28 / 39
28
しおりを挟む
朝にはすっかり回復していたので、サージェント様と一緒に朝食をいただきました。
サージェント様から国王陛下が思ったより衰弱していて、回復するまでもう少し時間がかかりそうだと言われました。
私がきちんと治せていたのか不安そうにすると、体力が低下しているだけで数日もあれば公務に復帰できるとお医者様も言っているらしく、使用人と一緒になってマリーゴールド様が嬉々としてお世話しているということでした。
しばらく時間があるようなので、今日はライラックさんと一緒に彼の家にお邪魔することになりました。
ハイペリカム侯爵家のお屋敷は、王都の中でもお城や貴族街がある中央区画にあって、そこから西の方に行くと商家等の裕福な庶民の住宅街があり、ライラックさんの家はそこにありました。
名誉貴族なのになぜ貴族街に住んでいないのか聞いたら、貴族達は首輪を着けたいだけで仲間として認めているわけではないから、そんなところに住んでも良いことなど一つもないと、へそ曲がりなことを言っていました。
最初に屋敷と聞いたような気がするのですが、それほど大きな家ではなく、家族だけで住むには少し広いかなという感じで、貴族の邸宅といえばマトリカリア伯爵家の屋敷と最近泊めてもらったハイペリカム侯爵家の屋敷しか知らない私には随分と小さく感じました。
「王都とはいえ東側にある私の育った庶民の家や集合住宅は村の診療所と対して変わらない建屋で、これでもそれに比べたら随分と贅沢な建物なんだ」
考えていたことが顔に出ていたのか、ライラックさんがそんなことを教えてくれました。
これ以上表情が変わらないように手を頬に当てているとライラックさんはため息をついていました。
ライラックさんが事前に連絡をしていたのか、中ではライラックさんの亡くなった奥さん、アイリスさんの弟さんと思われる若い男性と同年代くらいの女性が私たちを出迎えてくれました。
以前にライラックさんは家の管理を義弟夫婦に頼んでいると言っていました。
「わざわざ店を閉めてくれたのか?それは悪いことをしたな」
「義兄さんが帰って来るのに店なんて開けている場合じゃないよ。カラード様も後から来るからちゃんと会っておいてね。義兄さんが黙って居なくなってからあの人の質問攻めが本当に大変だったんだから」
しきりに問い詰めてくるカラードさんの姿が目に浮かぶようでした。
私が横で頷いていると、一緒に出迎えてくれた女性が申し訳なさそうな顔をしていました。
「お客様を差し置いて立ち話なんて失礼だわ」
そう言われて、私の方が自己紹介もせずに突っ立っていたことを思い出しました。
私が慌てて自己紹介をすると、二人も名乗ってくれました。
アイリスさんの弟さんはロータスさんで、女性は奥さんのラジアータさん。
ロータスさんは茶色い髪の人懐っこそうな青年で、ラジアータさんも同じような髪の色で小柄な可愛らしい人です。
ロータスさんはアイリスさんに似ているのでしょうか。気になってアイリスさんの絵でもないかとキョロキョロしてみましたが、見える範囲には絵画など飾られていません。
「何を探しているのか知らないが、庶民は肖像画など飾ったりはしないからな」
ライラックさんが呆れたようにそういいました。この人は人の心を読む魔法でも使うのでしょうか。
畏まってしまった私を見て二人は微笑んでいました。
ロータスさん夫婦は親の代から営んでいる薬草などの調合材料を扱う商店を手伝っているそうです。
姉のアイリスさんは父親譲りでとても目の利く調達屋だったそうで、それで材料を買いに来たライラックさんと親しくなったそうです。
露骨に機嫌が悪くなったライラックさんが睨んでいたので、馴れ初めについてはあまり詳しい話は聞けませんでしたけど。
そうして一通り挨拶が終わると、ロータスさんの案内でライラックさんの調合室を見せてもらうことになりました。
他は掃除が行き届いていますが、ロータスさん達は調合室には出入りしなかったらしく、ドアを開けると湿気たカビの臭いがしていました。
中は随分と埃を被っていて掃除が必要そうです。しっかりした調合台に釜やランプや何に使うのかわからないガラス器具などがたくさん置いてありました。本棚には調合関係の本がずらりと並んでいます。
「カラードの奴があれこれ作れと、金と一緒に無理難題ばかり押し付けてくるものだから、物ばかりどんどん増えてしまった。正直、一度しか使わなかった本や器具が結構あるから、初歩から君に教えるためには少し整理する必要がある」
カラードさんがライラックさんの調合技術は一人で身に付けたものではないと言っていましたが、やっと意味が分かりました。
てっきり大勢で調合を研究した成果の話でもしているのだと思っていたのですが、どうやらカラードさんがパトロンだったという話のようです。
私はロータスさんと一緒に器具を一旦外に運び出して、できる範囲で洗っておくようにライラックさんに言われました。その間にラジアータさんが調合部屋の掃除をしてくれるそうです。
それから、ライラックさんは少し用事があると言って、どこかに行ってしまいました。
ライラックさんがどこに行ったのか器具を運びながらロータスさんに聞くと、アイリスさんの部屋だと教えてくれました。
アイリスさんの部屋は掃除はしているものの彼女が亡くなった時のままになっていて、遺品も全てそこに運ばれているそうです。
「姉さんに会いに行っているという表現はおかしいけど、そんな感じなんだろうな。想いを大切にしてくれていてありがたい話なんだけど、義兄さんもまだ若いんだから自分の幸せを見つけて欲しいって僕達家族は思っているんだ」
ライラックさんの喪失感が埋まる日は来るのだろうかと考えてしまいます。私はライラックさんに拾ってもらってから今まで助けられっぱなしですけど、私は彼の支えにはなっていません。
結局、お昼が過ぎて器具の運び出しが全て終わってもライラックさんは部屋から出てきませんでした。
