【完結】喪女は、不幸系推しの笑顔が見たい ~よって、幸せシナリオに改変します! ※ただし、所持金はゼロで身分証なしスタートとする。~

つこさん。

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『三田園子』という人

161話 いろいろなつかしいです

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 博多駅まで歩いていたときに電話ボックスをみつけることができました。よかった。十四時に電話するようにと愛ちゃんに言われていたので。ちょっと過ぎてしまったかな。ワンコールで『はい!』と愛ちゃんの声。

「園子です。遅れてごめん」
『いいよ、八分くらいだ。で、いつ戻ってくんの?』
「三十六分の新幹線に乗る。東京は十九時半、高崎に二十二時くらい」
『わかった。じゃあ、西口のとこのダルマで待ってる』
「えっ、いいよ、そのまま愛ちゃんのところ行くよ」
『いいから。迎えに行く』
「……ありがとう。博多土産、ほしいものある?」
『んー、うまかっちゃん。高菜味』
「そっちでも買えるじゃん!」

 ちょっと笑ってしまいました。「本場で買ったものだからいいんだろ」と言われました。ちょっとわかる。「じゃあ買ってく」「気をつけて帰ってこい」と交わして、受話器を置きました。博多駅構内でうまかっちゃんをゲットして、ついでに明太子の小さい箱も買いました。愛ちゃん酒飲みなので。ぜったい好きだと思う。そして、アウスリゼの蒸気機関車とは趣きが違う列車へと乗り込みます。
 大きなイベントがないからか、これなら毎年八月じゃなくて六月に帰省しとけばよかった、と思うくらいに車内は空いていました。グリーン車です。おかげさまで人目をあまり気にせずのびのびできそうです。ほっと息をつきました。

 なんだかんだ日本に戻ってからいろんなことがありました。そりゃアウスリゼでもいろいろありましたけど。オリヴィエ様はどうされているでしょう。無事にルミエラへ戻られるだろうと確信できたので、わりと晴れやかな気持ちで考えられました。ただ、わたしが突然いなくなって、きっとびっくりされているだろうなあとか、捜索に手間をかけてしまっているんじゃないかなあということが気にかかりました。それと同時に、わたしは今後どうなるのかも。
 あちらとこちら、アウスリゼと日本と。その間を行き来させる能力が『王杯』にあることはわかりました。そしてその発言から、わたしがどちらを選ぶか、その結論を待っていることも。しかし、たとえばわたしがアウスリゼへ戻ることを最終的に希望したとして、『王杯』がもう一度わたしを移動させるかどうかは正直わからないな、と感じました。だってなんか、気まぐれな上位者ムーブだったし。

『――お待たせいたしました。十四時三十六分発、のぞみ三十八号、東京行きです。まもなく発車いたします』

 アナウンスの後に数分のためらうような間があって、列車は発進しました。少しずつ速度を増していく車窓には、福岡の街。何度も見た光景なのに、どこか切実ななつかしさを感じてじっと見入ってしまいました。そしてトンネルに入り、突如暗転した視界はまるでわたしの今の状況を表しているかのようだと思いました。

 群馬に行く、と決めたときのこと、そしてそれまでのことを否応でも思い出します。きっと朝にお墓へ行き、それによしこちゃんにも会ったから。
 あのとき、わたしはひとりでした。ばあちゃんが亡くなった直後のことです。実家に……そう呼称していいのかわからないけれど、神奈川にある両親が住んでいるところへ、父の弁護士事務所を通して連絡しました。電話応対をした女性は「えっ」と一声あげました。「一応伝えておいてください」と言って電話を切りました。
 じいちゃんが亡くなったときの手順通りにすべてつつがなく済みました。近所の人たちがやさしかったし、中学時代の友人が何人も葬儀に来てくれました。みんな、なんて言っていいかわからないというような顔をしていたことを覚えています。だからあまりなにも言われなくて楽でした。
 ばあちゃんの一番の友だちだった伊藤さんが、受付やお金の管理を引き受けてくれました。わたしひとりですべてを回せるわけではないので、ご厚意に甘えました。伊藤さんはちょっと泣いていました。でも、わたしは泣けなかった。父の秘書だとかいう人が来ました。葬儀後になにかたくさん言っていたけれど覚えていません。上の兄から家電に連絡が来て、海外にいてすぐに戻れない、迎えに行くと言っていました。数カ月かかるようなことを言っていたから、その間に遺品整理をしてしまおうと思いました。そして、逃げよう。どうせ捕まるとしても。
 幸いなことに、そのときすでに卒業に必要な要素はおおかたそろっていました。あとは三年間高校に所属したという事実があればどこへなりと行ける。どこにもあてはなかったけれど、どこかへ行きたかった。だれもわたしを知らないところへ。そしてぐっすりと眠りたかった。

