上 下
152 / 247
 帰路に着く

152話 なにそれええええええええええええええ⁉

しおりを挟む
「――1995年生まれ。満二十七歳。出身は神奈川県小田原町。2008年、十二歳のときに福岡県の祖父母の元へ引き取られ、2014年の高校卒業の後、群馬県へ移住するまでそこで過ごす。2022年9月、突如アウスリゼへ。あってる?」
「はい、あってます」
「では、署名を」

 差し出された書類に、わたしは名前を記しました。

『三田園子』

 そして、書き終えたときに。書類と筆記具は風に融けるように消えました。









 しん、と空気が変わったような、肌触りが澄んだような、そんな感覚がありました。そして、水音。待合室で聴いていた、水車の水音。

「いろいろ言ってくれたね。ボケたとか漂白とか」

 右手から響いた声に、え? と思いながら受け付けカウンターを見ました。ちょうどわたしの胸あたりの高さの台の向こう、だれかが座っています。

「そもそも僕は硫化が起こるような三流品じゃない。それに適切な管理を受けているから、そんなのいらない」
「美ショタ様⁉ なんで髪染めしちゃったんですか⁉」

 真っ白です! 真っ白な髪! えー、せっかくオリヴィエ様が赤髪にして、すんごくそっくりになったのに! もしかして、オリヴィエ様みたいになりたくて、銀髪目指して脱色したのかな? そしたら白くなっちゃった? え、なにそれかわいい。ツンデレ美ショタの特大デレかわいい。推せる。オリヴィエ様の次くらいに推せる。

「……あー、そう来る? 普通なんでここにいるの、とか、そういう疑問来ないか?」
「あ、そうですね。なんでいるんですかここに」
「『ご両親に怒られるの怖くてひとりで帰れないからお兄ちゃん頼ってここで待ってたんだー、かーわーいーいー』じゃない。もうちょっと疑問を持て」
「その髪色も似合ってますけど、五十年くらい早いと思います」
「頭皮の心配もいらない。とりあえず話を進めるが、僕は君が考える『美ショタ様』じゃない」

 そう言われた瞬間に。目の前のもやがいっぺんに晴れたような感覚がありました。それまで特別視界がわるいと感じていたわけではないんですけれど。
 ――受け付けカウンターが。ありませんでした。水音が大きくなり、わたしは驚いて周囲を見渡します。なにも。なにもなくて。霞がかった白い空間。けれど振り返ったときに、走り寄ればすぐのところに水車がありました。待合室で見た大きく立派なオブジェとしてのものではなくて、何年も何十年も、もしかしたらそれ以上も使われてきたのかもしれない古く小さな……水車。
 わたしはそのどこに続いているのかわからない水の流れと、軋みながら回る水車をなにか信じられないような気持ちで眺め、そして先ほどカウンターがあったように思う方向へ向き直りました。
 美ショタ様が立っていました。いえ。そっくりで、でもぜんぜん違う、だれか。真っ白な髪。それに、ルミエラ行きの汽車に乗った美ショタ様と同じ作りだけれど真っ白な服。そして……金色の瞳。

「はじめまして、『三田園子』。直接会うことはできないから、こうして君の記憶の中から構成した姿で失礼するよ」
「だれですか」
「君たちは『王杯』って呼んでる」

 ぞわり、と背筋に冷たいものが走りました。わたしは今、相対してはいけない存在と話しているのだ、と自分の全身の反応が理性へと教えてきました。『王杯』と名乗った美ショタ様似のだれかは、薄くほほえんで左手の指を鳴らします。途端に、四肢の緊張が解けました。

「君の行動はじつにおもしろかったよ。予想外のことをいろいろしてくれたけれど、おおむね想定通りだ。さて、僕がここで君の前に現れた理由はなんだと思う?」
「漂白したらメッキがはがれるって言いたかったんですよねごめんなさい」
「違う。そもそもメッキじゃない、神器をなんだと思ってるんだ。『三田園子』。君の結論を出すときが来たよ」
「え……」

 どきり、としました。『王杯』は笑いました。

「違うよ。あいつと結婚するかどうかは、正直僕にはどうでもいい。僕は君を選んだ。君は僕が考えていたことを成した。――なので、選ばせてあげる。どうする?」
「え、その姿で結論とか、オリヴィエ様のこと以外になにが」
「君は、『ソノコ・ミタ』ではなく『三田園子』と書いたね」

 そう言われてわたしは……喉元にナイフを突きつけられたような緊迫感を、いえ、もっと他のなにか。焦りという言葉に収まらない、切実な感覚を覚えました。
 わたしは――ソノコ・ミタで、三田園子で。

「そうだよ。それを、君に選ばせてあげるってことだ」

 謎かけめいていて。それでもその意図することははっきりとわたしへ向けられていました。でもそれをどうやって成すのでしょうか。わたしは今、ここに。アウスリゼに『ソノコ・ミタ』として生きている。『三田園子』ではない。どうやって選ぶことが……選ぶ余地があるというのだろう。