サージェント様から国王陛下が思ったより衰弱していて、回復するまでもう少し時間がかかりそうだと言われました。
私がきちんと治せていたのか不安そうにすると、体力が低下しているだけで数日もあれば公務に復帰できるとお医者様も言っているらしく、使用人と一緒になってマリーゴールド様が嬉々としてお世話しているということでした。
しばらく時間があるようなので、今日はライラックさんと一緒に彼の家にお邪魔することになりました。
ハイペリカム侯爵家のお屋敷は、王都の中でもお城や貴族街がある中央区画にあって、そこから西の方に行くと商家等の裕福な庶民の住宅街があり、ライラックさんの家はそこにありました。
名誉貴族なのになぜ貴族街に住んでいないのか聞いたら、貴族達は首輪を着けたいだけで仲間として認めているわけではないから、そんなところに住んでも良いことなど一つもないと、へそ曲がりなことを言っていました。
最初に屋敷と聞いたような気がするのですが、それほど大きな家ではなく、家族だけで住むには少し広いかなという感じで、貴族の邸宅といえばマトリカリア伯爵家の屋敷と最近泊めてもらったハイペリカム侯爵家の屋敷しか知らない私には随分と小さく感じました。
「王都とはいえ東側にある私の育った庶民の家や集合住宅は村の診療所と対して変わらない建屋で、これでもそれに比べたら随分と贅沢な建物なんだ」
考えていたことが顔に出ていたのか、ライラックさんがそんなことを教えてくれました。
これ以上表情が変わらないように手を頬に当てているとライラックさんはため息をついていました。
ライラックさんが事前に連絡をしていたのか、中ではライラックさんの亡くなった奥さん、アイリスさんの弟さんと思われる若い男性と同年代くらいの女性が私たちを出迎えてくれました。
以前にライラックさんは家の管理を義弟夫婦に頼んでいると言っていました。
「わざわざ店を閉めてくれたのか?それは悪いことをしたな」
「義兄さんが帰って来るのに店なんて開けている場合じゃないよ。カラード様も後から来るからちゃんと会っておいてね。義兄さんが黙って居なくなってからあの人の質問攻めが本当に大変だったんだから」
しきりに問い詰めてくるカラードさんの姿が目に浮かぶようでした。
私が横で頷いていると、一緒に出迎えてくれた女性が申し訳なさそうな顔をしていました。
「お客様を差し置いて立ち話なんて失礼だわ」
そう言われて、私の方が自己紹介もせずに突っ立っていたことを思い出しました。
私が慌てて自己紹介をすると、二人も名乗ってくれました。
アイリスさんの弟さんはロータスさんで、女性は奥さんのラジアータさん。
ロータスさんは茶色い髪の人懐っこそうな青年で、ラジアータさんも同じような髪の色で小柄な可愛らしい人です。
ロータスさんはアイリスさんに似ているのでしょうか。気になってアイリスさんの絵でもないかとキョロキョロしてみましたが、見える範囲には絵画など飾られていません。
「何を探しているのか知らないが、庶民は肖像画など飾ったりはしないからな」
ライラックさんが呆れたようにそういいました。この人は人の心を読む魔法でも使うのでしょうか。
畏まってしまった私を見て二人は微笑んでいました。
ロータスさん夫婦は親の代から営んでいる薬草などの調合材料を扱う商店を手伝っているそうです。
姉のアイリスさんは父親譲りでとても目の利く調達屋だったそうで、それで材料を買いに来たライラックさんと親しくなったそうです。
露骨に機嫌が悪くなったライラックさんが睨んでいたので、馴れ初めについてはあまり詳しい話は聞けませんでしたけど。
そうして一通り挨拶が終わると、ロータスさんの案内でライラックさんの調合室を見せてもらうことになりました。
他は掃除が行き届いていますが、ロータスさん達は調合室には出入りしなかったらしく、ドアを開けると湿気たカビの臭いがしていました。
中は随分と埃を被っていて掃除が必要そうです。しっかりした調合台に釜やランプや何に使うのかわからないガラス器具などがたくさん置いてありました。本棚には調合関係の本がずらりと並んでいます。
「カラードの奴があれこれ作れと、金と一緒に無理難題ばかり押し付けてくるものだから、物ばかりどんどん増えてしまった。正直、一度しか使わなかった本や器具が結構あるから、初歩から君に教えるためには少し整理する必要がある」
カラードさんがライラックさんの調合技術は一人で身に付けたものではないと言っていましたが、やっと意味が分かりました。
てっきり大勢で調合を研究した成果の話でもしているのだと思っていたのですが、どうやらカラードさんがパトロンだったという話のようです。
私はロータスさんと一緒に器具を一旦外に運び出して、できる範囲で洗っておくようにライラックさんに言われました。その間にラジアータさんが調合部屋の掃除をしてくれるそうです。
それから、ライラックさんは少し用事があると言って、どこかに行ってしまいました。
ライラックさんがどこに行ったのか器具を運びながらロータスさんに聞くと、アイリスさんの部屋だと教えてくれました。
アイリスさんの部屋は掃除はしているものの彼女が亡くなった時のままになっていて、遺品も全てそこに運ばれているそうです。
「姉さんに会いに行っているという表現はおかしいけど、そんな感じなんだろうな。想いを大切にしてくれていてありがたい話なんだけど、義兄さんもまだ若いんだから自分の幸せを見つけて欲しいって僕達家族は思っているんだ」
ライラックさんの喪失感が埋まる日は来るのだろうかと考えてしまいます。私はライラックさんに拾ってもらってから今まで助けられっぱなしですけど、私は彼の支えにはなっていません。
結局、お昼が過ぎて器具の運び出しが全て終わってもライラックさんは部屋から出てきませんでした。
17
お気に入りに追加
3,666
あなたにおすすめの小説

