155 / 247
『三田園子』という人
155話 なんかもう感無量
しおりを挟む
「なんかここらへん、変わっちゃったねえ」
「再開発で。『天神ビッグバン』とか言われてる」
「あー、なんか聞いた」
「ひさしぶりに来たん?」
「いちおう福岡には毎年夏に来てるけどねー。お墓の掃除とか。天神はスルーしてた」
コーヒーでも飲まないか、と言われて、じつは今飲んだばっかりと言ったら、なんとなく二人でおもちゃ売り場を見て回る流れになりました。なんでこんなところにいるの、と聞いたら、姪っ子さんが、ピアノのコンクールへ送った動画の審査結果が今月出るんですって。それですごく気持ちが不安定になっているそうで。動画を撮った叔父バカである加西くんは、ぜったい姪っ子さんが全国優勝だと疑っていない。けれど、プレッシャーで押しつぶされそうになっている姪っ子さんへ、「結果がどうあれ、真緒はかわいい」っていうことを伝えるために今プレゼントをしたいと。仕事が早く終わったので、なにがいいか探しに来たと。なんだそのステキ叔父。
最近の若い子の感性とか流行りとかはわかりませんけれど、小学一年生のとき自分がどんなものに憧れていたかを思い出しながらアドバイスしました。彩花ちゃんのお姉ちゃんが持っていた、ジェニーのお家、ステキだったなあ。
とりあえず「プリキュア好き? それともディズニーとか?」と尋ねてみました。「めっちゃプリキュア好き」と返ってきました。
「じゃあ、これ一択」
変身スカイミラージュ、という新商品を指差しました。その名の通りプリキュアに変身できるかもしれない願望を満たしてくれるやつです。サンプル品のボタンを押したら「ナイスっ!」と言われたので、きっとベストチョイスだと思います。はい。
「まじか、これか。じゃあこれにする」
「迷いないな!」
「三田が選んだから。……間違いない」
さくっとお会計へ向かいました。「包装紙は何色にいたしましょう?」「……何色がいい?」「姪っ子さんが好きなプリキュアのカラーで」「……ピンクでお願いします」――よかったねえ、真緒ちゃん。あなたは愛されているよ。
いっしょに岩田屋さんを出ました。夕飯いっしょにどうだと誘われましたけど、そもそも夕飯にはまだ早いし「姪っ子さんへはやくあげに行きなよ、おじさん」と言うと、加西くんは黙りました。
「今日、どこに泊まんの」
「わかんない、これから探す」
「電話番号変わってない?」
「変わってないけど、そもそもスマホ、群馬に置いてきた」
「はあ?」
置いてきたっていうか、持ち出せなかったというか。そういえば今電番とかどうなってるだろう。あとでためしに電話してみよう。
「それでどうやってホテル取るんだよ」
「気合い?」
「バカじゃん」
結局加西くんがスマホ検索してくれて、女性用カプセルホテルをその場で予約してくれました。しかも料金払ってくれちゃって。渡そうとしたら「いい」と言われました。
「その代わり……晩飯つきあってくれ。姪っ子に渡して、戻ってくるから」
お言葉に甘えまして。とりあえずちょっと頭の中整理したかったこともあり、取ってもらったカプセルホテルへ行きました。シャワー室へ行ったら、これからご出勤っぽいお姉さんたちがドレッサーに向かって気合いメイク中でした。シャワーに入って約九カ月ぶりにコンディショナーを使ったので、髪の毛のキューティクルがあからさまに余所行き顔に変身して笑いました。指通りなめらか。日本の化学技術すごい。
髪を乾かしてからあてがわれた自分のカプセル部分に入って、加西くんが迎えに来ると言っていた18時にアラームをセットし横になりました。十分前とかにセットしろよと思わなくもありません。まあいいや。とりあえず状況把握しよう。まず。
・わたしが群馬県前橋市の自宅から、アウスリゼ・ルミエラのエリメダ宮に飛ばされたのは2022年の9月の後半。今日は2023年6月12日。なのでまるまる九カ月、こちらではわたしがいなくなったことになっているはず。
・『王杯』がわたしを福岡へ飛ばしたことは確定。そして、話したときの口ぶりから、わたしをアウスリゼへ連れて行ったのも『王杯』だと思われる。
・『王杯』はわたしを「選んだ」と言い、わたしの行動によりその目的が達成されたということを会話の中で示唆していた。目的とは、内戦の回避か?
内戦回避が目的だったとして、それが達成されたとするならば……オリヴィエ様は無事にルミエラへ到着するってことですね。……よかった。本当に、よかった。
むしょうに泣けて、泣きました。わたしが行ってキリキリ舞いした甲斐は、ちょっとくらいあったかなって。オリヴィエ様が亡くなることなく、そして無闇に他の人々が危険にさらされることもなく、ことを収められたのだとしたら、こんなにいいことはないから。そのためにわたしが選ばれたんだって言うなら、それはそれで。それはそれで。むしろ感謝したいくらいです。本当に。
あの、ゲームではあり得なかった現実の世界に、シナリオで描かれた悲劇以外の未来が拓かれた……それはとてもすごいことだと思えました。
そして、もうひとつ。
・『王杯』が「選ばせてあげる」と言ったこと。
「……まあ。わたしに、どうするか覚悟決めろってことなんでしょうよ」
低い声になりました。そりゃなりますよ。
役目は終わった、とわたしについて『王杯』は述べていました。用済みってことですね。でも功労賞として、「選ばせてあげる」。いったい何様のつもりでしょうか。コップ様ですね失礼しました。
わたしに一言も相談なくアウスリゼへ連れて行って、そしてなんの説明もなく日本へ戻されて。ちょっとムカついてきました。なんなんでしょうかあのコップ。人の人生左右するようなこと、当人になにも言わずに決行するのやめてくれないですかね。人外にそんなこと求めてもムリなのかもしれないですけど。
泣いたりムカついたりちょっと情緒忙しくしましたが、とりあえず当面のことを考えなければなりません。さてどうしますかね。なんだかひどく冷静にこの状況を見ているのは、一度アウスリゼに放り出されるという経験をしているからでしょうか。まあそうでしょうね。ないわー。あらためて考えるとないわー。
まず、群馬のわたしの家がどうなっているのかを確認しなければ。でも保証人になってくれていた愛ちゃんの連絡先とかぜんぶスマホに登録してあったからわからない。まずためしにわたしのスマホへ電話してみよう。公衆電話ここにあるかな。
ありませんでした。ので、お願いしてホテルの電話を貸していただきました。受け付けのお姉さんめっちゃいい人。
かけました。――コールしてる。え、まじで?
八コールくらいで切ろうとしたときにつながりました。
『――はい! はい! どちらさま⁉』
あきらかにあわてて取ったんだろうな、というその声に、わたしは泣きそうになりました。いえ、泣きました。
「……愛ちゃん? ひさしぶり」
「再開発で。『天神ビッグバン』とか言われてる」
「あー、なんか聞いた」
「ひさしぶりに来たん?」
「いちおう福岡には毎年夏に来てるけどねー。お墓の掃除とか。天神はスルーしてた」
コーヒーでも飲まないか、と言われて、じつは今飲んだばっかりと言ったら、なんとなく二人でおもちゃ売り場を見て回る流れになりました。なんでこんなところにいるの、と聞いたら、姪っ子さんが、ピアノのコンクールへ送った動画の審査結果が今月出るんですって。それですごく気持ちが不安定になっているそうで。動画を撮った叔父バカである加西くんは、ぜったい姪っ子さんが全国優勝だと疑っていない。けれど、プレッシャーで押しつぶされそうになっている姪っ子さんへ、「結果がどうあれ、真緒はかわいい」っていうことを伝えるために今プレゼントをしたいと。仕事が早く終わったので、なにがいいか探しに来たと。なんだそのステキ叔父。
最近の若い子の感性とか流行りとかはわかりませんけれど、小学一年生のとき自分がどんなものに憧れていたかを思い出しながらアドバイスしました。彩花ちゃんのお姉ちゃんが持っていた、ジェニーのお家、ステキだったなあ。
とりあえず「プリキュア好き? それともディズニーとか?」と尋ねてみました。「めっちゃプリキュア好き」と返ってきました。
「じゃあ、これ一択」
変身スカイミラージュ、という新商品を指差しました。その名の通りプリキュアに変身できるかもしれない願望を満たしてくれるやつです。サンプル品のボタンを押したら「ナイスっ!」と言われたので、きっとベストチョイスだと思います。はい。
「まじか、これか。じゃあこれにする」
「迷いないな!」
「三田が選んだから。……間違いない」
さくっとお会計へ向かいました。「包装紙は何色にいたしましょう?」「……何色がいい?」「姪っ子さんが好きなプリキュアのカラーで」「……ピンクでお願いします」――よかったねえ、真緒ちゃん。あなたは愛されているよ。
いっしょに岩田屋さんを出ました。夕飯いっしょにどうだと誘われましたけど、そもそも夕飯にはまだ早いし「姪っ子さんへはやくあげに行きなよ、おじさん」と言うと、加西くんは黙りました。
「今日、どこに泊まんの」
「わかんない、これから探す」
「電話番号変わってない?」
「変わってないけど、そもそもスマホ、群馬に置いてきた」
「はあ?」
置いてきたっていうか、持ち出せなかったというか。そういえば今電番とかどうなってるだろう。あとでためしに電話してみよう。
「それでどうやってホテル取るんだよ」
「気合い?」
「バカじゃん」
結局加西くんがスマホ検索してくれて、女性用カプセルホテルをその場で予約してくれました。しかも料金払ってくれちゃって。渡そうとしたら「いい」と言われました。
「その代わり……晩飯つきあってくれ。姪っ子に渡して、戻ってくるから」
お言葉に甘えまして。とりあえずちょっと頭の中整理したかったこともあり、取ってもらったカプセルホテルへ行きました。シャワー室へ行ったら、これからご出勤っぽいお姉さんたちがドレッサーに向かって気合いメイク中でした。シャワーに入って約九カ月ぶりにコンディショナーを使ったので、髪の毛のキューティクルがあからさまに余所行き顔に変身して笑いました。指通りなめらか。日本の化学技術すごい。
髪を乾かしてからあてがわれた自分のカプセル部分に入って、加西くんが迎えに来ると言っていた18時にアラームをセットし横になりました。十分前とかにセットしろよと思わなくもありません。まあいいや。とりあえず状況把握しよう。まず。
・わたしが群馬県前橋市の自宅から、アウスリゼ・ルミエラのエリメダ宮に飛ばされたのは2022年の9月の後半。今日は2023年6月12日。なのでまるまる九カ月、こちらではわたしがいなくなったことになっているはず。
・『王杯』がわたしを福岡へ飛ばしたことは確定。そして、話したときの口ぶりから、わたしをアウスリゼへ連れて行ったのも『王杯』だと思われる。
・『王杯』はわたしを「選んだ」と言い、わたしの行動によりその目的が達成されたということを会話の中で示唆していた。目的とは、内戦の回避か?
内戦回避が目的だったとして、それが達成されたとするならば……オリヴィエ様は無事にルミエラへ到着するってことですね。……よかった。本当に、よかった。
むしょうに泣けて、泣きました。わたしが行ってキリキリ舞いした甲斐は、ちょっとくらいあったかなって。オリヴィエ様が亡くなることなく、そして無闇に他の人々が危険にさらされることもなく、ことを収められたのだとしたら、こんなにいいことはないから。そのためにわたしが選ばれたんだって言うなら、それはそれで。それはそれで。むしろ感謝したいくらいです。本当に。
あの、ゲームではあり得なかった現実の世界に、シナリオで描かれた悲劇以外の未来が拓かれた……それはとてもすごいことだと思えました。
そして、もうひとつ。
・『王杯』が「選ばせてあげる」と言ったこと。
「……まあ。わたしに、どうするか覚悟決めろってことなんでしょうよ」
低い声になりました。そりゃなりますよ。
役目は終わった、とわたしについて『王杯』は述べていました。用済みってことですね。でも功労賞として、「選ばせてあげる」。いったい何様のつもりでしょうか。コップ様ですね失礼しました。
わたしに一言も相談なくアウスリゼへ連れて行って、そしてなんの説明もなく日本へ戻されて。ちょっとムカついてきました。なんなんでしょうかあのコップ。人の人生左右するようなこと、当人になにも言わずに決行するのやめてくれないですかね。人外にそんなこと求めてもムリなのかもしれないですけど。
泣いたりムカついたりちょっと情緒忙しくしましたが、とりあえず当面のことを考えなければなりません。さてどうしますかね。なんだかひどく冷静にこの状況を見ているのは、一度アウスリゼに放り出されるという経験をしているからでしょうか。まあそうでしょうね。ないわー。あらためて考えるとないわー。
まず、群馬のわたしの家がどうなっているのかを確認しなければ。でも保証人になってくれていた愛ちゃんの連絡先とかぜんぶスマホに登録してあったからわからない。まずためしにわたしのスマホへ電話してみよう。公衆電話ここにあるかな。
ありませんでした。ので、お願いしてホテルの電話を貸していただきました。受け付けのお姉さんめっちゃいい人。
かけました。――コールしてる。え、まじで?
八コールくらいで切ろうとしたときにつながりました。
『――はい! はい! どちらさま⁉』
あきらかにあわてて取ったんだろうな、というその声に、わたしは泣きそうになりました。いえ、泣きました。
「……愛ちゃん? ひさしぶり」
2
お気に入りに追加
299
あなたにおすすめの小説
【完結】お飾りの妻からの挑戦状
おのまとぺ
恋愛
公爵家から王家へと嫁いできたデイジー・シャトワーズ。待ちに待った旦那様との顔合わせ、王太子セオドア・ハミルトンが放った言葉に立ち会った使用人たちの顔は強張った。
「君はお飾りの妻だ。装飾品として慎ましく生きろ」
しかし、当のデイジーは不躾な挨拶を笑顔で受け止める。二人のドタバタ生活は心配する周囲を巻き込んで、やがて誰も予想しなかった展開へ……
◇表紙はノーコピーライトガール様より拝借しています
◇全18話で完結予定
(完結)「君を愛することはない」と言われて……
青空一夏
恋愛
ずっと憧れていた方に嫁げることになった私は、夫となった男性から「君を愛することはない」と言われてしまった。それでも、彼に尽くして温かい家庭をつくるように心がければ、きっと愛してくださるはずだろうと思っていたのよ。ところが、彼には好きな方がいて忘れることができないようだったわ。私は彼を諦めて実家に帰ったほうが良いのかしら?
この物語は憧れていた男性の妻になったけれど冷たくされたお嬢様を守る戦闘侍女たちの活躍と、お嬢様の恋を描いた作品です。
主人公はお嬢様と3人の侍女かも。ヒーローの存在感増すようにがんばります! という感じで、それぞれの視点もあります。
以前書いたもののリメイク版です。多分、かなりストーリーが変わっていくと思うので、新しい作品としてお読みください。
※カクヨム。なろうにも時差投稿します。
※作者独自の世界です。

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」
音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。
本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。
しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。
*6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
旦那様には愛人がいますが気にしません。
りつ
恋愛
イレーナの夫には愛人がいた。名はマリアンヌ。子どものように可愛らしい彼女のお腹にはすでに子どもまでいた。けれどイレーナは別に気にしなかった。彼女は子どもが嫌いだったから。
※表紙は「かんたん表紙メーカー」様で作成しました。

【完結】仰る通り、貴方の子ではありません
ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは
私に似た待望の男児だった。
なのに認められず、
不貞の濡れ衣を着せられ、
追い出されてしまった。
実家からも勘当され
息子と2人で生きていくことにした。
* 作り話です
* 暇つぶしにどうぞ
* 4万文字未満
* 完結保証付き
* 少し大人表現あり
政略より愛を選んだ結婚。~後悔は十年後にやってきた。~
つくも茄子
恋愛
幼い頃からの婚約者であった侯爵令嬢との婚約を解消して、学生時代からの恋人と結婚した王太子殿下。
政略よりも愛を選んだ生活は思っていたのとは違っていた。「お幸せに」と微笑んだ元婚約者。結婚によって去っていた側近達。愛する妻の妃教育がままならない中での出産。世継ぎの王子の誕生を望んだものの産まれたのは王女だった。妻に瓜二つの娘は可愛い。無邪気な娘は欲望のままに動く。断罪の時、全てが明らかになった。王太子の思い描いていた未来は元から無かったものだった。後悔は続く。どこから間違っていたのか。
他サイトにも公開中。
月が隠れるとき
いちい千冬
恋愛
ヒュイス王国のお城で、夜会が始まります。
その最中にどうやら王子様が婚約破棄を宣言するようです。悪役に仕立て上げられると分かっているので帰りますね。
という感じで始まる、婚約破棄話とその顛末。全8話。⇒9話になりました。
小説家になろう様で上げていた「月が隠れるとき」シリーズの短編を加筆修正し、連載っぽく仕立て直したものです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる