【完結】喪女は、不幸系推しの笑顔が見たい ~よって、幸せシナリオに改変します! ※ただし、所持金はゼロで身分証なしスタートとする。~

つこさん。

文字の大きさ
上 下
216 / 247
グラス侯爵領編

216話 すみません、なんかすんません

しおりを挟む
 オリヴィエ様からの「あーん」攻撃がわたしの昇天by羞恥心のしきい値を軽く上回って来世で命名されそうになっていたころ、オリヴィエ様のお父様であらせられるドナシアン様が笑いを堪えたような表情でわたしへとおっしゃいました。

「――あなたを、正式にオリヴィエの婚約者として扱いたい、ミタ嬢。あなたさえよければ」

 白に近いブロンドで美ショタ様と同じ蒼い瞳のドナシアン様は、とっても渋いステキおじさまです。お声がちょっとオリヴィエ様に似ているの。かっこいい。よかったらそのお声で息子さんを諫めるとかしてほしい。わたしの次の人生が始まってしまう。
 本来ならば言われたことに動揺とかなにかしら反応すべきだったんでしょうけれど、なにせ今ここにないわたしの魂はオリヴィエ様から給餌されるままになっていました。そしてそのオリヴィエ様がささやくように「――だ、そうだよ。ソノコ?」とおっしゃったため、我に返って「ハイヨロコンデー!!!」と言いました。はい。

「ハイヨ=ロコン・デーとは」
「『とてもうれしい、よろしくお願いいたします』という意味です」

 ドナシアン様の言葉にオリヴィエ様がテキトーに適当なことをおっしゃいました。食事が下げられて食後酒が配られます。わたしへはオレンジジュースでした。そして各人のところにグラスが回ったときに、もう一度ドナシアン様がわたしへと目を向けておっしゃいました。

「――グラス領の明日の朝刊に、ブリアックの訃報を掲載した」

 その言葉に、ぐん、と自分が帰って来ました。おかえりわたし。オリヴィエ様から聞いて察していたとはいえ、はっきりと示されたその言葉は、わたしにとって重かった。ブリアックは、いない。この世にもう存在しない。……ショックで。特別思い入れがあったわけではないし、なんならオリヴィエ様と敵対関係だったキャラとして、あんまり印象は良くない。でも、事実を直視したときに、人がいなくなるということを思って涙が出ました。あわてて拭きました。

「――密葬により送ったとし、特別な式は設けない。だが弔問に訪れる者は多くあるだろう。その際、あなたにはオリヴィエの傍らに立ってほしい」
「……はい」

 返事をした自分のその声が、どこか違うところから出ているみたいに重々しく聞こえました。オレンジジュースの味がわかりませんでした。
 解散後に、オリヴィエ様がわたしの部屋へと送ってくださろうとしたときに、お母様のブランディーヌ様が「……ねえ。ちょっとだけ、わたくしの部屋にいらっしゃらない? ソノコさん」とおっしゃいました。わたしはなぜかその誘いを断ってはいけないという気持ちになって、すぐさまうなずきました。
 暖色系の調度品がそろった、どこかかわいらしい雰囲気もあるお部屋でした。控えていらしたのはご高齢の侍女さんで、にっこりとわたしをご覧になって「バベットと申します。よろしくお願いいたします」とあいさつしてくださいました。

「――ねえ、バベット。あれはどこへやったかしら」
「しまってありますよ。取ってきましょうね」

 あれ、で通じるんですね。さすがプロ。さすプロ。小さいテーブルとソファがあって、わたしたちは対面で座りました。お茶のお湯が沸く数分の間で、バベットさんが戻って来られます。手には分厚くて古い本。ブランディーヌ様は受け取って、それをテーブルの上に載せました。

「……写真帳よ。あなたにも、見てもらいたくて」
「えっ⁉」

 ――なんという貴重な一次資料!!!!! どうしよう、合法的にショタオリヴィエ様のお姿を見られる⁉ 前のめりになってブランディーヌ様がそれを開くのを見守りました。最初のページから。
 座っているブランディーヌ様と、その椅子に寄り添うように立っているドナシアン様。もちろんモノクロ。お二人とも若い。とても若い。ご結婚されたばかりのころかな。
 次のページは見開き。そのページを、わたしの方へ向けるようにして見せてくださいました。ブランディーヌ様と、ドナシアン様と……赤ちゃん。
 赤ちゃんがちょっと大きくなって、お座りしてひとりで写っている写真。立って椅子につかまっている写真。さらに大きくなって、蝶ネクタイをして真顔で写っている写真。そして、赤ちゃんが増えて。
 バベットさんがお茶をそっと出してくれました。わたしはそれに手を伸ばすことも難しく感じるくらい、なにも言えない気持ちになりました。ブランディーヌ様が。ブランディーヌ様が、なにもおっしゃらなくて。
 ページをめくると、男の子が赤ちゃんを抱えて椅子に座り、ドヤ顔をしている写真がありました。わたしはなにも言えなくて。ブランディーヌ様はなにも言わなくて。
 どの写真も愛にあふれていました。わたしにそんな資格はないと思いながら、なにも言えなくてわたしは泣きました。だって、ブランディーヌ様が、なにも言わなくて。なにもかもが悲しくて。
 子どもたちはやがてそっくりな顔立ちの少年へと成長しました。背がぐんと伸びたころに、また赤ちゃん。そして、二人の子どもは立派な青年へ。
 バベットさんがハンカチを貸してくださいました。どうしようもなかった鼻水を押さえました。ブランディーヌ様は穏やかな表情で、アルバムをじっとご覧になっていました。
 ――ブリアックがいました。この家には、ブリアックがいました。

「……わたくしはね。悼んではいけないの」

 将校の制服を着たブリアックを見つめながら、ブランディーヌ様がおっしゃいました。わたしはなにも言えない。なにも言えない。

「とってもやんちゃで、手のかかる子だった。でもね、帰省するときには、わたくしの故郷のお茶を買い求めて持ってきてくれるような、気持ちのやさしい子だったのよ」

 過去形で話される言葉が痛くて、わたしは音を立てないように鼻をすすりました。むずかしい。この、バベットさんが淹れてくれたこのお茶は、きっと、その。わたしは手にとって口にしました。美味しい。泣けるくらいに美味しい。

「……あのね。知っていてほしくて。あの子はわすれられてしまうけれど。小さいころは偏食で、苦労したのよ」
「……はい」
「十一歳のときに、二階の窓から転げ落ちたの。大騒ぎになったの。でも本人は怪我ひとつなくて、何もなかったような顔をして」
「……はい」
「何歳になっても兄弟げんかをして。たいていはあの子の方がいけないんだけれど。なんだか最終的にはあの子の言い分が通ってしまうの」
「……はい」
 
 語られる穏やかな声の言葉ひとつひとつが、ブランディーヌ様の心の悲鳴のようで。わたしはどこまでも部外者で、そんな資格はないのに、ずっと泣きながら聞いていました。

「……覚えていて、ほしくて」

 わたしはうなずきました。わたしにできるのは、それだけだ。
 わたしは、だれの涙も見ていない。ブランディーヌ様も、ドナシアン様も、オリヴィエ様も、美ショタ様も。
 もう泣き疲れたのだろうか。涙も尽きることがあるんだろうか。わたしにはなんの思い入れのないはずのアルバムが、ただただ悲しかった。
 ――バイバイ、ブリアック。あなたはとても愛されていた。
 亡くなるとき、彼はそれを思い出しただろうか。

 一夜明けて。顔がパンパンだったので、マチルドさんがめっちゃ冷えたお水を洗面器に入れて持ってきてくれました。しばらくそれに顔をつっこんでぶくぶくしました。
 いちおう、今日から喪に服す期間です。アウスリゼではその期間を哀悼日というんだそうです。こちらでの喪服は黒ではなくて濃い灰色で、それに紺色のなにかを合わせるのが主流みたいです。わたしは朝ごはんの後に急きょ仕立師さんが来てくださって、哀悼の服を何着か作ってもらうことになりました。さすがに領主家に縁のあるわたしが吊しの服ってわけにはいかないみたいです。
 新聞は、見ました。そっと届けられたので。一面広告でした。グラス侯爵家長男であるブリアックが病死した、という、とても簡潔な一文。そしてすでに葬儀は終了していること。グラス侯爵家は哀悼日に入ること。日本の新聞のお悔やみ欄よりも、ずっと情報は少なかったです。
 哀悼日が公示された初日は、だれも訪問してはいけないんだそうです。なので、弔問があるとしたら明日以降かな。わたしはそうしたお客様をお迎えするときに、オリヴィエ様の傍にずっとひっついているように、とまた念を押されました。オリヴィエ様は「私が離さないからだいじょうぶだよ」とおっしゃっていました。叫びたい。
 来ると思われる人の一覧表も見せていただいて、マチルドさんからいろいろ教えてもらいました。そしてなにげなーく「ジゼル・デュビュイさんって、なんかきれいな名前ですね」って言ったんです。
 マチルドさんが「はっ」と鼻で笑いました。なにそれこわい。

