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グラス侯爵領編

205話 それが、わたしの結論

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「ソノコちゃーーーーん!!!!」
「レヴィせんせーーーーい!!!!」

 懐かしさのあまり姿を見て互いにハグモードで駆け寄ろうとしたところ、わたしより頭ひとつ分大きい赤毛の背中に阻まれました。「はじめまして、レヴィ氏。僕はテオフィル・ボーヴォワール。グラス侯爵家の三男だよ」と、美ショタ様です。はい。お兄ちゃんの名代でわたしについているそうです。はい。迫真の代理役ですね!
 ――帰って、来ましたあああああああああ!!! アウスリゼ!!!
 移送に関する問題とかいろいろコップへ物申したいことはあるんですけど、とりあえず戻って来られました。なんというか、コップはもう少しわたしのこと大事にしてもいいと思います。はい。美ショタ様にお会いしてすぐに直訴してみましたが「……なに言ってんの?」と残念なものを見る目で言われてしまいました。はい。なんか、こう、コップとツーカーかな、とか思ったんですよ。ちょっとだけ。はい。
 王杯によって、内務省のオリヴィエ様の執務室へ落とされて、いろいろありました。はい。……ぎゅってされて、ちゅー……ぎゃあああああああああ!!!! ――いや! いや! あの、はい。とりあえず、リクルートスーツ姿で戻って来たため、その場でこってり怒られました。即座に上着を脱いで脚に巻きつけられて。膝から下を出すのは、特殊なお仕事の女性だけなんですって。そんな気はしました。はい、すみません。
 リシャールもそこにいて。「なんだ、元気じゃないかオリヴィエ。やっぱ休暇はなしに」「ありがとうございます、二週間ほど実家に帰って参ります。ソノコとともに」という早口なやりとりがありました。はい。で、オリヴィエ様は留守にするための準備で忙しくされています。その間、「心配だから」と美ショタ様がわたしに着けられたわけですね!
 帰って来て、三日になります。わたしは今、ルミエラのお家でアシモフたんと二人です。
 アウスリゼで経過した時間は、わたしが過ごした日本での時間と同じでした。丸一カ月。わたしにいろいろあったように、アウスリゼでも、いろいろあったようなんです。覚悟していたこともあったけれど、聞いた直後は受け入れがたく感じるものもありました。
 ……レアさんが、大きな怪我をしてしまって、他の街で療養しています。聞いたことが本当ならば、日本で見た夢の中で、美ショタ様が「犠牲」という言葉を用いたのは当を得ています。……アシモフたんが、レアさんの部屋を覗くのが、さみしくて。わたしも、いっしょに覗いて、レアさんがいない家の広さを実感しています。
 わたしもレアさんもいない間、アシモフたんはミュラさんが預かってくださっていました。わたしが教えても身につかなかったおすわりと待てができるようになっていました。さすがミュラさん。お手の文化がこちらにはないので、それはわたしががんばらねばなりません。がんばります。今のところ手を出してもふんふん匂いを嗅がれるだけですけど。道は遠い。
 そして。次代の王には、リシャールがなることに決定していました。クロヴィスが正式に辞退した形です。和平協議の停戦議定書が無事に届けられ、考えうる最高の形での終戦がなされました。ほっとして、ちょっと泣きました。

「あらあ、美形宰相さんの弟さんねえ! はじめまして、レヴィです。さすがグラス侯爵家、美人ばっかりね! 血は争えないわあ」

 レヴィ先生が美ショタ様と握手した手をぶんぶん上下に振りながらにこにこ言いました。美ショタ様はわかりづらいツンデレムーブで「――当然だろ。兄弟だからね」とおっしゃいました。わたしじゃなきゃ見逃しちゃうね。
 今日はレヴィ先生とお茶します。なんかするようにってオリヴィエ様に言われたんです。それでレヴィ先生がお勤めされている医療関係の施設へおじゃますることになりました。美ショタ様といっしょに。なんで。
 そもそも美ショタ様は学校に通っている生徒さんな気がするんですが、そこらへんどうなっているんでしょう。マディア領にいたときもまるまる学校へは行けてなかったわけで。休学でもされているんでしょうか。なんか聞きづらくて聞けてないんですけど。
 レヴィ先生が招き入れてくださったのは、よく整えられた事務室って感じのレヴィ先生のお部屋。広い。白衣の若い研究者さんが男女とりまぜて数人いらして、香り高いお茶を出してくれました。なんか勝手なイメージでビーカーとかでお湯を沸かすんだと思っていましたが、ちゃんと専用の茶器でした。はい。

