上 下
178 / 247
『三田園子』という人

178話 ……ささみはあげてもだいじょうぶだよね?

しおりを挟む
「ぎゃああああああああああああああああああああああああ!!!!」
「すげえええええええ!」

 はい! わたしは今! 愛ちゃんといっしょに! あこがれのマリスタで! 中村奨吾選手の八回裏特大アーチを見上げています!!!! ぎゃあああああああああ!!!! 取った人おめでとおおおおおおおおおおおお!!!!
 はい。満員御礼だそうです。どうしてこうなった。はい。いろいろありまして。あのですね、今まさにわたしの荷物、すべて勇二さんが手配してくださった業者さんが例のマンションへ運んでくださっています。はい。午前中にトラックが来て、荷物が積み込まれるのを確認して。箱詰めとかは触られたくないものだけ自分でやっちゃって、あとはぜんぶおまかせコースです。それでなのか、室内での作業は女性スタッフさんがやってくれました。気遣いサービスすごい。
 はい。で、なんで野球観戦かというとですね。大家さんの娘さんが「あの、おとんが前にマリーンズファンて聞いたって言ってたんですけど……チケあるんですが、よかったら……」と連絡いただきまして。そんなちょうどよくチケットあるわけないだろうし、どうにか都合してくれたんじゃないかな。すんごいいい席なの。内野一塁側一階席。ちょう近い。その名もフィールドウイングシート! すごい! VIP感! ……とか言ってたらぎゃあああああああああ!!!!

「すっごおおおおおおおおおい!!!!」

 二者連続ホーーーーーーームラン!!!! 岡選手きたああああああ!!!!

「まじで今日の試合おもしろいな!」

 愛ちゃんがエビスビールのお姉さんに合図を送りながら言いました。たぶんそれ六杯目だけどだいじょうぶなの。

「やっぱスズケン! スズケンから得点できたところでもう幸先よかった! 角中グッジョブ!」
「スズケンさんってだれ?」
「ハムの先発だよ。下手投げの」
「あー、すっごいかっこよかったね!」
「あー? どっち応援してんだ?」
「もちろんマリーンズだよ!」

 一回の裏。下手投げのスズケンさんを見ていて、ティミー・ロージェル選手を思い出してしまいました。アウスリゼの友好国ラキルソンセンのチームの、オリヴィエ様そっくりな黒髪のエース投手。
 試合を見ていても、あっ、そういえば四アウト制じゃなかったとか、七回で終わらなくていっしゅんなんで? と思ったり。ファピーを観ている感覚になってしまって。どうしても、アウスリゼの記憶がちらついてしまって。
 試合は接戦になりました。最後の最後までどちらが勝つかわからなかった。すっごいハラハラ。九回表、益田投手がセーブしゲームセット。愛ちゃんがビールを煽りつつ「まりほー」と言いました。ヒーローインタビュー、中村奨吾選手も澤村拓一投手もちょっとだけ塩対応だったのがおもしろかったです。はい。

「なんかさ、乗れてなかったじゃん」

 人がはけて行くのを待って出口へと向かうと、歩きながら愛ちゃんがそう言いました。わたしは「そんなこと、ないけど」と返します。初めてのマリスタで、しかもめちゃくちゃいいゲームで。たのしかったです。ただどうしても、心にかかっている事柄が、見え隠れしただけで。
 海浜幕張駅まで歩きました。マリスタからの帰宅民がぞろぞろと同じ方へ向かっています。今日は昨日と打って変わって暑くて、ざわざわした喧騒とまだ高い陽が、のぼせたような気持ちにさせてきました。愛ちゃんは、それ以上なにも言わなくて、わたしもなにも言えなくて、二人で人波に流されて列車に乗り込みました。
 八丁堀で降りました。勇二さんのマンションの最寄り駅がそこなので。そこで勇二さんに連絡をし「今八丁堀です」と伝えました。鍵はさすがに業者さんに預けられないので、勇二さんが荷物の搬入とかを見守ってくれたんですよね。日曜なのでお休みなんですって。ちょうどよかった。なので、近くに待機してくれていて、鍵を持ってきてくれます。
 マンションの駐車場を見たら、愛ちゃんの車がありました。ノリタケさんは、愛ちゃんの車といっしょに勇二さんが派遣してくれた運転手さんが連れてきてくれて、めんどうをみてくれているはずです。至れり尽くせりですね。ありがとうございます。と思ったら、勇二さんがノリタケさんカートを押してやってきました。半袖パーカーにデニムという普段着。髪下ろしてるの初めて見た。

