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再び、レテソルへ
94話 日常的な非日常
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あいかわらずおいしいレアさんのごはんを食べて、お風呂に入って、明日は美ショタ様の替えの服を買いに行こう、ということになりました。ほんっとーに身ひとつで来られたんですよね。いちおうレテソルに着いてから一式買って、着替えてからうちに来られたみたいですけど。それにしたって洗い替えが一着しかないのは問題。ナイトウエアはわたしのをお貸ししています。ちょっと大きめのやつがあったので。それでもつんつるてん。まあ仕方がないですよ。
脱いだ服一式を洗うためにわたしがお預かりしようとしたら、「だれが洗うの?」と聞かれました。「わたしかレアさんです」と答えます。引き渡し拒否されました。難しいお年頃ですね。
で、しかたがないので洗濯機の使い方をお知らせしました。興味しんしんで聞いてました。そうでしょうね。良家のおぼっちゃん。自分で洗濯機とか使うことないでしょうし。
「洗濯物をここに入れてー。あんまり入れるときれいにならないです。だからここくらいまで。粉石鹸入れてー。お水を入れます。冬場の寒いときとか、汚れがひどいときとかはちょっとお湯の方がいいです。でもお湯だと問題がでることもあるので、素材とか汚れ次第です」
「どんな問題?」
「ニットだったら、場合によって縮んじゃったりー。それに色落ちが心配だったりしますね。汚れだと、血液はお湯だと落ちるどころかそのままシミになっちゃいます」
「ふーん」
「お水入れ終わったらー。ふたを閉めてー。ここをふみふみです」
「ふみふみ」
「ふみふみ」
しばらく踏んでいらっしゃいました。飽きたみたいです。「これいつまでやるの?」と聞かれました。「お水を二回入れ替えたら、だいたいきれいになります」と言ったら、「なんだよそれ!」と言われました。
「そんなのやってられないよ! なんだよこの無駄な時間!」
「無駄じゃないです! しっかり服がきれいになっています!」
「うそだろ……洗濯女中ってこんなことやってるのかよ……」
「むしろこれいい方ですよ? わたしがこの前までいたリッカー=ポルカではめっちゃ手洗いでしたし、そっちのが主流です」
「まじかよ……これよりたいへんなのかよ……」
お坊ちゃまが現実を直視したみたいです。そうやってひとつずつ大人になって行くんだよ、ボーイ。わたしもこちらの世界に来てから、いかに電気のある生活がありがたかったか実感していますよ。ああ、遠くなつかしき全自動の日々。かなうならば群馬に帰りたい。かなわぬならせめてアウスリゼに通電して。
とりあえずすすぎまでやって、次は脱水です。手回し式脱水機に洗濯したものを移して、ぐるぐるハンドルを回します。野菜水切りのでっかいやつみたいなのです。これけっこう腕の力必要なうえ、全身運動になるんですよね。アウスリゼは細身の方が多い理由これじゃないでしょうか。知らんけど。美ショタさまが自分でやるとおっしゃったので任せます。三分くらいで「もういい?」と音を上げていました。よわっ。
あとは干すだけなんですけど。どうやら自分の肌着とかをわたしたちに見られたくないみたいなんですね。お年ごろね。なので急きょ美ショタ様が泊っていらっしゃる部屋にひもを張って、そこに干してもらうことにしました。干し方はこんな感じ、と他の布で実演してみて。「わかった。これなら簡単だ」とちょっと得意げでした。かわいいね!