【完結】「俺は2番目に好きな女と結婚するんだ」と言っていた婚約者と婚約破棄したいだけだったのに、なぜか聖女になってしまいました
As-me.com
恋愛
完結しました。
とある日、偶然にも婚約者が「俺は2番目に好きな女と結婚するんだ」とお友達に楽しそうに宣言するのを聞いてしまいました。
例え2番目でもちゃんと愛しているから結婚にはなんの問題も無いとおっしゃっていますが……そんな婚約者様がとんでもない問題児だと発覚します。
なんてことでしょう。愛も無い、信頼も無い、領地にメリットも無い。そんな無い無い尽くしの婚約者様と結婚しても幸せになれる気がしません。
ねぇ、婚約者様。私はあなたと結婚なんてしたくありませんわ。絶対婚約破棄しますから!
あなたはあなたで、1番好きな人と結婚してくださいな。
※この作品は『「俺は2番目に好きな女と結婚するんだ」と婚約者が言っていたので、1番好きな女性と結婚させてあげることにしました。 』を書き直しています。内容はほぼ一緒ですが、細かい設定や登場人物の性格などを書き直す予定です。

やんちゃな公爵令嬢の駆け引き~不倫現場を目撃して~
岡暁舟
恋愛
名門公爵家の出身トスカーナと婚約することになった令嬢のエリザベート・キンダリーは、ある日トスカーナの不倫現場を目撃してしまう。怒り狂ったキンダリーはトスカーナに復讐をする?

