【完結】喪女は、不幸系推しの笑顔が見たい ~よって、幸せシナリオに改変します! ※ただし、所持金はゼロで身分証なしスタートとする。~

つこさん。

文字の大きさ
上 下
197 / 247
『三田園子』という人

197話 年齢のわりにはふさふさしてるなって

しおりを挟む
 勇二兄さんは目を見開いてフリーズしました。ちょっとしてから再起動しました。そして「……園子は、会いたがらないだろうと思っていた」とつぶやきます。

「まあべつに、会いたいわけではないんですけど。これまで会ったことないし。たぶん。なんでしょうね、けじめ?」
「――わかった、いつがいい?」
「なるべく早く」
「わかった」

 そうおっしゃって。すすいだ食器を水切りかごに置いたら、手を拭いてすぐにスマホをかけられました。

「時間外にごめん、加藤さん。社長の明日の予定、教えてくれないか」

 向こう側でだれかがなにか言っています。ちょっと無言が続いて、勇二兄さんが「じゃあ、十五時に面会入れておいてくれ」と言いました。

「俺と――妹の園子が行く」

 えっ、と向こう側の声が聞こえました。たぶん女声。勇二兄さんは「じゃあよろしく」と言って通話を切りました。

「ありがとうございます。助かります」
「問題ない。ただちょっと、仕事の時間をずらさなきゃならないから今日はもう帰るよ。明日、直接社に来られる?」
「はい、行きます。ついたらちーちゃんに声かけます」
「中村さんには俺も言っておく」

 おお、ちーちゃんが覚えられている。きょぬーだからか、そうなのか。よかった、きっとお給料アップ!
 で、さばの味噌煮炒め、けっこう残っちゃいました。それを勇二兄さんが買ってきたジップロックに入れたんですが、「持って帰る」とのこと。なんで。

「――園子が……俺に作ってくれたものだから。……ありがとう」

 ……えっ、じつはよろこんでくれていた? わかりづらいなあ。とりあえず玄関で見送りました。
 次の日。リクルートスーツを着用して、モアイこけしを入れた黒バッグを持って。数件持っていた銀行口座の通帳と印鑑をバッグに入れて。そのうち三軒の銀行口座を解約しました。内二軒から引き留められましたし、理由を根掘り葉掘りされました。「国外に移住するからです」と言ったら、海外赴任する場合の取り決めとかいろいろ言われて、びっくりするくらい時間がかかりました。たくさんって言うほど預金はなかったのに。銀行も今たいへんなのかな。
 で、お昼ごはん食べて。ひと息ついて。いざ、三田本社へ!

「お待ちしておりました」

 受付のお三方が、わたしの姿を見るなりすっと一礼されました。とりあえず「あ、はい、ありがとうございます」と言って、ちーちゃんに「このまえシフォンケーキありがとう。おいしかった、みんなで食べた」と伝えました。そしたらちーちゃんは真っ赤になって、「うん……三田常務からもお礼を言われて……ごめんなさい、なんだか、お口汚しをしてしまって」とめちゃくちゃ恐縮してしまいました。

「すごく、なつかしかった。おかげさまでいい思い出ができたよ。ありがとう、感謝してる」

 わたしがそう言うと、ちーちゃんはちょっと笑ってから「……あのね、園子ちゃん。結婚するって本当?」と聞いてきました。

「うっ……彩花ちゃんから?」
「うん。園子ちゃんと会えたって、連絡来て」
「あの……うん。……まだ、本決まりとかじゃ、ないんだけど」
「おめでとう! ……あの、お祝いとか送っても、迷惑じゃない?」

 もじもじしながら尋ねてきたちーちゃんへ、どう答えたらいいかわからなくて。わたしが「迷惑なんかじゃないよ! でも……」とまごまごしていると、「園子ちゃんはねー、めっちゃ遠くの国へお嫁に行っちゃうの! だからお祝いなら今のうちにしときなー!」と背後から声がありました。

