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わたしの帰る場所

242話 これって文明開化の音ですか

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「あのね、創立されたばかりの『エコール・デ・ラベニュー』へ行きたいの」
「えっ」

 キラキラした瞳のカヤお嬢様の口から出てきたのは、トビくんとオレリーちゃんが入学した学校の名前でした。びっくり。庶民的な学校だと思っていたので。カヤお嬢様が目指すようなところだったとは。
 日本で言うところの小中高一貫校、みたいなシステムらしいんです。もちろん、まだそのすべてを経験して卒業した人はいません。現在他校からの転入を受け付けていて、今は全学年の定員が埋まっていない状態だと思います。たぶん。こちらの学校って、日本みたいなランクあるんですかね。まああるでしょうね。これまで学校に通えないでいた子たちの受け皿にもなっているのだから、きっと高くはないと思うのですけれど。いいのかな。

「お父様は、なんておっしゃっているんです?」
「反対は、されなかったわ」

 おっ、ちゃんと対話できたってことですかね。よかった。わたしが「いつから来られるんですか?」とお尋ねしたら「今年十一歳で小学校の最終学年だから、来年入学の試験を受けるつもりよ」とおっしゃいました。おお、わたしが失敗した中学受験だ。がんばってほしい。

「じゃあ、来年度から!」
「ええ。がんばって、お勉強しなきゃ」

 カヤお嬢様の表情がすごく希望に満ちていて、なんだか、すごくうれしかった。
 小学校は五年、中学は四年制だって前に聞きました。トビくんが今、中学の二年生……だから、七年生。オレリーちゃんは小学三年生。カヤお嬢様がいらしたら、あの二人と同じ校舎で過ごすんですね。うわー、エモい。なんかエモいそれ。お掃除おばさんとかで潜入して目撃したい。なので「わたしの友人の、トビくんとオレリーちゃんていう子たちが入校したんですよー。いい子たちなので、きっとカヤお嬢様とも仲良くなれると思います!」と言いました。するとカヤお嬢様、なぜか真っ赤になってうつむいて「うん……うん。そうね、ソノコ様のお友だちにも会いたいわ」と言いつつもじもじしました。ん? 『にも』? わたしがつっこむより早く「僕にも会えるね」と背後から声がありました。

「ん? 美ショタ様なんで?」
「編入したから。十年生に」

 言いながら優雅な所作でわたしの隣りに座ります。わたしは指を折りながら「ななはちきゅうじゅう」と数えました。カヤお嬢様が真っ赤なまま縮こまりました。……あれ?

「……年齢詐称?」
「飛び級だよ。なんで一歳程度で詐称しなきゃならないんだよ」
「おおー、なるほど!」

 さっすがオリヴィエ様の弟君。優秀。……なんか着替えてるな。お風呂入って来たのか。蒸気機関車内じゃ体拭くくらいしかできなかったものね。体臭気にしたのかな。お年ごろね。壁際にいらしたメイドさんが、美ショタ様の分のお茶も用意してくださいました。

「そっかー、今回の募集で転学されたんですねー! なんで教えてくれなかったんですかー?」
「べつに。そのうちバレるだろうし」
「生徒代表、美ショタ様じゃなかったんですね?」
「なんで知ってるんだよ。僕が代表やったら、兄さんが学校を私物化してるって言われるだろ」

 あー、なるほどすぎる。そうだよね、オリヴィエ様が創立者で、生徒代表がその弟ってまずい気がするね。じゃなかったら美ショタ様だったろうなあ。普通にお勉強できそうだもん。
 なんやかんや、三人でお話ししていました。レアさんは夕食まで起きてこられなかったです。はい。

 で、次の日。レテソルの街の中は全面的にお祭り色なわけですが。数日前からスタジアムで、結婚披露宴の前夜祭みたいのをやっていて、開放されているみたいです。当日は中へ入れる人が限られているのでね。レテソルの地元ファピーチームが親善試合みたいのもしたらしいんですけど、タイミングが合いませんでした。観たかった……。
 美ショタ様とレアさんに「行きますかー?」って聞いたんですけど、二人とも「なんでわざわざ人混みへ」という反応でした。そこに祭りがあるからだろ常識的に考えて。しかたがないからカヤお嬢様を誘ってちょっとだけスタジアムへ行ってきました。人混みでした。はい。わりと可及的速やかに出てきました。はい。
 でも、行って収穫はありました。カヤお嬢様からも聞いていたんですけれど、この前の冬季リーグ最終戦で宣言ホームランをしたリュシアン・ポミエ選手……本国のラキルソンセンではなく、アウスリゼ国のレテソルをホームとするチームに所属したようです。今季はめざましい活躍とのことで、正面玄関の柱に、ポミエ選手の大きなポスターが貼られていました。なんかうれしいですね! 国内のリーグ戦でまたお姿を見られるね!