「僕が君を選んだ理由は、いくつかあるよ。その中の一番大きい理由だけ伝えるよ。『三田園子』は、生きるつもりがなかった」

 それは、問いかけですらありませんでした。なのでわたしは少し笑いながらうなずきました。……他人には、うそではない気持ちで、長生きしてとかずっと生きてとか、平気で言えるのに。心の底から願えるのに。けれど、自分の未来は想像できなくて。何度も何度も周回した、グレⅡシナリオのオリヴィエ様のように。時が来たら、終わらされる以外の選択肢がないとぼんやり感じていました。だからその先になにがあるか想像できないし、ずっとわからなかった。でも、それがなんだというのだろう。それがわたしだ。

「僕にとっては都合がよかった。自分の生活にも、人生にも、命にも興味がない人間。けれど『この世界』を理解し、その発展を真に願う者。適任だったんだよ、君は」

 たしかに、わたしほどグレⅡ世界のことを考え続けたオタは少ないかもしれません。十三歳のときから、ずっと。たくさんプレイしただけではなく、たくさんの二次創作作品を読みました。わたしも手習いのように書いたこともあった。オリヴィエ様がもし、生き延びたなら。そしたら、きっといつかステキな女性と恋に落ちて、そして結婚して、幸せになって。もちろん独身を貫くように描かれた作品だってあった。一番多かったのはたぶんリシャールとのBL主従モノ。次世代どうするのとかのつっこみは置いておいて、みんな、オリヴィエ様に生きていてほしかった。あんな終わり方をしてほしくなかった。
 ゲーム上で一度も描かれなかった……笑顔で生きてほしかった。

「そうやって君は必死になってくれた。『この世界』の成り行きを変えるために。思っていた以上に君はいろいろなことを動かしてくれたし、それは僕の介入によらないものだった。だから、ご褒美をあげようと思って」

 にっこりと、美ショタ様の顔で『王杯』はほほえみます。美ショタ様の姿になったのってきっとこのナチュラル上位者ムーブが似合うからだと思います。わたしが疑問を口にするよりも早く、『王杯』は言葉を続けました。

「君が、『あちら』でどう生きるかも、『こちら』でどうするかも、僕にはどうでもいいんだ。君の役目は終わったから。だから自分で決めなよ。あとは――好きにしたまえ」

 水音が。水車が回っています。「君の設定がおもしろかったから、ここにしたんだ」と言って、『王杯』はすっと右手を伸ばして先を指差しました。

「出口はあそこ。これから君が選ぶものは、君が選んだものだ。どちらにせよそれを尊重するよ。――まあ、せいぜい悩むといいよ」

 ふしぎと疑問を抱かずに、わたしは差された方向を目指しました。そこには光が。戸口から差し込むような、光が。そこをくぐったとき、まぶしくて目をおもいっきりつぶりました。

 しん、と耳の底ですべての音が消えたような感覚があって。
 先に戻ってきた感覚は、首元をなでる風。日差しの暑さ。まぶたを通しても見える、光。
 そして、とても聞き慣れた、けれど遠い記憶のはずの、『とおりゃんせ』の電子音。それに、喧騒、自動車の走行音。

 ――――電子音⁉

 わたしは、目を開けました。視界に飛び込んできた情報を、頭が処理するのに時間がかかりました。たくさんの色、形、人。わたしは、自分の立っている場所がどこかを確認するためにあたりを見回します。信じられない気持ちで、それでも確定的な外からの刺激に、わたしは太陽を仰ぐように『青い標識』を見上げました。

『県道 602 福岡』

 文字が目に入ったときに思ったのは、「あ、日本語」でした。すっごくアジア。理解が追いつかず、しばらくのちにフリーズから立ち上がったわたしは声を張り上げて言いました。

「……うそおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお⁉」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

初夜に「俺がお前を抱く事は無い!」と叫んだら長年の婚約者だった新妻に「気持ち悪い」と言われた上に父にも予想外の事を言われた男とその浮気女の話

ラララキヲ
恋愛
 長年の婚約者を欺いて平民女と浮気していた侯爵家長男。3年後の白い結婚での離婚を浮気女に約束して、新妻の寝室へと向かう。  初夜に「俺がお前を抱く事は無い!」と愛する夫から宣言された無様な女を嘲笑う為だけに。  しかし寝室に居た妻は……  希望通りの白い結婚と愛人との未来輝く生活の筈が……全てを周りに知られていた上に自分の父親である侯爵家当主から言われた言葉は──  一人の女性を蹴落として掴んだ彼らの未来は……── <【ざまぁ編】【イリーナ編】【コザック第二の人生編(ザマァ有)】となりました> ◇テンプレ浮気クソ男女。 ◇軽い触れ合い表現があるのでR15に ◇ふんわり世界観。ゆるふわ設定。 ◇ご都合展開。矛盾は察して下さい… ◇なろうにも上げてます。 ※HOTランキング入り(1位)!?[恋愛::3位]ありがとうございます!恐縮です!期待に添えればよいのですがッ!!(;><)

