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『三田園子』という人
186話 あー、すっきりした
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「――勇二さん……あとは……たのみ、ました……」
「――わかった……あいつの骨は、俺が拾う」
「ごめんね⁉ えっ、いや二人ともごめんね⁉」
ムリです。いろいろムリです。推しが。――推しが、しぬ。あ、ムリ。地雷。ムリ。ちょう地雷。覗きたくない深淵。わたしがしぬ。心がしぬ。キングオブムリ。
その事実を知ってしまった以上、もうこの先を観ることはわたしにはできない。あああああああああああああ。
「――ネジくーーーーーーーーーん!!!!」
「えっ⁉ ごめんね⁉ マジでごめんね⁉ だいじょうぶ園子ちゃん⁉ ごめんね⁉」
「いえ……いつか……向き合わなければいけない現実でした」
わたしは、真くんさんに感謝すべきでしょう。美しい彼の思い出だけを胸にし、永遠に輝くその灯火を見ていられるのですから。そう、わたしはみていない。彼が亡くなるところをみていない……! よって、わたしの中で彼は生きている……!
「惨いな、滝沢……」
「ごめんて⁉」
とりあえず視聴を中断して滝沢さんの猛謝罪を受け流していたら一希さんがいらっしゃって、勇二さんはキッチンへスープを温め直しに行かれました。「なにしてんの君たち」と聞かれたので説明したら「それは滝沢くんがわるい」と一刀両断です。はい。
「滝沢、食ったら帰れよ」
「えっ、なんで⁉ ここまできて⁉」
「おまえ関係ないだろ」
「ひっどーい! 僕だって園子ちゃんのこと心配だよォ!」
ありがたいことです。が、勇二さんがおっしゃるとおりまじで関係ないですね。しかし居てくださった方がわたしの味方になってくれそうな気もしたので、「よかったら、いっしょに話を聞いてください」と言いました。真くんさんは「もっちろーん!」と勇二さんへドヤ顔を向けました。はい。
「写真、見たよ。なんでモノクロなの?」
あらかたみんなで食べ終わってから、一希さんがとても真っ当な小並感疑問を口にされました。わたしは「あちらでは、まだカラー写真の技術が発展していなかったんです」と正直に述べました。真くんさんが真顔で「なにその世界線」とつっこまれました。それわたしが知りたい。
「……あのね、園子。これは私の素直な気持ちなんだけれどね」
一希さんは、そう言ってからちょっと考え込むように視線を落として、またわたしをご覧になりました。
「――君は、私なんかよりずっと大人で、しっかりしていて。君が選んだ人であれば、きっと優れた人格者なんだと思う」
「……ありがとうございます。わたしのことはともあれ、オリヴィエ様はおっしゃる通りの方です」
「それにね、加西くんもそうだったけれど。君に惹かれる人は、きっと気持ちの優しい人だ」
そうなんですね。一希さん、わたしより加西くんを理解しているんじゃないでしょうか。いったいどんな面談をしたんだ。そして、ちょっとだけ困ったような笑顔で「――だから、私は君が好きになった人と、君がいっしょになってくれればいいと思う」とおっしゃいました。わたしは「ありがとうございます」と返しました。
「だから、確認したいんだ。――君は、そのモノクロ写真の彼といっしょになれば、幸せになれるかい?」
――やっぱりその質問なんだな、と思いました。今日、幸せについてあらためて問われるのはこれで二回目です。日中に、わたしはなにも臆することなく「幸せです」と答えました。でも一希さんが、そして勇二さんが求めているのは、そんな上っ面の言葉じゃないってことなんでしょう。「幸せの定義、正直わからないです」と、わたしは隠すことなく答えました。