二度目の召喚なんて、聞いてません!
みん
恋愛
私─神咲志乃は4年前の夏、たまたま学校の図書室に居た3人と共に異世界へと召喚されてしまった。
その異世界で淡い恋をした。それでも、志乃は義務を果たすと居残ると言う他の3人とは別れ、1人日本へと還った。
それから4年が経ったある日。何故かまた、異世界へと召喚されてしまう。「何で!?」
❋相変わらずのゆるふわ設定と、メンタルは豆腐並みなので、軽い気持ちで読んでいただけると助かります。
❋気を付けてはいますが、誤字が多いかもしれません。
❋他視点の話があります。

【完結】次期聖女として育てられてきましたが、異父妹の出現で全てが終わりました。史上最高の聖女を追放した代償は高くつきます!
林 真帆
恋愛
マリアは聖女の血を受け継ぐ家系に生まれ、次期聖女として大切に育てられてきた。
マリア自身も、自分が聖女になり、全てを国と民に捧げるものと信じて疑わなかった。
そんなマリアの前に、異父妹のカタリナが突然現れる。
そして、カタリナが現れたことで、マリアの生活は一変する。
どうやら現聖女である母親のエリザベートが、マリアを追い出し、カタリナを次期聖女にしようと企んでいるようで……。
2022.6.22 第一章完結しました。
2022.7.5 第二章完結しました。
第一章は、主人公が理不尽な目に遭い、追放されるまでのお話です。
第二章は、主人公が国を追放された後の生活。まだまだ不幸は続きます。
第三章から徐々に主人公が報われる展開となる予定です。

婚約破棄の上に家を追放された直後に聖女としての力に目覚めました。
三葉 空
恋愛
ユリナはバラノン伯爵家の長女であり、公爵子息のブリックス・オメルダと婚約していた。しかし、ブリックスは身勝手な理由で彼女に婚約破棄を言い渡す。さらに、元から妹ばかり可愛がっていた両親にも愛想を尽かされ、家から追放されてしまう。ユリナは全てを失いショックを受けるが、直後に聖女としての力に目覚める。そして、神殿の神職たちだけでなく、王家からも丁重に扱われる。さらに、お祈りをするだけでたんまりと給料をもらえるチート職業、それが聖女。さらに、イケメン王子のレオルドに見初められて求愛を受ける。どん底から一転、一気に幸せを掴み取った。その事実を知った元婚約者と元家族は……

聖女召喚に巻き込まれた挙句、ハズレの方と蔑まれていた私が隣国の過保護な王子に溺愛されている件
バナナマヨネーズ
恋愛
聖女召喚に巻き込まれた志乃は、召喚に巻き込まれたハズレの方と言われ、酷い扱いを受けることになる。
そんな中、隣国の第三王子であるジークリンデが志乃を保護することに。
志乃を保護したジークリンデは、地面が泥濘んでいると言っては、志乃を抱き上げ、用意した食事が熱ければ火傷をしないようにと息を吹きかけて冷ましてくれるほど過保護だった。
そんな過保護すぎるジークリンデの行動に志乃は戸惑うばかり。
「私は子供じゃないからそんなことしなくてもいいから!」
「いや、シノはこんなに小さいじゃないか。だから、俺は君を命を懸けて守るから」
「お…重い……」
「ん?ああ、ごめんな。その荷物は俺が持とう」
「これくらい大丈夫だし、重いってそういうことじゃ……。はぁ……」
過保護にされたくない志乃と過保護にしたいジークリンデ。
二人は共に過ごすうちに知ることになる。その人がお互いの運命の人なのだと。
全31話
冤罪で殺された聖女、生まれ変わって自由に生きる
みおな
恋愛
聖女。
女神から選ばれし、世界にたった一人の存在。
本来なら、誰からも尊ばれ大切に扱われる存在である聖女ルディアは、婚約者である王太子から冤罪をかけられ処刑されてしまう。
愛し子の死に、女神はルディアの時間を巻き戻す。
記憶を持ったまま聖女認定の前に戻ったルディアは、聖女にならず自由に生きる道を選択する。

辺境伯聖女は城から追い出される~もう王子もこの国もどうでもいいわ~
サイコちゃん
恋愛
聖女エイリスは結界しか張れないため、辺境伯として国境沿いの城に住んでいた。しかし突如王子がやってきて、ある少女と勝負をしろという。その少女はエイリスとは違い、聖女の資質全てを備えていた。もし負けたら聖女の立場と爵位を剥奪すると言うが……あることが切欠で全力を発揮できるようになっていたエイリスはわざと負けることする。そして国は真の聖女を失う――
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる