【完結】喪女は、不幸系推しの笑顔が見たい ~よって、幸せシナリオに改変します! ※ただし、所持金はゼロで身分証なしスタートとする。~

つこさん。

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『三田園子』という人

165話 いろいろあったんですよねー

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 愛ちゃんが、ノリタケさんを連れて遊びに来てくれました。いろいろ心配して、様子を見に来てくれたっていう方があっています。前橋公園で待ち合わせました。この時期に桜はもちろんもう見られないけれど、カキツバタがキレイなんです。ノリタケさんは、足腰が弱いのでペットカートに乗ってです。自分で歩き回れなくても、しっぽを振ってよろこんでくれます。かわいい。
 お弁当とお茶を調達してきていたので、さちの池の近くに座っていっしょに食べました。ちょっとお互いぼーっとしてから、愛ちゃんがズバリ「お兄さんに連絡した?」と予備動作なしに尋ねてきました。ちょっとくらい匂わせあってもいいじゃん! 答える心の準備させてよ!

「……まだ」
「いやなんでだよ、はよせい」

 いやだって。小六の三学期から会っていない親族に、なんて連絡しろと。「あ、初めまして、わたくし三田と申しますが」って開口一番言いそう。言う。なんかカンペとか持ってないと不安。
 あと、なにを話せばいいのか。とりあえず、お礼? お礼言う? 「家賃もろもろ感謝しております。あとはこちらでなんとかしますので。あ、あと捜索願は取り下げてください」でいいだろうか。あとなに。なんなの。早めのお中元送ればいい?

 お金のことなんですが。当面心配しなくてよくなりました。いくらか貯金があったのと、元職場から振り込まれた最後のお給料が手つかずだったので。福岡のマダムからいただいたお金、交通費と菓子折りでちょうどなくなるくらい。おつりが280円。ありがとうマダム。本当に助かりました。
 病院側は、わたしがなんらかの事件に巻き込まれたことを想定して動いてくれていました。そもそも出勤しなかったわたしのことを不審に思って、緊急連絡先の愛ちゃんへ知らせてくれたのは病院の方だったので。家の中を見て、なにも荒らされていなかったこと、そして鍵がかかっていたこと、けれど家の中で鍵が見つかったこと。警察は家出の線で動いていたそうです。でも、愛ちゃんと病院側……とくにいっしょの部署だった医事課の人たちはぜったいにそんなことありえないってかばってくれていて。
 わたしがいなくなっても、病院は有給を消費する形で在籍させてくれていました。それでも残日数がなくなれば、そのままにしておくこともできません。いくらかの空白期間を経て、わたしは2022年12月26日付けで退職したことになっていました。しっかり、勤続年数分の退職金とともに。……菓子折りだけじゃ、ありがとうが伝えられないな、と思いました。

「……でんわ……するかあ……」

 わたしのことを心配してくれていた人たちが、こんなにたくさんいました。二番目の兄がどんな考えでわたしを支援してくれたのかはわかりません。けれど、愛ちゃんや病院のみなさんと同じくらいお世話になったことは事実なので。ありがとうは伝えなきゃ。正直どんな顔で話せばいいのかわからないけど。
 愛ちゃんが「はい、善は急げ。今かけなよ」と言いました。今⁉ じーっと見てくるので本気ですねこれは。うーんと。とりあえず「えーと、えーと、なんて話すか考えたいので、ちょっと歩いてもいいです? あっちの東屋までとか」と言ってちょっとだけ時間稼ぎしました。はい。ノリタケさんのカートころころ。しっぽふりふり。かわいい。考えるって言っても、どうしようどうしよう、しか考えられないんですけど。
 だれも居なかったので、東屋に座ってスマホを手に取りました。愛ちゃんが「代われって言われたらすぐ代わる」と言って隣に座ってくれました。カメラロールを開いて先日撮った兄の名刺を確認し、番号を記憶します。うーん、うーん。……とりあえず、かけるか。
 出なければいいなあ、と思いながらコールしました。……8、9、10。もういいかなー、と切りかけたところで『はい、三田です』とひとこと男声が聞こえました。ぎゃー通じたー。

「あ、すみません、三田と申します」

 沈黙がありました。わたしもそれ以上なんて言っていいかわからなくて、沈黙しました。三十秒くらいしてから、見かねた愛ちゃんが「代われ」と助け舟を出してくれました。はい。

「もしもし。群馬の中川です。……はい。園子さんが戻られました。……はい。……はい、そうです。……ええ。……はい、前橋のマンションに。……はい。どうしたらいいですか。……はい。……承知しました。本人に代わっていいですか?」

 えっ、そのまま愛ちゃんでいいよ。と思ったのはあちらも同じだったらしく、「……はい。では失礼します」と愛ちゃんは通話を切り、わたしへスマホを返してくれました。

「今から外せない会議だから、折り返すって」

 ぶはー。めっちゃ大きいため息をついてしまいました。とりあえず。とりあえず連絡はした。成し遂げた。あとは、なんだ。お礼。お礼を言えばいいんだな。うん。
 いまだかつてなく胃が痛い。というか、心臓がきゅうっと痛い。前傾して、ちょっとの時間うなって堪えました。愛ちゃんが「しんどい?」と心配そうに聞いてくれました。