「じゃあ、ソノコちゃん。来てもらって早々に申し訳ないけれど。――これまでどうされていたのか、教えてくださる?」

 レヴィ先生は、わたしがルミエラでお世話になった女医さんであるフォーコネ先生の先輩なんだそうです。それで、じつはわたしのことご存じだったんですって。
 医師として、友人として。わたしの状況を把握して、助けになりたいと言ってくださったんです。うれしかったし、レヴィ先生ならなにを言っても受け止めてくれるかなっていう気持ちもあって。それでわたしは、なにから話そうかと考えながら「……故郷の国に、おりました」と伝えました。わたしの隣に座った美ショタ様が、静かにじっと耳を傾けていらっしゃいました。

「……旧友に会って。ずっと会っていなかった、親族にも会って参りました」
「……前に言ってた、お兄さんたち?」
「はい。そして、両親にも」
「あらあ。予想外」

 故郷の国にいたことは予想内だったんでしょうか。わたしはレヴィ先生の質問に答える形で、あったこと、成したこと、それに結んだことと終わらせたことを話しました。お部屋の中は静かで、でもそれは心が騒ぎ立つ静けさではなくて、わたしは足りない言葉はないかと探しながら、起きたこと告げました。
 泣きそうな気持ちがあったけれど。でも、一息ごとに胸の中が整理されていくのがわかりました。
 すっかり話し込んでしまって。ポットのお茶がなくなって、新しいお茶が来たころに、レヴィ先生はわたしを見ながら尋ねて来られました。

「ソノコちゃん。――今、どんな気持ち?」

 深呼吸すると、お茶の甘い香りが鼻腔に広がりました。味はちょっと苦いのに。カップに目を落として、ちょっと天井の隅のあたりを見上げて、それからレヴィ先生を見ました。

「すっきりしました」

 その言葉が、一番あってる。
 わたしのその答えに、レヴィ先生はくしゃっと笑って「そっか」とおっしゃいました。
 帰るとき、レヴィ先生は出してくれたお茶を持たせてくれました。気持ちを安らげる成分があるやつなんですって。ありがとうございます。
 美ショタ様はあいさつをした以降ずっと無言で、オリヴィエ様の専属運転手さんがわたしの家へと送ってくださっている間も、ずっと口を閉ざしていました。

「……寄って行かれます?」
「……アシモフに会う」

 家の前に着けてくださったときに、やっとそのひとこと。運転手さんへは夕方ごろお迎えに来てくださるようお願いしました。
 ひさしぶりの美ショタ様に、アシモフたんのテンションが振り切れました。そろそろ一歳なのでアシモフたんも成犬です。美ショタ様でもちょっと手こずるくらい大きくなった。わたしも昨日ひさしぶりにお散歩したら、むしろわたしがお散歩されている感じになりました。はい。
 美ショタ様がお庭で散々モフったりボール遊びしたりとアシモフたんとじゃれあっているのを、わたしは家の中から窓越しに見ていました。考えないようにしていても、こうして時間ができるとやっぱり考えてしまいます。
 ……サルちゃんと、ブリアックのことを。

「――コ。ソノコ」

 呼びかけられてはっとしました。顔を上げると、美ショタ様がすぐ隣に立っていて、アシモフたんはソファの上でのびのびとしていました。

「……ちょっと。聞いてみたいことあるんだけど」

 美ショタ様が、あんまり唇を動かさずにおっしゃいました。

「はい、なんでしょう?」
「どんな気持ちだったの。家族と別れるとき」

 わたしは、壁際の背の高いチェストを見ました。レテソルから運んで届けてもらっていたコンテナから出して、そこに置いた、三体になってしまった姿。
 わたしも、彼らにそのことを聞いてみたい。きっと、彼らもわたしに同じことを思っているだろうと、ゆっくりと言葉を選んで美ショタ様の質問に答えました。

「……かなしくて。せつなくて。泣けるだけ泣いて。でも……自分の選択に、後悔はないから」

 そして、これからも、後悔はしたくないから。

「――できることは手当り次第、なんでもやりました。その上で、泣きました。とても、悲しかったです」

 美ショタ様はちょっと考えてから「……それで、今はすっきりしてんの」とおっしゃいました。わたしはちょっと笑ってうなずきつつ「でも、考えるとやっぱり、悲しかったり、せつないです」と言いました。

「でも、このせつなさは、ずっと持っておきたいんです」

 ルミエラのお家に戻って来て。自分の部屋に、飾り物が増えました。ぬいヴィエ様と、わんこぬい。前にアベルからもらった小さいガラスのわんこの隣に並べました。
 あちらから移動するときに手を離してしまったキャリーバッグは、わたしのお部屋の隅に置いてありました。わたしより扱いがていねいでした。開けて、ちょっとだけ泣きながら、思い出をそこから出しました。
 美ショタ様は、それ以上なにもおっしゃいませんでした。自動車が迎えに来て、去るときも、なにも。
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