さて。わたしは自室に戻って、まだ開封すらできていないお手紙を読みましょうか。オリヴィエ様のはもちろん夜なべして開封して読みましたけどね! かなりきれいに開封できましたよ! 内容は美ショタ様がこちらに来られるなんてまったく予期していないころのものでしたが、それでも美ショタさまのことが書いてありました。わたしが冬季リーグの雑誌を送ったことと、それをご令弟様に渡したらとんでもなく喜んでくれたことと。そのことへのお礼。重要文化財の保管の仕方がわからないです。とりあえず明日いいかんじの展示ケースを探そうと思うんですけど。見たい人で毎日長蛇の列ができてしまいますね。入場料は五千円くらいでいいでしょうか。良心的なお値段設定ですね。わたしなら二日に一回拝みに来ます。そして破産します。はい。
もう一度読み返します。何度読み返してもいいんですけど。わたしに来たお手紙なので。……わたしに来たお手紙なので! 三周目のときにボソっと「……にやにや気持ち悪いんだけど」という声がすぐ近くで聞こえました。美ショタ様でした。
「うっわびっくりしたあああああああ!」
「何回も声かけたんだけど。なにそれ、兄さんからの手紙?」
「はい。わたしがいただいた重要文化財です」
「なに、ソノコは兄さんが好きなの?」
「好きっていうか、崇拝?」
いつも通り答えると、美ショタ様はちょっと真顔でわたしをご覧になったあと、遠くをご覧になってふっと笑われました。なにそれ。
「で、なんの用ですか」
「ひま。眠くなるまで相手してよ」
かまってちゃんでした。かわいいな! でもわたしはお手紙読むのに忙しいんだよ! 「レアさんにかまってもらってください」と言ったら「やだ。なんかあの人恐いもん」とのこと。美人だからね! 迫力あるからね! 結局日付が変わったくらいまでファピー討論会になりました。わたしが作ったスクラップブックをお見せしたら「……やるじゃん」とおっしゃっていましたね。ふふん、そうでしょう。
おはようございます。じゃっかん寝坊です。美ショタ様の服と展示ケースを買いに行きます。レアさんがもう準備万端で朝ごはんを作ってくれていました。ありがとう。美ショタ様もレアさんの料理の腕は認めているらしく、素直に「おいしいよ」とおっしゃいますね。ふふん、そうでしょう。
街中の様子も確認してきたいですね。開戦したとはいえ、まだ戦闘が始まったわけではありません。それでももう、『戦時中』なわけですから。見える範囲では嵐の前の静けさといった感じです。思っていた以上に、人々は事態を冷静に受け止めているような気がします。やはり、みなさん予期していたのでしょうか。わたしだけが、戦争なんて起きないと思っていたのでしょうか。自分の見通しの甘さに少しだけ気分が落ち込みます。
それでも、次に進まなきゃいけないので。マディア北東部事変が起きなかったこと。少なくとも三人の死傷者が出なかったことを良しとして、思いを切り替えなきゃ。
センテンススプリング的な週刊誌も探してきましょう。メラニーはクロヴィスと婚約しているので、もうすでにマディア公爵邸にいます。本来ならすぐに結婚式だったんでしょうけど。そこで療養に入った状態です。これまでそういう会話をご近所さんとしたことなかったですけど、今の状況、みなさんどう思っていらっしゃるんでしようね。近々なにげなーく聞いてみよう。ぶっちゃけなんでもいいからマディア公爵家のこと、あのおっきい邸宅内の情報がほしいです。そうやって聞き耳を立てていれば、入ってくるものだってあるかもしれない。いつも通りです。できることやるだけです。美ショタ様がいらっしゃることはとても誤算ですが。だからってブレちゃいけません。
まずは、展示ケースをゲットですね! さあさくさく行きましょう!
脱いだ服一式を洗うためにわたしがお預かりしようとしたら、「だれが洗うの?」と聞かれました。「わたしかレアさんです」と答えます。引き渡し拒否されました。難しいお年頃ですね。
で、しかたがないので洗濯機の使い方をお知らせしました。興味しんしんで聞いてました。そうでしょうね。良家のおぼっちゃん。自分で洗濯機とか使うことないでしょうし。
「洗濯物をここに入れてー。あんまり入れるときれいにならないです。だからここくらいまで。粉石鹸入れてー。お水を入れます。冬場の寒いときとか、汚れがひどいときとかはちょっとお湯の方がいいです。でもお湯だと問題がでることもあるので、素材とか汚れ次第です」
「どんな問題?」
「ニットだったら、場合によって縮んじゃったりー。それに色落ちが心配だったりしますね。汚れだと、血液はお湯だと落ちるどころかそのままシミになっちゃいます」
「ふーん」
「お水入れ終わったらー。ふたを閉めてー。ここをふみふみです」
「ふみふみ」
「ふみふみ」
しばらく踏んでいらっしゃいました。飽きたみたいです。「これいつまでやるの?」と聞かれました。「お水を二回入れ替えたら、だいたいきれいになります」と言ったら、「なんだよそれ!」と言われました。
「そんなのやってられないよ! なんだよこの無駄な時間!」
「無駄じゃないです! しっかり服がきれいになっています!」
「うそだろ……洗濯女中ってこんなことやってるのかよ……」
「むしろこれいい方ですよ? わたしがこの前までいたリッカー=ポルカではめっちゃ手洗いでしたし、そっちのが主流です」
「まじかよ……これよりたいへんなのかよ……」
お坊ちゃまが現実を直視したみたいです。そうやってひとつずつ大人になって行くんだよ、ボーイ。わたしもこちらの世界に来てから、いかに電気のある生活がありがたかったか実感していますよ。ああ、遠くなつかしき全自動の日々。かなうならば群馬に帰りたい。かなわぬならせめてアウスリゼに通電して。
とりあえずすすぎまでやって、次は脱水です。手回し式脱水機に洗濯したものを移して、ぐるぐるハンドルを回します。野菜水切りのでっかいやつみたいなのです。これけっこう腕の力必要なうえ、全身運動になるんですよね。アウスリゼは細身の方が多い理由これじゃないでしょうか。知らんけど。美ショタさまが自分でやるとおっしゃったので任せます。三分くらいで「もういい?」と音を上げていました。よわっ。
あとは干すだけなんですけど。どうやら自分の肌着とかをわたしたちに見られたくないみたいなんですね。お年ごろね。なので急きょ美ショタ様が泊っていらっしゃる部屋にひもを張って、そこに干してもらうことにしました。干し方はこんな感じ、と他の布で実演してみて。「わかった。これなら簡単だ」とちょっと得意げでした。かわいいね!
さて。わたしは自室に戻って、まだ開封すらできていないお手紙を読みましょうか。オリヴィエ様のはもちろん夜なべして開封して読みましたけどね! かなりきれいに開封できましたよ! 内容は美ショタ様がこちらに来られるなんてまったく予期していないころのものでしたが、それでも美ショタさまのことが書いてありました。わたしが冬季リーグの雑誌を送ったことと、それをご令弟様に渡したらとんでもなく喜んでくれたことと。そのことへのお礼。重要文化財の保管の仕方がわからないです。とりあえず明日いいかんじの展示ケースを探そうと思うんですけど。見たい人で毎日長蛇の列ができてしまいますね。入場料は五千円くらいでいいでしょうか。良心的なお値段設定ですね。わたしなら二日に一回拝みに来ます。そして破産します。はい。
もう一度読み返します。何度読み返してもいいんですけど。わたしに来たお手紙なので。……わたしに来たお手紙なので! 三周目のときにボソっと「……にやにや気持ち悪いんだけど」という声がすぐ近くで聞こえました。美ショタ様でした。
「うっわびっくりしたあああああああ!」
「何回も声かけたんだけど。なにそれ、兄さんからの手紙?」
「はい。わたしがいただいた重要文化財です」
「なに、ソノコは兄さんが好きなの?」
「好きっていうか、崇拝?」
いつも通り答えると、美ショタ様はちょっと真顔でわたしをご覧になったあと、遠くをご覧になってふっと笑われました。なにそれ。
「で、なんの用ですか」
「ひま。眠くなるまで相手してよ」
かまってちゃんでした。かわいいな! でもわたしはお手紙読むのに忙しいんだよ! 「レアさんにかまってもらってください」と言ったら「やだ。なんかあの人恐いもん」とのこと。美人だからね! 迫力あるからね! 結局日付が変わったくらいまでファピー討論会になりました。わたしが作ったスクラップブックをお見せしたら「……やるじゃん」とおっしゃっていましたね。ふふん、そうでしょう。
おはようございます。じゃっかん寝坊です。美ショタ様の服と展示ケースを買いに行きます。レアさんがもう準備万端で朝ごはんを作ってくれていました。ありがとう。美ショタ様もレアさんの料理の腕は認めているらしく、素直に「おいしいよ」とおっしゃいますね。ふふん、そうでしょう。
街中の様子も確認してきたいですね。開戦したとはいえ、まだ戦闘が始まったわけではありません。それでももう、『戦時中』なわけですから。見える範囲では嵐の前の静けさといった感じです。思っていた以上に、人々は事態を冷静に受け止めているような気がします。やはり、みなさん予期していたのでしょうか。わたしだけが、戦争なんて起きないと思っていたのでしょうか。自分の見通しの甘さに少しだけ気分が落ち込みます。
それでも、次に進まなきゃいけないので。マディア北東部事変が起きなかったこと。少なくとも三人の死傷者が出なかったことを良しとして、思いを切り替えなきゃ。
センテンススプリング的な週刊誌も探してきましょう。メラニーはクロヴィスと婚約しているので、もうすでにマディア公爵邸にいます。本来ならすぐに結婚式だったんでしょうけど。そこで療養に入った状態です。これまでそういう会話をご近所さんとしたことなかったですけど、今の状況、みなさんどう思っていらっしゃるんでしようね。近々なにげなーく聞いてみよう。ぶっちゃけなんでもいいからマディア公爵家のこと、あのおっきい邸宅内の情報がほしいです。そうやって聞き耳を立てていれば、入ってくるものだってあるかもしれない。いつも通りです。できることやるだけです。美ショタ様がいらっしゃることはとても誤算ですが。だからってブレちゃいけません。
まずは、展示ケースをゲットですね! さあさくさく行きましょう!
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