上 下
15 / 39

15

しおりを挟む
先程のサージェント様の話だと、既にガーベラがマトリカリアの当主として認められているのです。

今更私が生存しているのがわかれば、お父様もアザレア様も血眼になって私を探し出して必ず始末しにくるでしょう。或いはアザレア様の実家のハイドランジア侯爵家が動くかもしれません。

私が黙り込んでしまうと、ルピナス様も私に詰め寄って来ました。

「私達には君の力が必要なんだ。フリージア、もし答えにくければ君が何者でも構わないから、私達と王都に来てもらえないか。賓客として遇することを約束するから」

そんな事をすれば必ずガーベラに遭遇して私の生存は筒抜けになります。
私は思わず後ずさってしまい、後ろにあった椅子に足を取られて尻餅をつきました。

「王都に行けば私はたぶん殺されてしまいます。お願いします、どうか私をこのままにしておいてください」

ルピナス様を見上げてそう言うと、私は人目もはばからず号泣してしまいました。

その場にいる全員が顔を見合わせて困惑しています。
王国の第一王子の要請に対して、こうも取り乱して拒絶するのですから無理もありません。

「困ったな、君が何を心配しているのか全くわからない。命の恩人である君を害するような事は私が絶対にさせないから、良かったら君のことを話してくれないか」

ルピナス様は泣いている子供をあやすようにそう言ってくれますが、貴族がどこでどう繋がっていて、誰が敵で誰が味方だとか全くわからない私には決心がつきません。

実際、サージェント様はお父様からガーベラのことを聞いたと言っていたので、知り合いなのは間違いないのです。

ライラックさんは苦笑いをしています。ライラックさんにも事情を全く話していないので困っていると思います。

「私が君をここに住まわせることは全く構わないが、もはやここまで来ると殿下達が本気で調べれば君の正体はすぐにわかるだろう。君がどんな悩みを抱えているのか私にもわからないが、彼らを信じて話してみたらどうだ」

ライラックさんも私を諭すように言いました。
確かにこのまま私が黙っていたところでフリージアの名前を出して調べられたら、あの人達に私のことが伝わるだけのような気がします。

「わかりました、全てお話しします……」

私は観念して、深呼吸して気持ちを落ち着けました。名前を名乗るだけでここまで緊張したのは生まれて初めてのことです。

「私の名前はフリージア・マトリカリア。先程名前が出たカトレア・マトリカリアの娘です」

改めてそう言うと、先程治癒魔法が使えることがわかり、やっとお母様の娘だと胸を張って言えることを誇らしく思えました。
幼い頃から魔法が使えなかった事で、私は自分の全てのことに自信を喪失していたような気がします。

「ということは、其方はマトリカリアの聖女ではないか。言われてみれば、どことなく母親の面影がある」

サージェント様はお母様の上司に当たるので、良く顔を合わせていたのでしょう。マトリカリアの聖女という呼び方はなんだか照れくさいのでやめていただきたいですが。

「サージェント様、先程マトリカリアの後継者は既に決まったと言っていませんでしたか?マトリカリアの聖女は一人しか生まれないはずですが」

カラードさんは私の家の事情に詳しいようです。そう問われたサージェント様はお父様から事後報告を受けただけらしく困惑しています。詳細を知るはずもないので私が説明しました。

お母様の死後にお父様がハイドランジアから後妻を迎えていたこと、娘のガーベラはその後妻との間に授かっていた不義の子であること、ガーベラにマトリカリアを相続させるために彼等が私にしたことを包み隠さず全て話しました。

「それで逃げてたどり着いたこの村でライラック様のお世話になりました。この半年間は自由にありのままの私でいることができ、ライラック様にはいくら感謝してもしきれません。許されるならこのまま私をここでそっとしておいて欲しいのです」