婚約者に消えろと言われたので湖に飛び込んだら、気づけば三年が経っていました。

束原ミヤコ
恋愛
公爵令嬢シャロンは、王太子オリバーの婚約者に選ばれてから、厳しい王妃教育に耐えていた。 だが、十六歳になり貴族学園に入学すると、オリバーはすでに子爵令嬢エミリアと浮気をしていた。 そしてある冬のこと。オリバーに「私の為に消えろ」というような意味のことを告げられる。 全てを諦めたシャロンは、精霊の湖と呼ばれている学園の裏庭にある湖に飛び込んだ。 気づくと、見知らぬ場所に寝かされていた。 そこにはかつて、病弱で体の小さかった辺境伯家の息子アダムがいた。 すっかり立派になったアダムは「あれから三年、君は目覚めなかった」と言った――。

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

【完結】婚約破棄されたので、引き継ぎをいたしましょうか?

碧桜 汐香
恋愛
第一王子に婚約破棄された公爵令嬢は、事前に引き継ぎの準備を進めていた。 まっすぐ領地に帰るために、その場で引き継ぎを始めることに。 様々な調査結果を暴露され、婚約破棄に関わった人たちは阿鼻叫喚へ。 第二王子?いりませんわ。 第一王子?もっといりませんわ。 第一王子を慕っていたのに婚約破棄された少女を演じる、彼女の本音は? 彼女の存在意義とは? 別サイト様にも掲載しております

王妃の仕事なんて知りません、今から逃げます!

gacchi
恋愛
側妃を迎えるって、え?聞いてないよ? 王妃の仕事が大変でも頑張ってたのは、レオルドが好きだから。 国への責任感?そんなの無いよ。もういい。私、逃げるから! 12/16加筆修正したものをカクヨムに投稿しました。

【完結】亡き冷遇妃がのこしたもの〜王の後悔〜

なか
恋愛
「セレリナ妃が、自死されました」  静寂をかき消す、衛兵の報告。  瞬間、周囲の視線がたった一人に注がれる。  コリウス王国の国王––レオン・コリウス。  彼は正妃セレリナの死を告げる報告に、ただ一言呟く。 「構わん」……と。  周囲から突き刺さるような睨みを受けても、彼は気にしない。  これは……彼が望んだ結末であるからだ。  しかし彼は知らない。  この日を境にセレリナが残したものを知り、後悔に苛まれていくことを。  王妃セレリナ。  彼女に消えて欲しかったのは……  いったい誰か?    ◇◇◇  序盤はシリアスです。  楽しんでいただけるとうれしいです。    

6年後に戦地から帰ってきた夫が連れてきたのは妻という女だった

白雲八鈴
恋愛
 私はウォルス侯爵家に15歳の時に嫁ぎ婚姻後、直ぐに夫は魔王討伐隊に出兵しました。6年後、戦地から夫が帰って来ました、妻という女を連れて。  もういいですか。私はただ好きな物を作って生きていいですか。この国になんて出ていってやる。  ただ、皆に喜ばれる物を作って生きたいと願う女性がその才能に目を付けられ周りに翻弄されていく。彼女は自由に物を作れる道を歩むことが出来るのでしょうか。 番外編 謎の少女強襲編  彼女が作り出した物は意外な形で人々を苦しめていた事を知り、彼女は再び帝国の地を踏むこととなる。  私が成した事への清算に行きましょう。 炎国への旅路編  望んでいた炎国への旅行に行く事が出来ない日々を送っていたが、色々な人々の手を借りながら炎国のにたどり着くも、そこにも帝国の影が・・・。  え?なんで私に誰も教えてくれなかったの?そこ大事ー! *本編は完結済みです。 *誤字脱字は程々にあります。 *なろう様にも投稿させていただいております。

宰相夫人の異世界転移〜息子と一緒に冒険しますわ〜

森樹
ファンタジー
宰相夫人とその息子がファンタジーな世界からファンタジーな世界へ異世界転移。 元の世界に帰るまで愛しの息子とゆったりと冒険でもしましょう。 優秀な獣人の使用人も仲間にし、いざ冒険へ! …宰相夫人とその息子、最強にて冒険ではなくお散歩気分です。 どこに行っても高貴オーラで周りを圧倒。 お貴族様冒険者に振り回される人々のお話しでもあります。 小説投稿は初めてですが、感想頂けると、嬉しいです。 ご都合主義、私TUEEE、俺TUEEE! 作中、BLっぽい表現と感じられる箇所がたまに出てきますが、少年同士のじゃれ合い的なものなので、BLが苦手な人も安心して下さい。 なお、不定期更新です。よろしくお願いします。

処理中です...