「多くの友人が、わたしのこと想って、幸せを願ってくれました。まるで今のわたしが幸せではないかのように。わたし、そんなに不幸せに見えますか?」
尋ねると、三人は固まりました。その中でいち早く声を発したのは真くんさんで、「いや、見えないね」と言ってくださいました。ありがとうございます。
「わたし、これでも自分なりにせいいっぱい生きて来ました。そして、そりゃしんどいこともたくさんありましたけど、それなりに気楽な生活を送って来ました。でも、それじゃダメってことなんですよね? わたし、もっと違う幸せを得るように求められているんですよね?」
「……ちがうんだ、園子。もし君が不幸せだと決めつけているように聞こえてしまったのなら、謝る。すまなかった」
ちょっと静まり返って。わたしは言葉を探して、そしてオリヴィエ様が真剣にわたしと向き合ってくれた、あのお風呂場でのことを思い出しました。
「――でも、みなさんがわたしに『幸せになってほしい』って言ってくださった気持ち、わからないわけではないんです。わたしも、オリヴィエ様にずっとそう思っていたから。そしてそう伝えました」
頭ぐるぐる巻きのまま、真剣で、少し緊張した表情のオリヴィエ様。わたし、オリヴィエ様に死んでほしくなかった。その後も生きて、笑って、幸せになってほしかった。その気持ちは今も持っていて、本当のことで。
「――わたしがオリヴィエ様へ願っているのと同じ気持ちを、みんながわたしへ向けてくれているんだってわかります。ありがたいです、かたじけないです。わたし、そんなふうに思ってもらえるような、できた人間じゃないから」
「そんなことない。園子は素敵な女性だ」
「ありがとうございます。でもわたし、最低な女ですよ」
わたしは笑いました。わたしが言おうとしていることは、きっと二人の兄を傷つけるから。ちょっとだけ心が痛むような気もしたけれど、こうして向き合ってくれようとしているなら、わたしもそうあるべきだと思うから。本当のことを言おう。
「――わたし、お二人のこと、知らないです。わたしにとって家族って、ずっとじいちゃんとばあちゃんのことでした。オリヴィエ様はわたしに、家族になりたいって言ってくれたんです。架空じゃない、現実の家族に」
たぶん、オリヴィエ様の目に見えているわたしとの将来の形は、そういうものなんだろうと思った。きっと加西くんも、似たようなことを想い描いてくれていたんだと思う。じゃあ、その二人の違いはなにかなって考えたとき、それはわたしにとって明確でした。
「お二人は、どうしてこうやって今になってやってきて、わたしの人生の幸せを問うんですか? これまで、関わりなかったじゃないですか。わたしにとってお二人は、長いこと架空の存在でした」
加西くんは、わたしと家族を作ったら幸せになれると思っていた。
オリヴィエ様は、わたしの家族になろうとしてくれた。それが幸せにつながるかどうかなんて、言及せずに。
わたしの幸せを、かってに決めたりしなかった。
沈黙が落ちました。一希さんも、勇二さんも、口を閉ざしたままなにもおっしゃいませんでした。胸のどこかでくすぶっていた言葉を吐いて、わたしはめちゃくちゃスッキリしました。真くんさんがスープカップを手にとって飲んで、「うめー」とおっしゃいました。
「……園子ちゃんの味方しようと思ってたんだけど。勇二の味方しよーっと」
どこかよくわからないところを見ながら、真くんさんがおっしゃいました。なん、だと……? ぱっとわたしをご覧になって、真くんさんはちょっとだけ真面目そうな表情で言葉を続けました。
「あのねえ、園子ちゃん。昔話だけど。勇二ね、すんごい長い付き合いなのに、僕に誕生日教えてくんなかったの」
