞きたい話ではないだろうけど、現在マトリカリア領が為政者を失って宙に浮いている状態でね。現地の役人からも早い対応を頼まれていて、さっきの暫定的な内容に決まったんだ」

「私の父がご迷惑をおかけして申し訳ございません」

私にはそう言うしかありませんでした。ルピナス様は首を横に振ると、話を続けました。

「君が気に病むことはないよ。さっきの話は僕や陛下の命を救ってくれた君の評価とは何の関係もないことだ」

果たして本当にそうでしょうか。お母様の事故について、衛生兵団に緘口令が敷かれても断片的な情報からハイドランジアやディセントラが犯人などと噂が流れたのです。

今回は実際に犯人が捕まり処刑されるのです。真実を暴かれたマトリカリア侯爵家の評価は地に落ちることは間違いないでしょう。そして私自身も衆目に晒されることは容易に想像がつきます。

「君に話というのは他でもない。単刀直入に言うと、君に王室に入って欲しいんだ」

やはりそういう話でした。そんな曰く付きの私を王家に迎えて大丈夫なのでしょうか。

「重鎮達の許可も得ているんだ。サージェントは勿論のこと、ディセントラ公からは早く決めるように言われている。王族になると君はマトリカリア侯爵家の当主にはなれないからね」

「では、マトリカリア侯爵家はどうなるのですか?」

「君が王室に入る条件として、ディセントラ公からは君の長女をディセントラ公爵家の後見の元、マトリカリアを公爵家に爵位を昇格して当主に据えるように言われているよ。それまでは、マトリカリア侯爵家は当主不在として、さっきの暫定的な処理のまま、収益は君の活動資金として王家が接収することになるかな」

ルピナス様も公爵様もいろいろと私に都合の良いように考えてくれているようです。王家に入ってもマトリカリアの当主となっても、やりたいことができそうです。

公爵様は本当に王国内の貴族の力関係を重要視しているようです。ルピナス様がついでに教えてくれたのですが、公爵様は現国王陛下の母親の従兄弟に当たるそうで、キャメリア様は陛下の再従兄弟なのだそうです。
ややこしいけど親戚ということはわかりました。

「今回のことで私もディセントラ公の姿勢から学ぶことは多いから、ある程度希望には沿いたいと考えているんだ。ハイドランジアがああなっては、サージェント達の力が強くなりすぎてしまうからね」

ルピナス様は出自的にはハイペリカム側の人間でしたが、これが帝王学というものなのでしょうか。そう考えることができるルピナス様を、ディセントラ公爵様も次期国王として認めているようです。

「こんな私を王室に入れて本当に大丈夫なのでしょうか。正直なところ、ルピナス様にもご迷惑をおかけしてしまう気しかしなくて」

「さっきも言ったけど王族は全く気にしていない。特に母上が非常に乗り気だし、陛下も君には深く感謝している。重鎮も了承しているし、あとは君次第なんだ」

マリーゴールド様は私を気にいってくれていましたし、陛下も命の恩人と私を見てくれているのでしょう。

「私としても命の恩人である君に無理には押し付けたくなくて、こういう形で話をさせてもらっている。もし君がこの話を受け入れてくれるなら、私は君を正妻、つまり王太子妃として王家に迎えたいと思う」

ルピナス様のような方にここまで言っていただけるとなると、意気消沈していた私も胸にこみあげてくるものがあります。
先ほどの謁見の間でこの話をしなかったのは、あの場で王国からの正式な要請としてしまうと私が受けるしかなくなると判断してくれたからのようです。
もちろんこの状態でも断りにくいですが、ルピナス様は私に一応の選択権をくれたようです。

私は目を閉じました。
結局のところ、お父様のことやマトリカリアのことなど言い訳に過ぎないのです。

私が気がかりなのは、私を拾ってくれたあの人のことだけ。
その人はとても優しい人です。そして失った奥さんのために一人の道を選んでいる不器用な人。
彼の心を私に向かせて寄り添って生きていれば、私は静かに幸せに暮らしていけると思っています。

ライラックさんは私のことなんて何とも思っていないと思いますけど。

一方で目の前の優しい王子様も、私を気遣ってここまで連れてきてくれた恩人です。
ルピナス様と出会う偶然がなければ、私はあの村でいつ来るともわからないお父様の手に怯えながら暮らしていたことでしょう。

私が彼と彼の父親の命を救ったということを差し引いても、私としては過分な厚意をいただいています。
そして彼の立場なら私なんてどうとでもできるのに、真摯に私と向き合ってくれているのです。

私はどうするべきか決断しなくてはいけません。
引き延ばして様子を見るなどというのはルピナス様に失礼というものです。

私は目を開けて、ルピナス様に答えました。

「ルピナス様の申し出をありがたくお受けします」
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