「そうか、あの日君が村の近くで倒れていたのは、そんな事情だったのか。とても辛い思いをしたのだな。私で力になれて本当に良かったと思う」

ライラックさんに優しい言葉をかけられて、話している時には我慢していた涙が再び溢れてきました。ちょっと泣き過ぎだと自分でも思います。

「ちょっと待って。マトリカリアの聖女には聖痕があるはずだ。君が本物なら見せて欲しいのだが」

カラードさんは本当にマトリカリアの事に詳しいです。マトリカリアに関して伝わる文献でもあるのでしたら、読んでみたい気がします。しかし、疑われたところで、こんな場所で大勢の男性相手に胸元を晒すわけにはいきません。

「お母様と同じように聖痕はありますが、ここで皆さんにお見せできる位置ではありませんのでご容赦ください。どうしても信じられないと言うなら、あちらの陰でカラードさんだけにお見せしてもいいですけど」

「……いや、あるならいいんだ。先程の治癒魔法で疑いようもない事実とは思う。すまない、興味本位で変なことを聞いた」

カラードさんは申し訳なさそうにそう言ってくれました。私は内心、本当に見せる羽目にならなくて安心しました。ルピナス様が言う通り、カラードさんは雰囲気とは違って真摯な方のようです。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

妹に裏切られた聖女は娼館で競りにかけられてハーレムに迎えられる~あれ? ハーレムの主人って妹が執心してた相手じゃね?~

サイコちゃん
恋愛
妹に裏切られたアナベルは聖女として娼館で競りにかけられていた。聖女に恨みがある男達は殺気立った様子で競り続ける。そんな中、謎の美青年が驚くべき値段でアナベルを身請けした。彼はアナベルをハーレムへ迎えると言い、船に乗せて隣国へと運んだ。そこで出会ったのは妹が執心してた隣国の王子――彼がこのハーレムの主人だったのだ。外交と称して、隣国の王子を落とそうとやってきた妹は彼の寵姫となった姉を見て、気も狂わんばかりに怒り散らす……それを見詰める王子の目に軽蔑の色が浮かんでいることに気付かぬまま――

婚約破棄された私は、処刑台へ送られるそうです

秋月乃衣
恋愛
ある日システィーナは婚約者であるイデオンの王子クロードから、王宮敷地内に存在する聖堂へと呼び出される。 そこで聖女への非道な行いを咎められ、婚約破棄を言い渡された挙句投獄されることとなる。 いわれの無い罪を否定する機会すら与えられず、寒く冷たい牢の中で断頭台に登るその時を待つシスティーナだったが── 他サイト様でも掲載しております。

【完結】婚約破棄された悪役令嬢は、元婚約者と略奪聖女をお似合いだと応援する事にした

藍生蕗
恋愛
公爵令嬢のリリーシアは王太子の婚約者の立場を危ぶまれていた。 というのも国の伝承の聖女の出現による。 伝説の生物ユニコーンを従えた彼女は王宮に召し上げられ、国宝の扱いを受けるようになる。 やがて近くなる王太子との距離を次第に周囲は応援しだした。 けれど幼い頃から未来の王妃として育てられたリリーシアは今の状況を受け入れられず、どんどん立場を悪くする。 そして、もしユニコーンに受け入れられれば、自分も聖女になれるかもしれないとリリーシアは思い立つ。けれど待っていたのは婚約者からの断罪と投獄の指示だった。 ……どうして私がこんな目に? 国の為の今迄の努力を軽く見られた挙句の一方的な断罪劇に、リリーシアはようやく婚約者を身限って── ※ 本編は4万字くらいです ※ 暴力的な表現が含まれますので、苦手な方はご注意下さい