「あ、ありがとうございます。もろもろ助かりました」
「いえ、いえ。だいじょうぶです、だいじょうぶです」
「ノリタケさんのことみてくださってたんですね、お手数おかけしました」
「いえ、いえ。近くに、ドッグカフェがあって……行ってみたかったので……」

 愛ちゃんが「おひさしぶりです」と頭を下げました。勇二さんも「いつもお世話になっております」と応じました。ノリタケさんはごきげんで、しっぽふりふりしていました。かわいい。
 とりあえず、荷物が全部あるかどうかの確認をしてほしいとのことだったので、いっしょにマンションへ入りました。ちなみにノリタケさんもOKな物件です。
 指定した場所にベッドが組み立てられてありました。助かる。今日は愛ちゃんとノリタケさんが泊まるので、寝袋とペットシートもわかりやすく置いてありました。ダンボールを数えたら、行きと同じ九個。結局そんなに荷物にはなりませんでした。

「だいじょうぶです、ぜんぶあります」
「よかったです。もしなにかあったら連絡ください」
「はい、ありがとうございます」
「では……」
「よーし、じゃあメシ食いに行きましょう」

 勇二さんがあきらかに辞そうとした瞬間、愛ちゃんがそう言いました。わたしたちが注目すると、なんでもないことのようにスマホをフリックしてコールします。耳に当てて「あー、食べログ見たんですけど。ペット可なんですよね? はい。カートに乗せた感じで。中型犬です。三人なんですが。すぐ行けます。あー、はい。じゃあそういう感じで。飲み放はOKです?」と。

「いやいやいやいや」
「なにが」
「愛ちゃん、あんだけ飲んだじゃん」
「ビールとかチェイサーだし」
「わたし飲めないし」
「ノンアルでよかろ。引っ越しモツ鍋だよ。行こうや」

 なんか愛ちゃん国にはモツ鍋に関するふしぎな文化があるようですね。しかもこんな暑い日に。「調べてあったの。歩いてすぐ。ノリタケも行けるとか最高じゃん」とさっさと玄関へ向かうので、わたしも勇二さんもあわてて着いて行きました。部屋に二人きりにされるのは困る。たぶん勇二さんも同じ理由。
 愛ちゃんナビで連れて行かれたのは、入り口のところにタバコを吸うコーナーとベンチ席がある居酒屋さんでした。ほんと歩いてすぐだった。愛ちゃんがお店の中に「すみませーん、さっき電話した中川ですけどー」と声をかけます。お店の方とやりとりがあって、わたしと勇二さんは愛ちゃんの指示にしたがってベンチに並んで座りました。そしてノリタケさんが対面側。

「……え? 愛ちゃんは?」
「あたしはカウンター。ぜったい一番飲むし。お店の方に申し訳ないから」
「はっ……?」

 ……おかしいと思ったおかしいと思った! そもそもベンチ、二人用なの! しかもモツ鍋置けるくらい広いテーブルじゃなくて、ちょっと飲んだら帰る感じの席なの! はめられたー!
 お店の方が注文を取りに来られたので、とりあえずわたしはオレンジジュースを。勇二さんはコーラでした。そういや一希さんが、勇二さんも飲めないって言ってたな。
 ――静まり返りました。いや、駅チカだから音はいろいろするんですけど。

