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 領境の街・リッカー=ポルカ

87話 どうすればいいのよこれ

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 これより緊急軍議会を執り行い、皆様にお知らせいたします。
 王太子リシャール殿下の悪しき政策は今やアウスリゼ王国全域にまで達し、その影響はもはや看過できぬまでに強大なものとなりました。加えてその専横は王国軍にも及んでおり、折しも現時刻より約十六時間前、王国直轄領よりマディア領内へと向けた事由なき威嚇射撃がなされました。そしてそれに応じる形での抗拒射撃を領境警備隊により行っております。
 現況を鑑み、マディア公爵領の恒久平和を維持するため、これをもってアウスリゼ王国直轄領、ひいては現アウスリゼ王ならびに王太子リシャール殿下へ宣戦布告せざるを得ないと判断するものです。
 これはマディア公爵家ヘルガ騎士団団長ならびにマディア公爵家現当主であるクロヴィス・ジャルベール閣下の存意であり、麾下ヘルガ騎士団への明確な指顧であります。

「ちょ、ちょっとまってください!」

 難しい言葉で言われたとしても意味は通じます。信じられないことを聞いてわたしは思わず立ち上がって偉いおじさんの言葉をさえぎりました。サルちゃんは止めません。なのでわたしも黙りません。なんですって? クロヴィスが宣戦布告するって言った? そのための配備だって? 威嚇射撃されたから? 時系列めちゃくちゃじゃん!

「いや、威嚇射撃されたのって夜中ですよね? しかもその理由だってまだわかってない。それでなんで宣戦布告ですか? おかしいじゃないですか。その前にみなさんいらしてたじゃないですか!」

 わたしが言うと、場が静まり返ります。おっきくて偉そうで本当に偉いおじさんたちがみんなわたしを見ています。せっぱ詰まっているからか、それについてはふしぎと怖いとか感じません。それよりも、わたしは戦争が始まってしまうことが怖い。本当に怖い。だって、始まってしまったら。
 ――オリヴィエ様が、来てしまう。

「クロヴィスくんの肚は最初っから決まってるってことだろうねー。始める理由はなんでもいいんでしょ。渡りに船なんだろうさ、あちらからの威嚇射撃」

 わたしがちらりと考えた最悪なことを、こともなげにサルちゃんが言いました。うそでしょ。やめてよ。おじさんたちはサルちゃんの言葉を否定しません。やめてよ。そういう特命を受けてやってきたってことなんでしょうか。こじつけでもなんでもいいから、開戦せよって。どうして?
 理由は、思いついてしまいました。でもそれってわたしにはどうしようもなくて。もしかして。

「――メラニーが、危ないんですか」

 おじさんたちが目を見開きました。「なぜそれを」とひとりが声をあげました。わたしも言ってからちょっとだけ後悔しました。わたしが知っていることなんでか説明できない。
 メラニー。病床にあるクロヴィスの婚約者です。そして、クロヴィスが王杯の力を欲する理由。そんな。早い。あまりに早い。どうして。そう考えて、頭の中にふっとレアさんの顔が思い浮かびました。
 ――そうだ、レアさん。わたしといっしょにいる。シナリオ通り、メラニーのお世話係やってない。今、それはだれ。だれがやっているの。病身のメラニーのそばには、だれがいるの。
 元々、難しい病状で、レアさんのとても献身的なお世話と支えでシナリオの間中もっていたようなものだった。レアさん自身はリシャールの手の者だけれど、足を引っ張りたいのはクロヴィスであってメラニーではない。状況によってはレアさんの存在が原因でメラニーがはかなくなってしまうルートもあるけれど、それはレアさんが懸命なお世話をしていた事実を否定するものではなくて。だれなの。今は、だれが。

「んー。ソナコは、メラニーちゃんのこと、知ってるの?」
「いえ、ぜんぜん」

 公式情報程度しか。わたしは首を振りました。二次創作はもちろんいっぱい読みましたけど、それはあくまで二次なので。公式では名前と年齢、そしてベッドへ横になり、クロヴィスへと微笑む場面。それくらいしか。クロヴィスがいかにメラニーを愛しているのかは、その場面を見るだけでわかりました。クロヴィス勝利エンド以外で、彼があんなに幸せそうに笑うところは描かれないから。

「じゃあ、なんでメラニーちゃんのことを知っているような口ぶりなんだろうか。まるで友人じゃないかって勢いだったけど」
「お名前はかねがね。わたしが好きな古典文学作品の登場人物と同じお名前なので、親近感は抱いていました。呼び捨てにしてしまってごめんなさい。知ってます? 明日は明日の風が吹くって」
「僕は文学さっぱりだよー。じゃあ、なんで『危ない』と思ったんだい」
「マディア領に来るとき、いっぱいこちらのことを調べました。クロヴィスさんがメラニーさんと婚約されたのは新聞記事にもなってましたし。時期的にわたしが滞在している間にご結婚されるかなーと思っていましたけど、その後音沙汰がないので、なにかあったのかと」

 よく回りますね、わたしの口! おじさんたちは納得したようなできないような、複雑な表情でわたしを見ています。サルちゃんが連れてきた人間なので、真っ向から糾弾するわけにもいかないんだろうな。よかった。ありがとうパパ。「まあ、ソナコだからなー。それもあり得そうではあるよね」とサルちゃんが言ってくれました。ありがとうパパ。
 でも、切り抜けたいのはこの軍議ではないんです。開戦です。どうにかここで食い止めなきゃ。じゃなきゃ、しんじゃう。オリヴィエ様も、名前も語られない、他の多くの兵士たちも。
 でも、言葉がみつかりません。なんて言えばいいんでしょうか。泣きそうになっていたら、サルちゃんが「座りなよ、ソナコ」と袖を引きました。

「僕らはねー、マディア公爵家騎士団に所属する人間なんだよ。大将の指示には従わなきゃならないんだ」
「でも、でも、だからって戦争なんて」
「その覚悟はねー。僕らはずっと前からしてるわけ。ソナコだってそうじゃないの。蒸気バスの車掌、それでやってるんじゃないの」

 言われて、わたしはその通りだな、と思いました。無意識に、戦争になるかもしれないという結果を、ないもののように考えていました。ツイッターで見た、生々しい動画や写真が思い起こされます。ああなっちゃうの。アウスリゼ、ああなっちゃうの。

「雪が晴れたら、あちらからもなにか声明が出るだろう。それに合わせて、こちらも準備しなくちゃね。――ソナコ。ソナコ。いいよ、いいよ、泣かなくていい。ソナコ」

 わたし、なにもできないじゃん。てんてこ舞いして。ばっかみたい。
 サルちゃんはずっとわたしの頭をなでてくれていました。「鼻かみたいですティッシュください」とわたしは言いました。
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