 思い返せば、上の兄はわたしを溺愛していたように思います。物心がついたばかりのとき、よくわたしを抱き上げては知らない人へ見せびらかしていたことを覚えているので。十二も離れていたし、わたしが小学生になったころにはすでに家を出ていました。なのでわたしが家を追い出されたことに気づいたのは、わたしが高校受験を控えていたころだったようです。そのころじいちゃんが亡くなり、わたしは何度も母へ連絡を入れていました。きっといくらか同情してくれただれかが、状況を兄の耳に入れたのだと思います。結局葬儀はばあちゃんが喪主で、わたしと近所の人とで町民館で行いました。兄はあわててやって来て、「すまなかった」と涙ながらにわたしに頭を下げてくれました。上の兄に思うことはなにもありません。めずらしくわたしに好意的な血縁者。それだけ。
 当時、すぐに神奈川へ戻ろうと言う兄に、わたしは多少冷ややかに応じてしまったと思います。小学校卒業の時点でそうするのではなく、二年以上もの間放っておき、突然やってきてまたわたしを友人たちと引き離そう、とすることに対してのふつふつとした怒りがありました。長い療養だった祖父の看病疲れで患いがちなばあちゃんをひとりにする気持ちはないこと、もう友人と別れるつもりもないことをはっきりと伝えました。兄は押し黙って、「わかった」と一言述べました。せめてと言って金を出そうとしてきたので、父の顧問弁護士事務所から毎月わたし名義の口座に振り込みがあるので不要と断りました。実際には、ただの一度もそのお金を使ったことはないけれど。

 高校は普通科もある定時制を選びました。自分で勉強のペースを組めるし、なるべくばあちゃんの近くにいたかったから。私服校だったので、通販でセーラー服に似せた服を二着買いました。エセいふくと名付けて。それを着回していけば、通学のための服がない! と悩むこともないでしょうし。
 加西くんがバス停で待ち伏せていて、サッカーの試合のチケットをもらったのは二年生になったばかりのとき。ハーフタイムの間中、試合観戦の熱気に負けない勢いでどれだけオリヴィエ様を愛しているかを語りました。ドン引きされました。それ以来加西くんとはずっと会っていなかったですが、人づてでその後に彼女ができたらしいと聞いていました。おめでとう。それがどうしてこうなった。
 その数カ月後。わたしの高校は定時制だったからか、修学旅行には任意参加でした。同じ年代だけが集う学校ではなかったので、なんとなく行かない気持ちでいました。そういう人も多かったように思います。もちろん、咳が常態化してしまったばあちゃんの傍を離れたくないという理由もありました。けれど、行かないと言うとばあちゃんがとても心配してきて、「行っておいで。いい思い出になるけんね」と引きませんでした。どうやらわたしが金銭的なものを心配してがまんしていると思ったようです。いっしょに行きたいと思う友だちが高校にいない、と言うともっと心配させてしまうので、言えませんでした。
 ばあちゃんは引きませんでした。グレⅡを買ってくれた中学一年生のときと同じくらいの意固地さでした。わたしに不自由な思いをさせるつもりはない、という揺るがぬ信念がそこにあります。わたしはよしこちゃんに連絡を取り、相談しました。彼女はとても斬新な提案をしてくれました。

「わたしの学校と同じ日に、同じところへ旅行に行けばよかよ。自由行動のとき、いっしょに回ろう? 北海道!」

 考えてもみませんでした。修学旅行をぶっちして、自分で修学旅行をしてしまう。いえ、普通考えませんて。
 資金については、ばあちゃんがへそくりをごっそりわたしに提示してきていました。三十万円ちょっと。そんなにかかるわけがないのですが、海外へ修学旅行に行く高校もあると以前耳にしていたらしく、準備万端だったのです。わたしはよしこちゃんちのガンダムPCで調べ物をさせてもらってから、ばあちゃんに提案してみました。

「ばあちゃん、修学旅行じゃなくて、いっしょに北海道へ行こう?」

 すごく、すごくよろこんでくれました。でも、現実的な目標ではありませんでした。遠すぎるし、もしなにかあったときにわたしひとりで対処できるとも限りません。「行きたかねえ」とは言いつつも、「ばあちゃんは、もう行けん。そのちゃん、たのしんでおいで」と言われました。
 じいちゃんとばあちゃんの新婚旅行が札幌だった、とそのときに知りました。九ちゃんが『明日があるさ』を歌った東京オリンピックの年の七月だ、と。曇りの日が多くて肌寒いくらいだったと言いながら、ばあちゃんの口から出てくる言葉はいい思い出ばかりでした。