「……なに、たのみますか」

 観念したのか、勇二さんが店員さんに渡されたラミネート加工のメニューを見てそうおっしゃいました。わたしが「あー、なんでも」と言うと、「じゃあ、とりあえず串盛りでも」とのこと。それで。帰りますとか言わないの、義理堅いよね。店員さんがドリンクを持ってきてくださったので、冷やしトマトもいっしょにたのみました。すぐ出て来そうなので。
 オレンジジュースとコーラで、お通しを無言で食べる兄と妹。なにこの空間。ノリタケさんが癒やし。かわいい。とりあえず「なにからなにまで、ありがとうございます」と言いました。勇二さんは「いえ、当然のことなので」とおっしゃいました。

「……俺の自己満足なのは、わかってますので」

 わたしはそれに返す言葉がなかったです。ご夫婦らしきお二人連れがやって来て、ノリタケさんに「おー、わんこー!」とちょっとかまってくださってから入店しました。冷やしトマトが来ました。
 無言でもぐもぐしていたら、お店の方が「カウンターの方から持っていくように言われたのでー」と大きいジョッキでオレンジジュースがふたつ来ました。手元のドリンクを二人であわてて飲み干して交換します。あれ、なんかちょっとさっきのより甘い。違う種類かな。おいしい。焼き串のセットも来ました。ちょっとテーブルが狭いので、トマトをベンチに置きました。
 無言で串をもぐもぐして。ノリタケさんがじっと見ていたので、ささみ串をほぐして内側のところをあげました。はふはふしながらいっしょうけんめい食べてます。かわいい。
 勇二さんが、ジョッキをぐいっとして。意を決した感じで、言いました。ちょっと声が裏返ってました。

「あの――あの。……言い訳、してもいいですか」

 なんの。ノリタケさんがしっぽをふっておかわりをおねだりしてきました。かわいい。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

初夜に「俺がお前を抱く事は無い!」と叫んだら長年の婚約者だった新妻に「気持ち悪い」と言われた上に父にも予想外の事を言われた男とその浮気女の話

ラララキヲ
恋愛
 長年の婚約者を欺いて平民女と浮気していた侯爵家長男。3年後の白い結婚での離婚を浮気女に約束して、新妻の寝室へと向かう。  初夜に「俺がお前を抱く事は無い!」と愛する夫から宣言された無様な女を嘲笑う為だけに。  しかし寝室に居た妻は……  希望通りの白い結婚と愛人との未来輝く生活の筈が……全てを周りに知られていた上に自分の父親である侯爵家当主から言われた言葉は──  一人の女性を蹴落として掴んだ彼らの未来は……── <【ざまぁ編】【イリーナ編】【コザック第二の人生編(ザマァ有)】となりました> ◇テンプレ浮気クソ男女。 ◇軽い触れ合い表現があるのでR15に ◇ふんわり世界観。ゆるふわ設定。 ◇ご都合展開。矛盾は察して下さい… ◇なろうにも上げてます。 ※HOTランキング入り(1位)!?[恋愛::3位]ありがとうございます!恐縮です!期待に添えればよいのですがッ!!(;><)

婚約者に消えろと言われたので湖に飛び込んだら、気づけば三年が経っていました。

束原ミヤコ
恋愛
公爵令嬢シャロンは、王太子オリバーの婚約者に選ばれてから、厳しい王妃教育に耐えていた。 だが、十六歳になり貴族学園に入学すると、オリバーはすでに子爵令嬢エミリアと浮気をしていた。 そしてある冬のこと。オリバーに「私の為に消えろ」というような意味のことを告げられる。 全てを諦めたシャロンは、精霊の湖と呼ばれている学園の裏庭にある湖に飛び込んだ。 気づくと、見知らぬ場所に寝かされていた。 そこにはかつて、病弱で体の小さかった辺境伯家の息子アダムがいた。 すっかり立派になったアダムは「あれから三年、君は目覚めなかった」と言った――。

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

【完結】婚約破棄されたので、引き継ぎをいたしましょうか?

