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『三田園子』という人

159話 そういえばそうかも

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 グレⅡを買ってもらったばかりのころ。わたしは生まれて初めて自分でプレイするゲームに戸惑いながらも、だからこそいろいろなことがたのしくて、見事にハマっていました。やり方を覚えるため自分なりに記録をつけて攻略ノートみたいのを作って。最初に選んだプレイヤーキャラクターは、リシャール。
 とにかく手探りでしたし、そもそもテレビゲームをするのが初めてで、ただひとつターンを進めるのも四苦八苦しました。……それでも、オリヴィエ様には一目惚れしたわけですけども。
 ときどきムービーが入ったり、ノベルゲームに似た要素もあったからでしょうか。わたしは少し難解なミステリー小説を読むような気持ちでプレイしていたように思います。ゲームの操作、またコントローラー自体にまだ慣れていなかったこともあり、牛歩の進め方。しかも、そんなにいっしょうけんめいテレビの画面を凝視していた経験もそれまでにないから、目がしぱしぱして一時間半で限界。なので、とりあえずわからなかった単語とかをノートにメモして、自分の辞書に載っていないものは学校で調べていました。その作業すらたのしかった。ぜんぶ含めて、わたしにとってはゲームだったんです。
 ある日。グレⅡ内の戦力パラメーターの選択肢で『ピケット』という言葉が使われているのに気づきました。ゲーム内の説明を読んでもいまいちその働きがわかりませんでした。他にもよくわからない横文字がたくさんあって、わたしが使っていた英和辞典では調べきれなくて。まだオリヴィエ様が亡くなることも知らない時期で、戦闘は始まっていない段階です。後々使うのかなと思い、放課後に図書室へ意味を調べに行ったんです。そこで、初めてよしこちゃんに話しかけられました。図書常任委員だったんです、よしこちゃん。

「やあ、都会からきた転入生さん。君がいつも熱心に調べ物をしていることを知っているよ。この僕になにか手伝えることはあるかい。言ってみるといい」

 ちなみによしこちゃんの口調はそのときハマっているコンテンツに影響されます。とその後の口調遍歴を見ていて気づきました。全身全霊全力でたのしめるオタの鑑だと思います。はい。
 おそるおそるノートを差し出して、ゲーム中の言葉がわからなくて調べている、と言いました。一読したよしこちゃんの瞳がキランと光った気がしました。

「……なるほど? これはグレⅡだね。では――僕の家にご招待しようか」
 
 当時わたしはグレⅡっていう略称も知らなくて、なにを言われたのかわからなかったんですけれど。福岡に引っ越してきてから初めてだれかのお家に招待されて、すごくうれしくて。なんか変なしゃべり方の子だなあということは華麗にスルーできました。
 制服のままおじゃましました。百聞は一見にしかず、ということで、よしこちゃんがプレイしているところを見せてくれたんです。わたしみたいなおっかなびっくりのコントローラーさばきじゃなくて、即断即決で進行していくグレⅡは、まるで別物に見えました。意味もわからずに手探りでやっていましたが、いろいろなことに得心が行った気分でした。帰りが遅くなって、ばあちゃんが心配して待ってくれていました。友だちの家に寄って帰ってきた、と言ったら、手放しでよろこんでくれたことを覚えています。
 それからは毎週のようにお互いの家を行ったり来たりして、熱いオタ語りを繰り返しました。わたしは、それはもう坂を開脚後転で転げ落ちるかのようにオタ道へ進みました。素養があったのだと思います。はい。
 よしこちゃんはネタバレをひどく嫌う人だったため、わたしにもグレⅡのネタバレをすることはなく導いてくれました。なのでわたしがその疑問にたどり着いたのは、一度号泣しながらリシャールのエンディングを見、二周目でクロヴィスを選択してそちらのエンディングでも号泣した後です。学年が変わって二年生になっていました。

 ……ねえこれ、オリヴィエ様が亡くなる意味、ある?

 もう一度リシャールを選択。コントローラーにもゲームの操作にも慣れていたので、二週間でもう一度クリアできました。さらに疑問は深まりました。でも、たんにわたしがオリヴィエ教信者なのでそう思うだけな気もして、ある日よしこちゃんにその疑問を口にしました。

「……なるほど? 君の言うことにも一理ある。では――調べなよ」

 すべてを見越したかのように、おさげのよしこちゃんはそのとき言いました。わたしは古賀家のガンダムPCの前へと誘われ、そして。
 ――見せてもらったのは、とあるサイトでした。

「――三田殿! では、では……吉宗の『だまりゃぁあ!』を、よもや、聞いておられぬと……」
「……そういうことになりまする」
「なんと……なんということだ……!」

 よしこちゃんがよろめきました。あの、ネタバレをこよなくヘイトするよしこちゃんが、内容に触れて確認するとは相当の動揺です。そうですよね。
 わたしのメインジャンルはあくまでグレⅡですが、エンタメコンテンツを垣根なく愛する姿勢は師であるよしこちゃんから学んでいました。地雷なしとまでは言いませんが、そこそこいろいろなものを摂取してきた方だと思います。まして、それが師のメインジャンルであるならば。これは――翻意ありと疑われても致し方なし。
 なんてことはなく、普通に「どしたん? 入院でもしてた?」と心配してくれました。はい。