「ミタお嬢様が、知る必要のない者でございます」
しおりを挟む
感想 68

あなたにおすすめの小説

【完結】お飾りの妻からの挑戦状

おのまとぺ
恋愛
公爵家から王家へと嫁いできたデイジー・シャトワーズ。待ちに待った旦那様との顔合わせ、王太子セオドア・ハミルトンが放った言葉に立ち会った使用人たちの顔は強張った。 「君はお飾りの妻だ。装飾品として慎ましく生きろ」 しかし、当のデイジーは不躾な挨拶を笑顔で受け止める。二人のドタバタ生活は心配する周囲を巻き込んで、やがて誰も予想しなかった展開へ…… ◇表紙はノーコピーライトガール様より拝借しています ◇全18話で完結予定

(完結)「君を愛することはない」と言われて……

青空一夏
恋愛
ずっと憧れていた方に嫁げることになった私は、夫となった男性から「君を愛することはない」と言われてしまった。それでも、彼に尽くして温かい家庭をつくるように心がければ、きっと愛してくださるはずだろうと思っていたのよ。ところが、彼には好きな方がいて忘れることができないようだったわ。私は彼を諦めて実家に帰ったほうが良いのかしら? この物語は憧れていた男性の妻になったけれど冷たくされたお嬢様を守る戦闘侍女たちの活躍と、お嬢様の恋を描いた作品です。 主人公はお嬢様と3人の侍女かも。ヒーローの存在感増すようにがんばります! という感じで、それぞれの視点もあります。 以前書いたもののリメイク版です。多分、かなりストーリーが変わっていくと思うので、新しい作品としてお読みください。 ※カクヨム。なろうにも時差投稿します。 ※作者独自の世界です。

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

旦那様には愛人がいますが気にしません。

りつ
恋愛
 イレーナの夫には愛人がいた。名はマリアンヌ。子どものように可愛らしい彼女のお腹にはすでに子どもまでいた。けれどイレーナは別に気にしなかった。彼女は子どもが嫌いだったから。 ※表紙は「かんたん表紙メーカー」様で作成しました。

【完結】仰る通り、貴方の子ではありません

ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは 私に似た待望の男児だった。 なのに認められず、 不貞の濡れ衣を着せられ、 追い出されてしまった。 実家からも勘当され 息子と2人で生きていくことにした。 * 作り話です * 暇つぶしにどうぞ * 4万文字未満 * 完結保証付き * 少し大人表現あり

政略より愛を選んだ結婚。~後悔は十年後にやってきた。~

つくも茄子
恋愛
幼い頃からの婚約者であった侯爵令嬢との婚約を解消して、学生時代からの恋人と結婚した王太子殿下。 政略よりも愛を選んだ生活は思っていたのとは違っていた。「お幸せに」と微笑んだ元婚約者。結婚によって去っていた側近達。愛する妻の妃教育がままならない中での出産。世継ぎの王子の誕生を望んだものの産まれたのは王女だった。妻に瓜二つの娘は可愛い。無邪気な娘は欲望のままに動く。断罪の時、全てが明らかになった。王太子の思い描いていた未来は元から無かったものだった。後悔は続く。どこから間違っていたのか。 他サイトにも公開中。

月が隠れるとき

いちい千冬
恋愛
ヒュイス王国のお城で、夜会が始まります。 その最中にどうやら王子様が婚約破棄を宣言するようです。悪役に仕立て上げられると分かっているので帰りますね。 という感じで始まる、婚約破棄話とその顛末。全8話。⇒9話になりました。 小説家になろう様で上げていた「月が隠れるとき」シリーズの短編を加筆修正し、連載っぽく仕立て直したものです。

処理中です...