「ラーメンがね、しょうゆでうまかよ。スープが黒くて澄んでてね。もう一度食べたかね」

 結局、本当に北海道へ行くことになりました。よしこちゃんの修学旅行日程に合わせて。さすがにそれを隠して行くことはできないので、ばあちゃんにちゃんと相談した上で。「わたし、一番仲良しの友だちといっしょのところ行きたい」と正直に述べました。「そのちゃんの好きにしたらよかばい」と言ってくれました。
 もちろん、現地でよしこちゃんといっしょのバスに乗れるわけではないです。なので移動は自力です。すべて同じようには行動できないので、よしこちゃんが自由行動になるとき、合流することになりました。そして彼女が「ぜひ三田殿とともに参りたい!」と提案してきたのが、また独特なところでした。

『真駒内滝野霊園』

 ああ、よしこちゃんはよしこちゃんだ、と思いました。
 同じ中学に通っていた幾人かの友人たちが、面白がっていっしょに行くこととなりました。移動時間を考えたら、自由時間をほぼすべて霊園で過ごすことになります。なにが悲しくて貴重な時間を使って知らない人のじいちゃんのお墓に行くと言うのでしょうか、彼女たちは。でもまあ、若さとバカさは紙一重なので。わたしも乗り気になりました。はい。若くてバカだったので。はい。
 名物のモアイを見てきました。まじでモアイでした。めっちゃたくさん並んでいました。びっくりしました。それに、終わりごろでしたが一面のラベンダー畑の向こうに仏像の頭。そして別の場所にはストーンヘンジ。なにを考えているのか北海道。めちゃくちゃすてきなカフェもあって、「え、ここお墓……?」と何度も思いましたし、みんなときどき口にしました。はい。真正直に言います。めっちゃくちゃたのしかったです。はい。行ってよかった。
 市街地へ戻ってよしこちゃんたちと別れてから、ばあちゃんへのお土産を買うのに目に入ったスーパーへ行きました。今考えてみればなぜ土産物屋に行かなかったのでしょうか。札幌ラーメンを探して売り場を見て回り、『北海道!』と大きく表記された四食入りの袋麺を手に取りました。今考えてみればなぜ生麺にしなかったのでしょうか。たぶん貧乏グセがわたしに染みついていて、選択肢がとても庶民的なのだと思います。せっかくの北海道なのに。
 よしこちゃんたちよりも、一日早くわたしは帰路に着きました。札幌の街並みは福岡に似ているように思えることが何度もあって、ひとりで回ってもたのしかった。ちょっと心細くはあったけれど。歩き回って足がパンパンになりました。
 ばあちゃんはお土産の袋麺の札幌ラーメンをめちゃくちゃよろこんでくれました。ばあちゃんもまた、庶民的感覚の持ち主だったのです。二人で美味しいねえ、と食べました。ばあちゃんが言っていたとおり、黒いしょうゆのスープでした。博多とんこつで育った身には染みました。どっちもおいしいですけど。今考えてみればどうしてもっとたくさん買わなかったのでしょうか。わたし、いろいろバカ。いい思い出です。

 そして。ばあちゃんの遺品整理をしているときのことです。ばあちゃんの鏡台にある物入れの扉を開けました。そこには長方形のフタ付きの箱が入っていて、ばあちゃんは大切なものをなんでもそれにしまっていました。開けてみると、札幌ラーメンの空袋が、きれいにのして一番上に入っていました。前年にわたしが『修学旅行』へ行って、買って帰ってきたお土産。ばあちゃんはおいしい、おいしい、と食べてくれて、それは本当だったんだなとあらためて思いました。こんなものを取っておいたのか、と、わたしは少し笑いました。うれしかった。
 ――そうだな、北海道もいいな。そんな風に思いました。迎えに来ると宣言した、兄から、親族から逃げる場所。縁もゆかりもなくて、すてきな街があって、のんびり暮らせるかもしれない。北国の冬の雪を経験したことがないから、それだけは心配でした。製造場所の付近を調べてみよう。工場があるなら、仕事もきっとあるはずだ。そう思って裏面を見ました。

 そこに記されていたのは、『群馬工場』の住所でした。わたしはあっけにとられました。

 なんと、『札幌ラーメン』とカテゴライズされ、パッケージには堂々と『北海道!』と書かれていた無名の袋麺は、札幌どころか北海道内ですら作られていなかったのです。びっくりしました。ばあちゃんは、群馬で作られたラーメンを、思い出の札幌ラーメンと重ねて食べていたんです。たしかに美味しかったけれど。無性におかしくて、わたしはひとりで笑い転げました。そして、思いました。
 ――群馬。行ったことがない。関東だし、雪はきっと北海道よりは少ないよね。
 いいな、と思いました。
 行こうかな、群馬。

 新幹線は新山口駅に到着しました。まだかなり時間があるので、一眠りしようかな、と、わたしは目を閉じました。
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