「入院~ではないんだけど。それに近い感じではあって。事情があってあんまり詳しく話せないんだけどさ……去年の半ばから、しばらく電気とか使えない生活で」
「まじで? なにそれしんど」
「今スマホもないし」
「えっ」

 などと話していたら、ノックがあっておばさんがガツンとみかんと麦茶と、大きいお皿にいろんなお菓子を乗っけて持ってきてくれました。歓迎のされ方が中学生。なんかうれしい。

「……聞いちゃいけないってんなら聞かないけど。とりあえず、元気なんだね?」
「もちろん」
「それはよかった」

 ……ガツンとみかんうめえ。よしこちゃんはにこっとして、「なんか助けになれることあったら、言ってよ?」と二回も言ってくれました。ありがとう。

「いやあ、でも。このタイミングでそのちゃんに会えてよかったよ」
「なんで?」
「まあ。うん。……嫁に行くことになってさ」
「うおおおおおおお⁉ おめでとう!」

 予想外! まじか! なんかテレテレしているよしこちゃんを即座に尋問しました。

「どんな人⁉ 馴れ初めは⁉」
「んーーーっと。昔、モバゲーで友だちだった人で。赤ブーで出店してたら、『もしかして、朱賀音ちゃん?』って、声かけられて……」

 かわいい、よしこちゃんかわいい! 顔真っ赤。こんなにかわいいよしこちゃんを見られるなんて、生きていたらいいこともあるもんだ。としみじみと思っていたら、下を向いてすっごく小さい声で「じつは……妊娠してて。十二週」と言われビビりました。

「おめでとうぁああああああああああ!!!!」
「ありがとう」
「え、どっち? どっち? もうわかる?」
「たぶん、女の子だって」

 昨日エコー検査してきたんだ、とつぶやく顔は、もうお母さんって感じでした。なんか感動してうるっと来てしまって、わたしはおめでとう、おめでとう、を繰り返すbotみたいになってしまいました。よしこちゃんは「そのちゃんにそう言ってもらえて、まじうれしい」とにっこりしてくれました。結婚式はしないで、フォトウエディングって形にしたそうです。めっちゃ見たい見たいと騒いで見せてもらいました。すんごくステキだった。
 あのね、桜並木がすごい川辺でね。たくさんの薄いピンクの中で、白いエンパイアドレスのよしこちゃんが、石の階段を数段上がったところから手を差し出しているの。それをね、チャコールグレーのモーニングを着た旦那さんが、階段の下に立って受けているの。ちょっと引きで撮った画角で、でも二人がすごく幸せそうな表情で見つめ合っているのがわかって、もう感極まって泣いてしまった。「三田殿おおげさー!」と笑われてしまいました。

「で。三田殿はいかがか」
「いかがとは」
「色好い話は」

 麦茶を吹きそうになりました。「三田殿は昔から、陰モテしていらしたからな」と言われ「なにそれ」となりました。なにそれ。

「中学のとき、何回か橋渡しみたいの頼まれたよ、わたし。自分で行けって断ったけど」
「なんとお⁉」
「自分に自信のない輩が、三田殿に粉かけようとするとか笑止千万」

 わたしにそんな隠された過去が。ぜんぜん知りませんでした。だってそもそもわたし、男女交際とか縁がない喪女として生きてきたので。

「最たるものが加西だったなー。卒業式の後とかさー、第二ボタンわたしに『渡してくれ』って持ってきたの。アホだよね」
「まじかああああ⁉」
「つーか第二ボタンっていつ時代の人間だよ。渡したければ自分で行けばいいし、行ったとしても三田殿はたいそう鈍感だから、ちゃんと言葉にしないと伝わらんぞ、って追い返したんだけど。行った?」
「いえ、来なかったです」
「でしょうとも」

 その後、今度はわたしが尋問されてしまいました。カツ丼はなかったですがガツンとみかん効果があったみたいで、昨日加西くんと再会したこと、しかもプロポーズされたことをゲロってしまいました。よしこちゃんは生き生きとして「まじかーーー! 十数年越しで行ったーーー!」と笑いました。どうすんの、と聞かれましたけど、「昨日の今日でよくわかんない」と答えました。はい。

「ああー、でもよかった。安心した」
「なにが?」
「だってさあ、そのちゃん……」

 ちょっと言いづらそうに口ごもり、それからやさしい笑顔でよしこちゃんは言いました。

「ずっと、なんか心配でさ。口癖みたいに言ってたじゃん、ずっと」
「なんだろ、なに言ってた、わたし?」
「『たぶん、二十八くらいで死ぬんじゃないかな』って」
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