ちょっと予想外の方向から話が飛んできました。なんでしょうか。「だからね、日付知ったのは、勇二の秘書になってから。知らないといろいろ不便だからね」とおっしゃいます。わたしは返答に困って「はあ」と相づちを打ちました。
「高二の初めに、勇二が来たから寮の同室になってさ。寮母さんがけっこうアットホームな人で。毎月だれかの誕生日祝いみたいのやってたの。僕もやってもらってた。でさー、こいつ、なんでか免除してもらってたの。祝うの」
「――やめろ、滝沢」
「やだね。今言わないでいつ言うのさ」
勇二さんがつかんで止めようとしたのを、真くんさんはかわして逃げました。スープカップ持ったまま。そして部屋の隅へ行ったので、わたしはその姿を目で追いました。
「最初、なんかそういう宗教やってるヤツかな、と思った。でもさ、どうにも違うんだ。毎年この時期にさ、必ずケーキ買うんだよ」
「やめろよ!」
「しかもシフォンケーキ。一切れだけ」
「滝沢!」
勇二さんも立ち上がって、止めに入りました。真くんさんはスープを飲み干して、カップを押し付けるようにして勇二さんをかわします。わたしはそのやり取りをながめていました。真くんさんは真剣な目で、口元だけほほえんでわたしを見ました。
「……かなりあとになって知ったよ。べろんべろんに酔っぱらったときに聞いたの。そしたらさ、妹がくれたケーキだって言ったの」
「やめろって!」
「妹が、妹の誕生日のケーキを自分で用意して、俺にもくれたんだって」
わたしは、なにも言えなくて。でもちょっと思い出してしまって、天井を見ました。泣かない。ぜったい。真くんさんの方を向けなくて、でも、真くんさんがじっとわたしを見ているのがわかって、わたしは目をしぱしぱして、深呼吸しました。
「――こいつね、ずっとひとりで、毎年祝ってたの」
「バカヤロウ、滝沢!」
「園子ちゃんの誕生日。自分のは、だれにも祝わせないのに」
勇二さんは殴りかかろうとしたのを普通に止められていました。よっわ。ちょっと笑って、その勢いでちょっと涙が出てしまいました。さっと拭って、わたしは「勇二さん」と声をかけました。びくっとして、おそるおそるこちらをご覧になりました。
「――出さない手紙って、届かないんですよ」
わたしの感想はそれでした。わたしは、この一週間の思い出しか、勇二さんにない。一希さんは、それにひとつまみ分くらい多いだけ。勇二さんはなにかを言おうとされました。でもなにもおっしゃいませんでした。一希さんはじっとわたしをご覧になっていて、その表情の意味は読めませんでした。真くんさんが「園子ちゃん、わりとドラーイ」とつぶやきました。
「――お二人が……わたしのことを考えてくれていたのは本当なんでしょう。そのことについては、ありがとうございます。でもわたしが、幸せかそうじゃないか、決めるのはわたしです」
「その通りだね」
一希さんが、はっきりとした声で同意しうなずきました。目が合うと、ちょっとだけ泣きそうな顔でほほえまれました。
「――わかった……あいつの骨は、俺が拾う」
「ごめんね⁉ えっ、いや二人ともごめんね⁉」
ムリです。いろいろムリです。推しが。――推しが、しぬ。あ、ムリ。地雷。ムリ。ちょう地雷。覗きたくない深淵。わたしがしぬ。心がしぬ。キングオブムリ。
その事実を知ってしまった以上、もうこの先を観ることはわたしにはできない。あああああああああああああ。
「――ネジくーーーーーーーーーん!!!!」
「えっ⁉ ごめんね⁉ マジでごめんね⁉ だいじょうぶ園子ちゃん⁉ ごめんね⁉」
「いえ……いつか……向き合わなければいけない現実でした」
わたしは、真くんさんに感謝すべきでしょう。美しい彼の思い出だけを胸にし、永遠に輝くその灯火を見ていられるのですから。そう、わたしはみていない。彼が亡くなるところをみていない……! よって、わたしの中で彼は生きている……!