「……職場あいさつよりしんどい」
「まじかー」

 実兄とか親族とかに迷惑かけたときってどうしたらいいんでしょうか。菓子折りとか金一封とか必要なんでしょうか。菓子折りも金一封もぜったいあっちのがたくさん持ってる。ぐぐったら対処法出てくるかな。家庭板あとで覗いてみよう。……アウスリゼではこんなことなかったのに。ぐぐることとかできなくて、なんでも体当たりで行けたのに。

「――スマホは人類を堕落させるよ」
「どこまで飛んだその結論」

 会議って実際どのくらいに終わるのかもわからないので、ひとまずわたしの家で待機しようかーということになりました。マンションを引き揚げることはもう愛ちゃんに伝えているので、断捨離とか断捨離とか断捨離とかを手伝ってくれるとのことです。ありがとう。愛ちゃんの車で、ぶーんと移動。もちろんノリタケさんもお部屋に行きます。ペット可物件なので、これまでも何度も遊びにきてくれたことがあります。だからペットシートも完備ですので。
 コーヒーを落としながら、これまでのことをちょっと考えてしまいました。
 群馬に来たばかりのとき。一人暮らしなんて初めてだったから、右も左もわからなくて。しかも福岡からの移住だったから、物件も見ないで決めてしまったんです。保証人不要のところ。家賃の相場とかもわからなかったし、一人で住むのにちょうどよいお部屋、なんていうのもよくわからなかった。

 鞍手町のじいちゃんばあちゃんのお家は、いろいろあって壊されてしまいました。遺品整理はもともとわたしの手でしていましたけど、上の兄が来る前に、母から遣わされたという人が四人来て。それに、トラックの業者さん。……あっという間にぜんぶ。ぜんぶ、持って行ってしまいました。じいちゃんが飲んだワンカップのグラスも、ばあちゃんがとっておいたラーメンの袋も。
 なにをどう考えてそうしたのかわからないのですけれど、わたしの私物もほとんど片付けられてしまいました。なにか行き違いがあったのだ、と。どれだけ善意に解釈しても、許せない侮辱ってあるものですね。なんとなくそんな気がしていたから、わたし、ずっとわたしの部屋のふすまの前に立っていたんです。でもお手洗いへ行った瞬間に、入られていて。出て行って、ここはわたしの部屋、勝手に持っていかないで、と言っても、「すべて片付けろとのことですので」と言われました。抗議して、体当りして。業者さんがオロオロして、どっちつかずの行動をとっていました。それでも派遣されてきた四人の男の人たちは、淡々とわたしの部屋のものをダンボールに詰めて、整理されるじいちゃんばあちゃんの遺品といっしょにトラックへと積んで行きました。さすがに見かねた業者さんが、なにかの手違いじゃないか、本当にこんなことをしていいのか、とわたしの様子を見て仲裁に入ってくださいました。男の人のひとりが手を止めてどこかに電話しました。そしてひとこと「すべて片付けろとのことです」と言って、作業に戻りました。
 どうにかかき集めて袋に詰め込んだ着替えや日用品以外は、教科書類を残してほとんど片付けられてしまいました。服や下着さえもです。知らない男の人が勝手にタンスをあさってショーツやブラを箱に詰めて行くのを見たときはさすがに泣いてしまいました。本気で殴りかかったら、さすがにその箱とタンスからは手を離してくれました。結局、それらの下着は身に着けることなんてぜったいできなくて、自分の手で後日捨てましたけど。
 家が、からっぽになりました。泣いているわたしに、建て壊しの日時と、その前に神奈川の家に戻るようにとの宣告を残して、男の人たちは去って行きました。ずっと同情的に見てくれていた業者さんが、夕飯のために買ってあったんだ、とおっしゃって、コンビニのウィンナーパンとアップルパイをくれました。お礼も言う気になれなくて、なにもなくなった家の中で、泣きながら食べました。
 じいちゃんばあちゃんが遺してくれたいくらかのお金は、幸い手元にありました。そしてさすがに、通帳や印鑑の類と、重要書類はまとめて透明の袋に入れて玄関に置いてありました。靴も、残っていたのはわたしのスニーカー一足だけで、一度しか履いていないお気に入りの黄色いミュールもなくなっていました。それを確認したときに、もうなにもかもどうでもよくなって、笑いました。がらんとした、カーテンすらない家の中で、残ったものを抱きしめて寝ました。

「……わたし、愛ちゃんに会えてよかったなあ」
「なんだよ、あらたまって」

 本当に、ゼロからのスタートでした。落としたコーヒーを手渡して、あらためて「ありがとう」と伝えました。
 群馬はわたしが、わたしの人生を始めた場所。部屋をぐるりと見回して、ここにあるものはぜんぶ、わたしのもの、と思いました。
 そして、コーヒーを飲んでいたら。スマホが震えました。
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