【完結】聖女を害した公爵令嬢の私は国外追放をされ宿屋で住み込み女中をしております。え、偽聖女だった? ごめんなさい知りません。

藍生蕗
恋愛
 かれこれ五年ほど前、公爵令嬢だった私───オリランダは、王太子の婚約者と実家の娘の立場の両方を聖女であるメイルティン様に奪われた事を許せずに、彼女を害してしまいました。しかしそれが王太子と実家から不興を買い、私は国外追放をされてしまいます。  そうして私は自らの罪と向き合い、平民となり宿屋で住み込み女中として過ごしていたのですが……  偽聖女だった? 更にどうして偽聖女の償いを今更私がしなければならないのでしょうか? とりあえず今幸せなので帰って下さい。 ※ 設定は甘めです ※ 他のサイトにも投稿しています

舞台装置は壊れました。

ひづき
恋愛
公爵令嬢は予定通り婚約者から破棄を言い渡された。 婚約者の隣に平民上がりの聖女がいることも予定通り。 『お前は未来の国王と王妃を舞台に押し上げるための装置に過ぎん。それをゆめゆめ忘れるな』 全てはセイレーンの父と王妃の書いた台本の筋書き通り─── ※一部過激な単語や設定があるため、R15(保険)とさせて頂きます 2020/10/30 お気に入り登録者数50超え、ありがとうございます(((o(*゚▽゚*)o))) 2020/11/08 舞台装置は壊れました。の続編に当たる『不確定要素は壊れました。』を公開したので、そちらも宜しくお願いします。

【完結】復讐姫にはなりたくないので全て悪役に押し付けます

桃月とと
恋愛
 預言により未来の聖女としてチヤホヤされてきた伯爵令嬢アリソンは、新たな預言により男爵令嬢デボラにその地位を追われ、婚約者である王太子も奪われ、最後は家族もろとも国外追放となってしまう。ズタボロにされた彼女は全ての裏切り者に復讐を誓った……。  そんな『復讐姫アリソン』という小説の主人公に生まれ変わったことに、物語が始まる直前、運よく頭をぶつけた衝撃で気が付くことができた。 「あっぶねぇー!」  復讐なんてそんな面倒くさいことしたって仕方がない。彼女の望みは、これまで通り何一つ苦労なく暮らすこと。  その為に、とことん手を尽くすことに決めた。  別に聖女にも王妃になりたいわけではない。前世の記憶を取り戻した今、聖女の生活なんてなんの楽しみも見いだせなかった。 「なんで私1人が国の為にあくせく働かなきゃならないのよ! そういうのは心からやりたい人がやった方がいいに決まってる!」  前世の記憶が戻ると同時に彼女の性格も変わり始めていた。  だから彼女は一家を引き連れて、隣国へと移住することに。スムーズに国を出てスムーズに新たな国で安定した生活をするには、どの道ニセ聖女の汚名は邪魔だ。  そのためには悪役デボラ嬢をどうにかコントロールしなければ……。 「聖女も王妃も全部くれてやるわ! ……だからその他付随するものも全て持って行ってね!!!」 「アリソン様……少々やりすぎです……」  そうそう幼馴染の護衛、ギルバートの未来も守らなければ。  作戦は順調に行くというのに、どうも思ったようには進まない。  円満に国外出るため。復讐姫と呼ばれる世界を変えるため。  アリソンの奔走が始まります。

滅びの大聖女は国を滅ぼす

ひよこ1号
恋愛
妹の為に訪れた卒業パーティーで、突然第三王子に婚約破棄される大聖女マヤリス。更には「大聖女を騙る魔女!」と続く断罪。王子の傍らには真の大聖女だという、光魔法の癒しを使える男爵令嬢が。大した事の無い婚約破棄と断罪が、国を滅ぼしてしまうまで。 ※残酷な描写が多少有り(処刑有り)念の為R15です。表現は控えめ。

旦那様、離婚しましょう ~私は冒険者になるのでご心配なくっ~

榎夜
恋愛
私と旦那様は白い結婚だ。体の関係どころか手を繋ぐ事もしたことがない。 ある日突然、旦那の子供を身籠ったという女性に離婚を要求された。 別に構いませんが......じゃあ、冒険者にでもなろうかしら? ー全50話ー

処理中です...