「ほんと、すごい人ですね!」
「わたくしも、さすがにこんなに混み合っているのは初めて見ます!」

 帰り際に、リッカー=ポルカの女性陣が泊まると言っていたホテルへ、伝言をお願いしてきました。ディアモン邸に滞在しているので、そこまで連絡くださいって、メッセンジャー代も添えて。わたしはこれこれの日時だと都合いいですーと。全員来られたのかなあ。会えたらうれしい。
 そして。結婚披露宴の当日です。
 朝からディアモン邸でてんやわんやのお支度でした。わたしたちが主役じゃないっていうのに、メイドさんたちが張り切ってくれちゃって。現場がスタジアムで階段の上り下りも必要になるため、足さばきのいいスカートです。さすがにドレスはね。ちょっとね。レアさんは「ワイドパンツがよかったわあ……」とかつぶやいていましたけど、さすがに空気は読んでいました。さすがに。美ショタ様は従者さんがいらしたので、メイドさんからこねくり回されずに済んだみたいです。はい。そして、二台の自動車に分乗してスタジアムへ。美ショタ様と従者さんとカヤパパ。わたしとレアさんとカヤお嬢様って感じです。
 席は、前にオリヴィエ様と観戦したボックス席みたいなところではなくて、日本で愛ちゃんと観戦したマリスタのフィールドウイングシートみたいなところ。内野一塁側一階席という、選手目線で見渡せる特等席ですね! すごいね、これならクロヴィスとメラニーの様子もしっかり見えそう! いつかここからファピーも観たいものだ。
 スタジアムが、思い思いのおしゃれをした、たくさんの人たちで埋まります。たぶん、メラニーの出身地であるデュリュフレ伯爵領の土地色である紫か、マディア公爵領の黄色をワンポイントで入れている方が多いです。かくいうわたしも黄色のカーディガンにしました。そういえばここで観戦したときもこのカーデ着たな。懐かしいな。
 人々があらかた席に着いたころ、トランペットみたいな管楽器の一声が響きました。ざわついていた会場内が、すっと静まります。そして、一塁側と三塁側のベンチ裏から、鼓笛隊が。

「――え?」

 思わず上がったその声は、だれのものだったでしょうか。わたしも、ほかのみんなも、たぶん会場全体が同じ気持ちでした。
 笑顔で演奏し入場行進をする鼓笛隊は女性たちで……白い、ワイドパンツ姿!!!!! まじかー!!!!!

「……やっちゃった」
「……やっちゃったわねえ」

 つぶやいたわたしの声に、レアさんが賛同してくれました。はい。カヤお嬢様は「えーっ、えーっ⁉️」と混乱の様子で、カヤパパは懐からメガネを取り出してかけて、美ショタ様と従者さんは無の表情でした。はい。
 スタジアム一丸となってドン引いている中でも、鼓笛隊の女性たちは笑顔のまま中央のマウンド辺りまで進みます。心臓強い。そしてそこにセッティングされていた椅子に各々座りました。演奏は続いています。女性たちに気を取られていて気づいていませんでしたが、鼓笛隊の後ろから男性の演奏者たちも隊列を組んでやってきていました。おそろいのワイドパンツです。女性の鼓笛隊たちを中心に、取り囲むように座って行きます。
 指揮棒を持った男性が、演壇に上がりました。すっと音楽が一度止み、スタジアム全体の視線が掲げられた指揮棒に集中しました。そして、再び演奏され始めたのは……交響曲っぽいラジオ体操曲! はい! 予想してた!
 鼓笛隊の女性のうち何人かが指揮者の演壇の回りに立ちます。男性も幾人か。あ、そこでやっちゃうんだラジオ体操。うん。うん……。ステキな演奏のお陰でみなさんの動揺がかき消えてすばらしいよ!!!!!
 そして、三塁側外野席のあたりから、真っ白いオープンカーがことさらゆっくりと外壁を沿うように走る姿が見えました。……クロヴィスとメラニーですね! みなさんが自分の席からでも二人の姿をしっかり見えるように、との配慮でしょうか。歓声を上げる人々を見上げつつ、二人は手を振っています。
 クロヴィスは、自分の所属しているマディア軍の黒い制服姿です。たぶん典礼仕様でいつもより勲章的なじゃらじゃら多め。メラニーは、薄紫のシフォンドレスみたいな。黄色はどこにあるのかな。座ってるからわからないや。
 そして、ゆっくりと一周をし終えて。自動車は楽団がいる中央へ向かいました。運転手さんが先に降りて、クロヴィスの側のドアを明けました。すっと降りて来たクロヴィスは、幸せそうな笑顔でメラニー側へ回り、ドアを開けました。互いに手を取り、にこってして。
 手を引かれメラニーが自動車を降ります。あっ、黄色あった! 下地かな? オーバースカートみたいな感じで、黄色のシフォン生地の上に薄紫のシフォンを重ねているのかも。かわいいかわいい!
 わたしが熱心に見ているのが伝わったのでしょうか。メラニーがふっとこちらを見て、目が合いました。ちょっとうれしそうに笑って。わたしもうれしくなって。
 わたしたちの側に向いてくれました。レアさんが「あらー」とおっしゃいました。わたしも思わず「あらー」と言いました。
 下地の黄色いシフォン、たぶんワイドパンツだね!!!!!
 カヤお嬢様が「えーっ、えーっ⁉️」と言っています。カヤパパがメガネの上から双眼鏡を使い始めました。美ショタ様と従者さんは無です。空気に同化しています。レアさんが「なんだあ、遠慮することなかったわねえ! あたしもワイドパンツで来ればよかったわあ!」とおっしゃいました。いやいやいやいや。
 ちなみに、その日のスタジアムのグッズ売店には、白いワイドパンツが男女共用サイズで並んだそうです。売り切れたそうな。
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