「あ、こんにちは」
「こんにちはー! 行こうかー」

 真くんさんが迎えに来てくれました。右側受付さんからもらった仮パスでピッとして。いっしょにエレベーターへ乗り込みます。他にも待っていらした人いらしたのに、同乗しなかったのはなぜなんだぜ。

「あのさー、園子ちゃん」
「はい、なんでしょう」

 エレベーターの壁に背を預けて腕を組んで。真くんさんがどこかをながめながら言いました。ちょっと怒られること想定して身構えたんですが、「ありがとうね」と言われました。

「――僕、わりと失礼なこと言っちゃった自覚あるんだけど。そういうの気にしないで、さくっと行動してさくっと結果出しちゃうあたりとか、なんかほんと園子ちゃん専務に似てるね」
「そうですか。ぜんぜん似てない気がしていたので、血縁証明できてよかったです」
「まあさぁー、とりあえず。これは僕のけじめとして。――ひどいこと言って、ごめんね?」

 謝られても。なんか謝られるようなこと言われましたっけ? 「ちょっとよくわかんないですけど、わかりました」と言って、その謝罪を受け取りました。真くんさんはちょっとあきれたような顔をしてから、笑いました。

「今日さー、ひさしぶりに、勇二が手弁当で来たの」

 ポン、とエレベーターの基盤から軽快な音が聞こえて、上へ進んでいた箱が止まりました。二十八階。降りながら真くんさんは「でさー、すんごくそわそわしてて。つっこんでほしそうでさー。笑えるから放っておいたんだけど」とドSなことを言います。

「お昼にはさすがに無視できないじゃん? 弁当めずらしいねーって声かけたら、ドヤ顔で『園子が作ってくれたおかずがたくさんあったから』とか言うのよ」
「うっわまじっすか」
「まじまじー。さば味噌炒めをぎっしり弁当箱に詰めて。彩り鮮やかに」
「彩り鮮やかに」
「ちょっとちょうだいって言ったけど、くんなかったー。なんか、ここ数年で一番幸せそうだったわ、あいつ」

 なんか勘弁してほしいかんじで恥ずかしいんですが。はい。真くんさんに食べさせないでくれたのがせめてもの救い。
 連れて行かれたのは役員室のひとつでした。入ったらまず応接室、みたいな。重役だからね、勇二兄さん。奥の部屋へ入ると正面に立派なデスクがあって、勇二兄さんが座って、PCをにらみつつすごいスピードで打鍵していました。

「……来たね」
「はい。おじゃまします」
「じゃあ、行こうか」

 すっと立ち上がって。あ、もう行きますか。真くんさんが「いってらっしゃ~い」とひらひらと手を振ってお見送り。さっきとは真反対の方向にあるエレベーターへ、勇二兄さんについて乗り込みます。
 一階だけ上でした。ちらっと腕時計を確認してから歩き出した兄さんに着いていくと、りっぱな両開きのドアがありました。ためらいなく開けて入る背中を追って、わたしも中へ。

「加藤さん、約束には六分早いが、いいかな」
「はい、少々お待ちください」

 ビル入り口の受付嬢さんブースみたいなカウンターがあって、そこに加藤さんと呼ばれた女性が座っていらっしゃいました。秘書さん席なんですかね。内線電話をかけて「いらっしゃいました」と告げます。

「どうぞ」

 開けてくださった扉を、勇二兄さんに続いてくぐりました。加藤さんにじっと観察されているのがわかりました。中にもうひとつドアがあります。勇二兄さんがノックして、「社長、参りました」と声をかけました。返事が聞こえたような気がします。開けて、入りました。
 中には、やっぱりりっぱなデスクがあって。街中を見下ろせるガラス窓がその背後に続いていました。すてきですね。多少逆光でしたが、勇二兄さんをエイジングしたような男性がそこに立っていました。写真で見たよりちょっとくたびれてる。勇二兄さんが「園子です」と言って、わたしに道を譲るように一歩脇へ反れました。わたしは黒バッグを肩にかけたまま、とりあえず「はじめまして」とあいさつしました。クッションなさそうだし。
 しばらく、義嗣さんは無言でした。わたしの姿を見もしません。とりあえずわたしはわたしの考えていることが実行できれば問題ないので、じっとその様子を見て言いました。

「あの、その頭髪。地毛ですか。カツラですか」

 勇二兄さんがびっくりした顔でわたしを見ました。義嗣さんも似たような表情でこちらを見ました。いやだって。
しおりを挟む
感想 68

あなたにおすすめの小説

【完結】お飾りの妻からの挑戦状

おのまとぺ
恋愛
公爵家から王家へと嫁いできたデイジー・シャトワーズ。待ちに待った旦那様との顔合わせ、王太子セオドア・ハミルトンが放った言葉に立ち会った使用人たちの顔は強張った。 「君はお飾りの妻だ。装飾品として慎ましく生きろ」 しかし、当のデイジーは不躾な挨拶を笑顔で受け止める。二人のドタバタ生活は心配する周囲を巻き込んで、やがて誰も予想しなかった展開へ…… ◇表紙はノーコピーライトガール様より拝借しています ◇全18話で完結予定

(完結)「君を愛することはない」と言われて……

青空一夏
恋愛
ずっと憧れていた方に嫁げることになった私は、夫となった男性から「君を愛することはない」と言われてしまった。それでも、彼に尽くして温かい家庭をつくるように心がければ、きっと愛してくださるはずだろうと思っていたのよ。ところが、彼には好きな方がいて忘れることができないようだったわ。私は彼を諦めて実家に帰ったほうが良いのかしら? この物語は憧れていた男性の妻になったけれど冷たくされたお嬢様を守る戦闘侍女たちの活躍と、お嬢様の恋を描いた作品です。 主人公はお嬢様と3人の侍女かも。ヒーローの存在感増すようにがんばります! という感じで、それぞれの視点もあります。 以前書いたもののリメイク版です。多分、かなりストーリーが変わっていくと思うので、新しい作品としてお読みください。 ※カクヨム。なろうにも時差投稿します。 ※作者独自の世界です。

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

旦那様には愛人がいますが気にしません。

りつ
恋愛
 イレーナの夫には愛人がいた。名はマリアンヌ。子どものように可愛らしい彼女のお腹にはすでに子どもまでいた。けれどイレーナは別に気にしなかった。彼女は子どもが嫌いだったから。 ※表紙は「かんたん表紙メーカー」様で作成しました。

【完結】仰る通り、貴方の子ではありません

ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは 私に似た待望の男児だった。 なのに認められず、 不貞の濡れ衣を着せられ、 追い出されてしまった。 実家からも勘当され 息子と2人で生きていくことにした。 * 作り話です * 暇つぶしにどうぞ * 4万文字未満 * 完結保証付き * 少し大人表現あり

政略より愛を選んだ結婚。~後悔は十年後にやってきた。~

つくも茄子
恋愛
幼い頃からの婚約者であった侯爵令嬢との婚約を解消して、学生時代からの恋人と結婚した王太子殿下。 政略よりも愛を選んだ生活は思っていたのとは違っていた。「お幸せに」と微笑んだ元婚約者。結婚によって去っていた側近達。愛する妻の妃教育がままならない中での出産。世継ぎの王子の誕生を望んだものの産まれたのは王女だった。妻に瓜二つの娘は可愛い。無邪気な娘は欲望のままに動く。断罪の時、全てが明らかになった。王太子の思い描いていた未来は元から無かったものだった。後悔は続く。どこから間違っていたのか。 他サイトにも公開中。

月が隠れるとき

いちい千冬
恋愛
ヒュイス王国のお城で、夜会が始まります。 その最中にどうやら王子様が婚約破棄を宣言するようです。悪役に仕立て上げられると分かっているので帰りますね。 という感じで始まる、婚約破棄話とその顛末。全8話。⇒9話になりました。 小説家になろう様で上げていた「月が隠れるとき」シリーズの短編を加筆修正し、連載っぽく仕立て直したものです。

処理中です...