「惨いな、滝沢……」
「ごめんて⁉」
とりあえず視聴を中断して滝沢さんの猛謝罪を受け流していたら一希さんがいらっしゃって、勇二さんはキッチンへスープを温め直しに行かれました。「なにしてんの君たち」と聞かれたので説明したら「それは滝沢くんがわるい」と一刀両断です。はい。
「滝沢、食ったら帰れよ」
「えっ、なんで⁉ ここまできて⁉」
「おまえ関係ないだろ」
「ひっどーい! 僕だって園子ちゃんのこと心配だよォ!」
ありがたいことです。が、勇二さんがおっしゃるとおりまじで関係ないですね。しかし居てくださった方がわたしの味方になってくれそうな気もしたので、「よかったら、いっしょに話を聞いてください」と言いました。真くんさんは「もっちろーん!」と勇二さんへドヤ顔を向けました。はい。
「写真、見たよ。なんでモノクロなの?」
あらかたみんなで食べ終わってから、一希さんがとても真っ当な小並感疑問を口にされました。わたしは「あちらでは、まだカラー写真の技術が発展していなかったんです」と正直に述べました。真くんさんが真顔で「なにその世界線」とつっこまれました。それわたしが知りたい。
「……あのね、園子。これは私の素直な気持ちなんだけれどね」
一希さんは、そう言ってからちょっと考え込むように視線を落として、またわたしをご覧になりました。
「――君は、私なんかよりずっと大人で、しっかりしていて。君が選んだ人であれば、きっと優れた人格者なんだと思う」
「……ありがとうございます。わたしのことはともあれ、オリヴィエ様はおっしゃる通りの方です」
「それにね、加西くんもそうだったけれど。君に惹かれる人は、きっと気持ちの優しい人だ」
そうなんですね。一希さん、わたしより加西くんを理解しているんじゃないでしょうか。いったいどんな面談をしたんだ。そして、ちょっとだけ困ったような笑顔で「――だから、私は君が好きになった人と、君がいっしょになってくれればいいと思う」とおっしゃいました。わたしは「ありがとうございます」と返しました。
「だから、確認したいんだ。――君は、そのモノクロ写真の彼といっしょになれば、幸せになれるかい?」
――やっぱりその質問なんだな、と思いました。今日、幸せについてあらためて問われるのはこれで二回目です。日中に、わたしはなにも臆することなく「幸せです」と答えました。でも一希さんが、そして勇二さんが求めているのは、そんな上っ面の言葉じゃないってことなんでしょう。「幸せの定義、正直わからないです」と、わたしは隠すことなく答えました。
「多くの友人が、わたしのこと想って、幸せを願ってくれました。まるで今のわたしが幸せではないかのように。わたし、そんなに不幸せに見えますか?」
尋ねると、三人は固まりました。その中でいち早く声を発したのは真くんさんで、「いや、見えないね」と言ってくださいました。ありがとうございます。
「わたし、これでも自分なりにせいいっぱい生きて来ました。そして、そりゃしんどいこともたくさんありましたけど、それなりに気楽な生活を送って来ました。でも、それじゃダメってことなんですよね? わたし、もっと違う幸せを得るように求められているんですよね?」
「……ちがうんだ、園子。もし君が不幸せだと決めつけているように聞こえてしまったのなら、謝る。すまなかった」
ちょっと静まり返って。わたしは言葉を探して、そしてオリヴィエ様が真剣にわたしと向き合ってくれた、あのお風呂場でのことを思い出しました。
「――でも、みなさんがわたしに『幸せになってほしい』って言ってくださった気持ち、わからないわけではないんです。わたしも、オリヴィエ様にずっとそう思っていたから。そしてそう伝えました」
頭ぐるぐる巻きのまま、真剣で、少し緊張した表情のオリヴィエ様。わたし、オリヴィエ様に死んでほしくなかった。その後も生きて、笑って、幸せになってほしかった。その気持ちは今も持っていて、本当のことで。
「――わたしがオリヴィエ様へ願っているのと同じ気持ちを、みんながわたしへ向けてくれているんだってわかります。ありがたいです、かたじけないです。わたし、そんなふうに思ってもらえるような、できた人間じゃないから」
「そんなことない。園子は素敵な女性だ」
「ありがとうございます。でもわたし、最低な女ですよ」
わたしは笑いました。わたしが言おうとしていることは、きっと二人の兄を傷つけるから。ちょっとだけ心が痛むような気もしたけれど、こうして向き合ってくれようとしているなら、わたしもそうあるべきだと思うから。本当のことを言おう。
「――わたし、お二人のこと、知らないです。わたしにとって家族って、ずっとじいちゃんとばあちゃんのことでした。オリヴィエ様はわたしに、家族になりたいって言ってくれたんです。架空じゃない、現実の家族に」