碧桜 汐香
恋愛
第一王子に婚約破棄された公爵令嬢は、事前に引き継ぎの準備を進めていた。 まっすぐ領地に帰るために、その場で引き継ぎを始めることに。 様々な調査結果を暴露され、婚約破棄に関わった人たちは阿鼻叫喚へ。 第二王子?いりませんわ。 第一王子?もっといりませんわ。 第一王子を慕っていたのに婚約破棄された少女を演じる、彼女の本音は? 彼女の存在意義とは? 別サイト様にも掲載しております

王妃の仕事なんて知りません、今から逃げます!

gacchi
恋愛
側妃を迎えるって、え?聞いてないよ? 王妃の仕事が大変でも頑張ってたのは、レオルドが好きだから。 国への責任感?そんなの無いよ。もういい。私、逃げるから! 12/16加筆修正したものをカクヨムに投稿しました。

【完結】亡き冷遇妃がのこしたもの〜王の後悔〜

なか
恋愛
「セレリナ妃が、自死されました」  静寂をかき消す、衛兵の報告。  瞬間、周囲の視線がたった一人に注がれる。  コリウス王国の国王––レオン・コリウス。  彼は正妃セレリナの死を告げる報告に、ただ一言呟く。 「構わん」……と。  周囲から突き刺さるような睨みを受けても、彼は気にしない。  これは……彼が望んだ結末であるからだ。  しかし彼は知らない。  この日を境にセレリナが残したものを知り、後悔に苛まれていくことを。  王妃セレリナ。  彼女に消えて欲しかったのは……  いったい誰か?    ◇◇◇  序盤はシリアスです。  楽しんでいただけるとうれしいです。    

6年後に戦地から帰ってきた夫が連れてきたのは妻という女だった

白雲八鈴
恋愛
 私はウォルス侯爵家に15歳の時に嫁ぎ婚姻後、直ぐに夫は魔王討伐隊に出兵しました。6年後、戦地から夫が帰って来ました、妻という女を連れて。  もういいですか。私はただ好きな物を作って生きていいですか。この国になんて出ていってやる。  ただ、皆に喜ばれる物を作って生きたいと願う女性がその才能に目を付けられ周りに翻弄されていく。彼女は自由に物を作れる道を歩むことが出来るのでしょうか。 番外編 謎の少女強襲編  彼女が作り出した物は意外な形で人々を苦しめていた事を知り、彼女は再び帝国の地を踏むこととなる。  私が成した事への清算に行きましょう。 炎国への旅路編  望んでいた炎国への旅行に行く事が出来ない日々を送っていたが、色々な人々の手を借りながら炎国のにたどり着くも、そこにも帝国の影が・・・。  え?なんで私に誰も教えてくれなかったの?そこ大事ー! *本編は完結済みです。 *誤字脱字は程々にあります。 *なろう様にも投稿させていただいております。

宰相夫人の異世界転移〜息子と一緒に冒険しますわ〜

森樹
ファンタジー
宰相夫人とその息子がファンタジーな世界からファンタジーな世界へ異世界転移。 元の世界に帰るまで愛しの息子とゆったりと冒険でもしましょう。 優秀な獣人の使用人も仲間にし、いざ冒険へ! …宰相夫人とその息子、最強にて冒険ではなくお散歩気分です。 どこに行っても高貴オーラで周りを圧倒。 お貴族様冒険者に振り回される人々のお話しでもあります。 小説投稿は初めてですが、感想頂けると、嬉しいです。 ご都合主義、私TUEEE、俺TUEEE! 作中、BLっぽい表現と感じられる箇所がたまに出てきますが、少年同士のじゃれ合い的なものなので、BLが苦手な人も安心して下さい。 なお、不定期更新です。よろしくお願いします。

処理中です...