【完結】喪女は、不幸系推しの笑顔が見たい ~よって、幸せシナリオに改変します! ※ただし、所持金はゼロで身分証なしスタートとする。~

つこさん。

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 そして、和平協議へ

140話 いつだって、不安です

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 お別れの言葉はなにも言いませんでした。それが本当になってしまったらいやだから。

 牢の場所から出てきてから、わたしからお願いしてクロヴィスと話し合いの時間を少しだけ設けることになりました。お互いちょっとだけしんみりしていました。でも、ちゃんと今後のことをどうするか、聞きたかったから。

 広い喫茶室に通されました。何度かお見かけしたことのあるメイドさんが壁際に控えています。クロヴィスは覚悟の決まった瞳で「ルミエラへ……行こうと思う」と言います。そうなるのかな、とはわたしも考えていました。

「今回の件はマディア領治法だけで扱っていいものではない。容疑者たちの護送に私も同行する」
「けっこうな人数ですしね」
「三十二人だ。……不甲斐ないな。それに、リシャール殿下と話し合う必要がある」

 その言葉に思わず深くうなずいていました。グレⅡシナリオとは大きく外れた今の状況。そして表向きは平和裡になされた和平協議。次に必要なのは……どちらが王位に着くか、という結論。わたしは踏み込んで「どうされる、おつもりですか」と尋ねました。

「――私は、辞退する。その旨をリシャール殿下、ならびにラファエル陛下……そして王杯に伝え、裁可を仰ぐつもりだ」

 もう一度、うなずきました。それが一番だとわたしも考えるから。
 王杯が、なぜこのときに限ってリシャールとクロヴィスという二人の人物を選定したのか、わたしにはわかりません。無印のシナリオの起点である、ラファエルが王位に着いたときは、たしかにただひとりだけ選ばれたはずです。なにか意味があるのかと何度も考えました。けれど、グレⅡを三桁回数周回したわたしの経験と知識をもってしても、二人を選ぶ必要性は見い出せませんでした。
 だって、どちらでも、その後の治世では人々が幸せになったことがエンディングで伝えられるのだもの。じゃあ……どちらか一人を選んだって、いいじゃないですか。最初からどちらかが選ばれていたら……オリヴィエ様が亡くなることはないのに。
 ルミエラにいたとき、図書館で歴史をいくらか調べました。わたしが把握した範囲では、他に複数人聖別されたという記録はありませんでした。たしかに、王統の中でも常にわかりやすくそのときの王の長子が選出されるわけではなかったようですけれども、近縁であるとはいえ現王の子ではないクロヴィスが、なぜ選ばれたのか。そして、共に現王の実子であるリシャールが選ばれるだなんて、混乱が起きることはどう考えても明らかです。
 その疑問をわたしはそのままクロヴィスへと告げました。クロヴィスはわたしの言葉を「その通りだ、ミタ嬢。私もそう感じている」と肯定しました。

「ちょっと思ってたこと言ってみていいですか」
「なんだろうか」
「この王統、始まってもう三百年近いそうじゃないですか」
「そうだな」
「その最初から、ずっと王杯が王様決めてきたんですよね?」
「そういうことになる」
「そろそろ、ボケてきたんじゃないですかね、王杯」

 クロヴィスが盛大に吹き出しました。ノーコメントでした。

 コップに未来決められるとか、ゲームじゃなかったらあり得ないですよね。そしてここは、グレⅡ世界だけど、ゲームじゃない。現実に人が生きて、生活している場所。
 なんでそんな無機物に多くの人の人生が左右される決定を託しているんでしょうか。ないわーて感じ。聖別されて即位した王は聖力を得られる、というのが一番の理由なんでしょうけど。それって本当に必要? わたしが生まれ育った世界では、そんなのなくてもみんな一生けん命生きてるよ? あったら便利はなくても平気って言うじゃん。だいじょうぶだよ。アウスリゼ、だいじょうぶだよ。こんなにステキなところじゃない。みんな、それぞれの足で立ってる。
 一度漂白とかした方がいいと思います、王杯。そんでそろそろ引退してもらったらどうでしょうか。余生は一輪挿しとかどうですか。タツキでも飾りましょう。

 そして、ずっとだれへ相談すればいいかわからず悩んでいたことを、思いきってクロヴィスへと伝えることにしました。

「――和平協議、この前ので終了ですか?」
「表向きは。しかし、停戦議定書への調印がまだ済んでいない。ボーヴォワール宰相殿とも連絡を取り合っているが、私がメラニーの見舞いを装って病院へ向かい、そこで行う予定だ」

 少し考えて、わたしは言葉を選びながら慎重に質問します。本当に、大事なことだから。……本当に。

「その――調印された停戦議定書が、もしルミエラへ届く前に奪われたり、損なわれたりした場合、どうなるのでしょうか」

 クロヴィスは目を見開いて「恐ろしい仮定をするな、ミタ嬢」と言いました。

「……私に翻意はないが、そう取られてもしかたがない状況になるだろう。停戦と、それに続いて双方から発令される予定の終戦宣言は、この状況を終わらせるために必要な過程だ」
「先日のように、それを邪魔しようと思う人がいたら?」

 クロヴィスはわたしをじっと見て沈黙しました。しばらく後に「――そうあっては、ならない」と静かに、重々しく述べました。

「――注意喚起をありがとう。内部の膿を出し切ったと思い、いくらか警戒を弱めていたかもしれない。すべてが成されるまで、我々はひとときも気を緩めてはならぬというのに」
「あの――停戦議定書って……ボーヴォワール宰相閣下が、運ぶんですよね」
「そうだ。その役割は、他の人が代わることはできない。彼は調印を陛下から託された人間であり、彼の存在そのものが和平協議を確証する。……だから、先日もあのように手酷く傷つけられてしまった」
「じゃあまだ変な人がいたら狙われるのって、やっぱりボーヴォワール宰相閣下ですか?」

 クロヴィスは深く息を吸いながらどこか遠くを見るように顔を上げました。ため息をつき、そしてわたしに向き直って言いました。

「……そうだろう」
「助けてください、クロヴィスさん」

 わたしには、どうしようもない。なんの力もないわたしには為す術がない。なので率直にそう言いました。クロヴィスは真剣な表情で深くうなずき、「もちろんだ。閣下が無事にルミエラへと帰還するのを、私自身が見届けるために為せるすべてを成そう」と請け負ってくれました。
 ほっとして、すごくほっとして、ちょっと泣きそうになりました。オリヴィエ様と、予定していた警備体制を見直す必要があるかを話し合ってくれるとのことでした。

 わたしは、わたしのできることをした。したと思う。でも、なにか見落としていないかな。これでいいのかな。すべてが終わってから後悔なんかしても、取り返しがつかない。他になにか。なにかできることはないかな。不安で……不安で、吐きそうになる。

 どうか、死なないで。オリヴィエ様。

 公使館に帰るとき、ちょっとだけオリヴィエ様の顔が見たくなりました。病院に寄ってもらって、正面入口から中に入りました。オリヴィエ様は警備上の問題から、ときどき違う病室へと移動して入院しています。なので毎回警備の方に玄関まで迎えに来ていただいてお見舞いをするんです。
 総合受付の方に声をかけようとして、やめました。深呼吸をすると、病院の清潔な匂いがしました。きびすを返して、自動車へと戻ります。

 ――こんな気持ちで、会いに行っちゃだめだ。自分の不安を肯定するような、そんなしかたで、会っちゃだめだ。

 帰って、ひたすら夕飯の支度でじゃがいもと人参の面取りをしました。ビーフシチューっぽいけど牛が入っていないスープでした。おいしかったです。
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