たぶん、オリヴィエ様の目に見えているわたしとの将来の形は、そういうものなんだろうと思った。きっと加西くんも、似たようなことを想い描いてくれていたんだと思う。じゃあ、その二人の違いはなにかなって考えたとき、それはわたしにとって明確でした。
「お二人は、どうしてこうやって今になってやってきて、わたしの人生の幸せを問うんですか? これまで、関わりなかったじゃないですか。わたしにとってお二人は、長いこと架空の存在でした」
加西くんは、わたしと家族を作ったら幸せになれると思っていた。
オリヴィエ様は、わたしの家族になろうとしてくれた。それが幸せにつながるかどうかなんて、言及せずに。
わたしの幸せを、かってに決めたりしなかった。
沈黙が落ちました。一希さんも、勇二さんも、口を閉ざしたままなにもおっしゃいませんでした。胸のどこかでくすぶっていた言葉を吐いて、わたしはめちゃくちゃスッキリしました。真くんさんがスープカップを手にとって飲んで、「うめー」とおっしゃいました。
「……園子ちゃんの味方しようと思ってたんだけど。勇二の味方しよーっと」
どこかよくわからないところを見ながら、真くんさんがおっしゃいました。なん、だと……? ぱっとわたしをご覧になって、真くんさんはちょっとだけ真面目そうな表情で言葉を続けました。
「あのねえ、園子ちゃん。昔話だけど。勇二ね、すんごい長い付き合いなのに、僕に誕生日教えてくんなかったの」
ちょっと予想外の方向から話が飛んできました。なんでしょうか。「だからね、日付知ったのは、勇二の秘書になってから。知らないといろいろ不便だからね」とおっしゃいます。わたしは返答に困って「はあ」と相づちを打ちました。
「高二の初めに、勇二が来たから寮の同室になってさ。寮母さんがけっこうアットホームな人で。毎月だれかの誕生日祝いみたいのやってたの。僕もやってもらってた。でさー、こいつ、なんでか免除してもらってたの。祝うの」
「――やめろ、滝沢」
「やだね。今言わないでいつ言うのさ」
勇二さんがつかんで止めようとしたのを、真くんさんはかわして逃げました。スープカップ持ったまま。そして部屋の隅へ行ったので、わたしはその姿を目で追いました。
「最初、なんかそういう宗教やってるヤツかな、と思った。でもさ、どうにも違うんだ。毎年この時期にさ、必ずケーキ買うんだよ」
「やめろよ!」
「しかもシフォンケーキ。一切れだけ」
「滝沢!」
勇二さんも立ち上がって、止めに入りました。真くんさんはスープを飲み干して、カップを押し付けるようにして勇二さんをかわします。わたしはそのやり取りをながめていました。真くんさんは真剣な目で、口元だけほほえんでわたしを見ました。
「……かなりあとになって知ったよ。べろんべろんに酔っぱらったときに聞いたの。そしたらさ、妹がくれたケーキだって言ったの」
「やめろって!」
「妹が、妹の誕生日のケーキを自分で用意して、俺にもくれたんだって」
わたしは、なにも言えなくて。でもちょっと思い出してしまって、天井を見ました。泣かない。ぜったい。真くんさんの方を向けなくて、でも、真くんさんがじっとわたしを見ているのがわかって、わたしは目をしぱしぱして、深呼吸しました。
「――こいつね、ずっとひとりで、毎年祝ってたの」
「バカヤロウ、滝沢!」
「園子ちゃんの誕生日。自分のは、だれにも祝わせないのに」
勇二さんは殴りかかろうとしたのを普通に止められていました。よっわ。ちょっと笑って、その勢いでちょっと涙が出てしまいました。さっと拭って、わたしは「勇二さん」と声をかけました。びくっとして、おそるおそるこちらをご覧になりました。
「――出さない手紙って、届かないんですよ」
わたしの感想はそれでした。わたしは、この一週間の思い出しか、勇二さんにない。一希さんは、それにひとつまみ分くらい多いだけ。勇二さんはなにかを言おうとされました。でもなにもおっしゃいませんでした。一希さんはじっとわたしをご覧になっていて、その表情の意味は読めませんでした。真くんさんが「園子ちゃん、わりとドラーイ」とつぶやきました。
「――お二人が……わたしのことを考えてくれていたのは本当なんでしょう。そのことについては、ありがとうございます。でもわたしが、幸せかそうじゃないか、決めるのはわたしです」
「その通りだね」
一希さんが、はっきりとした声で同意しうなずきました。目が合うと、ちょっとだけ泣きそうな顔でほほえまれました。
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